越境強盗:逃走
アナスタシア「まずはお二方。ご結婚おめでとうございます」
ノンナ「ええ、ありがとう」
ルカ「あ、ありがとうございまひゅ」
アナスタシア「お二人ともお似合いですよ」
ジノヴィ「 お 見 合 い ! ? 」
エレノア「え、ちょっとダーリン?」
ジノヴィ「ン゛ァ゛ァァァァァァァァァァァ!!!!!」
エレノア「ダーリン!?」
アナスタシア「気にするな、いつもの発作だ」
エレノア「いつもの発作」
あまりにも鮮やかな作戦遂行に、パヴェルは上空を旋回中のAn-225のコクピットに座りながら、思わずうんうんと頷いていた。
テンプル騎士団時代、彼も強盗に加担した事がある。テンプル騎士団は水面下で敵対国家に対する強盗作戦を展開しており、はした金で刑務所から買ってきた犯罪者で『強盗部隊』を編成、強盗作戦を強いていたのである。
作戦で稼いだ資金に応じて刑期を縮め、十分な貢献が認められれば釈放する。万一志半ばで散っていったとしても所詮は犯罪者、使い捨てる事は容易だしテンプル騎士団の関与が疑われても知らぬ存ぜぬを決め込めばいい。
そんな強盗部隊のお目付け役として、何度かパヴェルも同行した事がある。大金を盗んだあのカタルシスがなかなか癖になりそうで、もしテンプル騎士団をクビになるような事があったら強盗で生計を立てていこうか、などと真面目に考えた事もある程だ。
それはさておき、強盗のテクニックも含めた技術の全ては今、眼下で作戦を遂行中の仲間たちに継承されている。
戦場で戦い、子をもうけ、何度も傷ついたからこそパヴェルは信じている―――ヒトがその生涯で残すのは自らの遺伝子だけではないのだ、と。
身体に染み付いた技術や行動原理たる思想もまた、他者へと伝染する。
それが生者の特権、この世界に足跡を刻む権利であるのだ、と。
「RV-621」
「はい、大佐」
「ちょっと操縦代わってくれ。俺はドローンを飛ばす」
「了解です、大佐」
操縦席を戦闘人形の兵士に明け渡し、パヴェルはその熊のような巨体をコクピット後方に用意されたドローンステーションへと潜り込ませた。大型の装置がマウントされた座席に深々と座り瞼を閉じると、彼の意識は幽体離脱さながらに肉体を離れ―――An-225の格納庫から今まさに飛び立とうとしている、1機のドローンへと憑依してしまう。
格納庫のハッチから後方へと投げ出され、機体後部のプロペラを激しく回転させながら揚力を得たのは、トルコ製のドローン『バイラクタルTB2』。それをベースにリュハンシク防衛軍での運用に合致するよう魔改造を施した”リュハンシク仕様”だ。
本家には無い主翼の折り畳み機構とRシステムの搭載、そして機種にはパヴェルが筆を走らせて描いた【倍楽樽】のマーキングが映える。
彼の電子化された意識を乗せたバイラクタルはプロペラを唸らせ、一気に高度を落とした。まるで太陽に蝋の翼を焼かれ地に落ちるイカロスの如く、逆落としの急降下。
ある程度高度を落としたところで持ち直すなり、胴体下部にマウントした楕円形の複合偵察ポッドを機動。ぎょろりとした眼球型のターレットボールが旋回し、遥か眼下をトラックで爆走するミカエルたちの姿を認めるなりズームアップする。
そしてその遥か後方―――今になって出動してきた警官隊や軍隊の車列が、怒り狂う獣のようなエンジンの唸りを発して猛追してくる姿も確認できた。
(ミカ、気を付けろ。思ったよりも敵の動きが速い)
《へぇ? 最近のATMはセキュリティがしっかりしてるんだな?》
(関係無ぇ、セキュリティがあろうとATMはATMだ。ぶっちぎってやれ)
《了解》
ミカエルに情報を伝えるなり、パヴェルは意識を両腕に向けた。ちょうど相手を殴るための握り拳を作るイメージと言うべきだろうか。するとその電気信号を拾い上げた制御機構が武器システムのロックを解除、パイロンに搭載されたレーザー誘導爆弾の安全装置を解除しいつでも使える状態にしてしまう。
さすがに炸薬をたっぷりと乗せた爆弾を市街地に落とすような真似はしない。だからこのレーザー誘導爆弾は炸薬の代わりにコンクリートをたっぷりと充填した、単なる質量弾に過ぎない。
しかしそれでもこの高度から投下すれば、痩せ細った国民たちから油のように搾り出した税金でこしらえたパトカーのエンジンブロックなど、粘土のように叩き潰せるであろう事は間違いない。
カーチャが狙撃位置につき、モニカも運転席で楽しそうな笑みを浮かべながらアクセルを吹かし、モンスタートラックを爆走させる。
パーティーの時間だ。
「お客さんだ」
「いつものやつですわね」
メニュー画面を召喚、全員分の武器を選択して召喚したてホヤホヤの”TAR-21タボール”をクラリスに手渡し、ドラムマガジンとSTANAGマガジンをとりあえず必要分。範三には20式小銃を、シェリルにはマリューク(※ウクライナ製ブルパップ式アサルトライフル)を、そしてリーファにはCS/LR42を渡して戦闘態勢を整えてもらい、俺も自分用のベリルにマガジンを装着、コッキングレバーを引いて初弾を薬室へと装填する。
ハンドルを握るシスター・イルゼには運転に徹してもらおう。一応はワルサーP5を渡してあるが……理想は相手を近づけない事だ。
とりあえず準備を整え、敵が射程圏内に入るのを待つ。狙うのはエンジンかタイヤだ。グリルを滅多打ちにするか、タイヤに穴の一つでも開けてやればこっちの勝ちである。
後方から迫るサイレンの音が、しかしそのとき不意に左側からも聴こえたような気がして、俺は咄嗟にベリルを構えた。
次の瞬間だった―――木箱やら樽やら、雑物が乱雑に積み上げられた路地から、邪魔なそれらを派手にぶっ飛ばして登場したのは2台のパトカー。
待ち伏せ……ではないだろう。偶然こっちの頭を抑えられる位置にいたか、いずれにせよ運のいい連中だ。勝利の女神は今回はあっちに微笑むつもりか。
後部座席から窓ガラス越しにベリルを撃った。流れ弾が歩道に飛んでいかないよう細心の注意を払って放った初弾は当たり前だが、外れ、ボンネットの塗装を剥がして跳弾。フロントガラスを叩き割るだけに終わる。
それを合図に、クラリスも隣でタボールの引き金を引き絞った。ガンガンガン、とイスラエル製のブルパップ式アサルトライフルが吼え、艶の無い黒で塗装されたパトカーのグリルガード辺りで火花が散る。
先制攻撃を受けた警官隊も、しかし黙ってはいない。助手席の警官がリボルバーを、後部座席の警官がモシンナガンっぽい感じのボルトアクションライフルを持ち出して応戦してくる。
ガンガン、とトラックの後部に着弾の火花が散った。
身を隠した俺に代わり、身を乗り出して20式小銃を撃ちまくる範三。パトカーの片割れがグリルからうっすらと煙を吹き出し始め、追撃する速度が目に見えて落ち始める。グリルからエンジンに飛び込んだ弾丸が何か悪影響を及ぼしたようだ。
どんどん速度が落ちていくパトカーを躱し、後続のパトカーが前に躍り出る。
助手席から身を乗り出した警官がとんでもないものを取り出した。
おそらくは狩猟用なのだろう、水平二連式のショットガンだった。機関部から撃鉄が外部に露出した『有鶏頭』と呼ばれるタイプの、旧式の散弾銃である。
旧式とはいえ散弾の破壊力は脅威だ。扇状にばら撒かれるペレットの殺傷力たるや、想像するだけでゾッとする。室内戦、特に至近距離では絶対に銃口を向けられたくない武器の一つであろう。
しかしそれが火を噴く事は無かった。
ガギュゥッ、と耳を劈くような金属音。
横合いから飛来した12.7㎜の弾丸にエンジンブロックを粉砕されたパトカーが、まるで顎にストレートを受けてよろめくヘビー級ボクサーの如く頭を左右に振ったかと思いきや、凍てついた路面でスリップ。そのままスピンに入るなり街灯のポールを何本か薙ぎ倒して、電柱に突っ込み動かなくなった。
誰の攻撃かは、見るまでもなく分かる。
カーチャだ。
狙撃ポイントで対物ライフルを装備したカーチャの正確無比な一撃が、横合いからパトカーのエンジンブロックを粉砕したのである。
90㎞/h近くの速度で走行するパトカーを、およそ800~900mもの遠距離から狙撃し正確にエンジンブロックをぶち抜く。いったいどんな偏差射撃ができればそのような神業が可能になるのか、後で話を聞いてみたいものである。
「ミカ!」
シェリルの声を聴き、顔を上げた。
擱座した2台のパトカーを追い抜いて急迫してくるのは、カーキ色に塗装された軍用の装甲車。
装甲車、と言ってもミリオタ諸兄が想像するようなAPCとかIFVじみたものでも、第二次世界大戦の頃の偵察用途に用いる装甲車のようなものでもない。市販のセダンを装甲化しただけの簡素極まりないものだ。
面倒なのは窓まで鉄板で覆われていて、狭い覗き窓が設けられている点だ。視界は悪く高速走行時は事故りそうで怖いが、その防御力は侮れない。
マリュークをぶっ放すシェリルと一緒にベリルを撃ちまくる。グリル付近に火力を集中させるが、しかし大型のグリルガードがそれを許さない。銃撃が吸い込まれるようにグリルガードを殴打して、エンジンブロックに有効なダメージが与えられないのだ。
トラックに追突しようと速度を上げる装甲車。それをバックミラーかサイドミラーで確認したのだろう、イルゼが大きくハンドルを切った。ぐんっ、とトラックの車体が左へと引っ張られ、身体が投げ出されそうになる。
突進攻撃をギリギリまで引きつけての回避だったから、相手も軌道修正のしようがなかったのだろう。軍用の装甲車はトラックをオーバーシュート、逆にトラックにケツを思い切り突き飛ばされると、歩道に乗り上げ、路肩でゴミ収集作業に精を出していたゴミ収集車に追突して動かなくなった。
ナイス回避、と無線でイルゼのドライブテクニックを賞賛するが、しかし警察と軍隊の追撃はまだまだ続く。
ブォン、と何かが頭上を通過した。
「あれは……」
「アイヤー……相手も本気ヨ」
「何言ってる、こっちだって本気だ」
でも、と続けた。
「―――あれはレギュレーション違反だろうがよ」
雪空を舞う、二段重ねの翼。
複葉機―――ノヴォシア軍の戦闘機だった。
正面から見るとカタカナの『エ』のシルエットにも見えるそれが旋回、機首をこっちに向けるなり、二段に重なっている主翼の中間部にマウントしたガンポッドから機銃を放ち始めた。
ドガガガガ、と車道のアスファルトを機銃弾が穿ち、あっという間に戦闘機がトラックの頭上を通過していく。
通行人たちが悲鳴を上げ、近くの建物の中へと逃げ込んでいった。こっちは通行人に被害を出さないよう細心の注意を払っているというのに、相手はそんなのお構いなしだ。人民の命よりも美術品、という本音が透けて見える。
分かってない奴らだ。”国は人民”だというのに。
「ご主人様、次が来ます!」
ブゥン、とエンジンの音を響かせて、戦闘機が旋回し再びトラックの後方に付く。
来い、かかって来い。今度こそ撃ち落としてやる―――必中必殺を誓い銃を構え、息を吐いた。
戦闘機とはいえ機体は木製、主翼に至っては布張りだ。ならば撃墜するのであれば小銃弾で事足りる(場合によっては拳銃弾でも撃墜は期待できるのだ)。
Давай, п'яниці(かかってきやがれウォッカ野郎)、と静かに罵声を紡いだその時だった。
空を舞う戦闘機―――カーキ色に塗装されたそれに、影が落ちる。
飛んでる戦闘機に落ちる影―――いったい何か、と思わず顔を上げた。
そして度肝を抜かれた。そんな事があっていいのか、と。
機銃掃射のために接近する戦闘機。その頭上から覆いかぶさるように迫っていたのは、巨大な4つのホイールとモヒカンのような派手なマフラー、そしてほぼ剥き出しの船舶用エンジンにパイプ製フレーム、申し訳程度にかぶせられたウラル-4320のボディが特徴的なモンスタートラックだった。
そう、パヴェルが深夜テンションで組んだ問題のアレである。
《Yahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!》
ヘッドセットから響くウチの妻の中で一番騒がしい女の声、推定450㏈。
多分めっちゃ楽しんでるんだろうなぁ……という声と共に、ジャンプ台か何かで勢いをつけて特大ジャンプをキメたモンスタートラックがお構いなしに戦闘機を踏み潰す。メキメキメキ、と木製の飛行機の胴体がへし折れ、コクピットから投げ出されたパイロットが路肩に積み上げられた雪の山へと転げ落ちていった。
戦闘機の残骸と一緒に着地するモニカのモンスタートラック。
全員で「えぇ……?」みたいな感じで視線をそっちに向けると、モニカはピンチを救った自分が賞賛されていると勘違いしたのだろう、屈託のない笑みでこっちにVサインをしてみせる。
「モニカさんって人生楽しんでそうですわね」
「人生を謳歌する秘訣ってバカになる事なんじゃないかなって最近思い始めた」
ともあれ、(面白い女のおかげで)窮地は脱した。
後は回収予定ポイントまで逃げ伸びるだけだ。
ミ カ エ ル 君 の 薄 い 本 、 東 へ
パヴェルが原作・作画を担当するミカエル君のえっち本シリーズ。限定的ながらも頒布されたそれはイライナ、ノヴォシア、ベラシア国内に拡散され、多くの青少年の性癖を著しく歪め破壊した事は周知の事実である。
しかし薄い本のいくつかはジョンファの商人の手に渡り、商人の性癖を木っ端微塵に粉砕すると、彼らは何をトチ狂ったのかそれを持参してシルクロードを経由、母国ジョンファへと持ち帰った。
中には役人に発見され没収されてしまった薄い本もあったが、恐ろしい事に役人の性癖まで破壊してしまったそれは本当に何かの手違いであろうことかジョンファの皇帝に誤って献上されてしまい皇帝の性癖を破壊。長善帝の後継者となった”賢武帝”は男の娘に目がない男になってしまったという。
また別の個体はジョンファを突破しコーリア帝国へと到達。ここでも何かの手違いでうっかり皇帝に献上されてしまいコーリア皇帝の性癖を木っ端微塵に粉砕、男の娘という概念をコーリアに根付かせてしまう(※この際コーリアの出生率がやや低下し、コーリアは外交ルートを通じてイライナに抗議している)。
そして極東の大国がことごとく男の娘の侵略を受ける中で倭国だけ無傷とはいかず、ジョンファから海を越えて渡ったりコーリアの通信使が持ち込んだ『ミカエル君スク水ぬるぬるえっち本』が上様の元へと献上されてしまう。上様の性癖とハートを撃ち抜いてしまった結果、上様は家臣に命じて薄い本のモデルになった人物の捜索を開始。それが遥か大陸の彼方にあるイライナのリュハンシク領主ミカエルである事を突き止めると、娘を彼女の子供たちに嫁がせ関係強化を狙った(そしてあわよくばミカエルきゅんとの接近を狙った)。
結果、ミカエル君の子供の1人で引きこもりガチ勢だったアザゼル君と上様の娘が結婚する大事件へと発展するのであった。
結婚式でミカエル君は泣いたという……我が子の成長と、尊厳破壊の波が極東に至ってしまった事実に。




