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ジャコウネコの本気

歴史家「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ? 女性なのになんで男性の名前とファミリーネームなんだ?」

戦史研究科「なんかこの事件、ミカエルが2人居た事にならない?」

遺族「屋敷の倉庫からご先祖様の薄い本が山のように」


血涙ミカエル君「  ど  う  し  て  」


 ―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。


 1870年9月21日生まれ。リガロフ家の子として生を受けるも、父とメイドの間に生まれてしまった庶子であり、他の子とは隔離され、軟禁されて育つ。


 その後は冒険者として屋敷を出て、各地を放浪しながら頭角を現した。


 魔術の適正はC(現在はC+)。可もなく不可もなく、を地でいくステータスをしており、特にこれといった才能らしきものは見受けられない。しかしそれを補うために銃器の扱いと格闘術を学び、また魔術の効率的運用を模索しつつも錬金術を修めた―――記録にはそう記されている。


 どう考えても、ミカエルの最大の武器は魔術と錬金術である筈だ。それも10代のうちに基礎を学び、物質変化どころか形質変化までマスターしているのだからかなりの血の滲むような努力を続けてきた事だろう。


 ミカエルの戦闘力の屋台骨はその錬金術と、補助的運用となる魔術の2つである筈であり、魔力の流れを阻害する結界を展開して攻撃方法を銃撃と格闘術だけに制限してやればどうということはない。そこに残るのは非力で何の変哲もない、か弱い乙女である。


 執事のような格好の冒険者―――『マルク』の目論見は、しかし見事に崩れた。


(なんだ、コイツは)


 必中のタイミングでナイフを投擲しても、紙一重でひらりと躱される。


(何なんだ、コイツは)


 体術を交えた連撃を繰り出しても、剣戟は躱され、足技は躱され、左のパンチに至ってはクロスカウンターで返される始末。


()()()()()、コイツは!?)


 鼻血を拭い去りつつ距離を取り、呼吸を整えながらも狼狽するマルク。


 一挙手一投足の全てが、それどころか思考の全てが読み取られているかのように攻撃が全く当たらない。ならばと速度を上げても同じで、だったらとフェイントを交えても結果は変わらない。まるで答えを盗み見られているかのように剣戟は躱され、足技は受け止められ、最悪の場合は強烈なカウンターが帰ってくる。


 どの角度からどう攻めるべきか―――熟練の冒険者でもあるマルクの頭脳が様々な攻め方を瞬時にシミュレーションするが、しかし結果はいずれも同じだった。


 どうやっても、どんな変化球で挑んでも―――攻撃を捌かれ、反撃を喰らう未来しか見えて来ない。


 獣人はどの動物の遺伝子を持つ獣人かによって、得意不得意というものが明確になっている。


 例えば肉食獣の獣人であれば足が速かったり、その鋭い爪や腕力、咬合力を用いた白兵戦を得意としている。ヒグマやグリズリーの獣人であれば、一撃で人間の首の骨をへし折る腕力や屈強な骨格、筋力が最大の武器といえるであろう。


 では、ハクビシンの獣人は何が最大の武器か。


 それは電線の上や木の上でも平然としていられるバランス感覚と素早い身のこなし―――それくらいである。


 そう、ハクビシンはそもそも積極的に獲物を狩りに行くタイプの動物ではないのだ。木の実を食べ、狩りをすると言っても虫や鳥、自分より小さな小動物を仕留めに行く程度であり、肉食獣のように草食動物に戦いを挑む事は全くない。


 総じて”逃げ”にステータスを割り振ったような身体能力をしており、ジャーマンシェパードの獣人であるマルクと比較すれば、特に格闘戦で真っ向にやり合える道理が無いのだ。


 にも拘わらず―――これだけ勝ち目がないと思わせる要因は何か。


(コイツ……本当にハクビシンの獣人なのか?)


 ミカエルの背に、何か巨大な捕食者のような影が浮かぶ。


 無論、それは幻覚だ。物静かながらも確かに発せられる殺気が、マルクの目にそのような光景を見せているに過ぎない。


「来ないのか?」


 まるで女性の声優が演じる少年のような声で、ミカエルの小さな口が言葉を紡ぐ。


「なら―――次はこちらからだ」


 パシシシ、とSR-2MPが静かに9×21mmギュルザ弾を吐き出した。


 機関銃のような連続射撃が来る、という予感と、ミカエルの指の動きで辛うじて発砲のタイミングを察知したマルク。初弾を躱しつつ照準を修正して放ってくる弾丸は仕込み杖を振るって弾き弾道を逸らすが、しかしいったいどんな弾丸を用いているのか、仕込み杖を握る腕にはびりびりと、まるで雷に打たれたような痺れが走る。


 こんな事を続けていればやがて、杖を握る握力が維持できなくなるのではないか―――細身で軽量な獲物である事も災いし、衝撃がダイレクトに右腕を苛む事を憂うが、今はそれどころではない。


 左に大きく跳躍し壁を蹴る。彼の移動した軌跡を追うように9×21mmギュルザ弾の弾幕が追従してくるが、しかし辛うじてその弾幕はマルクを捉え切れていない。背後に迫る死神の窯が振り下ろされる音、あるいは死刑宣告にも等しい鈍い音を聞きながら、壁を蹴った勢いを利用してミカエルへの刺突を試みる。


 直撃すればそれでよし、なかなか手強かったが所詮はその程度であったという事だ。


 万一躱されても、今度は床を蹴って軌道を変更。ミカエルの死角から再度の突撃をかければよい。一手二手先までを頭の中にインプットした上で放った突撃は、しかしそうそう思い通りにはいかなかった。


 目の前に、ミカエルの膝が迫っていたのだ。


「は―――」


 バキャ、と顔面に炸裂する飛び膝蹴り。


 必中を期して放った刺突はしかし、ミカエルから見て左を掠めるばかりで、彼女には当たりもしない。


 相手が躱すかもしれない、という段階までは想定していたがしかし―――それを跳躍して迎え撃ち、飛び膝蹴りでカウンターを入れてくるとは誰が想像しただろうか。


 通常、仕込み杖―――レイピアのような細身の剣身を持つ刀剣類での刺突に対し、飛び膝蹴りでの反撃など自殺行為もいいところである。せいぜいが狙い澄ました一撃で串刺しにされてしまうのが関の山であり、到底現実的な反撃とはお世辞にも言い難い。


 しかし、そこでミカエルならではの身体的特徴が生きてくる。


 身長150㎝、体重53㎏というミニマムサイズの肉体。


 27歳の()()()()でありながら、その辺の思春期すら迎えていない小学生とそう変わらない体格。


 ―――そう、体格が小柄であるが故に当たり判定(ヒットボックス)が極端に小さいのだ。


 実際、戦車においても被弾面積を少しでも小さくして被弾率を下げるため、車高はできるだけ低い方が望ましいとされている。歩兵も被弾率を下げるため、伏せた状態での射撃を行う事が極めて多い。


 ミカエルの場合、元々の身体が小さいから、そもそもの被弾面積が小さいのだ。


 それに加え、マルクの剣術は自分と同等の体格の相手を想定したものである。


 熟練の剣士ともなれば、剣技が身体に染み付いているものだ。どれだけ意識して剣戟に修正をかけても、無意識のうちに自分の慣れ親しんだ剣術を繰り出してしまう―――つまるところ自分と同じ体格の相手を想定した技を繰り出してしまう。


 その2つの要因が見事に交通事故を起こした結果がこれだ。


 ミカエルはそこまで読み、敢えて定石もクソもない『刺突に対する飛び膝蹴りのカウンター』という選択をしたのである。


 とはいえ体重53㎏の飛び膝蹴りである。筋骨隆々の大男の一撃であれば意識を持っていかれるか、そうでなくとも脳震盪を起こしていてもおかしくはなかった。しかし幸運にもミカエルの身体は小さく、体重は軽く、どれだけ鍛錬を積んでも肉体の筋肉量は一般的な体格の人間には及ばない。


 驚かされはしたが、それだけだ。


 両足を踏ん張り踏み止まるマルク。莫迦ばかにされてたまるものか、と力任せに仕込み杖を振り下ろそうとするが、しかしその頃には既に懐にミカエルが迫っていた。


「―――ッ!?」


 走る勢いを乗せた右ストレートが、嫌らしいほど正確にマルクの鳩尾みぞおちへとめり込んだ。


 ひゅ、と息が詰まる。まるで身体の中の気管が機械的にロックされてしまったかのように、息をしたくても息が吸えない。


 じりじりと込み上げてくる鈍い痛み。しかし腹を抑えて倒れ込む事すら、ミカエルは許してくれない。


 顎に振り上げられるアッパーカット、二発目のボディブローで肋骨が軋み、揺らいだ身体に牙を剥く左の中段回し蹴り。みしり、と肋骨が悲鳴を上げ、衝撃が肋骨と内臓を無慈悲に薙いでいった。


 連撃はまだまだ終わらない。


 太腿目掛けて振り下ろされる右のローキックに、その勢いのままに繰り出される左の後ろ回し蹴り。踵で顎を横合いから殴打され、目の前が一瞬眩むマルク。


 トドメの諸手突きで突き放され、しかし何とか持ちこたえる。こんな子供に、つい十年前までは底辺にいた忌み子に後れを取ってはなるものかと、彼の矜持(プライド)が悲鳴を上げる身体を炊きつける。


 半ば白目を剥きながら咆哮を迸らせ、全体重を乗せた刺突。


 どう、と切っ先が振動するなり、そこからドレスのように白い渦輪が一瞬だけ広がった。


 ちょっとした衝撃波すら纏う必殺の刺突。あと一歩で断熱圧縮が発生するレベルの速度のそれを前にしても、ミカエルは眉ひとつ動かさない。


「え―――」


 次の瞬間、マルクの身体は宙を舞っていた。


 平衡感覚が消失する―――脚の裏から床を踏み締めていた感覚が失せ、視界では床と天井が上下にぐるぐると回転して、いったい何が起きているのか、自分はどうなったのか、あらゆる五感から何一つ状況が拾えなくなる。


 自我がパニックを起こすよりも先に、背中に強烈な衝撃が走った。


 そこまで来てやっと、マルクは自分が投げ飛ばされたのだ、という事を理解した。


 衝撃波を纏い、音速を超えた刺突を前にしても動じぬ胆力と、冷静な判断力、そして何度も繰り返し繰り返し練習してきたからこそ土壇場でも繰り出せる背負い投げ―――それが先ほどマルクの身に起こった事の全てだった。


 どれだけ魔力を制限してミカエルを弱体化させても、お前が強くなったわけじゃあない。


 ミカエルの言葉の意味を、マルクは身を以て理解した。


 ―――コイツは化け物だ。


 コイツがあれだけの実績を積み上げてきたのは、魔術と錬金術だけが武器だったわけではない。


 ―――経験した全てが、ミカエルの武器なのだ。


 格闘訓練、射撃訓練、基礎トレーニングから座学、空いた時間を利用して自主的に学習した心理学から医療関係の知識に至るまで、一見戦闘とは無縁にも思える分野で得た知識すら武器に変えている。


 マルクの攻撃を全て見切り、的確なカウンターを叩き込む事が出来ていたのは、前世から積み重ねた空手の経験と転生後の格闘訓練、それらに心理学の知識と人体構造の知識が組み合わさった結果生じたものだ。


 空手や柔道の熟練者は、特に理由が無くても「あ、次この攻撃が来るな」と察知してしまうものである。


 その大雑把な察知能力を、心理学で学んだ僅かな目線から推察する相手の心理状況と、筋肉の動きから予測される次の挙動という正確なデータで補正をかけた結果、ミカエルは半ば未来予知にも等しい精度でマルクの動きを読んで反撃を加えたのである。


 兄姉のように生まれながらに才能を持っていたわけではなく、血の滲む努力を続けた結果勝ち取った力―――”継続は力なり”の体現者と言ってもいいだろう。


「お前が誰だか知らないけど」


 ゾッとするほど冷たい声で、ミカエルは言う。


 息を切らしながらも起き上がろうとしていたマルクは、ミカエルの銀色の瞳を見て凍り付いた。


「―――三下と遊んでる時間はないんだ」


 その言葉と共に―――コンバットブーツで覆われた踵が、無慈悲にもマルクの顎に叩き込まれた。


 





複合装薬


 通常の装薬に、特定の手順を踏んで加圧した魔力を添加して製造した特殊な装薬。通常の装薬よりも燃焼効率に優れ、弾丸や砲弾に用いれば射程距離の延伸や弾速の向上、またそれに由来する貫通力やストッピングパワーの強化が見込める。しかし銃本体にもそれ相応の負荷がかかるため、これを用いる場合は機関部や銃身の強度強化、最低でもヘビーバレルの装備は必須。またライフリングの摩耗も早くなるため頻繁な銃身交換が必要になるなど制約も多い。


 元々はテンプル騎士団由来の技術であり、非力な一般歩兵が、強力なチート能力を持つ転生者に対抗するためにフィオナ博士とステラ博士の両者が開発したもの。この装薬と、現役当時のパヴェルが考案した【対転生者戦闘ドクトリン】により、兵卒でも転生者を撃破する事例が増えたとされている。


 血盟旅団にはシャーロットを通じてこの装薬がもたらされており、使用する弾薬や砲弾、手榴弾などの炸薬にも用いられている。

 なお上記の欠点も存在する事から、通常の弾薬との識別のため複合装薬を用いた強装弾は弾頭部が紅く塗装され、それを装填したマガジンにも紅いテープを巻く事とされている。


 


 ちなみに今回のアズラエル救出作戦でモニカが持ち込んだ銃器には全て上記の複合装薬が用いられている。

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― 新着の感想 ―
後世の多くの歴史家たちはミカエル君を調べてこう口にしたと言います。ミカエル?何だ女か…と。なおその発言を行った者達は総じて家の電路が切断される、電子マネーを凍結されるなど祟りのような現象に見舞われたと…
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