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絶対的強者

ミカエル君「ぴえ」←身長150㎝

ラファエル君「ぴえ」←身長150㎝(成長後)

ラグエル君「ぴえ」←身長150㎝(成長後)

アザゼル君「ぴえ」←身長150㎝(成長後)


アズラエル「まっ、当然よね!」←身長165㎝(成長後)

アラエル「なんで兄上も弟もあんなちっこくて可愛いんですかね?」←身長170㎝(成長後)

ウリエル「アイヤー……ウチ男性陣小さいネ」←身長160㎝(成長後)

ラムエル(うどん食べたい……)←身長167㎝(成長後)


ナレーター「男性陣はミニマムサイズのようです」


 1897年 9月1日


 ルカ、アナスタシアとの決闘の5日前




 キリウ市街地には”コロシアム”がある。


 楕円形の、直径で5㎞にもなる巨大な闘技場だ。その中には7万人を収容できる観客席と2㎞くらいにもなる広間があって、普段であればそこで民間に払い下げられたカマキリ型の戦闘人形(オートマタ)だとか冒険者同士の試合、魔改造した車両を用いた試合に奴隷となった連中の試合などが組まれ、ラジオで全国に中継されている。


 賭けが解禁されている事もあって連日のように大賑わいが当たり前のコロシアムも、しかしここ最近は客足が遠退いている。


 理由は単純明快―――イライナ政府が貸切っているからだ。


 どかーん、と派手な火柱が幾重にも吹き上がる中を果敢にも突っ込んでいく剣士の姿を遠巻きに眺めながら、あんな地獄のような場所によくもまあ突っ込んでいくものだと尊敬の念を抱く。ごく普通の魔術師であればまだしも、適性がSに達した魔術師の操る炎属性魔術の火力は尋常ではない。その気になれば大気をプラズマ化させる事だって造作もないだろう。そんな危険地帯を突っ切れ、なんて言われたらどんな大金を積まれても俺は御免被りたいものである。


 姉上の放つ魔術の弾幕の中へと身を躍らせたのは、ジョンファの民族衣装を身に纏い、両手に二振りの刀剣(”柳葉刀”というジョンファの伝統的な刀剣だ)を手にした剣士だ。向こうの冒険者なのだろう……それも手練れのようで、動きに一切の迷いがない。


 それもその筈、これは単なる試合ではなくキリウ大公の伴侶、王配を決めるための一戦なのだ。勝てばキリウ大公ノンナ1世の伴侶となる権利と莫大な富が祖国にもたらされる―――優秀な人材が派遣されてくるのも当たり前というものだ。


 特に、人口爆発に起因する将来的な食糧不足が懸念されているジョンファではイライナとの関係強化は急務であろう。国民が貧困に喘げばその不満と憎悪は帝室へと向けられる。皇帝としてはそれだけは絶対に回避したい筈だ。


 押し寄せる炎の魔術に加え、今度は黄金に輝く光の輪による斬撃も加わり始める。天使の輪を思わせる光のリングの弾幕を紙一重で躱し、ジョンファの剣士がついに姉上の前に立つ―――というところで、俺は目を細めた。


 ―――あの剣士、手のひらの上で踊らされている。


 きっと彼は、必殺を期して攻撃を放ったのだろう―――手にした柳葉刀を振り下ろしたその先には、しかし宰相アナスタシアの姿はない。


 土砂降りのように放たれる炎の魔術は単なる弾幕ではなく、熱で生じる陽炎を用いた攪乱戦術の一環だったのだ。


 渾身の一撃を空振りし、己の失策を悟りながら後ろを振り向く剣士。


 しかしその顔面には既に、姉上の放った本気の右ストレートが迫っていた。


 後はもう、ご想像の通りだったが敢えて描写しておく―――ごしゃあっ、と拳が顔面にめり込む音。衝撃という不可視の鉄槌が頭蓋を突き抜け脳を揺らし、反対側から突き抜けていく。それは脳震盪を起こすには十分な威力で、あの剣士に立ち上がる力が無いのはもう明白だった。


 ふっ飛ばされ、地面の上をゴロゴロと転がってコロシアムの壁面に派手に激突してようやく止まる剣士。彼の手から零れ落ちた二振りの刀剣は空気を裂く音を発しながら回転しつつ落下、彼の傍らの地面に突き刺さるなりそのまま沈黙してしまう。


 言うまでもなく姉上の勝利だった。


「えげつねー……」


 試合時間、僅か23秒。


 一応あのジョンファの剣士の名誉のために言っておくが、彼の踏み込みのタイミングは完璧だったし、真っ向からの剣術勝負であればきっと優秀な剣士であるに違いない。


 だがしかし相手はリガロフ家最強にしてイライナ宰相、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ。反対派を実力で黙らせてのし上がり、己の価値をその圧倒的な力で認めさせてきた女傑である。


 相手が悪すぎた―――その一言に尽きる。


 担架に乗せられて運ばれていく剣士。そんな彼と入れ替わりに闘技場へとやってきたのは、革の防具に身を包み、身の丈よりも大きな大きなメイスを肩に担いだ冒険者風の男だった。


 休みなしでの連戦―――すぐに試合開始のゴングが鳴る。


 雄叫びを上げ、メイスを振り上げて地面に叩きつける巨漢。ズン、と地震のように周囲が揺れたかと思いきや、激しい振動と共に地面が盛り上がり、岩の牙が姉上目掛けて突き進んでいった。


 土属性の魔術だ。


 あのメイス、ただの鈍器ではない―――おそらくは祈祷を施した触媒なのだろう。


 しかしそんな先制攻撃を、姉上はあっさりと止めてみせる。


 手にした『イリヤーの大剣』を地面に突き立てて衝撃波を発生、迫り来る魔術をその衝撃波で相殺してしまう。


 一応言っておくが、姉上の適正は炎属性Sランク、光属性Aランクである。土属性に対し適性はない(土属性に適性があるのはマカールおにーたまである)。


 つまり今の一撃は、放たれた魔術に対し筋力を動員した物理的な一撃で応じそれを相殺したという事に他ならない。


 呆気に取られる冒険者。しかし客席で観戦する俺とクラリスとルカを含め、全員の度肝を抜く事になるのはこの後だった。







 ―――姉上の右足が、とん、とタップを踏む。







 次の瞬間だった―――冒険者の足元が大きく盛り上がったかと思いきや、巨大な鎚と化した地面が冒険者のどてっ腹を思い切り殴打。目を見開きながらかち上げられた冒険者はそのまま両手で腹を抑えて崩れ落ち、試合は終了となったのである。


「ミカ姉……今のってまさか」


「ああ、間違いない」


 そうかそうか……道理で。


「―――姉上も、錬金術を学んだんだ」


 それはあまりにも、残酷に過ぎる事実だった。


 リガロフ家最強、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ。


 剣術、格闘術、魔術に秀で、戦闘以外の分野でも政治的に優秀な立ち回りを見せる。学問の分野でも常に主席、頂点の座を決して誰にも譲らない絶対的強者。


 まるでそれは、神に頂点に立つ事を宿命付けられて生まれてきたような……姉上は、あの人はそういう存在だ。


 そして何より、姉上は”満足”と”妥協”という言葉を一番嫌う。


 あれだけの才能がありながらなおも研鑽を積み重ね、自らの理解が及ばぬ分野があれば貪欲に知識を吸収。全てを理解し己の力とするまで、決して努力をやめる事はない。


 彼女曰く『人間とは、満足し現状に甘んじた瞬間から緩やかに死んでいく』。故に努力している間は人間は哲学的に『生きている』のである、と。


 そんな彼女が興味を示したのが、よりにもよって錬金術という難解極まる学問であった。


「なんで……あの人、錬金術まで?」


 絶望しているルカに、残酷な事実を突きつけた。


「以前、姉上が俺のところを訪ねた事があった」


 去年の5月くらいの事だろうか。


 公務中の俺にとっては寝耳に水、完全に予想外の事だった。あれだけの実力者でありながら澄ました顔でノンナ1世の傍らに控える宰相アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァが、わざわざお忍びでリュハンシク城を訪れて応接室で待っている、とクラリスから聞いた時は『今日ってエイプリールフールだっけ?』と真面目に思ったものだ。


 応接室に行くと私服姿の姉上が居て、俺を見るなり何と頭を下げてこう頼み込んできたのである……「私に錬金術を教えてくれ」と。


 俺を自分のホームグラウンドたるキリウへ呼びつけるわけでもなく、かつての庶子の元を自ら訪れ頭を下げる―――姉上にとっては、俺に対しての最大限の敬意だったのだろう。


 そんな彼女の熱意と誠意を無下にするわけにも出来ず、知る限りを教え錬金術の教本も譲った。


「まさかその時に?」


「……錬金術を教えてほしいってさ」


「それで教えちゃったの!?」


「ああ」


「み、みみみミカ姉! なんて事を!!」


「仕方ないだろ、断るわけにもいかないし」


 きっとそれから、公務の合間に血の滲む努力を重ねたのだろう―――文字通り睡眠時間すら削って。


 しかしそれにしても、姉上にはいつものことながら驚かされる。


 俺が独学で始め、師に教えを請い努力を重ねてやっとの思いで修めた錬金術をたった1年で習得してしまうとは。


 いつも弟の同人グッズで尊厳破壊しつつ会う度にジャコウネコ吸いしてくる彼女と同一人物とは、つくづく思えない。

















「もふぅ~♪」


「……」


 試合後、リガロフ邸。


 俺が試合を見に来る、と聞いた姉上は爆速で公務を終わらせて時間を作ってくれたという。なんとも弟思いの優しい姉だ、と思っていたのもつい50秒前までの事。こうして膝の上に座らせられ、尻尾をマフラーみたいに首に巻き付け全身全霊でジャコウネコ吸いを堪能する姉上の姿を見れば、本当の目的がこっちである事など容易に想像がつくというものだ。


 すんすんと匂いを嗅ぎ、ケモミミをハムハム甘噛みして頬ずりし始める姉上。こんな姿、息子のヴィクトル君には見せられない……クッソ真面目で努力家な彼には刺激が強すぎr


「……母上、叔父様と何を?」


 ガチャ、どドアが開くなり目を丸くするヴィクトル君(8歳)。ウチのマッマ何やってんの、と言わんばかりの顔で凍り付くヴィクトルに、ジャコウネコ吸いを堪能していた姉上もケモミミを甘噛みしながら凍り付く。


「……ヴィクトル、お母さんミカエル叔父さんと大事な話があるからちょっとお父さんのところに行ってなさい」


「は、はい母上」


 バタン……と力なく閉まるドア。


 ゆっくり、ゆーっくりと顔を上げると、だらだらと冷や汗を流す姉上の顔が。


「……姉妹のスキンシップという事で何とか誤魔化せないかなミカ」


「無理では(無慈悲)」


「にゃーん……」


 そりゃ31歳の姉と27歳の妹……じゃなくて弟のスキンシップにしては色々と近すぎるだろコレ。むしろ変態の領域に近い。


 今ので甥っ子に変な性癖が芽生えない事を祈りたいものである。いやホントマジで将来イライナの舵取りを担う宰相の息子が母の変態的ジャコウネコ吸いで脳を焼かれたとか一生モンの汚点だからやめてくれ。


「……それはそうとミカ、今日はアレか? 敵情視察というやつか?」


「敵情なんてそんな」


「だが……お前は私かルカか、と問われればルカの側に立つのだろう?」


「……今回は、そういう事になりますね」


「ふん、まあそれが当たり前だな」


 そんな人の頭皮フガフガしながら言われましても。


「どうです、今のところは」


「世界広しといえど、骨のない奴らばかりだ。もっと食い下がってきてくれなければこっちも面白みがない」


 世界中からやってきた優秀な人材を秒殺しながらさらりとこんな事を言うのである。アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァという女がどれだけ規格外(イレギュラー)か分かるというものだ。


「その点、ルカには期待している」


 明らかに姉上の声音が変わった。


「お前の弟分だ―――決して弱くは無いのだろう?」


 存分に、全力を以てぶち当たる事が出来る相手である事を願う―――この人は、言外にそう告げていた。


 つまるところ姉上は退屈しているのだ。


 強すぎるが故に。


 相手が弱すぎるが故に。


 ”血沸き肉躍る”ような戦いを、この人は障害で一度たりとも経験していない。


















「言っておくが、アナスタシア姉さんは完璧だ。非の打ち所がない」


 リュハンシク城の地下区画の一室―――今はまだ何も置かれていない空き部屋にルカを呼びつけるなり、壁に資料を画鋲で貼り付けながら、4日後に彼女に挑むことになるルカにとってはこの上ないほど残酷な事実を告げた。


「炎属性の適正はS、光属性はA……二重属性ってだけでも稀有(レアキャラ)だが、それに加えて剣術でもトップクラス、徒手空拳でも完全武装の兵士一個中隊と互角に殴り合う事ができ、それに加えて錬金術と来た。遠距離、中距離、近距離、どの間合いをとっても隙が全く見つからない」


「もう駄目だ……おしまいだぁ」


 心が折れたのか、頭を抱えてしまうルカ。


 それもそうだろう……文字通りの最強、これを乗り越えない限りノンナとの結婚は認められない。下手をすればキリウ大公の王配が一生決まらず、ノンナは孤独のまま生涯を終える事になる……というのはさすがに無いかもしれないが、しかし双方にとって良くない結果が待っているのは確かだ。


 ある意味で、キリウの命運はルカに託されている。


「ルカ」


「何さ」


「期日まであと4日。錬金術も今すぐ詰め込めるもんじゃない。今できる事で勝負するしかないぞ」


 姉上から試合のレギュレーションは聞いてきた。


 武器や魔術、錬金術の使用は自由。試合中、外部からの干渉さえなければどんな手段を使っても構わない、との事だ。毒や何かしらのデバフも大歓迎との事だが……。


 そんな完璧超人に対し、ルカも手札は適性C止まりの雷属性魔術と近接格闘術、それから現代兵器だけ。


 外部からの干渉が出来ない以上、支援砲撃も何もあったものではない。全てを自力で何とかしなければならないのだ。


「世界に見せてやろうぜ。一世一代の下剋上を」


 言いながら肩を叩くと、ルカは顔を上げた。


 その瞳に、確かな決意が宿る。


 折れた心に再び闘志が宿ったように、俺にはそう見えた。










 そしてついに、姉上との試合の日がやってくる―――。




コロシアム


 キリウ市街地に建造された直径5㎞にも及ぶ超巨大闘技場。冒険者同士の試合や民間企業に払い下げられたカマキリ型戦闘人形を用いた試合、魔改造した車両同士の試合や奴隷同士の試合が毎晩開催されており、ラジオ中継と賭けが解禁されている事もあって連日のように賑わっている。キリウ市民最大の娯楽と言ってもいい。


 元々はキリウに駐留するイライナ国防軍が戦闘人形の性能をテストするための試験場であったが、『これは見世物になるのではないか』と思い至ったアナスタシアの発案により一般公開したところ大好評。そこからは戦闘人形だけの試合に留まらず、多様な形式での試合が行われるようになっていった。

 なおコロシアムでの収入は税収となるため、観客は祖国に貢献しているといえる(※しかし初期は賭けに熱中するあまり破産する者が後を絶たなかったため、現在では掛け金に上限が設けられている)。


 一度だけリュハンシク防衛軍より派遣されたヤタハーン戦車VSカマキリ型戦闘人形3個小隊の特別試合が組まれた際は収容人数7万人に対し15万人もの観客が押し寄せたためチケットは抽選販売となった。なお試合結果はヤタハーン戦車が一方的に蹂躙し勝利、格の違いを見せつけたという。



 ラファエル君の領主就任記念ライブという国家公認尊厳破壊の会場に選ばれた事もある。

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前書きと後書き、本編と隙を生じぬ三段構えで尊厳を破壊されていくミカエル君とその息子たち…ここまでスナック感覚で尊厳を奪われる男性が嘗ていたでしょうか() ミカエル君は何てことをしてくれたのでしょう、…
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