越境強盗:偵察
酔っ払いパヴェル「俺思ったんだ。でっかいトラックをでっかいモンスタートラックに改造して敵に突っ込んだらさいきょーじゃないかって」
深夜テンションミカエル「いや草。面白そうだしやってくれ、金は俺が出すからwww」
モンスタートラック「で、俺が生まれたってわけ」
冷静ミカエル君「……なんでこんなのに金出したんだろ」
冷静パヴェル「なんでこんなもん造ったんだろ」
1897年 11月7日
ノヴォシア社会主義人民共和国連邦 革命首都モスコヴァ
街が全体的に赤くなったな、と思うのは所構わず貼り付けられたポスターやら横断幕のせいなのだろう。ポスターには暑苦しい画風で兵士が描かれており、愛国心やら祖国への忠誠やらといった文言がその前面に踊っている。
ノヴォシア帝国崩壊から3年、ここも随分と様変わりしたものだ。
大通りの露店でコーヒーとポンチキ(※ドーナツのような食べ物)を購入、買ったばかりのポンチキを齧りながらふと帝政時代を思い起こす。
どうやら今の共産党には、美的センスのある人材がいないようだ。
帝政時代はもっと、大昔から受け継がれてきた建築様式の建物の美しさを際立させる工夫があった。そうした”小さな美”が積み重なって、かつてのモスコヴァは雪の中に佇む白亜の都として中央大陸に君臨していたのである。
しかし今のモスコヴァはどうだろうか。
建築物との調和はガン無視で、至る所に暑苦しい政治スローガンのポスターをこうもべたべたと貼りまくる。そんな哀れな風景がどこを見ても広がっているのだ。
あれか、この帝国を打倒したのは我々だ、と主張するためのマーキングのつもりなのだろうか。
理由がどうであれセンスがねえな、と思っている間に、ポンチキがあれだけぎっしり収まっていた筈の紙袋はすっからかんになっていた。隣では両手に持ったポンチキを幸せそうに頬張る身長183㎝のデカ女ことクラリスさんの姿が。
まあ、幸せならいいやそれで。
飲み終えたコーヒーの紙コップを空になった紙袋に収めて、道端に置いてあるゴミ箱に捨ててから美術館を目指してとにかく歩いた。
ノヴォシアはイライナよりも寒い。降雪量と気温がケタ違いで、酷い時なんか最低気温が-70℃に達する日もあるそうだが、しかしイライナやノヴォシアの祖先たちは何を想ってこんな極寒のデス雪国に住もうと思ったのか。
とはいえノヴォシアも無策というわけではない。
小さな脇道や路地裏はまあ仕方がないにしても、大通りや革命広場といった主要なエリアには積雪が殆どなかった。
それもその筈である。道路の下には大型の配管が埋め込まれていて、その中を大量の蒸気が循環しているためだ。その蒸気の熱で降ってきた雪を片っ端から溶かす事で除雪作業を不要としているのである。
いわゆるロードヒーティングというやつだ。
イライナでも道路の下に蒸気配管を埋設して同じ事をしているが、しっかりと丹念に不純物を取り除いた純水で蒸気を作っているイライナと比較すると、ノヴォシアのそれは技術的限界から不純物をそれなりに含んだ水で蒸気を作っているとの事で、ボイラーの稼働率はそれ相応なのだそうだ。
街中を巡回する歩兵の隊列とすれ違い、クラリスと手を繋いで美術館へ。
かつては『ノヴォシア帝国美術館』という名称であった施設は、今では『ノヴォシア革命美術館』と名を変えて営業されている。何でもかんでも”革命”だのなんだの付けるセンスはさておき、まあ名称が変わっただけだろうから警備もそれなりだろうなとは思う。
入口にはモシンナガンに似たボルトアクション小銃を手に、微動だにしない警備兵が2名。そんな彼らに睨まれつつも美術館の中へと足を踏み入れ、入場料を支払う。
『Добро пожаловать. Вас двое?(ようこそお越しくださいました。2名様ですね?)』
受付のカウンターにいたのは、人間ではなかった。
戦闘人形だ。アリクイみたいな頭に人骨を思わせる形状の金属製フレームが剥き出しになっていて、3本のマニピュレータがついた4本の腕を持っている。下半身は無く、上半身がそのまま外部電源と思われるユニットに接続され固定されていた。
「Пожалуйста, один взрослый и один ребенок(大人1人と子供1人でおねがいします)」
『Я понял. Вот ваш входной билет. Наслаждайтесь историей и искусством нашей великой родины в своё удовольствие(かしこまりました。どうぞ、こちらが入場券となります。偉大な祖国の歴史と芸術を心ゆくまでご堪能ください)』
機械の腕から入場券を2人分受け取って、クラリスと2人で美術館内へ。
今、俺たち2人は親子という設定になっている。
まあこの身長差だから仕方がない。クラリス183㎝に対し俺氏150㎝、13歳の頃から1ミクロンも伸びていないのだからこの身長差で夫婦です、というのは無理がある。
共産主義国家ということもあって、服装にも気を使った。帝政時代であればおしゃれも許されたのだが、しかし今は国民みな平等に、贅沢は悪というイデオロギーが当たり前となった共産主義国家ノヴォシアである。上質な生地で仕立てた服やブローチといった装飾品は裕福な証と見なされお巡りさんに職質されてしまうだろう。
そういう事もあって、俺もクラリスも目立たないカーキ色とブラウンのコートにウシャンカ、厚めの手袋という無個性を限界まで煮詰めて鍋の底に残ったそれを抽出したような服装だった。
「……やたらと警備が厳重ですわね」
母親役のクラリスが、まるで子供に「絵がたくさんあって凄いわね~」的な感じで語り掛けるノリで、笑顔を浮かべたままそう言い出すものだから思わず吹き出しそうになった。表情と口にした言葉のギャップでヒートショック起こしそうになる。
が、彼女の言う事もごもっともだった。
美術館とは、遥か昔から現代まで遺された先人たちの芸術に全身で浸る場だ。作者はどういう意図でこの作品を作り上げたのか、この造形や色使いは何を表現したかったのか。魂や精神の発露と言っても過言ではない芸術作品に、ただ静かに向き合いその意図を読み解くような、そんな場であるべきだ。
しかし美術館の中には警備兵もいた。着剣したボルトアクション小銃を、担え銃の格好で直立不動で周囲に目を光らせている。
銃を持った兵士がいるだけで、息苦しさが半端ではなく上がるのだからすごいものである(皮肉)。
彼らはいったい何を見張っているのだろうか。国民をそんなに見張って何になるというのだろうか。ブルジョアが紛れ込んでいるだとか、スパイがいると本気で信じているのだろうか。まあここに隣国からやってきて強盗計画を企てているミカエル君とその一味がいるわけなんですけども。
たぶんコレ、警備兵以外にも結界とか色々あるんだろうな……と思いつつポケットから取り出した眼鏡を装着するミカエル君。
シャーロットが作成したそのメガネは、レンズに特殊な加工が施されていて、魔力の流れを視覚化する事が出来るのだ。彼女の作った眼鏡越しに絵画やら通路やらを見てみると、案の定緑色の光の帯が作品を守るように張り巡らされているのが分かる。
《予想通りだねェ》
耳に仕込んだ超小型無線機から聴こえるシャーロットの声。今、彼女は遠く離れたリュハンシク城から紅茶でも飲みながらこの眼鏡越しに見ている映像をチェックしているのだろう。
《ん、解析した。何か物体が接触すると反応するセンサーのようなものだ》
「どう掻い潜る?」
《結界発生装置の電源を落とせば簡単に無力化できる。問題はそういう装置が重要区画に配置されているであろう事かな》
「面倒ですわねぇ……」
強行突破……は愚の骨頂だ。
ここは革命首都モスコヴァの中枢区画に位置する美術館である。政治の中枢に近いだけあって警備も厳重で、そんなところで警報を鳴らせば至る所から警察やら兵士やらが現場に雪崩れ込んでくるであろう。
物量が自慢のノヴォシアだから、そんな事になればこっちが一気に不利になる。
となると電源を落とし、気付かれないように目標の絵画を持ち去るのが前提になりそうだ。電撃的に奪って電撃的に退散、というのは難しい。
3階に上がるなり、その絵画は視界に飛び込んできた。
剣と盾を携え、翼を広げる大天使ミカエルを描いたイライナの絵画―――『大天使ミカエルの帰還』。
俺の名前の由来にもなった大天使ミカエルの姿を描いたとされるその絵画は、しかし事前情報の通りにノヴォシアの絵画という形に事実を歪められた状態で展示されているようで、絵画の前に設置された作品紹介のプレートにもノヴォシアの画家が描いた絵画である旨の説明文が添えられている。
なんだろう、絵画が泣いているように見えてしまうのは。
絵画の設置場所を記録し、頭の中に焼き付けながら固く誓う。
必ず奪還する、と。
これはイライナ人の手にあるべき絵だ、と。
「標的の絵画、大天使ミカエルの帰還は美術館本館の3階にある」
帝都モスコヴァ郊外、かつては従業員の休憩スペースとなっていたであろう廃工場の一角に設けられたセーフハウス。丹念に掃除し汚れを取り除いた壁に写真を貼り付け、チョークで補足情報を書き込みながら仲間たちに言った。
「内部は警備兵だらけ。おまけに各絵画の表面には接触反応式の結界が三重に展開されている」
「解析の結果、結界のシャットダウンには電源を落とすか、警備責任者の認証キーを用いるしかないようだねェ」
小柄なサブボディに意識を移したシャーロットが、背伸びをしながら写真を壁に貼り付ける。
今の大人の身体に戻る以前に使っていた、小柄な子供の身体だ。それに新たに設計した制御ユニット入りの頭部を取りつけて第二のサブボディとして運用しているのだ。こうする事で、本体は安全なリュハンシク城の地下区画に居ながら強盗作戦の参謀役として参加する事が可能となる。
子供型のボディを選択したのは、単純にサイズが小さい事で持ち運びが便利だからだろう。まあ、あんなデカくてむっちむちなボディだったら周囲の注目を集めてしまって目立つ、という理由も2割くらいはあるのかもしれないけど。
「それだけじゃないわ」
懐から煙草を取り出し、咥えてライターで火をつけるなり、カーチャはスマホの画像フォルダを開いた。トン、とテーブルの上に置くなり、仲間に見えるように画像を拡大させ始める。
「美術館周辺の警察署はおよそ8ヵ所、軍の拠点に至っては11ヵ所。警報か通報を受ければ3分以内に即応部隊がやってくる計算になるけれど」
「即応部隊の規模は?」
「あくまでもノヴォシア軍の基準になるけれど、一個小隊から中隊規模は雪崩れ込んでくるんじゃないかしら」
さらりと他人事のように言うカーチャだが、冗談じゃない……3分以内に200人も兵士が雪崩れ込んでくるとか全く洒落になっていない。
「では、発見される事は強盗の失敗を意味する事になりますね……」
「どうする、重装備で真っ向からやり合う?」
「冗談じゃない、火力で負ける。戦車でもあれば話は別だが」
市街地で絵画を巡り、戦車まで投入して戦争か……随分とまあにぎやかな事だ。
「どうするヨ、ミカ?」
さて、どうするか。
何かいい手はないかな、と考えを巡らせていると、それまで腕を組み沈黙を貫いていた範三が口を開く。
「陽動という手はいかがかな、ミカエル殿」
「というと?」
「すまぬがカーチャ殿、モスコヴァの郊外にある銀行は何ヵ所あるか分かるか?」
「銀行の支店は郊外に5店舗あるわ。いずれも小規模だけど」
「……なるほど、読めたぞ範三」
ニッ、と笑いながら彼の方を見ると、範三も笑みを浮かべた。
つまりは陽動作戦だ。第一段階としてこっちの銀行に相次いで強盗に入り、当局の目をモスコヴァ市街地の外側へと向けておく。憎き”ミスターX”がノヴォシア共産党のお膝元で相次いで強盗を成功させたとなれば、軍も本気になるだろう。郊外の警備は厳重になるかもしれない―――相次ぐ失態は警備責任者の粛清に繋がりかねないからだ。
「この5店舗に連続で強盗に入り、当局の目を外側へと向ける……良い作戦だ。これで少しでも美術館周辺の警備の人員を削る事が出来れば成功率は上がる」
「でしたらご主人様、その間に手の空いているメンバーで相互連絡体制の遮断も行いましょう。上手くいけば通報を封じる事が出来ますし、完全に封殺は出来なくとも増援の到達までの時間に余裕ができるかと」
「そうだな、それは陽動作戦と並行して行おう。となると陽動作戦のための逃走車両も必要になるか」
「ちょっと意見具申いいですか」
すっ、と手を挙げたのはスマホで情報を整理していたシェリルだった。
「どうぞ」
「美術館のセキュリティに関してですが……どうでしょう、美術館で小火騒ぎでも起こしてみるというのは」
「小火ぁ? そんなん消火器ですぐに……」
モニカが何言ってんだコイツみたいな感じで言うが、シェリルは「まあ最後まで聞いてちょうだい」といった感じにウインクをして話を続けた。
「個人的に共産党上層部の心理プロファイリングをしてみたのですが、連中は権威以外にも祖国の歴史を大事にする傾向があります。受け継がれてきた芸術作品に焼失の危険が及べば、消火活動と並行して美術館からそれらを持ち出そうとするはずです」
「……そこでノヴォシア兵に変装した俺らが堂々と美術館に突入し、芸術品を持ち出してまんまと逃走する、と」
「ご名答」
なるほど、変装か。
確かにそれであればセキュリティを突破する必要もない。火事で作品が焼失する恐れがあるから党が責任を持ってこれを保護する、とでも言えば真正面から堂々と絵画を持ち出す事も可能であろう。
事前にクラリスの意見具申通り、相互連絡体制を遮断していればさらに効果的になる筈だ。
よもや美術館側も、信じて預けた絵画たちがそっくりそのままイライナの手に渡るなどとは思うまい。
「シェリル」
「なんです」
「……俺ら、今の仕事無くなっても老後は強盗で食っていけそうだな」
「ですね。年金貰えなかったらそうしましょうか」
まあ、現時点でも老後に困らないくらいの貯蓄はあるのだが。
そんなジョークを交えつつ、作戦の方針は決まった。
いずれにせよ、まずは当局の目を市街地の外側へと向けなければならない。
今までにない、大規模な強盗作戦になりそうだ。
スロ・コルッカ
スオミ政府の公式情報
スオミ共和国、ヤッキサルヴィ出身の軍人。幼少の頃より猟師だった父と共にケワタガモの狩猟で生計を立てており、猟銃を用いた射撃の技術は非常に高かったとされる。その技術は軍に入隊した後も遺憾なく発揮されており、1915年に勃発した冬戦争では狙撃銃と最新鋭の機関短銃を装備し奮戦。侵略してきたノヴォシア兵の死体の山を築いた。
とくに有名なのが1916年のコルラ川会戦である。僅か33名の兵士で5000人の大部隊を撃退したこの戦いは近代戦史において奇跡的勝利とされているが、巧妙に配置されたスオミ側の火砲による打撃に加え兵士たちの勇戦、中でもシモ・ヘイヘとスロ・コルッカという2人の優秀な狙撃手の存在が勝利に大きな貢献を果たしたと言える。
戦後は除隊しケワタガモの狩猟で生計を立てる生活へと戻っていった。軍に記録はほとんど残っていないが、それは戦時中の混乱で記録の殆どが失われたためである。
2020年の情報開示後
その正体は偽名を名乗りイライナからスオミへと渡ったミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵。家督を長男のラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフ公爵へと譲った彼女はリュハンシクの守りを娘に託し、1910年のイライナ・スオミ安全保障条約に基づき義勇兵として冬戦争に参戦。鍛え上げた熟練の業と錬金術でスオミ側の勝利に大きく貢献した。
1887年の冒険者登録以前から実戦、死線を潜り抜けてきた彼女が弱い筈もなく、公式記録では狙撃で400名殺害、近接戦闘で200名殺害と驚異的なスコアを記録したほか、当時では世界最長となる2500mの蝶遠距離狙撃にも成功。ノヴォシア側の指揮官と政治将校を狙撃で殺害するという記録を遺している(※これはあくまでも公式記録であり、未確認戦果を加えると倍以上である可能性がある)。
なお、記録では『口数が少なかった』とされているが、これは語学学習で身に着けた彼女のスオミ語には強烈なイライナ訛りが伴ったためであるとされており、公式の場での発言は皆無であるが前線の部隊の仲間の前では明るく気さくな一面を見せたという。これは冬戦争に従軍した兵士の『コルッカの話すスオミ語はイライナ訛りがあった』、『聞き取れず何度か聞き返してしまう事もあった』という証言と一致する。
戦後は土産のサルミアッキを持たされイライナへ帰還。スオミとイライナの交流に大きく貢献しつつ、冬戦争の戦訓をイライナへと持ち帰り祖国の守りの強化を行った。
スオミのヤッキサルヴィにはどういうわけかイライナの英雄ミカエル像がひっそりと建てられているが、つまりはそういう事である。