序列1位と序列2位
カーチャ「あれ、ラム? どこ行ったのラム?」
ラムエル(ずっと後ろに居るんだけど……)
ミカエル「ん、ラムどこ行った?」
ラムエル(ずっと後ろに居るんだけど……)
ラファエル「あれ、ラムが居ない」
ラムエル(ずっと後ろに居るんだけど……)
ラムエル「……私、影薄い?」
リガロフ一族一同(この子ステルス性高すぎでは?)
「いいですかアラエル、暴力を振るっていいのは魔物と異教徒だけなのです」
「はい、母上」
問1、朝イチからとんでもない母子の問答を耳にしてしまった父親の心境を答えよ。
昨日用意したベリルの試し撃ちを終え、さーて今日もそろそろ飽きてきたけどオークの肝食べに行くかと思って部屋を出たらコレだった。リュハンシク城の居住区の一角で親子で何の話をしているのかなと思ったらそんな物騒な文言が出てきて、ちょっとその、イルゼとの間に生まれた愛娘”アラエル”の将来が心配になる。
母親同様、光属性に対しAランク相当の適正を持つアラエルはイルゼと同じく回復やサポート、防御系の魔術がそろうエレナ教へと入信。シスター見習いとして母を師としながらエレナ教の教えを学び、信者の懺悔を聞いたり迷える信者を導いたりと、5歳の女の子とは思えないほど立派にやっている。
そこまでは良いのだが、しかし中身がちょっと過激すぎはしないだろうか。
いや、あのイルゼも結構過激と言えば過激な方だ。部屋には金属釘バットを常備していて、そこには『Tod den Ketzern, die der Heiligen Elena Schaden zufügen(聖女エレナに害をなす異教徒に死を)』と真っ赤な文字で刻まれていたりと、前々からそんな片鱗は見えていた。
そそくさとその場を離れようとすると、アラエルの「あ、父上!」という無邪気な声が聞こえてきて、ああ見つかってしまった、と苦笑いで誤魔化す他なかった。
「おはようございます父上!」
「おはようあーちゃん。今日も朝早いね」
「はい。これから母上と聖堂のお掃除に行ってきます!」
「おー、そうかそうか。きっとエレナ様もお喜びになるよ」
そう言いながらアラエルの頭を撫でると、嬉しそうに長い尻尾を振り始めた。可愛いこの娘。
姉弟と同じく分類はハクビシン獣人となっているアラエルだが、母の遺伝子が濃く出たのか頭髪の色は金髪だ。それでいて前髪の一部や睫毛、眉毛は雪のように真っ白なものだから、一見すると狐の獣人なのかハクビシンの獣人なのかいまいちわからない事がある。
性格は身内の前では天真爛漫、でも一歩城から外に出ると清楚なシスターに早変わりという二面性を持っており、更には母の洗の……げふん、英才教育の悪影響で異教徒には一切容赦をしないという3つの顔を持つ怖い子でもある。
「ところで父上はエミリア教の信者でしたよね?」
「うん」
「エレナ教に改宗しませんか? 聖女エレナはどんな人でも受け入れてくださいますよ」
「いやあの、俺雷属性にしか適性ないし……」
「むぅ……残念です」
「あーちゃん、父上は仕方ないのです」
「父上みたいな可愛い人を異教徒のままにしておくなんて世界の損失です母上!」
「ええ、私もそう思うわ」
「ちょっと何言ってんの???」
「とりあえず、聖堂の清掃に行ってきますね」
「う、うん、気を付けて……はは」
2人を見送り、食堂へと向かう。
ここリュハンシク城は対ノヴォシアを睨んだ要塞であり防衛線、軍事施設なのであるが、城内にはエレナ教の教会も用意されている。
この城を領主の居城として改装するにあたり、イルゼから強い要望があって城内に教会を用意する事となったのだ。信仰心の強いイルゼの事だしまあそれくらいいいかとOKしてしまったのだが、いつの間にかエレナ教の本部から『エレナ協会リュハンシク支部』の認定を受けてしまったようで、イライナ国内のエレナ教の信者たちが足を運ぶようになった。
どうやらイライナ国内、特に東部にはエレナ教の教会が少なくて、信者たちにとっては貴重な巡礼先なのだそうだ。
しかし信者とはいえ軍事拠点の中に民間人をホイホイ立ち入らせるのも防諜的な観点から非常によろしくないので、リュハンシク市とリュハンシク城の中間地点に新たに教会を建て、そちらをエレナ教のリュハンシク支部とするようエレナ教本部に申し入れて許可を得ている。
なので今は城内にイルゼとアラエル用の祈祷室と聖堂を残すのみで、それ以外の設備は教会の方に移している。
まあ、聖堂の掃除って言ってたから城内の方だとは思うが。
そういや俺もしばらくエミリア教の教会行ってないな……公務の合間を見て巡礼行ってこようかな……。
朝食を終え、書類の確認とサイン、農地の視察に新たに建設予定の”対消滅発電所”の視察、法案の審議など公務を一通り終え、城に戻ってきた俺の耳に飛び込んできたのはとんでもねえニュースだった。
序列1位の冒険者ギルド、『グラウンド・ゼロ』の首領―――【アレクセイ・イリーチ・マイヨーロフ】が俺に会いたいと城にやってきた、というのである。
「確かか」
「はい。メイドが確認しましたし冒険者バッジも管理局に依頼し照合―――紛れもない本人です」
通路を歩きながら淡々と必要な情報だけを報告してくるクラリスの声に、俺は目を細める。
思ったよりも遅かったな、というのが正直な感想だった。
グラウンド・ゼロの構成員、冒険者マルクの身柄は未だにこちらの手中にある。ああやってエフィムとアンナに接触、焚きつけるような真似をして事件を起こす役割を担っていたという事はグラウンド・ゼロの中でも下っ端ではあるのだろう。
とはいえギルド内では貴重なSランク冒険者である事に変わりはなく、だからこそ場合によっては実力行使も辞さぬ覚悟で奪還に動くのではないか、と考えていた(だから3日前から城の周辺の警備を強化、戦車も投入している)。
だが向こうもこっちと一戦交えるのは本意ではないのだろう。こうして礼儀正しく筋を通して正面から対話での解決のためにやってきたのもおそらくはそのためだ。
無理もない。表立って血盟旅団と一戦交えるという事は、すなわちリガロフ家への攻撃と解釈されかねないからだ。
リガロフ家は今や国家を掌握できるほどの権力を持っている。長女は宰相、長男は法務省長官、次女はリンネ教の大司教、次男は憲兵隊長官―――そして三男ミカエルは序列2位の冒険者ギルドの団長。
国家権力、宗教権力、そして武力を握っている状態であり、更に建国の経緯からキリウ大公ノンナ1世と距離も近しい関係にあるのだ。そんな一族への攻撃はすなわち国家への攻撃と更なる解釈を生みかねず、迂闊に手は出せない。
かなーり面倒なことになるのは疑いようもないだろう。
こちらです、とクラリスに案内されたのはリュハンシク城の応接室だった。部屋の入り口にはベリルを装備した戦闘人形の兵士たちがマルチカム迷彩のコンバットパンツにコンバットシャツ姿で待機していて、俺の姿を見るなり敬礼して出迎えてくれた。
彼らに答礼を返し、ドアをノックしてから中へと足を踏み入れた。
イライナの国旗を模した黄色と青の絨毯が敷かれた応接室の中。来客用のソファの後ろには筋骨隆々で白銀の甲冑姿の巨漢が仁王立ちしていて、アレがアレクセイ・イリーチ・マイヨーロフかと一瞬だけ思ったがどうやら違うようだ。
ソファに座っている初老の男性―――後ろに控える巨漢とは比べ物にならない程の威圧感を発している。
髪には白髪が混じり、顔や手足にも皺が浮かんで、すっかり全盛期は過ぎた印象を受ける。しかし老いの兆しが見えた、と言うにしてはその肉体はがっちりとしていて、在りし日の彼の姿をなおも現代へと示しているようにも見えた。
ハイイロオオカミの獣人、『アレクセイ・イリーチ・マイヨーロフ』。
世界最強の冒険者ギルド、グラウンド・ゼロを率いる冒険者にして、半世紀前から最強の座に君臨し続ける”冒険者の王”。『伝説の冒険者』、『戦狼マイヨーロフ』など、複数の異名を持つ異名付きでもある。
武器の類は持っていない。入り口で兵士に没収されたようだ。
「お待たせして申し訳ない」
応接室で待たせてしまった事を短く詫びると、ギロリ、と後ろに控えている甲冑姿の巨漢がこちらを睨んだ。昔の俺だったらビビって失禁してたかも、などと思いながらそんな殺気を気にもかけず、堂々とアレクセイの目の前のソファに腰を下ろす。
「何分、公務で多忙な身でしてね」
「いえいえ、お気になさらず」
そう言うなり、アレクセイはティーカップを拾い上げた。
「かの高名な”雷獣”のミカエル殿とお会いできただけでも僥倖というものです。文句をつけてしまっては罰が当たりましょう」
思ったよりも物腰が柔らかい。
もっとこう、「ウチの若いモンはよ返さんかいワレェ!?」とか「おどりゃあ戦争するつもりかァ!?」みたいな感じで来るんじゃないかって勝手に想像してたから、そのギャップに思わず強烈な肩透かしを食らってしまう。
でもこっちの権力と武力を目にしてビビったからあんな腰を低くして応じているわけでもないらしい。
目を見れば分かる―――口元には紳士的な笑みを浮かべているが、その黄金の瞳は獲物を狩る肉食獣のそれだ。一瞬でも弱みを見せればそこに一気呵成に攻め込んでくる、という嫌な確信を抱かずにはいられない。
こっちも序列1位のギルドと一戦交えるつもりはない。こちらに人的被害が出たわけでもないし、グラウンド・ゼロの関与も明るみに出たわけでもないのだから、お互い穏便に事が済むというのであれば何事もなく処理してしまいたいというのが本音の筈だ。
とはいえ一応は強気に出ておこう。弱みを見せたら最期、あの牙で狩られそうだ。
「それで、私の元を訪れたという事はただただ茶を飲みに来た、というわけではありますまい?」
違いますか、と視線で訴えながら、クラリスが持ってきてくれた紅茶を口へと運んだ。
「ええ。長話はあまり好きではないので、単刀直入にいかせていただきましょう」
コト、とティーカップを小皿の上に置き、アレクセイは目つきを鋭くする。
次の瞬間だった―――目の前にいるアレクセイ・イリーチ・マイヨーロフという人間の全身から、強烈な殺気が噴き出したように思えたのは。
常人が真正面から受ければ捕食者を前にした草食動物の如く、身動き一つ出来なくなってしまうのではないか―――ついそう思ってしまう。
最初から平和に茶を啜って済む話ではないと思っていた事、そして何より俺なりに修羅場を潜り抜けたおかげで耐性がついたおかげもあって、特段ビビるような事は無かった。顔色も変わらず、ズズズ、と茶を啜る余裕すらあった。
むしろ、序列1位の殺気がこの程度か―――ついついそう思ってしまうくらいだ。
「そちらに身柄を拘束されているマルクを返していただきたい」
こちらも静かにティーカップを置き、笑みを絶やさず殺気を滲ませる。
「ええ、こちらもいつまでも捕虜を取っているのも本意ではありません」
ただし、と言葉を続ける。
もちろんあんなクソ雑魚を返すだけで矛を収めるというのであれば、そうしよう。だがこちらの質問にも答えてもらう―――自由を行使するなら責任を果たしてもらわなければならない。自由は決して無償で行使できる権利ではないのだから。
「彼……マルクは私の命を狙ってきました」
「なんと」
「我が娘を人質に取り、私をおびき出して父子共々殺そうとしてきたのです。まあ、特に何の問題もなく撃退しましたが……」
ふう、と息を吐いた。
「―――それが、グラウンド・ゼロの総意と見て間違いはないか?」
後ろに立っていた巨漢が顔つきを険しくしたのが分かった。
言葉に乗せた殺気と威圧感―――きっとこんな小さな身体の矮小な獣人が、こんな捕食者のような殺気を出すのかと驚愕したに違いない。
「こちらもあなた方との戦争は本意ではない。だが仕掛けられた以上、報復する権利はこちらにあるという事です」
「……確かに、大躍進するあなたの事を疎ましいと思ったのは事実です」
落ち着いた声で、アレクセイはそう返した。
さすがは伝説の冒険者、あの程度ではビビらないか。顔色一つ変わっていない。
「ですがこちらも、全面戦争は本意ではない。だからやめろとマルクには何度も言っていたのです。今回の件、彼が先走ったものと解釈願いたい」
「責任は全て彼にある、と?」
「いえ、私とてそんな無責任な男ではない。ギルドの団長として責任は取ります。賠償金が欲しいというのならばお支払いしましょう」
「……幸い、この一件で双方に大きな被害は出ておりません。賠償金を払え、などと言うつもりは毛頭ありませんが……今後、このような事が無いという確約が欲しい」
クラリス、と彼女を呼ぶよりも早く、彼女は一枚の書類をそっとテーブルの上に置いた。
誓約書だ。
今後、血盟旅団並びにリガロフ家に対し一切の危害を加えない事を条件に、マルクの身柄を返還する旨の記載がされている。
交渉の席でグラウンド・ゼロに突き付けてやるつもりで用意していたものだ。
「署名をお願いします。そうすればマルクの身柄はそちらにお返ししましょう」
「……」
無言で、アレクセイは誓約書の文言を確認する。
違反した場合は『イライナ公国への叛逆と解釈し徹底的にギルドを潰す』という一文が血のように紅い字で強調して表示されている。見てませんでした、という言い訳がきかないレベルで派手に、だ。
「署名いただけない場合、彼の身柄はこちらで煮るなり焼くなり好きにさせていただきます。法の裁きに委ねた場合、人権剥奪刑が妥当と思われますが」
どうなさいます、と畳みかけるように告げる。
アレクセイの顔が屈辱に歪んだ。
世紀末おばあちゃん
イライナ冬の風物詩。
簡単にいうと『火炎放射器と燃料タンク、ガスマスクを装備したおばあちゃん』の事である。10月下旬~11月上旬から4月の雪解けまで続く冬季封鎖の間、毎日の除雪作業が必須となるが、その際スコップでは効率が悪い事から火炎放射器を用いた除雪作業が推奨される。そのため家に残る女性や老人が除雪作業を担う事となるのだが、火炎放射装備一式を身に纏ったおばあちゃんのインパクトが強い事からイライナ国内では一種のスラングのようなものとして有名になった。
なお、亜種に「世紀末おじいちゃん」も存在するが、おばあちゃんの破壊力が凄まじ過ぎるからかあまりこちらは普及していない。
除雪用火炎放射器
イライナ騎士団などで昔に使われていたマスケットを改造し火炎放射器としたもの。銃口と火皿に黒色火薬を充填し、追加された圧縮空気弁と燃料放射弁を解放した状態で発砲すると黒色火薬の爆発で点火、火炎放射を行う事が出来る。またこの点火方式のため、一度点火したら燃料弁を閉止するか燃料を使い切るまでは放射が止まらない。
安価な小改造で除雪用の装備に作り変えられる事、マスケットの在庫が大量にある事などからボルトアクション小銃が主役となった今でもなお現役の装備であり、イライナ全土で除雪作業に大活躍である。
なお、あまりにも普及したため『銃の撃ち方は知らないが火炎放射器なら使いこなせる』というイライナ国民は多い。冬は世紀末である。




