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越境強盗:陽動作戦

アナスタシア「それにしても陛下、なにゆえ陛下からこんなにオレンジの良い香りがするでもふぅ?」

ノンナ「ハイ不敬罪」

ジノヴィ「姉上、陛下吸いはさすがに拙いのでは」


ミカエル「陛下吸いとかいうパワーワードやめてもろて」



 ノヴォシア人は身体が大きい人が多い。


 男性の平均身長は175~185㎝、俺から見ればもうどいつもこいつも巨人ばかりだ(※第一世代型の獣人の存在が平均身長を押し上げている事に留意する事)。女性もだいたいそんな感じなので、生活用品は大体ノヴォシア人の体格に合わせたサイズで製造されている。


 それは車も例外ではない。車体のサイズは大きく、それに伴って搭載するエンジンのサイズは当たり前のようにXXLサイズ。馬力も凄まじいので総じて”武骨でパワーがあり寒冷地でも動く信頼性の高さ”が売りであると言えるだろう。


 別にそれは良い。機械は想定通りに動いて当たり前に役割を果たすのが当然であって、期待通りの動きが出来ない機械など鉄屑も同然だ。


 しかしこの、シートベルトを締めてもぶかぶかで、事故から身を守るためのシートベルトが役割を成していないのは何とかならないものか。あるいはどこかにチャイルドシートでも転がっていないのか……。


 郊外にあるスラム付近を拠点に活動していたギャングから盗んできたセダンの後部座席で、クラリスの膝の上にちょこんと座り一緒にシートベルトを締めながら、まだちょっと余裕のあるシートベルトを左手で弄びつつそう思う。


 さっきまで1人で座ってたんだけどシートベルトがゆるゆるで役目を成しておらず、万一事故ったら危ないからという理由でクラリスの膝の上に座ってチャイルドシートの代用とさせていただいているわけなのだが、傍から見ればコレ完全に小さい子と一緒に車に乗るお母さんである。少なくとも夫婦とか主従関係には見えない。


 バックミラー越しにちらちらとこっちを見てくるのはハンドルを握るイルゼ。気のせいだろうか、目が合う度に顔を赤らめては羨ましそうに目を細めているのだが……イルゼさん? あの、イルゼさん最近なんか自分の欲望に負け始めてない?


「……つくづく思うんだ。ノヴォシアの車はチャイルドシートの搭載を義務化するべきだって」


「そうしないと盗難車を強盗に使えないもんねミカの場合は」


「そうでしょうか? クラリスはこうしてご主人様のチャイルドシートになれて幸せでもふぅ」


「ぴえ」


 相変わらず人の頭皮の匂いをすんすん嗅いだり吸ったりケモミミをハムハムしたりとやりたい放題なクラリス。その辺のバキュームカーもびっくりな吸引力である。あ、ちょっと待ってクラリス、そこダメ。ケモミミは敏感だから……ひゃん。


《そろそろ目的地だよ、準備をしたまえ》


「了解……ひゃんっ」


「ぺろぺろ」


《なんだい今のえっちな声は》


「気にしないで、ミカの喘ぎ声だから」


《ミカの喘ぎ声》


 なんで強盗作戦前なのにこんな緊張感皆無なんだろうか。まあ、平常運転といえば平常運転なのだが。


「ハムハムペロペロじゅるじゅるれろれろぬっちゃぬっちゃ」


「「「ぬっちゃぬっちゃ!?」」」


 待って俺何されてんの? 頭の上で何が繰り広げられてんの? ねえクラリス? クラリスさん???


 名残惜しそうにジャコウネコ吸い(?)をやめ、スイッチが入ったように装備の点検を始めるクラリス。JS9㎜の銃口からサプレッサーを取り外す彼女の膝の上で、俺もメインアームに選定した”PM-06グラウベリット”の最終点検を開始する。


 PM-06はポーランド製のSMG”PM-84”を近代化改修したものだ。使用弾薬もソ連製の拳銃弾である9×18㎜マカロフ弾から9×19㎜NATO弾に改められている他、連射速度の向上やピカティニー・レールの搭載による汎用性の向上などの改良が施されている。


 特徴的なフラッシュライトを内臓可能なハンドガードを取り外してバーティカル・フォアグリップを装備。今回はあくまでも銀行の支店に強盗に入るわけだからライトは必要ない。それよりは反動制御(リコイルコントロール)に重点を置くべきだ、との判断からこうなっている。


 また同様の理由でサプレッサーも装着しない。


 これが裏から静かに侵入して静かに盗み静かに退散するような強盗なら必須だが、今回はあくまでも当局の目を市街地の外側に向けさせるための陽動だ。だから派手に、そして電撃的にやるだけやってさっさとケツ捲って逃げる必要がある。


 それに、そういう類の強盗において銃とは殺しの道具ではなく”脅しの道具”だ。派手にフルオート射撃を天井に向かってかませば誰だって足が竦んで動けなくなるだろう……特に、共産党という権威に手厚く守られた”革命首都”とやらの住人は。


 総じてイスラエルのUZIとか自衛隊の9㎜機関拳銃みたいなシルエットになったPM-06。サイドアームはいつもお世話になっております、グロック17Lです。


 黒いコンバットシャツに黒いコンバットパンツ、同色のチェストリグにはPM-06用のマガジンがびっしりと収まっている。本来は25発入りのマガジンだが、派手に撃ちまくる事を想定して特注の40発入りマガジンを用意してきた。まあ、それでもコイツは一瞬で食い尽くしてしまうだろうけど。


 突入メンバーは俺とクラリス、モニカの3人。イルゼは盗難車で待機しドローンで補助、合流後はドライバーとして逃走を任せる事になる。


 近隣にはカーチャがスナイパーライフルを装備して待機中。警察との鬼ごっこが始まったら狙撃で支援してくれる手筈になっている。


 真っ黒な目出し帽(バラクラバ)をかぶり、眼球防護用のゴーグルを着用。ヘッドセットも装着して完璧なタクティカル強盗が車内で爆誕する。


 停車した車を降り、銀行の支店へと向かった。


 モスコヴァから20分も車を走らせれば建物は閑散としてくる。銀行の支店の周囲は建物も疎らで、ボロボロの掲示板には共産党のスローガンが書き込まれたポスターが、雨風に晒され色褪せた状態で貼り付けられていた。


 事前情報では警察が駆けつけてくるまでの猶予は10分から15分。都市中心部の守りを堅牢にするあまり、郊外の守りは軽視されているようだ。それが共産党上層部の暗殺への恐怖から来るものなのか、はたまた予算の都合で郊外まで手が回らないのかは定かではない(多分どっちもだろう)。


 さて、やりますか。


 正面の入り口から堂々と足を踏み入れると、口座の開設にでも来ていたのだろうか、受付のところで店員と話したりサインしていた老夫婦がこっちを振り向いた。ごめんねお爺ちゃんお婆ちゃん、と心の中で詫びを入れつつ、銃口を天井に向けて引き金を引いた。


 ダララララッ、と軽快に弾丸を吐き出すPM-06。優美な装飾が施された天井があっという間に穴だらけになり、平和な昼下がりの銀行支店内が一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化す。


 客の悲鳴の中、慌てて通報ボタンを押そうとする店員。しかし店員の手が非常ベルを鳴らすよりも先に、ベルのボタンから伸びるケーブルを1発の9×19㎜パラベラム弾が断ち切った。


 クラリスのJS9㎜から放たれた弾丸だった。


『Дамы и господа, прошу прощения за беспокойство. Если ты сделаешь, как я говорю, я обещаю, что не причиню тебе вреда(紳士淑女の皆様、お忙しいところを邪魔して申し訳ない。こちらの言う通りにしてくれれば皆さんに危害を加えないと約束しよう)』


 昔と比べればだいぶイライナ訛りがマシになったノヴォシア語で言うと、それを合図にクラリスとモニカが客と店員の制圧に入った。『Пожалуйста, заложите руки за спину и лягте лицом вниз(両手を頭の後ろで組んで姿勢を低く)』という指示に、客たちは素直に従ってくれる。


 それもそうだろう。誰だって9×19㎜パラベラム弾のフルオート射撃を至近距離で浴びて、穴あきチーズになんてなりたくない筈だ。なりたい奴がいるとしたら異常性癖クラスのドMか、ただの自殺志願者に違いない。


 カウンターを飛び越えて銃口を店員たちに向け、広間の方に出て伏せろ、と命令すると店員たちは震えながらも従ってくれた。


 皆従順で何よりである。


 俺たちの本分はあくまでも”盗み”であって”殺し”ではないのだ。それに抵抗してくる相手であれば『仕方が無かった』と後で言い訳できるが、無抵抗の非戦闘員を殺したなんて事になったらこっちが罪悪感で押し潰されてしまう。


 クラリスに目配せすると、彼女は店員の1人(明らかにでっぷり太った責任者みたいな男だ)の襟首を捕まえて、背中に銃口を突きつけながら『А теперь можешь отвести меня к сейфу?(さあ、金庫まで案内してもらいましょうか?)』とゾッとするほど冷たい声で告げる。


 正直、本来の彼女がどういう女か知らない人からしたら死の恐怖しか感じないような、そんなレベルの冷たい声だった。信じられるだろうか、つい十数分前までジャコウネコ吸いをキメていた女なんですソイツ。


 金庫の方はクラリスに任せ、俺はモニカと一緒に人質の制圧と見張りについた。


 逃げ出したり、別の非常ベルを押そうとする店員がいないか目を光らせるモニカ。その手の中にあるのはトルコ製のポンプアクション式ショットガン、UTS-15。いかつい近未来的な形状の銃で、その中には14+1発の散弾が装填されている。その火力を解放されたらどうなるか、それもこんな室内で……考えたくもない。


 いつでも威嚇射撃ができるように備えつつ、視線を老夫婦の後ろで振るえる小さな兄妹へと向けた。


 やや痩せ細った、犬の獣人の子供たちだった。あの老夫婦の孫なのだろう。祖父母の口座開設に付き合わされた結果強盗に出くわすなんてなかなかツイてない、幸薄そうな子供たちだった。


 銃口を下げ、その2人に向かって足を進めた。孫たちを狙っていると思ったのだろう、老夫婦が敵意剥き出しの目でこっちを睨みながら子供たちを庇うような素振りを見せるが、それはお構いなしに俺は子供たちの前でそっとしゃがみ、ポケットの中からチョコレートの包み紙を取り出す。


 小腹が空いた時とか、あるいはスラムを訪れた際に子供にお菓子を分け与える事が出来るように、ミカエル君はいつもチョコレートやらキャンディを常備しているのである。


『Извини, что напугал тебя. Я уйду, как только получу деньги(驚かせちゃってごめんね。お金貰ったらすぐ出ていくからさ)』


『……』


『В знак моих извинений, возьми шоколадку и подними мне настроение(お詫びの印に、ほら。チョコレートでも食べて元気出してくれ)』


 無言でチョコレートを受け取る兄。包み紙が見慣れたもの(そしておそらくノヴォシアでは満足に手に入らないもの)である事と、中身が本当にチョコレートである事を確認するなり、まだ幼い兄妹の目が輝き始める。


 1枚だけというのも可哀想なので、ポケットに入ってた分をとりあえず全部あげた。


『Я люблю детей. Они — национальное достояние(子供は好きです。国の宝ですからね)』


 滅多に口にできないであろうチョコレートを一心不乱に頬張り始める子供たちを見つめながらそう言うと、傍らで警戒していた丸眼鏡の老人が口を開いた。


『Если у тебя такое доброе сердце, зачем ты это делаешь?(あんた、そんな優しい心があるならなんでこんな事をするんだい?)』


『К сожалению, это работа(仕事なんですよ、残念ながらね)』


 クラリスが戻ってきた。


 パンパンになったダッフルバッグを2つ抱えたクラリスの姿を認めるなり、モニカに目配せをして退散の準備をさせる。彼女の代わりに銃口を人質たちに向けながら後ずさりして正面玄関まで移動すると、俺は店内の全員に聴こえるように声を張り上げた。


『Благодарим вас за сотрудничество, сограждане!(人民諸君、ご協力感謝する!)』


 まるで上演を終えた劇団の団員が観客席に一礼するように、深々と頭を下げてから踵を返す。


 遠くからはパトカーのサイレンの音が近付いていた。非常ベルは押させなかったが、通行人が当局に通報でもしたのだろう。


 派手にやるつもりで来たが、街中で警官隊と銃撃戦をやるほど馬鹿ではない。盗んだ金を持っているクラリスを引き連れて、モニカと一緒に路地裏へとダッシュ。廃屋の隣に停車してアイドリングしていたセダンの後部座席に転がり込み、ばんばん、と窓を叩いて発進を促す。


 イルゼがアクセルを踏み込み、セダンが急加速。路地裏を抜けて国道に出るや、そのまま赤信号を突っ切って一気に走り去っていく。


「よし、2軒目行こうか」


 PM-06のマガジンを交換しながら、居酒屋をハシゴするサラリーマンのノリでさらりと言う。


 よもや警官隊も連続で強盗事件が起こるとは夢にも思っていないだろう。楽しくなってきた。




第二次イライナ侵攻(1915年12月19日~1916年1月1日)


 第一次世界大戦勃発当初より、イライナは中立国としてバルカン連邦、およびドルツ帝国陣営双方への関与を拒否。世界大戦への不干渉を貫きつつ戦局の推移を注視、水面下ではノヴォシアからの侵略の脅威に晒されるスオミへの支援を行い暗躍していた。


 そんな最中、ノヴォシアも領土拡張の野心を抱き第一次世界大戦に参戦。アルト海を挟んでのドルツ帝国との戦闘は徐々にエスカレートし、やがてスオミ領を通過してくるであろうドルツ帝国軍を警戒したノヴォシアは予防的侵略としてスオミに対し偽旗作戦を決行、侵攻を開始する(1915年、冬戦争)。

 しかし戦闘は以外にもスオミ側の粘り強い抵抗により領土獲得はならず、損害ばかりが増えていった。この状況に業を煮やしたレーニンはベラシアからも兵員を動員しつつ、イライナに対し”両国とも文化的ルーツを同じくする兄弟民族である”と主張、数々の譲歩を手土産に対スオミへの参戦を要求するが、当時のキリウ大公『ノンナ2世』と宰相『ヴィクトル・ヴォロディミロヴィッチ・リガロフ』はこの要求を断固として拒否。戦争への不干渉を貫く事を通告するとレーニンは激怒し、ベラシアからイライナ領内へと流れるガリエプル川上流から事故を装い毒物を流出させるという暴挙に出る。

 

 この毒物流出によりイライナでは川で遊んでいた子供や水を飲んだ民間人15名が重症、あるいは死亡する惨事となった(ガリエプル川事件)。これをノヴォシアの意図的な攻撃である事と断定したイライナ政府は、父であるミカエルから家督を継承しリュハンシク領主となったラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフ公爵に報復攻撃を指示。イライナの槍より2発の砲弾が発射され、ベラシア領ピャンスク及びノヴォシア領革命首都モスコヴァを砲撃した。


 この攻撃を『自国領への侵略である』としたレーニンはイライナ侵攻を指示。国内で待機していた第35、36、37、38、39親衛歩兵大隊をイライナへと出撃させる。侵略の大義名分を得た彼らであったが、しかしイライナはこの展開を見越し事前に『ミカエル・プラン(※ミカエルが制定した戦時国防計画)』を発動。戦時体制へと移行するなりイライナ公国憲法の防衛規定に基づき、イライナ侵攻のため集結中の歩兵部隊に対しミサイルやドローン、遠距離砲撃を加え、あろうことか【イライナ領へ足を踏み入れる前に殲滅してしまう】。


 対スオミ戦に投入予定だった戦力をおよそ半月で溶かす羽目になったノヴォシアは大損害を被り侵攻を断念。国内で大規模な動員を行い戦力を抽出するが、しかしこのイライナ侵攻の知らせはスオミ戦線でスロ・コルッカとして戦闘中だったミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵の耳に届いており、のちにデスミカエル君(45)と化したミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵は戦争の終結から間髪入れずにノヴォシア領へ単独侵攻。約束通りの斬首作戦を実行に移し、ダーチャ(※別荘)へ避難していたレーニンとスターリンを暗殺し帰国する事となる。


 主力の喪失と予防的侵略の失敗、国家元首の暗殺に加え、冬戦争終結後のドルツ帝国軍による東部攻勢によりレニングラード周辺地域を失陥するという大損害を被ったノヴォシアはそれ以上大規模な軍事行動を起こす事が出来ず戦争継続を断念。第一次世界大戦最初の脱落国となった。



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銀行までの道中と強盗時のクラリスが同一人物と思えないんですが…実は別人だったりしませんかね。というか効果音からしてクラリスが何をしていたのかミカエル君は知らないほうが幸せでしょうねえ。 強盗の手際が…
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