越境強盗:作戦決行
Q.勝利おめでとうございます。勝利の秘訣は何でしょうか?
A.お母さんが作ってくれる美味しいソーセージとザワークラウトですかね。
ご飯を食べて戦に勝とう ~勝利の秘訣は美味しいごはん~
※1918年よりラジオ放送され始めたドルツのCM
1897年11月11日
ノヴォシア社会主義人民共和国連邦 革命首都モスコヴァ
越境強盗計画 決行日
鏡の前で子供サイズまで調整した軍服を身に纏い、やたらとデカい軍帽をかぶってくるりと一回転。襟についている白銀の階級章は軍曹……分隊を率いる事が出来る程度のものだ。
しかしなんか服に着られてる感じがするなぁ、とファッションチェックをしていると、ひょいっとクラリスに持ち上げられそのままトラックの方へと連行された。助手席にはいったいどこから持ってきたのか、既にチャイルドシートが備え付けてあって、強盗決行の準備も俺の尊厳破壊の準備も万全って感じだふざけるな、ふざけるな! 馬鹿野郎ォ!!
などというミカエル君の心の叫びを他所に、テキパキと出撃準備を済ませる軍服姿のクラリス。彼女が軍用のコートを身に着けているのを見ると、その整った顔立ちと鋭い目つきも相俟って優秀な副官とか仕事のできる女下士官って感じがする。実際その通りで彼女は仕事もできるクールビューティーなのだ……表面上は。
「参りましょう」
「はいよ」
出発するよ、と肉球でキャビンの後ろの壁をポンポンすると、荷台側からトントンと叩き返す音が聴こえた。出発準備は万端らしい。
《さあさあ、作戦開始だ。にしても強盗計画の決行日ってなんでこうワクワクするんだろうね?》
《なんだか修学旅行の前日みたいですよね》
《ボク修学旅行行った事ないんだよね……》
《すみませんでした》
《いいよ》
ホムンクルス兵同士のコントがヘッドセットから聴こえてくるんだけど何だこれ。
というか、テンプル騎士団にも修学旅行って概念あったのか。なんか冷酷な軍隊ってイメージがあったが、あの様子だと兵士の福利厚生とか意外としっかりしてたのかもしれない。
「懐かしいですわねぇ修学旅行。そういえばご主人様も転生前は修学旅行行かれたんですか?」
「ん、俺京都だった」
《お、ミカも京都か。俺も修学旅行の行き先京都だったぞ》
突然通信に割り込んでくるパヴェル。あの人モスコヴァ上空で旋回してるだけなんだけど暇なんだろうか。
「やっぱり?」
《おう。あれ、ミカって岩手だっけ?》
「ん、岩手岩手。パヴェルは山形だっけ?」
《そそそ。懐かしいなぁ……》
「イワテ? ヤマガタ? キョウト?」
隣で運転しているクラリス氏、異世界の地名がボロボロでてくるものだから混乱してて草。
にしても俺も歳を取った。
こっちの世界では年齢は27歳。転生前の人生よりも長生きしてしまった。あっちじゃあ21だか22で交通事故(※貰い事故だよ!)で異世界転生だから、外見はともかく内面の年齢は49歳……中身おっさんって見做していいのかコレは。
だから最近なんだか思考回路が落ち着いて来たり慎重になったりしてるんだな、と1人で納得している間に、トラックはモスコヴァ市街地へと出た。
三車線の道路で信号待ちをしていると、隣にはどういうわけかでっかいヒグマの背中に跨ったおっさんが。しかも半裸である。嘘でしょ今11月だぞ?
やあ元気かい、みたいなノリでこっちに向かってウォッカの酒瓶を掲げてきたので、俺も「Ух ты, какой милый медведь!(わあ、素敵なクマさんですね!)」って返しておいた。
ノヴォシアの法律では、ああやって飼い慣らしたヒグマの背中に跨った場合は車両扱いになる。なので信号待ちをしていると高確率でヒグマに跨ったウォッカ装備のおっさんとエンカウントするという珍事が起こるのである。
ち な み に イ ラ イ ナ も 同 じ だ 。
共産主義国家だからなのだろう、革命的に左折していくヒグマに跨ったおっさんと別れ、美術館の近くに差し掛かったところで、シャーロットが《じゃあそろそろ放火しようか》と物騒な事を言い出した。
プゥーン、と甲高い音を発しながら、トラックの荷台から飛び立っていく1機のドローン。荷台に乗ってるシャーロットが操縦してるんだろうが、しかし機体の下に火炎放射器(※ソ連製火炎放射器のLPO-50)をマウントしている辺り絶対小火騒ぎで終わらせるつもりが無いの草生える。
加減してよ、加減してよ……と念じるように祈りつつ、コートの内ポケットに入っている拳銃を最終チェックしておく事にした。
いつもの強盗のように、銃を持って天井にぶっ放して客を威圧して……という典型的な強盗とは事情が違う。変装して、如何にバレずに絵画を盗み出すか。これに懸かっているのだ。
なので武装も必要最低限、変装を見破られたら一瞬で終わりのハイリスクハイリターンな強盗作戦である。そう思うと緊張してくるので思考は断ち切った。
懐に収まっているのはドイツのワルサーP5。コンパクトで手堅い設計、高価だが価格に見合う安定した性能を持つ。
銃において必要なのは安定した動作と高い信頼性、そして実用性である。革新的な新型機構など不要なのだ(そういう要素に限って動作不良の原因になる)。
ミカエル君は実用性を第一に考える。
《着火3秒前……2、1、着火☆》
ごう、と美術館の方で紅い炎が見えた。
小火で済むのかアレ、と思っている俺の隣でアクセルを踏み込むクラリス。ぐんっ、とトラックが加速して、美術館が一気に近付いてくる。
既に昨日、通報装置に関しては細工済みだ。消防隊と軍隊には通報が行かないよう、途中でケーブルを切断してある。なので本物の軍隊も消防隊も来る可能性は低い……が、迅速に事を済ませるに越した事はない。ここから先は人海戦術で効率よくやっていく必要がある。
「援護チーム、準備は」
《こちらモニカ、いつでも行けるわ。エンジンも温まってる》
《こちらカーチャ、狙撃ポイントを確保。いつでもどうぞ》
「了解。こっちはこれより美術館に突入する」
脱出時、万一軍隊とか警察に追いかけ回されるような事になったら厄介なので援護チームも用意しておいた。
モニカは近くのガレージでその……例のウラル-4320のモンスタートラック仕様に乗って待機、カーチャはいつも通り狙撃ポイントを確保して万全の体制を敷いている。
まあ、2人の出番なしで終わるのが一番だ。見せ場を奪うのは申し訳ないが、何事も静かに済ませてしまうのが最良であろう。特にこういう強盗に関しては。
美術館の前にトラックを止めると、既に火災検知のベルがけたたましい音を立てていた。従業員が客の避難誘導を行っているようで、既に館内にはほとんど人が残っていないのが分かる。
党の上層部はともかく、末端には優秀な人材が多いようだ。非常にもったいない事である。
軍のトラックから兵士が降りてきたのを見て、避難誘導をしていた係員の顔が強張ったのが分かった。貴重な文化財が眠る美術館で火災など、管理は何をしていたのかと詰問されるのか、あるいはそれを理由として粛清されるのか……そう思っているのだろう。
どうやらノヴォシアでは兵士は祖国防衛の象徴ではなく、大粛清を背後にした恐怖と畏怖の象徴のようだ。そうなってはおしまいである。軍隊とは人民に牙を剥く存在であってはならない。
「ノヴォシア陸軍第17保安連隊だ。火災が発生していると聞き、同志スターリンの命令で美術品を持ち出すために派遣された」
部隊章と命令書(※パヴェルが用意した筆跡コピーの偽造文書)を見せつけながら、出来るだけ威圧的に告げる。
「美術品を? しかし小火程度のようですが……」
「万が一という事もある」
だいぶイライナ訛りがマシになったノヴォシア語で、畳みかけるように続けた。
「それにこの美術館は党の規定で定める火災予防基準第18号に合致していない事が報告されている。少しの小火でも一気に延焼する恐れがある。一刻も早く美術品を対比させなければならない」
「し、しかし……」
「同志、君はこの不注意で生じた小火が原因で祖国の歴史が燃えてしまったとしたら責任を取れるのか!?」
「それは……」
「同志スターリンの命令だ。拒むというのなら祖国への叛逆と見做し逮捕する!」
「……分かりました。くれぐれも優しく扱ってください、中には状態の悪い絵画もありますから」
「それは問題ない。祖国の歴史だ、丁重に扱う事を約束する」
……何だろう、胃が締め付けられる思いだ。
みんな分かってると思うけど、普段俺は民間人にこんな威圧的な言葉を投げかけるような事はしない。常に人民に寄り添い、決して威圧せず、問題は全てこちらで引き受け解決する……そういう統治を心掛けている。
だからなんだろうな、嫌な後味がするのは。
退避していく係員とすれ違い、美術館へと足を踏み入れた。
「シャーロット、放火は加減したんだろうな?」
《殺虫剤を噴射するノリでシュッとやっただけだよ》
「随分焦げ臭いぞ」
《今消火剤を蒔いてるから安心したまえ》
「ならいいんだけど」
加減をミスって全焼とかやめてほしいものだ。
「範三、リーファは1階を。シェリルとイルゼは2階、俺とクラリスで3階だ。手早くやれよ」
指示を出し、仲間たちと階段の前で分かれた。
警備員ナシ、警報鳴らしても怪しまれない、という強盗からすれば夢のような環境を手に入れ今まさに無敵モードだが、しかし悠長にやっている場合ではない。いつ正体が露見するか分からないのだ……トラックの運転手がそうだったように、美術館の職員に見破られる可能性もあるし、非難した客が本物の当局に通報する恐れだってある。
階段を一気に駆け上がり、例の絵画の前に立つ。
『大天使ミカエルの帰還』―――本来、イライナの手にあるべき巨匠の名画。大昔の大作ではあるものの、ノヴォシアでも絵画の維持には気を遣っていたのだろう。特に目立った劣化は見られない。
腰のポーチからプラスドライバーを取り出してネジを取り外し、額縁を壁から外す。それをそのまま持参した耐衝撃ケースの中に収め、クラリスに「次行くぞ」とハンドサインを出した。
結界に触れた事、額縁が外れた事による警報が美術館内に鳴り響いているが、今のところは誰も怪しむ事はないだろう。俺たちは人民の軍隊、火災から貴重な文化財を保護するために美術品を持ち出す、という理由を既に説明してあるからだ。
続けて隣の絵画を同じように額縁ごと外して耐衝撃ケースへ。別の絵画も同じように額縁を外し、真に芸術を理解してくれる者の手に渡る事を祈りながら盗品として盗んでいく。
計画は面白いほど順調に進んでいた。
同時刻
イライナ公国 首都キリウ
「お久しぶりですな、リガロフ公爵殿」
2日かけてリュハンシクからキリウへ臨時列車で移動し、駅で待っていた専用車両でキリウ宮殿までやってきたと思いきや、今度は招待されていたレーニンやスターリン、トロツキーとご対面だ。
本当に気が滅入る……という本心を笑顔の仮面で覆い隠しながら、「ええ、お会い出来て光栄です書記長殿」と差し出された手を握り返す。
すかさず広報担当者と思われるノヴォシア軍の軍服姿の兵士がカメラを持って現れるが、レーニンは手で静止した。律儀にも彼は”ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフを党のプロパガンダには使わない”という約束を守ってくれているらしい。
あるいは「こっちがこんだけ譲歩してんだからそっちも誠意を見せろ」という無言のメッセージなのか。政治ってそういう行動の裏に隠された意図まで読み取らないといけないから本当に気を遣うものである。
「はるばるモスコヴァからキリウまでよくお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう」
「いえいえ、あなたのお顔を見たら疲れも吹き飛びましたよ」
そう言いながら、レーニンは笑みを浮かべた。
「しかしこちらは良いですな、治安がいい」
「ノンナ様とルカ様の統治の賜物でしょう。あのお方は民の事を第一に考えてくださる」
「名君に恵まれたイライナは幸運ですな……我が国は最近、強盗事件が多発しておりまして」
「ほう、それはそれは……」
強盗、というフレーズを合図に、レーニンの目が捕食者のそれに変わったのをミカエル君は見逃さなかった。
「出発する前にもモスコヴァ郊外で連続強盗事件があったようで。犯人はどうも”ミスターX”のようなのです」
「なるほど」
同行し傍らに控えていたセルゲイに席を外すように視線で訴えると、彼はぺこりと一礼してから静かに部屋を後にした。
ミスターXの正体を知る4人だけが、部屋の中に残される。
「で、私を疑っていると」
「目撃者の証言を統合すると、そうとしか思えない」
「しかし現に私はここにいる。いったいどうやって強盗をするというのですかな、レーニン書記長殿?」
「そこなのですよ。我々はミカエルという人間が2人居ると見ている」
核心を突いた発言に、しかしゾッとした素振りを表に出さぬまま「面白い事を言う御仁だ」と返した。
「ドッペルゲンガーがいるとでも?」
「……わが国で行われている大粛清で、時折いるのです。人の皮を被った”機械人間”のような輩が」
擬態型の戦闘人形の事だ。
帝政時代、テンプル騎士団は帝国上層部の人間の何割かを戦闘人形にすり替えて、徹底した諜報活動を展開していた。
それはイライナも同様で、シャーロットにそういった主を失った”はぐれ戦闘人形”の制御を奪還してもらい、生き残った個体で諜報活動を継続していたのである。
とはいえ大粛清で戦闘人形が処刑の対象となれば、その正体が露見する日はそう遠くはないだろう……そう思っていたのだが、思ったよりも早かったようだ。
「リガロフ公爵殿、まさかとは思いますが……貴女もそのような類の機械人間なのではないか、と疑っております」
「……」
懐からナイフを取り出すレーニン。
世に浮かぶ三日月のような刃が、シャンデリアの灯りを受けてギラリと光った。
「公爵殿、無礼をお許しいただきたい―――貴女の”血”を見せていただきたいのです。人間の血なのか機械人間の血なのかを、ね」
フリスチェンコ突撃戦車
イライナ初の国産戦車。設計者はメスガキ博士ことフリスチェンコ博士。リュハンシクでのイライナ防衛戦において、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵率いるリュハンシク守備隊の活躍を聞いたフリスチェンコ博士が、【装甲化したトラクターに武装を施した移動砲台】の戦術的重要性に着目し1904年に設計に至ったとされている。
イライナ製の大型重トラクターをベースに開発されており、正面に30㎜の装甲を施した上で、当時では破格の破壊力を誇った76㎜野砲(※前期型のみ。後期型からは76㎜カノン砲)を主砲として装備。やや右にオフセットした位置には補助兵装として7.62㎜対人機銃を連装で装備している。また車体上部には車長用のキューポラを装備しているほか、キューポラ左右には360度旋回可能な機銃の銃塔が2基設けられている。
現代の戦車のように旋回可能な砲塔は設けず、史実のフランスのサン・シャモン突撃戦車がそうであったように車体に戦闘室を設けて正面に主砲を搭載したいわゆる突撃砲スタイルのレイアウトとなったが、専守防衛を柱とするイライナの国情を考慮すれば合致していると言える。
また元がイライナのトラクターである事、泥濘に強い事から走破性は極めて高く、第一次世界大戦ではイーランド軍が試験目的で100両を購入したほか、戦局の悪化に伴い1200両を追加発注。自国で生産された『アンダーソン菱型戦車』の補助兵器として運用した。
先進的な設計として【戦闘室とエンジンの隔離】が挙げられ、これにより居住性はよく信頼性も高かったことから、【戦域を無事に突破してきた戦車が全部イライナの戦車だった】という事も珍しくなかったという。その性能の高さと信頼性、生存率の高さから、イーランドの戦車兵たちはイライナの英雄にあやかり『ミカエル戦車』と呼ぶ事もあったとされる。
また、敵対していたドルツ軍も戦場で少なくない数のフリスチェンコ突撃戦車の鹵獲に成功しており、鹵獲戦車として多数を運用したほか、これを徹底的に解析し、のちに国産戦車【A6V】の製造に成功している。
欠点として1両あたりの製造コストの高さが挙げられ、実にアンダーソン菱型戦車の2.5両分の値段という高級品であったが、イライナはお隣に巨大なATMを抱えていた事、イーランドに対しては割引価格での販売で不足分はATMからの補填で何とかしていた事もあって問題が表面化する事は無かった。
ノヴォシアもイライナの戦車開発に大きく貢献していたのである(皮肉)




