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越境強盗:第二フェーズ

ラファエル「え、存在感が欲しい?」

ラムエル「ウン」

ラムエル「兄上も姉上もみんな私の存在に気付かない。みんなスルーしていく。ここにいるよって言ってもみんな気付いてくれないし声が聴こえても見つけてくれないし誰も構ってくれない。猫も犬も小鳥さんも私に気付いてくれないし虫にすら無視された時は私もしかして空気の擬人化なんじゃないかって思い始めた。だから父上とかパヴェルおじさんみたいなこってり系ラーメンの如き存在感が欲しい」

ラファエル「妹の悩みが切実すぎる件」

ラグエル「……とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着きなよ」

ラムエル「……兄様、私ブラックじゃなきゃヤ」

ラグエル(こだわりが強い)


ミカエル「誰がこってり系ラーメンやねん」


 セーフハウスの一室には、どういうわけかバスタブがある。


 廃工場の従業員スペースをセーフハウスとして使わせてもらっているわけだが、夜勤とか当直勤務の作業員向けにちょっとしたバスルームも完備してある辺り、この工場の福利厚生は意外としっかりしていたのだろう。帝政時代、急激な工業重視への転換で多くの国民が悲鳴を上げ、労働者はアホみたいな低賃金で馬車馬の如く働かされていたものだ(中には給料の代わりにパンとジャガイモで支払われた労働者も多いのだとか)。


 現代の日本の尺度から見ても、目を疑うレベルのブラックな職場は未だに多い。


 そういう惨状を見てきたから、こういう労働者の事を少しでも考えていた経営者がいたというのは驚きだった。少しでも自分たちを気遣ってくれる人がいる、というのは労働者たちから見て嬉しいものだったに違いない。


 しかしそんな労働者向けのバスルームに放置されていたバスタブの中には今、ぎっしりとライブル紙幣が敷き詰められている。


「お金ぇ↑!!!」


「錢!這世上金錢就是一切!(お金! この世はお金が全てなのよ!)」


 バスタブの中、ミッチミチに、それこそ1つポンと抜き取ったら均衡が一気に崩れて全部崩れそうなレベルの芸術的ペイロード配置で敷き詰められたライブル紙幣。それに飛びつきながら頬ずりしたり札束を手に取って(ほら崩落した)数えたりと、お金を愛でる事に余念がない我が家の守銭奴×2。


 でも今のレートだとライブルってイライナのヴリフニャに換算すると150分の1なんだよね……だから単純計算で1杯120ヴリフニャの紅茶を飲むためには18000ライブルが必要になってくるという。


 なんて野暮な事言ったら2人に張り倒されそうなので言わないでおこうと思う。知らない方が幸せだって事は真面目にあるからね、仕方ないね。


 大人になって分かった事だが、健全なメンタルを保つためには『都合の悪い情報は適度にシャットアウトする事』。これが精神衛生を良好に保つ秘訣だったりする。SNSで嫌いな奴とレスバするよりブロックした方が健全に済むからね。


 でもまあ、ノヴォシアで使う分には十分な額だと思う。イライナのヴリフニャに換算すると……うん。


「クックック、当局の目は完全にモスコヴァ郊外に向いているようだ」


 カタカタとPCのキーボードをタイピングしながら不敵な笑みを浮かべるシャーロット(ロリボディ)。気になったので画面を覗き込んでみると、いつの間に飛ばしていたのかドローンからの空撮映像が複数のウィンドウに映し出されていた。郊外を走るパトカーの車列に新聞記事の画像、これから郊外へ出動していく警官隊や軍の装甲車まで。


 まあ、無理もない話だ。


 権威主義者は面子を大事にする。


 共産党のお膝元、革命首都モスコヴァの目と鼻の先で連続的に銀行強盗があり、その犯人が以前逃走中で正体について全く目星がついていないともなればこうなるのも必定であろう。このまま逮捕できず取り逃がしてしまったら、それこそレーニンの面目丸つぶれだ。


 多分コレ何とかしないと警官隊や軍の指揮官クラスは首が飛ぶんだろうなぁ……比喩表現ではなく、物理的な意味で。


「ところでコレどうやってドローン中継してるのさ? 人工衛星もないのに……」


「簡単だよ、通信中継用のドローンを複数機飛ばしてる。それで通信をリレーさせて疑似的にインターネットを使えるようにしているというわけだよ」


「まさかの力業で草」


「ふふふ、キミも技術に興味を持ったのかい? 素晴らしい……それじゃあボクと2人っきりで決して終わる事のない探求に耽るとしようじゃあないか。まずは手始めに子供を作」


「次の作戦会議しようか」


「ん、子供は男でも女でも全力で愛するつもり」


「いやそっちの作戦会議じゃなくて」


「今度媚薬使ったプレイも試してみようか」


「だからそっちの会議じゃなくて」


「あ、こないだ捕獲した感覚遮断落とし穴の触手の培養に成功したしやってみるかい、触手プレイ」


「触手プレイミカエル君!?」


「ちょっと待ってそれ詳しく」


「いいとも。あの触手には人体の感度を上げる媚薬のような効果の粘液を分泌する仕組みがあるようでね―――」


 変にスイッチの入るクラリスとモニカ。話を聞いてくれる人が現れたと思ったのか、シャーロットは得意気に感覚遮断落とし穴の触手について話を始めるんだけど、え、もしかしてアレかい? 今なんか聞こえてくるエッグいプレイの犠牲者になるの俺だったりするの?


 ぴえぇ……と慄くミカエル君をひょいっと持ち上げ、「あんな話聞いちゃダメですよ」と笑みを浮かべながら小部屋へ連れ込んでくれるのはシスター・イルゼ。よかった、この人はまだまともだ。最近ちょっと欲望に負けつつあるけどまだまともな分類の人だこの人。


 椅子の上に腰を下ろし、膝の上に夫を座らせるイルゼ。ずしっ、と頭の上にIカップの豊満極まりないバストが乗ってくるんだけどワンチャン首の骨折れそう。何だこの殺人的な重量感は。いずれ人を殺すぞこのおっぱい。給料賭けてもいい。


 スマホを取り出し、画面を横にしてアプリを立ち上げる。パヴェルが作ってくれた『ごーとーあぷり☆』という名前のアプリ(そのまんまじゃねーかよい)には既に現在の強盗計画と進行具合、手に入れた車両や装備品、金額などの一覧が表示されている。


 ちなみにパヴェルはというと、脱出フェイズに備えてモスコヴァ上空を魔改造An-225で旋回中だそうだ。燃料に関しては対消滅エネルギーを用いたエンジンに換装しているので、定期的に真空状態を作り出しエネルギーの増殖を誘発していれば問題ない……らしい。何だその空飛ぶ原潜みたいな兵器は。


 スマホを取り出したイルゼと画面を共有し、情報の整理に入る。


「まず、現時点で当局の目は完全に郊外を向いた。でもこのまま踏み込んだところで外に出払ってる連中が戻ってくれば完全に包囲される。出国まで考えなければならない以上、可能な限り追跡されないうちに出国してしまいたい」


「となると、やはり変装して堂々と絵画を持ち出すのは確定になりますね」


「ああ。んでそのコスプレ衣装の調達先になるわけだが」


 スマホをスワイプしてドローンの空撮写真が表示されたウィンドウを2つ、イルゼの方の画面に転送する。


「消防署と軍……このどっちかが良いと思うんだよな、俺は」


「消防署……小火騒ぎを起こすというのであればまだ分かりますが、なぜ軍なのです?」


「ノヴォシアじゃあ軍隊は国家の軍隊というよりは”党の軍隊”という扱いだ。だから党が権力を持っているという事は、軍隊もまた権力を持っているという事だ。兵士の言葉は党の言葉、ってわけなのさ」


「なるほど……じゃあ兵士の格好をして絵画の回収に来た旨を伝えれば」


「そう、現場の連中は誰だって道を譲るって寸法さ。みんな党に盾突いて強制収容所(ラーゲリ)送りは嫌だろうからな」


「でも、入手難度を考えれば消防署を襲う方が早そうな気もしますが……」


「それはそうなんだけど、個人的に怖いなって思うのが”略奪中に本物の軍隊が絵画の回収に踏み込んでくる”事なんだよね……」


「あー……それは確かに」


 それが最大の懸案事項だった。


 消防士のコスプレをして小火騒ぎの美術館に踏み込むのはまあ、自然といえば自然である。しかしもしここで小火騒ぎが党の知るところとなり、万が一に備えて芸術作品を美術館から持ち出すという流れになれば本物の軍隊が美術館に踏み込んでくるのは必定だ(警察が来る可能性もあるが、彼らは郊外の強盗事件の捜査で出払ってるから軍隊が来る可能性の方が高いだろう)。


 クラリスの提案したように通報装置に細工をして彼らの出動を妨げてもいいが、美術館は人通りも多いし普通の客もいるだろう。もし仮に通行人や客が軍に通報するような事があれば面倒になる。


 さすがに火事で下手すりゃ焼失の恐れがある建物の中で銃撃戦何てやりたくない。焼け死ぬ前に一酸化中毒が怖い。


「だから個人的には通報防止の工作をしたうえで軍隊からトラックと軍服を盗んでおきたいなぁって」


「なるほどもふもふ」


「……?」


 なんか尻尾に息がかかってるんだけど。


 何してんの、って顔を上げようにも頭の上には殺人的重量のIカップおっぱいがのしかかっててそれどころじゃない。というかイルゼ、こんな重さの代物を2つぶら下げていつも生活してるのか……そりゃあ肩凝るわ、間違いなく。


 ガチャ、とドアが開きカーチャが小部屋に入ってくる。俺がイルゼの膝の上にちょこんと座っているのを見るなりちょっと羨ましそうにしたカーチャは、部屋の隅にある椅子を引き摺って俺の目の前に着席……なんか近くね?


「軍の方を襲う計画なんでしょ?」


「聞いてた?」


「というかミカの事だから消防署より軍を襲うんだろうなって」


「カーチャには敵わないな」


「そう言うと思って既に軍の駐屯地を調べておいたわ。近隣のモスコヴァ第7駐屯地からはいつも15時になると市内巡回のトラックが出てるのよ」


「巡回ルートは?」


「モスコヴァ市街地をぐるっと一周してから積載した物資を郊外の物資集積所に届けて戻ってくる……というのがいつものルートみたい。市街地を出て郊外に差し掛かったところで襲撃すれば……」


「カーチャ」


「なあに」


 にっ、と笑みを浮かべた。


「お前悪い女だな」


「ふふっ、にゃーお♪」


 カーチャの考えはこうだ。


 モスコヴァ第7駐屯地から出る定期便のトラックを、モスコヴァ郊外に出たところで襲撃する。目的はトラックと乗員の来ている制服だ。それらが手に入ればいい。


 しかしここで”郊外で襲撃する”という選択肢がボディーブローのように効いてくる。


 ただでさえ今、モスコヴァ郊外の強盗事件で警察がピリピリしているのだ。そこで軍のトラックが襲われたとなれば警察だけではなく軍隊も郊外に目を向ける事になるだろう。


 軍と警察、二重の戦力が外に目を向けてしまい、モスコヴァ市街地は更にノーガードになる……というわけだ。


「どう、狙ってみる?」


「そうだな……やってみる価値はある」


 すすす、と椅子をこっちに引っ張ってくるカーチャ。あの、近い。息かかるレベルで近い……あ、待って耳、耳に息かかってる。


「じゃ……襲っちゃおうかしら♪」


「……トラックをだよね?」


「ふふふ、逃がすわけないじゃない」


「トラックをだよね?」


「イルゼ、後ろは任せたわよ」


「お任せを」


「……あ、あの、お姉さん方?」


 いつの間にか、カーチャが捕食者の目になっていた。


 カーチャだけじゃない。いつもしっかり者のイルゼまで欲望に負けてしまったようで、こっちも捕食者の目に……うん、詰んだ。


 この後思い切りもふもふ肉球ぷにぷにのジャコウネコ吸いフルコースされたのは言うまでもない。




モスコヴァ空襲(1915年12月24日)


 1915年12月、ノヴォシアによるガリエプル川への毒物放流事件に端を発するイライナの報復攻撃により第二次イライナ侵攻が開始。しかしその戦火はイライナ本土までは及ばず、いずれも集結中のノヴォシア軍歩兵大隊への蝶遠距離攻撃や空爆に終始していた。


 そんなワンサイドゲームの最中、キリウ大公ノンナ2世の命令によりリュハンシク先代領主ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵(※2020年の機密開示に合わせ、イライナに残ったルシフェルの方だったことが判明)の操るSu-30Ex、ペットネーム【メサイア】が無人型のSu-35を引き連れ出撃。搭載したレールガンでモスコヴァまで肉薄するや、国会議事堂やノヴォシア共産党本部を砲撃。この電撃的な奇襲により共産党上層部の殆どが戦死し、襲撃を脱がれたレーニンとスターリンはダーチャ(※別荘)への逃走を余儀なくされた。


 なお、ダーチャの位置や警備体制は単身でノヴォシアに潜入中だったラムエルと、アザゼルの開発した超長距離ステルスドローンによる索敵で全て筒抜けであり、デスミカエル君による単独侵攻で壊滅する事となるのだがそれは別の話である。



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