ルカの試練
占い師「こ、これは……!」
ミカエル「ど、どうですか?」
占い師「公爵様、あなたの子供たちや子孫……特に長子は未来永劫尊厳破壊されまくりますよ」
ミカエル「」
ラファエル「どうして」←長子
「―――いた」
双眼鏡をそっと目から離し、隣でモシンナガンM1891/30を構えるラフィーに渡した。まだ小さな、けれども日ごろの鍛錬で肉刺がいくつも出来た手で受け取ったラフィーは双眼鏡を覗き込むが、なかなか標的を見つけられないようで視線を彷徨わせている。
「ほらあそこ。倒木の向こう側だ、見えるか」
「……あ、見えました」
倒木の向こう側―――狙われているとも知らず、呑気に草を食む鹿の姿がそこにある。
頭からは大樹の枝を思わせる立派な角が生えていて、長い年月を生きてきた事が分かる。肉食獣であれ草食動物であれ、永く生きてきた動物にはなんというか、生命力の具現というか、王者の風格を思わせる威厳がある。
それは双眼鏡越しにも感じられた。
「いいか、頭を狙うんだ」
「はい、父上」
ふう、と息を吐き、モシンナガンにマウントしたPEスコープを覗き込むラフィー。
微かに肩が揺れ、呼吸が乱れる―――そんな彼の小さな肩にそっと手を置き、囁いた。
「引き金、重いだろ」
「は、はい」
「命を奪うってのは、そういう事だ。覚悟が決まったら撃て」
相手に銃を向けるというのは死刑宣告にも等しい―――今からお前の命を奪う、という無言の宣言。そしてひとたび引き金を引けば、放たれた弾丸は相手の命を確実に刈り取ってしまう。
一瞬前まで確かに生きていた相手が、次の瞬間には物言わぬ死体になっているのだ。
相手にだって家族や友人が居ただろう。確かにこの世界に存在し、この世界と”繋がって”いたのだろう。それは相手が人間だろうと魔物だろうと、動物だろうと羽虫だろうと関係ない。
命を奪うという事は、相手と世界との繋がりを永遠に断ってしまう事に他ならない。
殺す、とはそういう事だ。
だから軽々しく戦争だとか殺すだとか、そんな物騒な事を言ってはいけないし実行に移してはならない。仮にやるのだったら、対話による努力を尽くしてもダメだった場合の最後の手段であるべきだ。
それを教えるために、今日はこうしてラフィーを狩りに連れてきた。
一種の通過儀礼、とも言えるかもしれない。
領主の息子として生まれ、冒険者を志しているのならばいつかはきっと、相手の命を奪わなければならない日がやってくる。
俺のように覚悟をキメるのが遅かったらそれこそ大問題だ―――すぐ隣にイライナを虎視眈々と狙う軍事大国が控えているのである。はっきり言ってお行儀よく不可侵条約を守るような相手とは思っていない。いつかはきっと、何度もイライナ侵攻に踏み切る筈だ。
そうなる前に、子供たちを立派な戦士に育て上げなければならない―――万一、俺がこの世を去っても良いように。
「―――いきます」
澄んだ声で宣言するなり、ラフィーは引き金を引いた。
ドカン、とモシンナガンが吼え、7.62×54R弾が森の中を突き抜けていく。ライフル弾は木々の合間を縫って直進するなり、倒木の向こうで草を食べていた鹿の側頭部を見事に撃ち抜いた。
どさり、と大きな身体の鹿が崩れ落ちる。
「命中」
よくやった、とラフィーの肩を叩く。
そっと銃口を下げるなり、ラフィーは自分の左手をそっと見下ろした。
肉刺がたくさんできた小さな手は、確かにぶるぶると震えていた。
「引き金、重かっただろ」
「……はい」
「その感覚、決して忘れるな」
命を奪う感覚は―――決して軽くあってはならない。
仕留めた大物をトラックの荷台に乗せて城に戻るなり、格納庫でクラリスとセルゲイの2人が待っていた。
クラリスは相変わらずメイド服姿で、セルゲイは執事らしく燕尾服。それも身長220㎝で筋骨隆々の彼に合わせて特注したものだ。体格だけを見るとガチガチの武闘派、まさに猛獣に思えてしまうが、しかしどこか知的な印象を与えてしまうのは彼の落ち着いた物腰と片眼鏡のせいだろう。
「お帰りなさいませ旦那様、坊ちゃま」
「ただいま」
「ふふっ。どうだったの、狩りは?」
「はい母上。父上のおかげで大物を仕留めました」
「あら、それは良かったわねぇ」
うふふ、と笑みを浮かべながらトラックの荷台を覗き込むクラリス。荷台に敷かれたシートの上にはでっかい雄の鹿が乗っている。
鹿は捨てるところがない。
肉は食用になるし、内臓はソーセージにもなる。血も混ぜればブラッドソーセージになるので抜いた血も無駄には出来ない(味にはかなり癖が出るので好き嫌いは分かれるだろうが)。
骨は調度品や、場合によっては農具とか防具の素材にもなるし、毛皮はその通り防寒着の素材になる。
「おお、これは立派な鹿ですな」
「肉と内臓は燻製とかソーセージにして冬の備えにしよう。あ、でも一部は今夜の食卓に並べてほしい」
「かしこまりました、旦那様」
せっかく仕留めた獲物だ。冬までお預け、というのはラフィーも嫌だろう。
コイツの毛皮はどうしよう……ラフィー用のウシャンカでも作ってもらおうか。
戦闘人形のメイドたちが数人がかりで鹿をトラックから降ろし、加工場へと運んでいく。加工場には食品加工担当の戦闘人形たちがいて、仕留めた獲物を食品へと加工してくれるのだ。
周知の事実だろうが、このリュハンシク城には人間がほとんどいない。
住んでいる人間は俺たち血盟旅団の関係者や家族くらいで、他の執事やメイド、警備兵といったスタッフはセルゲイのような例外を除いて全員が戦闘人形だ。
戦闘人形はあくまでも機械なので給料を支払う必要が無く、各種手当も不要なのでこれだけで人件費を一気に削減できる。空いた予算は防衛設備や技術開発への投資に向けられるし、余分な分は州の政策に必要な予算にも回せる。なのでリュハンシク城はその規模とは裏腹に、意外と防衛のためのコストがかかっていない(とはいえ配備している兵器の維持費はそれなりに出ているが)。
それに人間のスタッフを血盟旅団の関係者と家族に絞る事で、外部の人間が入って来れないようにするという副次的な効果もある(むしろこっちがメインか)。こうすれば外部から人間を雇わなくていいからコストカットになるし、すぐお隣に控えている某ノヴォシアの工作員が城内に入り込むことを防ぐ事ができ防諜の面で有利になる。
さて、この戦闘人形を普及させれば人件費削れるじゃんと思うかもしれないが、それも考え物である。
あまり普及させ過ぎると人間から職を奪ってしまい、失業率の上昇に繋がる恐れがあるからだ。
リュハンシクにも貧民街はある。領主就任前と比較すると規模は風船が萎む勢いで縮小しているが、それでもまだ毎日の暮らしに苦しむ人は存在しているのだ。
なので雇用を確保する観点からも、戦闘人形の普及はリュハンシク城のスタッフのみに限定する事としている。
さて、話が脱線してしまったが、まあ彼らならヒューマンエラーなんて起こさないし注文通りに加工してくれるだろう。
ラフィーを連れてモシンナガンを武器庫に返却させ、シャワーでも浴びようかと親子2人で着替えを用意しシャワールームへ。
城内には大浴場もあるのだが、そっちは夜とかリラックスしたい時に利用している。ちょっと汗をかいちゃったなー、くらいの時はもっぱら部屋に備え付けてあるシャワールームを使う事の方が多い。
ちなみに大浴場はちゃんと男女に別れており、男湯と女湯を隔てる壁は厚さ3mのコンクリートと鉄板でガッチリ分けてある。当初は普通の温泉っぽい壁だったのだが、どこぞの某クラリス氏が俺とラフィーの裸を一目見ようと壁越えを繰り返したので改築。さながら強制収容所のような壁に変貌している。
まあ、どうせこの壁も嫁の本気の右ストレートの前には無力なのだろうが……実行に移してない辺り、まだ辛うじてクラリスの理性は正常を保っているらしい。
シャワーを浴びて髪を乾かし着替えていく。俺もラフィーもシャワーを浴びてる最中、男の筈なのに何故か胸元に謎の光が差し込んでいたので、どうやらラフィーも順当にこの世界に女の子認定されているようだ。勘弁してやって欲しい。
たぶんコレR-18版とか円盤だと謎の光消えてるんだろうな……とアニオタ的思考回路を働かせていたその時だった。
「失礼します。旦那様、お客様が―――」
ガチャ、と部屋のドアを開けて入ってきたのはメイドのカトレア。
ラフィーや他の子供たちの面倒を見ているホムンクルスのメイドの彼女は、まだシャツのボタンを閉めている途中だったリガロフ親子の姿を見てしまい、カトレアが《◎◇◎》←こんな感じになっちゃった。
「……カトレア?」
「……うわえろ」
「カトレア!?」
ク ラ リ ス の 英 才 教 育 始 ま っ て ん の 草 ァ !
謎の光を召喚し我が身とR-15のラインと申し訳程度の健全さ(ミニマムサイズ男の娘がAKぶっ放したり強盗やったりおねショタだったりギルド同士の抗争やったりしてるこのラノベのいったいどこが健全なのか教えてほしい)を守りつつ着替えを済ませ、キリッとした感じでカトレアに問う。
「要件は?」
「ほぇ……ぁっ、はい。お客様がいらっしゃっています」
「客?」
「はい。キリウから主席護衛官のルカ様が」
「すぐ行く」
ルカが……?
珍しいな、と思いつつ準備をしてルカが待っているという応接室へと向かう。なんか背後で「旦那さまってあんなえっちだったんですねぇ……」ってカトレアの独り言が聴こえたけど違うから、そんなんじゃないから。ミカエル君清楚だから。
旧知の仲とはいえ客人を待たせてはならぬ、と駆け足で応接室に向かう。扉をノックしてから中に入ると、途端に漂うポップコーン臭。ああやっぱりこれルカだ、と思いながら接客用のソファの方を見てみると、確かにそこにはもっふもふの髪とケモミミ、そしてぶっとい尻尾が特徴的なビントロングの……なんか異様にデカい獣人が座っていた。
ぴょこ、とケモミミを立てるなりこっちを振り向く身長235㎝のクソデカ獣人ルカ君。25歳になってもなおくりくりとした丸くて可愛らしい瞳が潤んだかと思いきや、ぴえー、と泣きながらこっちに駆け寄ってきた。
ちょっ、待っ、怖い怖い。その質量で突っ込んでくるの怖ぴぎゃー!?
「うわぁぁぁぁぁぁぁんミカ姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うお毛玉」
どしーん、とそのまま床に押し倒されてもお構いなし。抱っこして人を持ち上げながら頬を擦り付けて時折吸いながらわんわん泣くルカ。いったい何があったのだろうか。
「聞いてよミカ姉ぇぇぇぇぇぇぇ!」
「落ち着け落ち着きなさい」
ぽんぽん、とルカの頭を撫でてあげて落ち着かせ、少ししてから話を聞く事に。
ソファに座るなり、ルカは話を始めた。
「実は今度、ノンナの結婚相手……王配を決める事になったんだけど」
「ああ、聞いてるよ。なかなかカオスな事になってるって事くらいは」
イライナの大公、ノンナの伴侶を決めるともなればイライナ国内どころか諸外国からも名乗りが挙がるのは当然だろう。王配として選ばれれば莫大な権力が手に入るし、外国出身の婿であれば食糧輸出大国であるイライナと親密な関係を築く事も夢ではない。
思惑と欲望の入り混じった王配争奪戦……その渦中にいるノンナの気苦労は察するに余りある。こないだ送ったツァスタバM90を咆哮と共にぶっ放す妹分の姿が見える見える。
「それで……その、肝心なノンナが縁談を断り続けてるみたいで」
「……ふむ」
この人と結婚しなさい、と強制しない辺り姉上は彼女の意思を尊重してくださっているようだ。良い事ではあるが、しかしこのまま世継ぎどころか結婚の話が決まらないというのも問題であろう。
ノンナの自由意思とキリウ大公としての義務、二律背反の合間で板挟みに苦しむ姉上も気苦労が絶えないに違いない。
「それで」
「うん。それでアナスタシア様が”王配を決めるため、結婚を希望する者全員に試練を課す”って」
「試練?」
あれか、テストみたいなもんか。課題を出してそれをクリアできた奴が次の試験に進んで……みたいな感じで候補者を搾っていき、最終的に残った1人を王配にするつもりなのかもしれない。
姉上の事だ、よほど厳しい試練を用意しているに違いない。
「……ノンナと結婚を希望する者は全員、アナスタシア様と戦えって」
「ブフッ!?」
メイドが持ってきてくれた紅茶を口に含んでいたせいで、思わず盛大に吹き出してしまった。
「ゲホゲホッ」
「だ、大丈夫!?」
「あ、ああああああああアホかあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? 勝てるわけないだろ!!!」
姉上と戦えって……マジか。
炎属性Sランク、光属性Aランクの適正を持つ二重属性の魔術師にしてリガロフ家最強の戦士、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ。31歳になった今でも未だに敗北を知らず、常に頂点に君臨し続ける文句なしの女帝。
そんな文字通りの最強を打ち倒さなければ、ノンナとの結婚は許されない……。
待ってコレ結婚させる気無いのでは?
「既に昨日だけでも93人挑んで全員秒殺されてる……」
「えぇ……???」
「どうしよ……俺もう希望の願書出しちゃったよぅ……」
ま、マジか……。
いやあの、ノンナを他の男に渡したくないというルカの気持ちもよく分かる。
でも……立ちはだかる壁があまりに大き過ぎやしませんか、コレ。
ベイカー世界記録
世界初だったり世界一と認定されたあらゆる分野の記録。技術や人類の限界に挑んだ世界記録から一見するとすごいけどお前何やってんだ感にあふれたふざけた世界記録など、様々な記録が残されている。
なお、ジノヴィの妻となったサキュバスのエレノア氏は『世界で初めて人の手により大気圏を突破した物体』と『世界で初めて月面に到達した人間』の2つでこのベイカー世界記録の認定を受けており、地味にクラリスも『世界で初めて人力で人間を大気圏離脱させた人間』、『世界で初めて人力で人間を月面に送り込んだ人間』の2つでベイカー世界記録認定を受けている。
あとミカエル君も『世界で最も同人誌にされた領主』として1889年にベイカー世界記録の認定を受ける事となる。未来永劫遺る恥である。




