王配、その名は
ルカ「さ、さすがに酸欠になればアナスタシア様も無事では……」
無呼吸アナスタシア「」
ルカ「」
無呼吸アナスタシア(ルカよ、良い作戦だが無駄だったな)
ルカ「俺の頭の中に直接……!?」
無呼吸アナスタシア(その気になれば3週間は呼吸を止められるんだぞ私は)
ルカ「アンタ人間か???」
真っ白な空間のど真ん中にちゃぶ台が置いてあった。
ここは何処だろう……そう思いながら視線を巡らすけれど、どこを見ても果ての無い真っ白な空間が続くのみだ。まるで作画担当の人が手を抜いたんじゃないかとメタ的な原因を疑いたくなるレベルの何も無さ。なにこれ夢?
「……」
ひょこ、ひょこ、と可愛らしい足音と共に、突然ちゃぶ台の下から姿を現す小さな影。
それは何というか……その、二頭身くらいのサイズにまで縮んだミカ姉だった。可愛い漫画のキャラをデフォルメしたような愛嬌があって、ぬいぐるみが販売されてるならついつい1つ手に取ってしまいそうだけど、度肝を抜かれたのはその”二頭身ミカエル君”に続いて出てきた毛玉みたいな子だ。
アレ何……もしかして俺?
二頭身ミカエル君と比較すると毛がもっふもふで真っ黒で、ちょっと身体が大きい二頭身の謎の生き物。さしずめ”二頭身ルカ君”とでも言うべきだろうか。
『ミカァー?』
『ルカ―?』
『ミカミカ、ミカー?』
『ルカルカ』
なんか変な泣き声で会話し始めた……と思いきや突然ちゃぶ台の上によじ登り、何の前触れもなく始まるちゃぶ台デスマッチ。2人でかわいらしく手をぐるぐる回してポコポコ殴り合い始めてしまう。
見てて微笑ましいけれど殴り合いなんてちょっと野蛮……と言いたいけど俺もついさっきまでやってたんだよね。それもほぼ密室で酸欠を誘発しながらという、もっとヤバい状態での殴り合いを。
あの時はこれが最善の一手だと信じて疑わなかったし、いけるところまでいってやる、という熱狂も手伝って後戻りもするつもりはなかったけど、後になって冷静になってみると何やってんだ俺……って感じになる。
あの戦い、ノンナも見てたよな……絶対心配してたと思う。
あーもーどうしよ、と1人で思い詰めて頭を抱えていると、いつの間にか足元に二頭身ルカ君の上に跨った二頭身ミカエル君(ちゃぶ台デスマッチしてる子とは別個体?)がひょこひょことやってきて、ぽん、と足を軽く叩いてくれた。
慰めてくれるのかな、と思い頭を撫でようとした次の瞬間、唐突にこっちにお尻を向けて放屁する二頭身ミカエル君。
「」
『ミカミカミカwww』
『ルカルカルカwww』
引っかかったな、と言わんばかりにゲラゲラ笑う二頭身ズ。
さすがにちょっとイラっと来たので襟首をつかんでひょいと持ち上げてやると、ビー玉みたく目を丸くした二頭身ミカエル君と目が合った。
目をうるうるさせながらこっちを見つめる二頭身ミカエル君。次の瞬間だった……我慢できなくなったのか、盛大に泣き始めたのは。
『ぴえー!!!』
「!?」
いやあの、仕掛けてきたのそっち……。
何とも理不尽な仕打ちに戸惑っていた俺は、とんでもないものを見た。
「……え゛」
『ミカァー?』
『ルカァー?』
『ミカミカ』
『ルカルカ』
『ミーカ、ミーカ』
『ルカァー』
真っ白な世界の向こう側……このクッソ手抜き背景に”地平線”だなんて概念が適用されるかどうかも分からないけれど、まあ地平線の向こうに大地を埋め尽くさんばかりの大量の二頭身ミカエル君ズ&二頭身ルカ君ズが。
よくも仲間を泣かせたな、と言わんばかりに怒り狂った二頭身ズ。
いやあの、俺のせいじゃないって……なんて弁明の余地を与えてもらえるはずもなく。
『ミカァー!!!』
「ぴえー!!!」
ドドドド、と怒涛の勢いで突っ込んでくる無数の二頭身ジャコウネコズ。
もちろん逃げ出したけど、追い付かれてもみくちゃにされたのは言うまでもない。
「何アイツら」
がばっ、とベッドから身体を起こすなり、口から出た第一声がそれだった。他にももっと言う事あるだろって言われそうだけど、あんな夢を見せつけられてしまったらツッコまずにはいられないと思うんだ俺。
あの二頭身ズ本当なに。
困惑しているうちに、ズキリと痛む身体。
骨の折れた痛みに擦り傷、打撲、その他諸々。身体中が悲鳴を上げていて、下手に動く事すらままならない。
我ながらさっきよくベッドから上半身を起こせたものだ、と思ったところで、すうすうと寝息を立てる小さな人影の存在に気付いた。
ノンナだった。
ベッドの傍らに小さな椅子を持ってきて、そこに座ったまま毛布に突っ伏した状態で寝息を立てている。傍らの小さなテーブルには薬草の瓶と、それからお守りのようなもの(回復祈願の祈祷が施されているようだ)が置いてある。
彼女にどれだけ心配をかけたのか、察するに余りある。
ちょっとやり過ぎたな……さて何と釈明しようかと頭を悩ませたけれど、けれども言い訳を考える時間すらノンナは与えてくれなかった。
ぱち、と開いた黒い瞳が俺の姿を捉えるなり、ビー玉みたく丸く見開かれる。
「ぴえー!!!」
「!?」
いつも公の場で発している気品はどこへやら。今にも泣き出しそうな勢いで叫んだノンナは本能のままに身を躍らせて、俺の胸に飛び込んできた。いやあのまだ怪我完治してな……ぎえー!?
痛みに悶えながらベッドに押し倒され、呻き声を上げる俺。
そんな胸板の上に、熱い雫が滴り落ちる感触ははっきりと感じた。
「ノンナ」
「……兄さんのバカ」
「……」
「バカ、バカバカバカ。身内同士の戦いであんなに本気になるなんて」
「……悪かった」
「死んじゃったと思った。あんな危険な事をするなんて」
「……ごめん」
「いっぱい心配した。心配し過ぎて死ぬかと思った」
「……ごめんって」
正直、子供みたいにそう言う彼女の姿を見て、不謹慎ではあるが俺は安心していた。
最近はキリウ大公らしく、高貴に振舞う姿のノンナしか見ていない。やはりというか、大人になっていく過程で俺のよく知っているノンナの姿は薄れ、消え失せていくのだろうなと思っていたものだから、また昔みたいに怒る彼女の姿を見る事が出来てついつい安心してしまう。
その安堵が顔に出ていたのだろう。顔を上げ、笑みを浮かべる俺を見たノンナはぷくー、と頬を膨らませるなり、胸板を爪でガリガリと軽くひっかき始めた。やめて痛い、兄ちゃんが悪かった。マジでごめん痛いって。痛い痛……いだだだだだだ!? ちょっ、ノンナ!? ノンナさん!? ちょっとガチになってきてない!?
「ふんっ」
「悪かったって本当に……だからその、そろそろ機嫌直してくれないかなぁ」
「……マンゴーパフェ」
「え」
「おごってくれたら許す」
「お、おう……いいよ、いくらでも食べなよ」
「……んふー♪」
笑みを浮かべ、そのまましがみついてくるノンナ。ケモミミを嬉しそうにピコピコ動かし、尻尾をぶんぶん振って甘えてくるその姿はやっぱり昔と変わらない。
ふわりと舞うオレンジの香り。それとその、やっぱり大人になったのでその、ね? あんなに小さかったノンナもこんなにしっかりと育って……うん不敬罪。
コンコン、とドアをノックする音。それにいち早く反応するなり俺にべったりくっついていたノンナはバネでも仕込んでたんじゃないかってくらいの勢いで飛び上がるや、流麗な動作で椅子の上に着地。時間にして僅か0.3秒でいつもの澄ました顔に戻ってしまう。
『ノンナ様、アナスタシアです』
「いいわ、入って」
ガチャ、とドアの開く音。
入ってきたのはイライナ公国宰相、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ。
ついさっきまで……いや待って、俺どれくらい意識を失ってたんだろうか?
時計を見て驚いた―――何時間どころか、日付が2日くらい変わっている。そりゃあノンナも心配してつきっきりになるわけだ……彼女には本当に悪い事をした。マンゴーパフェだけと言わず、もっと美味しいものをおごってあげよう。そういえば広場に美味しいかぼちゃパイの店があったな……。
などと考え事をしている間に、「おお、目を覚ましたか」と安心したように言いながらやってきたアナスタシア様はベッドの傍らに腰を下ろすなり、息を呑む俺に向かって笑みを浮かべた。
「ルカ」
「はい」
「見事な戦いぶりだった」
「……ありがとうございます。しかし自分は」
「ああ、お前の負けだ」
だよな……と納得する。
作戦を十重二十重に用意し、完全武装で挑んで、肉を切らせて骨を断つ決死の作戦で挑んでも顔面に右ストレートを叩き込むのがやっとだった。
仮にあのまま戦っていても、余力を使い果たした俺に対し余力を十分に残しているアナスタシア様とでは絶望的な差があったし、どの道勝ち目は無かっただろう。
けれどもまあ、よくやった方だとは思う。
ミカ姉と出会わなければ、あのザリンツィクのスラムで一生を終えていたであろう弱者にとっては、これ以上ないほどの大金星と言っていいだろう。文字通りの世界最強に、最後の最後で一矢報いる事が出来たのだから。
でも、それでも勝てなければ意味がない。
彼女に勝利し実力を証明しなければ、王配の座は……。
「ではノンナ様、後はあなた様の口から」
「ええ」
こほん、と咳払いするノンナ。すっ、と椅子から立ち上がるなり、アナスタシアから差し出された一枚の紙を俺に差し出しながら告げた。
「主席護衛官ルカ。あなたをこの私、キリウ大公ノンナ1世の王配として任命する事をここに宣言します」
「……えっ?」
頭が、文字通りバグった。
意味が分からない―――だって俺は負けたんだ。アナスタシア様の一矢報いるのがせいぜいで……なのにどうして、俺なんかを王配に任命するのだろうか。
あれか、酸欠か。酸欠のせいで脳がおかしくなったのか。あるいはこれもさっきまで見ていた夢とか厳格とかそういう類のアレか。きっとこれから現実に戻るのか。
「ふふっ、何を驚いているのだ」
「いやあの……でもアナスタシア様、俺……」
「確かにお前は負けた。だが私は、最初から一言も私に勝った者を王配にするなどと言った覚えはないんだがな」
言われてみれば……そうだ。
挑戦者はこのアナスタシアと戦え―――終始そう言うだけで、「私に勝て」とは一言も言っていない。
「どいつもこいつも雑兵ばかりだった。あそこまで食い下がったのはお前だけだよ、ルカ」
「……じゃ、じゃあ」
「ええ、そうよ”兄さん”」
私はこれで、と言い残し、部屋を去るアナスタシア様。
扉が閉まり、足音が遠くに去っていくのを見計らって、ノンナは笑みを浮かべながら言った。
「―――これからよろしくね、”あなた”」
血の繋がらない妹が、正式に妻になった瞬間だった。
その公式発表は、世界中に驚きと共にもたらされた。
長らく決まっていなかった、キリウ大公ノンナ1世の王配。
その座に収まったのは―――貴族でなければ爵位もない、スラム出身の冒険者たるルカである、と。
普通では決して有り得ない、身分違いにも程がある婚姻。
今思えばそれは、血統を重んじる貴族や王族の在り方に変化が生じた瞬間だったのかもしれない。
貧民出身の男が努力で護衛官まで上り詰め、そこから王配に任命された事例は、人類の歴史を見てもルカただ1人のみである。
第三十九章『安寧よ、永久に』 完
第四十章『次世代たち』へ続く
王配ルカ
キリウ大公の血族を国家元首に据え、ノヴォシアからの独立を果たしたイライナであったが、しかしキリウ大公の跡取り問題という新たな問題に直面していた。ノンナ1世はキリウ大公の一族最期の生き残りであり、外部から伴侶を迎え入れなければキリウ大公が僅か一代で潰えてしまいかねなかったのである。
ここぞとばかりに世界各国の貴族たちが名乗りを挙げた。キリウ大公の王配としてノンナ1世の婿となる事が出来れば、世界のパンかごとも言われるイライナと親密な関係を築く事で食糧輸出において優遇される公算が大きかったためである。
しかしイライナとしても国としての強みである食料生産能力に外国からの注文がつくのは望ましくない事であり、可能であれば国内の貴族との婚約を望んでいた。
そんな中課されたアナスタシアの試練で多くの挑戦者が篩にかけられ落とされていく中、唯一彼女に限界まで食い下がったのが挑戦者の1人、キリウ大公専属の護衛官主席、ルカである。彼はザリンツィクのスラム出身で当然爵位など持っておらず、下積み時代があったとはいえ平民出身の冒険者であり、普通に考えれば王配となる権利など無いに等しい状態であった。
しかしイライナは実力主義の姿勢を取っていたため、アナスタシアを相手に最も彼女を苦戦させた挑戦者として最終的にルカが王配に選出。血の繋がらないかつての妹分と愛を誓い合う事となった。
王配となったルカはノンナ1世と共にイライナを統治。リュハンシク州の統治を範に取り失業率の低減や減税など、国民に寄り添う統治を行い大きな支持を得た。またノンナ1世の補佐をする傍ら、護衛官の育成や彼女の警護も並行して請け負っており、ノヴォシアが企てた5度にも渡るノンナ1世暗殺計画を全て身を挺して守り抜いている。
死後はその戦いぶりから『守護大公』の称号を与えられ、ノンナ1世と共にキリウの大公墓地へと埋葬された。




