次世代を担う者たち
ミカエル君の祟り?
・2016年、イライナに旅行に訪れた倭国人のアニオタがリュハンシクにあるミカエル像の前で『ミカたんとツーショットだお☆』と一文を添えて写真を美少女風に加工の上でSNSに投稿した結果、どういうわけかその日から二週間スマホがインターネットに繋がらなくなった。
・2021年、イライナを訪れていた迷惑系の動画投稿者がミカエル像の前でイライナ人を侮辱する発言を行い像に落書きをした結果、帰国後に動画投稿者の家に強盗が押し入り現金を奪って行った挙句、PCとスマホはコンピュータウイルスに感染。おまけに銀行口座は謎の第三者に全部吸われ無一文になった。
・2023年、ミカエル像に落書きをした少年のスマホがIPアドレスの取得で決まってエラーを起こしインターネットに繋がらなくなる。謝罪の上落書きを消しフルーツタルトをお供えしたら回復。
・2024年、キリウのミカエル像にスク水をお供えした男性の個人情報が何故か出会い系サイトに勝手に登録されてしまう。スク水を回収し謝罪、フルーツタルトをお供えしたら個人情報は削除。
以上のように、ミカエル君の尊厳を必要以上に破壊してしまった場合に対し祟りのような現象が起こる事が報告されている。しかし祟りと言っても怪奇現象が起こるとかそういうのではなく、何故か起こったら真面目に嫌なリアルな事ばかりなのが生々しい。
ともあれ、人の尊厳を著しく傷つける事はあってはならないので皆も気を付けよう!
かこーん、かこーん、と小気味の良い音金属音が連鎖する。
小さな身体が振るうジョンファの刀剣『苗刀』を、左手に持った小型のバックラーでひたすら殴りつけるように弾き飛ばす。
右、左、左……と見せかけてフェイントで右。斜め下、上、刺突、回転を加えて左から横薙ぎ。どれもこれも5歳児の放つ剣戟とは思えないほど鋭くキレがあって、くるくると回転して舞うような華やかな動きから遠心力を乗せた強烈な一撃が飛んでくる。
とはいえこの世に生を受けてからまだ僅か5年。むしろここまでよく鍛え上げたものだと感心するし将来が楽しみになるが、しかしまだまだ子供。攻撃は単調で無駄な動きも多く、しかも攻撃する場所を見ながら攻撃してくるものだから相手の目を見ていれば攻撃を防ぐことは難しくない。
かこーん、かこーん、とバックラーで苗刀による斬撃を片っ端からガード。その度に苗刀の使い手―――俺とリーファの間に生まれた愛娘『ウリエル』の小さな手は弾き飛ばされてしまうが、次こそはとめげずに鋭い一撃が飛んでくるものだからこっちも気が引き締められる。
負けず嫌いなところはお母さんに似たのかな、と思いながら愛娘の攻撃をひたすらガードしていると、『就是這樣!(そこまで!)』と劉の鋭い声が飛んだ。
そっとバックラーを降ろすと、ウリエルは悔しそうな顔をしながらも苗刀を鞘に納刀。パチン、と音を立ててから腰に提げ、拳と掌を合わせて俺に向かい一礼する。ジョンファ式の礼節だそうで、相手に最大限の敬意を表する時に行うのだそうだ。
俺もそれに倣いバックラーを腰に提げて、拳と掌を合わせて一例。
空手とか柔道を習っていた経験がある身から言わせてもらうと、武術に礼節はやはりつきものである。相手に対する最大限の敬意を片時も失ってはならない。
『哎呀!我今天的攻擊也完全沒有擊中父親!(あー、もう! 今日も父上に全然攻撃が当たらなかった!)』
『哈哈哈,浪費的動作太多了(はっはっは、無駄な動きが多すぎるんだよ)』
とはいえ5歳児である事を考慮すると十分すぎるほどなのだが。合格ラインどころか特待生レベルである。
だって何度か盾越しにガードした手が痺れる衝撃が走ったからねぇ……この子がこれからも鍛錬を積み上げていったらいったいどのレベルにまで達するのか実に楽しみである。
『還有你的目光。如果你一邊揮舞著劍一邊觀察攻擊的方向,這就像是教你的對手如何攻擊。攻擊時,視線不要離開對手(あと視線。攻撃する場所を見ながら刀を振るってたら相手に攻撃を教えるようなものだからね。攻撃する時も相手の目から視線を逸らさない事)』
『嗯,我盡力小心了(うーん、気を付けるようにはしてたんだけどなぁ)』
まあ、最初のうちは確かに意識していたようには見えた。まるで接着剤で固定されているかのように俺の両目をガン見してくる愛娘の様子にはちょっと吹き出しそうになったが、しかし戦闘が白熱してくるとついつい疎かになってしまうのだろう。
気持ちは分かる。俺も空手習ってた時、師範に同じ事を言われたものだ……。
『不過,尤莉爾大人,您已經進步了。我真不敢相信,你竟然能如此有效地對抗父親(しかしウリエル様、上達なさいましたな。御父上を相手にあそこまでやれるとは)』
審判を務めていた劉にそう言われ、ウリエルは照れたように頭をかきながら尻尾をぶんぶん振り始めた。
ところでなんで俺がさっきからジョンファ語ばかり喋ってるか、そろそろ気になる人もいると思うので述べておこうと思う。
俺が領主なのは周知の事実だと思うけど、公務やら何やらで忙殺されがちで、申し訳ないけど平日の子供たちの世話は妻たちに任せっきりなところがあった。
ウリエルも例外ではなく、彼女の世話は母親のリーファと祖母のランファさんにお願いしていたわけなのだが……母と祖母が両方ともジョンファ出身でジョンファ語が母語、母子のやり取りもイライナ語よりジョンファ語の方が多かったせいでウリエルもイライナ生まれイライナ育ちでありながらジョンファ語の方がイライナ語より得意という、ちょっと困った状態になってしまったのである。
一応、イライナ語もカタコトではあるが話せる……らしいのだが気を抜くとジョンファ4万年の歴史が言語の姿を借りてひょっこり顔を出してくるので気疲れするのだそうだ。
そういう事情があって、我が家ではウリエルを相手にする場合に限り二ヶ国語でのやり取りが必須になる。何だこの家庭内環境。
リガロフ家って多分家庭内に小さなジョンファ帝国があるんだと思う。
娘の鍛錬が終わり、招待された昼食会。大きな円形のテーブルの上に所狭しと並べられたジョンファ料理の山から饅頭を1つ手に取りつつ俺はそんな事をついつい考えた。
『來吧,邁克爾,吃飽了再走!(さあさあミカエル君、お腹いっぱいになるまで食べて行ってね!)』
『一如既往地感謝您,蘭花大人(いつもすみません、ランファさん)』
『沒關係,我們現在是一家人了。再說,你一天三餐都吃獸人的肝臟,應該吃膩了吧?(いいのよ、私たちはもう家族なんだから。それに三食オークの肝ばかりでは食傷気味でしょう?)』
なんでしょう、俺の義理の母が天使に見える。
ホントあの、一日三食オークの肝ばかりで食傷気味になってたところにドカ盛りのジョンファ料理は真面目に涙が出るレベルで嬉しい。涙腺崩壊ミカエル君待ったなしである。
『吃飯應該很有趣,對吧李花?(食事は楽しまなくちゃ。ねえリーファ?)』
『是、是的……沒錯,媽媽(は、はい……その通りですねお母様)』
義理の息子に向ける笑みが一転、一瞬にして本気のパンダにそれになるランファさん。夫に一日三食オークの肝を食わせた心当たりのあるリーファさんはというと、酸辣湯を掬ったレンゲをピタリと止めて滝のような汗を浮かべながら声を震わせる。
どうやら食に関してはランファさんは味方らしい……先代ジョンファ皇帝の妻の1人が味方ってなかなか心強いと思うの。
回鍋肉を口に詰め込んでから饅頭を齧って咀嚼、肉の脂の旨味と野菜の食感、それから小麦粉の風味を楽しんでからジョンファ産のお茶のすっきりした味わいで口の中をリセット、次の料理に手を伸ばす。
育ち盛りのウリエルはというと、小さな手で大きな饅頭を片手に野菜炒めを頬張っているところだった。うん、いっぱい食べて大きくなれよ……俺の身長追い抜いたらそれはそれで泣くけども。
さて、リーファとランファさんの祖国であるジョンファがあの極東戦争の後どうなったかというと。
1894年の極東戦争が極東三国の勝利に終わり、ジョンファは占領されていた領地全てを奪還する事に成功した。圧倒的武力を背景に植民地支配を推し進めていた列強国に対する完全勝利、と言ってもいいだろう。
その後、西欧各地で蔓延しつつあった帝国主義への対抗策として、ノヴォシアを打ち破った極東三国を中心とした軍事、経済同盟となる【大東亜共栄圏】が発足。現在では加盟国を順調に増やしながら極東地域で勢いを増しており、ジョンファも宗主国の一角として活躍しているとの事だ。
一緒にノヴォシアと戦った縁、という事でイライナとの関係強化も進んでいる。特にジョンファではノヴォシアからふんだくった多額の賠償金と戦勝ムードに加え、大東亜共栄圏の発足による経済の活性化に背中を押されて人口爆発が起こっており、それは喜ばしい事なのだが潜在的に食糧危機の問題も抱えるという事になってしまっている。
未来に抱えてしまった時限爆弾。それを解消するためにも、食糧輸出大国たるイライナとの関係強化は必須なのだ。
……何だろう、俺の知ってる世界史と違う。
ずずず、とジョンファのお茶を啜りながらふとそんな事を想う。
そもそも日露戦争は1904年に勃発するし、その前に日本は清と一戦交えてるし……それが俺の知ってる歴史なのだが、何か1890年代から歴史が前世の世界と違う道を辿っているようだ。
俺の知ってる範囲だとタイタニック号は事故で沈没してるけど乗客が大勢助かっていると聞くし、アヘン戦争も向こうの貴族の猛反発で回避されている。歴史的な惨劇のいくつかは辛くも回避されている、という印象だ。
裏で転生者が糸を引いているのだろうか……だとしたら良い事である。
あ、マンゴープリン美味い。
さて、銃器の選定には使用者の戦闘スタイルが顕著に表れる。
特にそのセットアップ……どこにどんなパーツを使うか、とか、照準器は何を使うか、というのは想定される状況にも左右されるものであるが、個人の癖も現れやすいものだ。特に搭載するパーツで性能が変化しやすくなった現代の銃においては猶更であろう。
俺にしたってそうだ。ベリルやらAK-19には近距離用の照準器と中距離にもちょっかいを出せるようブースターを装備し、Cクランプ・グリップを多用した射撃を行う関係上ハンドストップを使用する事が多い。
遺伝なのか、それとも見て真似したのかは定かではないが、ラフィーも同じ結論に至ったようだ。
とはいえ6歳の小さな手にアサルトライフルはまだまだ大きい。一応はM-LOKハンドガードにハンドストップがついているけれど、左手を添えているのはハンドガードではなくマガジンの方だ。
ラフィーがメインアームに選んだのは、セルビア製のアサルトライフル『ツァスタバM21』。AKクローンの1つであるセルビアのツァスタバM70を源流とし、使用弾薬を西側規格の5.56㎜弾とした21世紀のアサルトライフルである。
AK譲りの信頼性と5.56㎜弾を用いた事による反動の小ささ、直進する弾道から来る命中精度など優秀な点が多く、サードパーティー製のパーツも豊富である事から汎用性にも優れる優秀なライフルと言えるだろう。
実用性を第一に考えがちなラフィーらしい選択と言える。
セットアップは奇しくも俺と似通ったものだった。
ハンドガードは純正のものからM-LOKハンドガードに換装しハンドストップを搭載。光学照準器はホロサイトのUH-1とブースター、ストックはACRストック。銃がポーランド製からセルビア製のAKクローンに変わっただけで、セットアップ自体は同じである。
やっぱ親子なんだねぇ……とホッコリする俺の目の前で、50m先の的にセミオート射撃をバカスカ当てていくラフィー。動かない的とはいえ、まだ6歳なのによくやるものだ。
ラフィーことラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフは魔術の才能が無い。が、それ以外の分野はというと総じて優秀な成績を叩き出している。
剣術は貴族学校で主席、上級生でも相手にならないほど。勉強でも成績は常にトップの秀才(実際は死ぬほど努力しているのだが)で錬金術も小規模な形状変化であれば発動できるほど。そして射撃技術においてもこの通りだ。ここから先の成長具合が楽しみである。
んで、隣の射撃レーンにいる弟のラグエルはというと……。
ズババンッ、と凄まじい速度の射撃とほぼ同時に、レーンの奥にある人型の的が凄まじい金属音を発した。
一瞬で放った6発の銃弾全てが、人型の的をヘッドショットしたのである。
ラグエルの手の中にあるのは西部劇ファンならおなじみ、コルト・シングルアクションアーミー。銃身7.5インチの”キャバルリー”と呼ばれる騎兵向けのモデルだ。
トリガーを引きっぱなしにして腰だめで撃鉄を前後させるファニングショットを終え、ローディングゲートからの排莢と弾丸の再装填を凄まじい速度で行うラグエル。装填を終えるなりトリガーガードに指をかけてガンスピン、曲芸師さながらのガンプレイを一通り披露した後に目にも止まらぬ速さで再びファニングショット、全弾を命中させる。
フッ、と銃口からたなびく黒色火薬特有の煙を吹き飛ばし、銃をスピンさせてからホルスターへ。
……なんであんな事になったんだろう。
いやあの、確かに肘を曲げて反動を吸収する癖がある事は指摘したし、それはリボルバー向けだってアドバイスはしたけども。
あれか、良いセンスだって言われたからもう極める事にしたのか。そうなのかラグエル。
しかも服装もダスターコートに歯車付きのブーツ、カウボーイハットと完全にマカロニウエスタンのそれだ。まだ5歳の子供だからカウボーイに憧れるやんちゃな男の娘って感じに見えるけど、お前マジでガンマンにでもなるつもりか?
トドメと言わんばかりに背負っていたウィンチェスターライフルを構え、他の兄妹が自動小銃の射撃訓練をする中1人だけレバーアクションライフルでの射撃を始めるラグエル。
兄が真面目なら弟は曲者ってか。
いや、その……でもまあ、早撃ちは見事だしまあいいか(諦め)。
苗刀
実在する中国の刀剣。中国の船を襲った倭寇が武器として用いていた日本刀の切れ味を目の当たりにした当時の中国が、これに対抗するために日本刀を雛形として生み出した刀剣であるとされている。華やかな装飾が施されている事が多く、刀剣としての形状は日本刀に非常に近いものであるが、しかし中国特有の回転を多用したアクロバティックな動きの中で振るうなど運用面において大きな差異があるのが特徴。日本の剣術が「静」ならば中国の苗刀の剣術は「動」といえるだろう。
現代においても中国武術の1つとして体系化され、長い歴史の中で今日まで受け継がれている。




