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事後処理と尋問

車内放送《当列車はイライナ東部高速鉄道”ソーキル14号”、リュハンシク行きです》

車内放送《現在、キリウ駅での信号機故障の影響で2分の遅延が発生しています》


デス車内放送《遅延回復のため、次のザリンツィク駅より 8 号 車 か ら 1 2 号 車 を 切 り 離 し て 運 行 い た し ま す 。 ご 了 承 く だ さ い 》 


乗客一同「!?!?」


 言うまでもないだろうが、公爵家への謀反は重罪である。


 法務省のトラックに乗せられていくエフィムとモニカの母親(※両名とも気絶済み)を見送りながら、あの2人に待ち受けているであろう無残な末路をついつい想像してしまう。


 レオノフ家とスレンコフ家は辛うじて存続している一族であるが、今回あの2人は共謀し、あろう事かリュハンシク領主たるリガロフ家の娘を誘拐しミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵とモニカ・リガロヴァ公爵夫人を恫喝、その上で殺害しようと目論んでいた。


 イライナの刑法においては、貴族に対する謀反は重罪だが、その相手が公爵家―――特に領地を任されている領主や、キリウ大公に近しい宰相の家系が相手だった場合、その容疑は『領地転覆防止法違反』とか『国家転覆防止法違反』という、更に重い刑罰に切り替わってくる。


 ちなみにそれらの刑罰で待ち受けているのは、軽くて『無期懲役』、少しヤバくなって『人権剥奪』、最悪が『死刑』だそうだ。なお、その犯行に及んだのが貴族だった場合はもれなくお家取り潰しもついてくる。やったね。


「馬鹿な奴らだ」


 トラックの荷台に、拘束具でぐるぐる巻きにされた2人が積み込まれていくのを眺めながら、わざわざマルキウ州から出向いてくれたジノヴィ兄さんが吐き捨てる。


 王笏を腰のベルトに提げ、腕を組み仁王立ちする姿は王者の風格に満ちていて、短く切りそろえた金髪はさながら百獣の王、ライオンの鬣のよう。立ち塞がる相手は全て圧倒的な力でねじ伏せる―――そんなあり方を体現したような姿に、きっと多くの者が畏敬の念を抱く事だろう。


 でも実家での残念なイケメンっぷりを知ってるのでその……。


「慎ましくイライナの片隅で声を押し殺して過ごしていれば良かったのだ。一発逆転の夢に酔ったか」


「あの2人、どうなるんです?」


「まあ人権剥奪は堅いだろうな。気になるなら奴隷市場に足を運んでみるといい」


「遠慮しておきます……ガリガリのモヤシとレーズンみたいなババアの奴隷なんて見たくもない」


「リガロフ長官、エフィムとアンナの移送準備、完了いたしました」


 駆け寄ってきた法務官がジノヴィ兄さんの前でキレのある敬礼をしながら報告すると、腕を組んでいた兄さんは頷いた。


「連中の一族が道中で奪還に来ないとも限らん。護送車の前後左右、警戒を厳と成せ。リュハンシク法務省に要請していた航空隊はどうなっているか」


「はっ。リュハンシク州を出るまでは上空を旋回し警戒任務に就くとの事であります」


「よろしい。では護衛の準備ができ次第出発だ。……そういうわけだミカ、また今度な」


「ええ。兄上もお身体にお気を付けて」


「ありがとう。そういうお前こそ、過労でぶっ倒れんようにな」


 割と真面目な話、どうやったら嫁に勝てるんだろうと思う。毎晩毎晩連戦連勝をキメているジノヴィ兄さんに秘訣でも聞きたいところなのだが、今ここで聞くのはさすがに勇者が過ぎるというものだ。


 去っていく兄上の背中に手を振り、走り去っていく護送車のテールランプが見えなくなるまでとりあえず見送った。


 エンジン音の余韻も失せ、旧市街に静寂が満ちる。


「これで一段落、ってか?」


「とりあえずは……ね」


 言いながら、モニカは傍らで気を失っているセルゲイの方に視線を向けた。


 先ほど撃ち抜いたアキレス腱の傷はエリクサーを投与して塞いだし、薬物の影響はまだ消えていなかったので電撃を浴びせて気絶させた。せめてどういう薬物のどういう成分なのかがはっきりすれば錬金術を使って他の物質に変換したり、あるいは人体からの分離を試みる事が出来るのだが……成分が分からない状態でそれはギャンブルが過ぎるというものである。


 セルゲイに関してはシャーロットに依頼して血液を採取、身体に投与された薬物の成分やら何やらを詳しく調べ上げたうえで錬金術を使い薬品の成分を分離……それで何とかなるか。とりあえずこの人はあの2人に操られていただけで、今回の事件に自分の意思で参加したようではないっぽいので、本人の回復を待って意思確認をしたいと思う。


 以前に一度戦った事があるから分かるが、セルゲイはなかなか有能なガードマンだ。


 可能ならばリュハンシク城に迎え入れたいとさえ考えているのだが……。


「で、問題はコイツか」


 セルゲイの隣で、試合を終えたボクサーみたいに顔中痣だらけになってる執事のような格好の男―――エフィムが『マルク』と呼んでいた奴を見下ろし、少しばかり考えを巡らせる。


 コイツの襟には確かに冒険者バッジがあった。精巧に再現された偽物でなければ本物だし、小さく刻まれた製造番号(シリアルナンバー)を見るに俺よりも遥かに前にSランクという高みに到達した冒険者であるという事になる。


 血盟旅団以前のSランク冒険者となると、相手は必然的に絞られてくる。


 というのも、冒険者の序列というのはここ数十年間で殆ど変化が無いのだ。


 多くの冒険者が高みを目指し、しかし中堅層から上位へ向かう途中で現実を見せつけられ、心折れ、それ以上を目指さなくなる。そのせいで中堅層は挫折した冒険者の掃き溜めと化し、新興ギルドが現れては消えてを繰り返して、しかし上位は小波一つ立たないアンバランスな状態が長い間続いていた。


 そんな状況に小さな風穴を穿ったのは、俺たち血盟旅団である。


 どうせすぐ消える新興ギルドさ、と陰口を叩かれていた頃が懐かしい。


 さて―――俺たちよりも前にSランクに到達していたという事は、だ。


 序列2位のギルドは以前に潰したので、現在の血盟旅団の序列は2位。冒険者個人の序列でも、聞いた話ではこの俺ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフは第2位に落ち着いているのだという。


「コイツ、もしや”グラウンド・ゼロ”の奴じゃないわよね?」


「可能性はある」


 ―――グラウンド・ゼロ。


 数十年間も停滞が続いた冒険者界隈において、しかしただの一度も1位の座を譲らなかった最強の冒険者ギルド。


 今まで調査が終わり、解明された全世界のダンジョンの8%はこのギルドが単独で踏破したとさえ言われている文字通り最強のギルドであり、世界中から優秀な人物ばかりをスカウトして規模を拡大。しかし最近では活動に停滞が見え、遥か高みに在りながらその実態は誰も判らない……という幽霊のような存在でもあった。


 団長は”伝説の冒険者”こと『アレクセイ・イリーチ・マイヨーロフ』。


 老齢にありながら今なお第一線で活躍するとされている冒険者。攻め時と引き際を弁えた手堅い戦い方は『教科書通りの基本的戦術を限界まで突き詰めた極致』とまで称されるほどであるといわれているが、最近の冒険者では彼が戦っている姿を見た者は誰一人としていない。


 事実、俺もこの男が本当に活動しているのか……もしかしてコイツはとっくの昔に死んでいて、名前だけ独り歩きしているのではないか、なんて思っていたものだ。


 不気味なものである。今まで形のない噂話が、急に輪郭を持ち始めるというのは。


「ひとまずコイツのバッジを管理局に依頼して照合しよう。登録時期と所属ギルドさえ分かれば、後は……」


 後は……どうする。


 その後に続く言葉を、しかし俺は呑み込んだ。


 もし仮に―――コイツが本当にグラウンド・ゼロ所属の冒険者であったのならば。


 グラウンド・ゼロが大躍進する血盟旅団を疎み、排除しようと乗り出していたのならば。


 それは冒険者ギルド間の全面戦争を意味する―――つまりはそういう事だ。







 あー、やだやだ。






 『戦争』なんて言葉、平成のラノベみたく軽々しく口にしたくないもんである。


















 ばしゃあっ、と顔面にぶちまけられた冷水の刺激に、椅子に縛り付けられたマルクは失ったままだった意識を強制的に現実へと引き戻される。


 気管に入り込んだ水に咳き込みながらも自分の置かれている状況を察知したのだろう。少しだけ慌てたようだが、しかしそこは仮にもSランクまで上り詰めた冒険者。こういう状況も経験済みに違いない……出る杭は打たれる、残念ながらそれが冒険者界隈の醜い現状である。


 濡れた前髪越しに俺とクラリス、それから尋問担当として呼んだらノリノリでスキップしながら来てくれたパヴェルの3人の姿を認めるなり、マルクの表情が一気に険しいものになった。


「やあ、目が覚めたかな?」


 マルクの目の前にパイプ椅子を引っ張って行って、その上にちょこんと腰を下ろしながら親し気な笑みを浮かべて言葉を投げかける。よもやイライナ語が分からない、なんて事はないだろう。なんかおしゃべりが好きそうな顔をしているから俺の言葉にも良い返事を返してくれる筈だ……そんな期待を、しかし彼は俺の足元に唾を吐きかけるという冒涜的行為で返してきた。


 貴様、と声を荒げるクラリスを手で制し、パイプ椅子の背もたれに背中を預けて腕を組む。


「マルク……本名”アロイス・ルーデンシュタイン”。出身地はドルツ諸国首都ベルリッヒ。母語はドルツ後……だが母の影響で若干の高地ドルツ語のアクセントあり。父母との3人家族だが幼少期に父親から虐待を受け母と2人で夜逃げ、苦しい生活を支えるために日雇いの仕事をこなしつつ冒険者に弟子入りして見習いとして活躍、2年間の下積みを経て独立し大金を稼ぐも母は既に病気で他界、か」


「……人の個人情報を、よくもそこまで調べ上げたものだな」


 やっと口を開いた。


 若干だが、確かにドルツ語の訛りがある。とはいえドルツ諸国出身の嫁(イルゼ)から事前に言語について学んでいなければ分からないレベルのものだが。


「―――Wäre es also leichter zu verstehen, wenn ich in dieser Sprache sprechen würde?(じゃあこっちの言葉で話した方が分かりやすいかな?)」


「Du dreckiges, widerliches Mädchen! Werde krank und stirb!(この薄汚い害獣の娘が! 病気貰って死んじまえ!)」


「Das ist beängstigend. Ich möchte nur mit dir reden(怖いなぁ。俺はただ君とおしゃべりをしたいだけなんだけど)……仕方ない、パヴェル」


 パチン、と指を鳴らすと、後ろでせっせとコンセントを繋ぎ、いったいどこから持ってきたのか映写機の準備をしていたパヴェルがニッコニコでフィルムの再生を始めた。


 クラリスに部屋の灯りを消すよう目配せすると、パチン、と白い指を弾いてスイッチを切る。


 真っ暗になったリュハンシク城の地下室の壁面に、映写機から投影される灯りだけが残った。


 やがてカラー映像(!?)の再生が始まる。これ見よがしに映し出される『スタジオ・パヴェル』とかいうアニメ制作会社(まってコレ個人製作だよね?)のロゴと、ハクビシンの幼獣がリンゴを抱きしめながらひょっこり顔を出すアニメーションが再生された後、何か知らんけど ア ニ メ が 始 ま っ た 。 


 始まったのは貴族同士の恋愛アニメっぽいやつ。でも何だろう、タイトルの下の方に『※R-18』って表記があるのは。見間違い……かな? ミカエル君疲れてるのかな?


 貴族のお坊ちゃんと相手の貴族の娘との出会いが描かれた後、段々と親密になっていく2人。ついには口づけを交わし正式に恋仲になる2人だったが、しかしそんな2人の様子を金髪で浅黒い肌で筋骨隆々なチャラ男という、どう考えても間男な怪しい人影が狙いを定めていて……!


「Nein ... oh warte, hör auf! Nein, nein, nein!(ダメだ……ああ待て、やめろ! ダメだダメだダメだ!)」


 ここでちょっと、管理局に問い合わせたりカーチャに調べてもらった情報を思い出す。


 マルクはいちゃラブ原理主義者……つまり N T R が 大 の 苦 手 な の で あ る 。


 そんな彼にこの作品を見せてしまったらどうなるか……。


 これはちょっとその、ジュネーブ条約違反だと思うぞパヴェル……。



















「最悪だ、最悪だ……お前らの血は何色だ……!?」


「AK好きだから赤だけども」


 そう言いながら次のフィルムを用意するパヴェル。どうやらマルクは彼女から送られてきたビデオレターのシーンで完全にノックアウトされてしまったらしい。


「次は人妻のNTRね」


「待て、もうやめてくれ! 脳 が 焼 け る ! ! 」


「お、いいねぇ。じゃあ焼き加減ウェルダンって感じで再生するぜ☆」


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ……何なんだろうこの茶番は。


「ご主人様、アイスティーをお持ちしました」


「うん、ありがとう」


 クラリスからもらったハチミツマシマシジャムマシマシ砂糖飽和状態のマキシマムアイスティーを啜りながら、遠い目で2人のやり取りを見守る。


 なんだろうね……NTRビデオレター風の映像で宣戦布告したり、捕虜をNTRえっちアニメ(※個人製作)で脳破壊したり、このラノベやたらとNTRを殺傷兵器として使ってるよねコレ。


 そんなこんなで2作品目の上映会が始まり、悲痛な叫びをあげるマルク。


 そんな2人の様子を見つめながら、俺はアイスティーを一気に呷るのだった。




 

ノヴォシア諜報員の盗聴記録


諜報員『ハァ、ハァ……アルチョム、多分コレが俺の最期の記録になる……どうかお前のところに、この記録が届いている事を願う』


諜報員『全てが分かったんだ。イライナの異常な技術力に資金源……くそ、アイツらが使ってるのはこの世界の技術なんかじゃあない。異世界から持ち込んだオーバーテクノロジーを解析していたんだ……そんな超技術に、俺たちが太刀打ちできるはずがない』


諜報員『資金の出どころもだ。アイツら、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵に強盗をやらせていたんだ。ミスターXだよ、アイツらがイライナの資金源の一翼を担っていたんだ』


※ここで物音


諜報員『今のは何だ……くそっ、見つかったか……”奴ら”が来る……!』


???『ミカァ~?』

???『らふぃ~?』

???『ミカミカ』

???『ミーカ、ミーカ』

???『らふぃー♪』


諜報員『くそ、くそ! アイツらに捕まったら俺もモフモフに……』


???『 ミ カ ァ 』


諜報員『見つかっ―――お前、まさか……アルチョム……か……?』


アルチョムだったもの『ミカァー!!!!!』


諜報員『うわちょっ、馬鹿やめろ! に、肉球を押し付けるな! 猫アレルギーなんだ俺……あああっ!!!』


諜報員だったもの『ミカァ!!!』




???『 ミ カ ァ ? 』




※この盗聴記録はイライナ公国指定国家機密第183號に指定されています。許可のない閲覧、外部への持ち出し、提供などは国家機密保護法により処罰の対象となります。また当記録で観測された■■■■■■■■■《※検閲により削除》は最高機密に属する存在です。この記録を閲覧してしまった場合





















 ほ  ら  あ  な  た  の  後  ろ  に






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― 新着の感想 ―
モニカの実家に関しては本来国家の柱石たる貴族の反乱として処理できますが…マルクとその所属ギルドに関しては面倒ですね。今や懐かしい名前となった血盟旅団との冒険者としての争乱としても解釈しうるとは。 仮…
あー…パヴェルさん謹製のNTRはいけませんね… いちゃラブ原理主義者に観せたりなんかしたら、もはやウェルダンではなく消し炭になってしまいますよ… というか嬉々として尋問にくるパヴェルさん…ダメだ、どう…
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