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越境強盗:ボンボヤージュ

wz.1996ベリル


 ポーランドで製造されたAKクローンの1つであり到達点。5.56㎜弾を使用する西側規格のAKであり、従来の利点を生かしつつ工夫したピカティニー・レールの配置で光学照準器への悪影響を克服、汎用性を高める事に成功した最優のAKクローン。

 最近、ミカエル君はAK-19からこっちに浮気した。



ラファエル「浮気ですか父上?」

ミカエル「……違うヨ?」

ラファエル「浮気は良くないですよ父上?」

ミカエル「……違うヨ?」



 1897年 9月19日


 イライナ公国 リュハンシク州 州都リュハンシク郊外




『ねえラム』


『なあに、お母さん』


 リュハンシク郊外にある平原―――地面に伏せた状態で双眼鏡を覗き込み、レンジファインダーで標的のドローンとの距離を測定。およそ600mほどの距離がある事を確認するなり、CS/LR3のゼロインを調整。600mに合わせ、バイポッドを展開し射撃準備に入る。


 そんな母の狙撃の様子を傍らで見守るラムエルは、目を満月のように丸くしていた。


『遠くの敵を正確に狙い撃つコツ、なんだか知ってる?』


『日ごろの練習?』


『それも正解ね。日々の積み重ねが実を結ぶことは、私の夫(あなたのパパ)が実証済みだし』


 でもね、とカーチャは言葉を続けた。


 それが正解ではないのだ、と言外に告げる。


 確かに日々の積み重ねで射撃の技術は向上するだろう。銃の操作方法、弾道の癖など、身体に叩き込めば実戦でも役立つスキルとして助けになる筈だ。


 しかし狙撃に関しては―――別のコツがある。


『でもね、他にもあるのよ。特に狙撃に関しては』


 ごう、と風が薙ぐ。


 今日は風が強い。既に9月に入り、各家庭ではストーブが用意されているし、貴族の屋敷では地下に埋設された”熱源室”(※ボイラーで蒸気を作り、その蒸気を屋敷中に張り巡らせた配管に送り込む事で建物内を暖めるための設備)が稼働状態に入っている。


 もう冬がすぐそこまで迫っているのだ。永く、冷たくて、辛い冬が。


 愛娘にそう言い聞かせながら、照準を大きく右にずらすカーチャ。


『なあに?』


『それはね―――』


 引き金を引いた。


 撃針が雷管を殴打し、中国製5.8㎜弾の装薬に火が燈る。


 押し出された弾丸が銃身の中に刻まれたライフリングで回転を受けながら加速、銃声すらも置き去りにして銃口から躍り出るや、3時方向から押し寄せる突風に煽られて弾道を大きく左へと捻じ曲げられる。


 しかしその時、双眼鏡で弾道を観測していたラムエルは魔法を見た。


 それは運動エネルギーと気象条件、そしてカーチャの長年の経験が織りなす物理学の奇跡。


 大きく左へと曲がった弾丸は、まるで最初から命中する事を宿命づけられていたかのように―――あるいは、神話の時代の英雄が放った必中必殺の矢の如く、綺麗にドローンを直撃したのである。


 ボルトハンドルを引き、薬莢を排出。


 隣で目を輝かせる愛娘にウインクしながら、カーチャは狙撃を成功させる秘訣を伝授するのだった。


『―――それは、”風の声を聴く”事よ』


















 ふう、と息を吐く。


 11月にもなれば特に風が強くなる―――それもイライナより寒冷であるノヴォシアでは猶更だ。


 5発の12.7×99㎜NATO弾が装填されたマガジンを装着し、ボルトハンドルを戻して初弾を薬室へと装填。標的との距離が850mになった事を考慮し照準を少し上にずらして、カーチャは引き金を引いた。


 ”ツァスタバM93”―――セルビアの黒き矢、12.7㎜弾を使用するボルトアクション式対物ライフルである。


 12.7㎜弾という大きく重い弾丸を用いて1㎞以上先にいる脅威を排除する事を企図して製造されたそれは、使用弾薬に起因する破壊力と射程距離、ボルトアクション式であるが故の命中精度の高さも併せ持った、まさしく死神の一撃と例えてもいい。


 発射された12.7㎜弾は突風の中、多少弾道を右に逸らされながらもほぼ直進。逃走するトラックを3台がかりで追いかけ回すパトカーのエンジンブロックを右側面からぶち抜くや、動力を喪失させ擱座へと追い込んでしまう。


 グリルから炎を芽吹かせ減速していくパトカー。それだけで済めばいいものを、車間距離が近かったが故に後続のパトカー2台と盛大に玉突き事故を起こしてしまい、スコープ越しに歩道へと乗り上げたり電柱へと突っ込んでボンネットを派手に大破させる様子がはっきりと見えた。


 ボルトハンドルを引き、次弾の装填準備をするカーチャ。しかし仲間たちのトラックが移動した事を考慮して狙撃ポイントの変更を決断。事前に用意していたジップラインにハーネスを引っかけ、大通りの向こうの建物へと素早く移動する。


 こういう時につくづく思うのだ。ミカエルのようにパルクールが出来たらな、と。


 彼女の移動はいつもスピーディーだ。障害物があろうと、足場が悪かろうとお構いなしにすいすいと壁をよじ登り、電線の上を伝って、屋根の上を駆け抜けて移動してしまう。あの展開速度の速さと移動ルートを選ばない地形適応能力の高さは、樹上生活に特化したジャコウネコ科の獣人の最大の武器と言っていいだろう。


 そういう意味ではミカエルは都市部での狙撃に適応できるのではないだろうか―――ふとそんな事を考え、夫に狙撃を教えるのもいいかもしれないと思いつつ場所を移動するカーチャ。


 アパートの屋上から給水タンクの整備用足場の上に飛び移るなり、手すりの上にライフルをかけて依託射撃。息を吐き、呼吸を整え、五感を視覚と聴覚に特化させていく。


 ―――風の声とは実に雄弁だ。


 ある時は優しく、ある時は激しく響き渡り、遠くの敵を射抜く際のヒントをくれる。


 だからカーチャはラムエルに言ったのだ。狙撃を成功させるコツは風の声を聴く事である、と。


 引き金を引いた。


 ズガァン、と派手な銃声を響かせながら放たれた12.7×99㎜NATO弾が、今度はトラックに追い縋ろうとしていた軍の装甲車のエンジンブロックをぶち抜いた。


 いくら装甲を搭載したとはいえ、あれは近代的な軍隊の装甲車というよりは、軍用グレードの車に鉄板を貼り付けただけの代物だ。爆発や手榴弾の破片から防護する機能はあるだろうが、12.7㎜弾の遠距離狙撃から守ってくれるほど堅牢とは言い難い。


 横合いからの狙撃でエンジンを破壊された装甲車はよろめくと、路肩に停車していたセダンに真っ向から突っ込んで動かなくなる。


 後続の装甲車がトラックに銃撃を加えつつ迫る。ボルトハンドルを引いて狙撃しようとしたカーチャだったが、しかしボールのように跳ねたモンスタートラックの巨大なホイールがギャグマンガさながらに装甲車のボンネットをぺしゃんこにしてしまい、思わず腹筋を破壊されそうになってしまった。


 黒猫のカーチャと白猫のモニカは、文字通り正反対な性格である。


 几帳面で真面目なカーチャに対し、大雑把で豪快なモニカ。それは杜撰すぎやしないか、と反論する事も多いが、しかしあの豪快さは自分にはないものだとつくづく思う。


 そしてモニカがいると、だいたいシリアスがギャグになってしまうのだ。


 おかげで何度ギャグとシリアスの温度差でヒートショックを起こしそうになった事か。


 とにかく、今ので自分の仕事を奪われた。


 そろそろ脱出に移るべきだろう―――回収予定ポイントは近い。


















 トラックの進行ルート上に、装甲車3台を並べて停車させ構築したバリケードが見えた。


 そのまま突っ込むのがセオリーだろう―――加速に乗ったトラックならば怖いものはない。その速度と質量が装甲車を吹き飛ばしてくれる筈だが、しかし相手も装甲車だ。押し負けはしないだろうが減速はするだろう。


 おそらくはこちらの速度を落として確保しやすい状況を作るのが目的か、と看破した俺たちの隣を、モニカのモンスタートラックが駆け抜けていった。


 直径1.5m(※目測)の巨大なホイールで車道を豪快に踏み締めつつ加速。ボディ後部、本来であれば荷台がある場所から並列に突き出たモヒカンみたいな5×2本のマフラーから、パンッ、と甲高い破裂音と共にアフターファイアの閃光が迸る。


「おいおいまさか……」


 ぐんぐん加速していくモニカのモンスタートラック。


 銃撃を受けながらもお構いなしに突っ込んでいったモンスタートラックが、豪快に装甲車をふっ飛ばしてしまう。ごっしゃあ、と金属がひしゃげる音に機械部品が破断する音。ミートハンマーみたいなスパイクが並ぶ鉄板を溶接された超大型の世紀末仕様グリルガードに85㎞/hで殴打され、滅茶苦茶に破壊された装甲車の残骸が公道に降り注ぐ。


 幸い兵士たちはその迫力にビビって退避していたので死傷者はいない模様だ……誰だってビビるわあんなん。


 とはいえモニカのおかげで突破口ができた。


 破壊された装甲車の部品を踏み締めて、モスコヴァ市街地の大通りを抜ける。まだ追いかけてくるパトカーにベリルのフルオート射撃を見舞って擱座させると、もうサイレンの音は聴こえなくなった。


 ひとまずこれで追手は振り切ったのだろうか……ふう、と息を吐き、内ポケットから取り出したチョコレート味のキャンディを2つ、口の中へと放り込む。


 トントン、と隣のクラリスの肩を叩いてキャンディを渡し、マガジンを一旦外して残弾を確認。まだ残っている事を確認してから戻し、念のため警戒を続ける。


「ミカエル殿」


「ん」


 後方から迫ってくる影がある。


 たった1台、トラックの後を追ってくるクーペが見える。丸みを帯びた車体に同じく丸くて大きなライト、それに比して角ばったグリル。傍から見れば甲羅から顔を出す亀のようにも見えるかもしれない。そう思えば可愛げがあるというものだ。


 警察や軍とは様子が違うようだが……一応は銃口を向けて警戒するが、しかしヘッドセットから聴こえてきたカーチャの声を聴いた途端、反射的に銃口を下げた。


《こちらカーチャ、現在トラックの後方から接近中》


《ボクもいるよ》


「おう、お帰り。狙撃支援助かったよカーチャ」


《それは何より》


 カーチャが確保していた逃走用車両だ。セーフハウスからシャーロットのサブボディも回収し、無事に合流する事が出来たようだ(さすがにサブボディとはいえシャーロットを置いていくわけにはいかない)。


 モンスタートラックに軍用トラック、そして盗難車で構成された車列はモスコヴァ郊外を突破。周囲の建物もすっかり見えなくなってきたところで停車し、みんなで荷台の積み荷をロープでしっかりと固定し始める。


 それと並行してトラックとモンスタートラックの荷台にフルトン回収装置用のバルーンを設置。強化ワイヤーをしっかり車体に固定したのを確認するなりスイッチを入れ、バルーンを膨らませ始めた。


 これから始まるのはフルトン回収―――バルーンを膨らませた後、上空を旋回するパヴェルのAn-225が機体に装備したフックでバルーンごと車両を釣り上げて回収するという強引な回収作業になる。相当な衝撃がかかるので、万一釣り上げている最終に絵画の入った箱が荷台から落下してしまったなんて事になったら大変だ。はるばる冬季封鎖中にノヴォシアまでやってきた甲斐がない。


 固定作業を終えた旨を連絡すると、パヴェルから《現在アプローチ中》と短く返事が変えてきた。


 グォォ、と空が唸る。雪空の中にうっすらと浮かんだのは、”空の怪物”としか形容しようのない巨大な機影。


 カーチャとシャーロットもトラックの荷台に乗ったのを確認し、しっかり掴まるよう指示。これから2台のトラック諸共上空へと引っ張り上げられるのだ……今思ったけどこれヘリで回収した方が早かったんじゃないの???

 

 などと抗議しても時すでに遅し。ヘッドセットから《回収まで20秒前、衝撃に備え》とパヴェルの声が聴こえてきたところで、顔を青くしたモニカと目が合った。


「ねえミカ?」


「なんだい?」


「あ、あ、あたし、空を飛ぶのは好きなの。でもね、激しいやつじゃなくてもっとこう、遊覧飛行みたいな……」


《回収10秒前》


「モニカ」


「なあに」


「吐きたくなったらこれに」


 引っ張り上げられる恐怖(※ミカエル君は絶叫マシーンがダメなのだ)を押し殺しながら買い物袋をモニカに渡しておく。その、こんなところで無差別に撒き散らされては色々困るのだ。ゲロインはシェリルだけでいい。


「ミカ、今私の名誉を著しく傷つける事を考えてませんでした?」


「誓ってそのような事は。決してゲロインなどと」


《5、4、3……》


「あのですね、あれは私じゃなくてラスプーチンとかいうド変態が悪いのであって―――」


良い旅を(ボンボヤージュ!)


「アイツさえいなければあんなに派手に吐いたりするようなkウヒョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」


 ぐんっ、と車体が引っ張られる。


 強烈な浮遊感―――ああこれアレだ。修学旅行の時、俺が絶叫マシーン系がダメなの知ってた友達が俺を騙してジェットコースターに乗せた時のあの感覚だ。膀胱の辺りがなんかこう、ゾワッとするアレである。伝われ俺の語彙力。


 シェリルの絶叫と記念すべき2人目のゲロインの誕生を祝福しつつ、俺たちは束の間の空の旅を楽しんだ。


 こうして越境強盗はモニカの尊厳と引き換えに無事成功。イライナは懐が温まる事となった。


 めでたしめでたし。




 

リガロフ・ダンジョン


・所在地

イライナ公国リュハンシク州リュハンシク市

・制作者

ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵


 リュハンシク市の郊外、旧市街地にあった廃工場区画にミカエルが作った自作型ダンジョン。元々は自分自身の鍛錬のために土地を正式に購入した上で、パヴェルに協力を仰ぎ自作した大規模トレーニングスペースとして活用していたが、「これダンジョンとして一般開放したら需要あるのではないか」というパヴェルの提言を受け内部のトラップや巡回する敵ドローン、無人兵器を再調整の上で一般公開したところ大人気となってしまった事から、今では挑戦型のダンジョンとしてアップデートを繰り返しながら冒険者向けに一般公開が継続されている。


 参加費は1人1500ヴリフニャ。難易度が設定されており、最高難易度を踏破すると9990000ヴリフニャの賞金が手に入る(獲得賞金は難易度により変動)。なお、期間限定イベント【雷獣襲撃】中は特別難易度が解放、ダンジョン最深部にラスボスとしてミカエル君が待ち構えるという難易度超絶ベリーハードとなっており、多くの冒険者が阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれた。

 この際、ボス部屋の前に血で書かれた「たすけて」という文字が全てを物語っている。


 個人、団体での挑戦が可能となっており、パーティーメンバーは4人まで。参加費は全て税収となり政策費や各種手当として領民へ還元される他、挑戦者の状況は映像で逐次中継されているので領民にとっても娯楽となっている。

 なお、挑戦者が死なないよう安全に配慮した調整が施されているが、万が一という事もあるため、事前に参加は自己責任である旨の誓約書にサインする事が必須となっている。


期間限定イベントは以下の通り↓


・雷獣襲撃

 期間限定で特設される特別難易度。報酬は18000000ヴリフニャ。無数のドローンとトラップが待ち構えるダンジョンを踏破し、最奥で待ち構える雷獣のミカエルを撃破する事が条件となるが、しかしミカエル君が強すぎるせいで未だにクリアした猛者は1人もいない。


・悪魔降臨

 期間限定で特設される特別難易度。報酬は36000000ヴリフニャ。無数のドローンに戦車が待ち構えるダンジョンを踏破し、最奥で待ち構えるウェーダンの悪魔【パヴェル】を撃破する事が勝利条件となるが、しかし皆さんお察しの通り難易度が高すぎるあまりミカエル君に『なにこれ』と言わしめるレベルの死にゲーと化してしまい、多くの挑戦者がラスボスのパヴェルのご尊顔を拝む前に脱落していった。

 参加者曰く『ミミックの配置がいやらしすぎる』『上げて(絶望の底に)落とすのやめろ』『後ろから自爆ドローン湧いてくるのホントクソ』との事。


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― 新着の感想 ―
カーチャの言葉や遠距離狙撃の手練ぶりを見ていると、CODシリーズのマクミラン大尉を思い出しました。実際五感で射撃に与える影響を感じて、500メートルや1キロで次々と命中弾を出すって凄い話ですよね。星5…
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