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どうも、銀行強盗です


 装備をダッフルバッグに収め、ガスマスクを装着して顔を隠す。両目の間から鼻にかけて真っ白なラインが描かれた、ハクビシン仕様のガスマスク。ミカエル君のトレードマーク的なやつである。


 人目につかない路地裏で停まったブハンカの後部座席から降りようとドアを開けると、運転席に座るパヴェルは葉巻から煙を吹かしながら低い声で言った。


「―――よーし、鳥になってこい」


 鳥、ねえ。


 こちとら獣だぜ、と小声で言い残してから後部座席のドアを閉め、バンバン、と外から2回叩いた。血盟旅団のエンブレムを消し、真っ白に再塗装されたブハンカがエンジンを唸らせ、路地裏から凄まじい速度で去っていく。


 さてさて、いよいよ本番だ。派手にやろう。


「頼むぞ”バレット”、成功するか否かはお前次第だ」


「はいはい」


 タックネーム『バレット』―――モニカがどこか楽しそうに返してくる返事が頼もしい。


 作戦をもう一度、頭の中で確認する。まず最初は銀行に正面から強行突入、警備兵を無力化しロビーを制圧する。その後はバレット、つまりはモニカが人質を取って彼らを釘付けにしている間に俺とクラリスで金庫へと向かい、バザロフ家の資産”だけ”を強奪。その頃には異変に気付いた憲兵が何名か現場に駆け付けるだろうから、そいつらをさっさと無力化して離脱する。


 それこそ”鳥になって”だ。


《”ララバイ”より各員、準備は良いですか?》


「こちら”グオツリー”、いつでも行ける」


「”バウンサー”、行けます」


「”バレット”、スタンバイ」


《了解。”フィクサーからの情報を更新、ロビーには警備兵5名、客が8名います。速やかに制圧、目標を強奪し離脱してください》


「了解」


「ホントに川のせせらぎみたいな澄んだ声ね」


《褒めても何も出ませんよ》


 川のせせらぎねぇ……俺には勝利の女神様の声に聴こえる。


 路地裏を出て銀行の前へ。入り口の前に2人、腰にサーベルとペッパーボックス・ピストルを下げた警備兵が立っていて、ガスマスクやハーフマスクで顔を隠した、明らかに不審な俺たちを見て顔つきを変えた。


 警備兵の片割れがいつでもサーベルを抜けるように柄に手をかけながら、警戒心を剥き出しにしてこっちに歩み寄ってくる。いち早く飛びかかりそうなクラリスを目配せで制し、こっちを半ば的と認定しつつある警備兵へおどけた感じで肩をすくめてみせる。


「止まれ」


「あら、ドレスコードは守ってる筈なんだが」


 立ち止まらずに前進。止まれ、という警告を早くも無視され我慢の限界に達したのか、それともこっちを危険な敵であると確信したのか、警備兵が柄にかけたサーベルを引き抜こうとする。


 が、その華奢な刀身が鞘から露になるよりも先に、その動きがぴたりと止まる―――いや、それだけではなかった。サーベルの動きや、警備兵の動きだけではない。周囲の空間、この世界全ての時間がぴたりと静止する。


 イリヤーの時計―――それが持つ、時間停止能力。


 僅か1秒のみ与えられる、俺が世界を好き勝手にしていい時間。


 サーベルを抜き払おうとする警備兵の手を掴んで魔術を発動。新たに習得した対人魔術”放電”を発動。その名の通り、電撃を体外へ放出するだけの単純極まりない魔術だが、単純であるが故にアレンジが利く。電圧の調整から攻撃範囲の調整、それらを弄るだけで便利な魔術と化すのだ。


 いつかは磁力操作系の魔術も習得したいな、なんて考えている間に時間停止は終了。世界は再び息を吹き返す。


「―――!?」


 バヂンッ、と遅れて電撃が弾ける音。蒼い電撃に身体を射抜かれた警備兵が崩れ落ち、白目を剥いて石畳の上に倒れる。


 大丈夫、加減はした。獣人が気を失い、尚且つ命に別状のないギリギリのラインは何となくだが心得ている。『イキるなら自前の能力で』がミカエル君の美学、こう見えて努力は積んでいるのだ。


 貴様、ともう1人の警備兵がピストルを引き抜こうとするが、信じがたい事にそれの銃口が標的を向いて火を噴くよりも、クラリスが駆け出す方が速かった。一瞬にしてトップスピードに達したクラリスの巨体が唸り、空気を引き裂く音を奏でながら(オイオイあれ殺す勢いじゃね?)振るわれた上段回し蹴りが、前世の世界で一応黒帯まで行ったミカエル君から見ても見事に、それこそ相手の命を心配しなければならない程強烈に、左の側頭部を豪快に打ち据えた。


 バカンッ、となんか割れるような音を発し、白目を剥いた警備兵が空中で一回転。石畳に肩を打ち据え、口から泡を吹いて動かなくなった。


 一応脈をチェックしたが、大丈夫だ。生きてる。


 ……とりあえず、クラリスとは絶対に喧嘩しないようにしよう。死んでしまう。


 正面の扉を開けた。スーツの上にコートを羽織り、顔が見えないようマスクで顔を隠した3人組の登場に、銀行の中にいた警備員や店員、口座の手続きにでも来ていたであろう貴族の客たちの視線がこっちに集まる。


 一瞬ばかり、全ての音がぴたりと止まった。再び世界が止まってしまったかのように、ありとあらゆる音が聞こえない。動き続ける柱時計の針の音、外から聞こえる筈の車のエンジン音、人々の他愛ない話声。まるで海へと退いていく波のように、全ての音が静まり返る。


 しかし引いた波は戻ってくるのが道理だ。全てを押し流す怒涛の波濤はとうとなって。


 ダッフルバッグからMP5を素早く取り出す。それと同時にクラリス(バウンサー)もJS9mmを、モニカ(バレット)もLAD軽機関銃をダッフルバッグの中から引っ張り出し、その銃口を警備兵たちへと向ける。


 襲撃だ―――その事に気付いた警備兵が慌てて身を隠そうとする頃には既に遅く、9mmパラベラム弾と7.62mmトカレフ弾、そのゴム弾が銃声とマズルフラッシュに見送られて飛び出し、猛牛の突進のような勢いで警備兵たちの身体を打ち据えていた。


 肩口、腕、脚。被弾しても命に別状の無い部位に的確にゴム弾を叩き込む。コッキングレバーが前後し、エジェクション・ポートから空の薬莢が躍り出る度に銃口から閃光の華が咲き、その向こうで射線に捕らわれた哀れな警備兵が、運動エネルギーの暴力に屈していく。


 ガガン、と的確に敵を撃ち抜いていく俺とクラリスの隣で、盛大に撃ちまくっているのはモニカだった。乱射魔(トリガーハッピー)の素質でもあるのか、ガスマスクのレンズ越しに見える彼女の目は嬉しそうに見えた。それこそ、父親から買い与えられた新しいおもちゃで遊ぶ子供のような、そんな無邪気さすら覚える。


 大体50発くらい撃っただろうか。警備兵たちが武器を抜くよりも無力化し、銃声の残響と彼らの呻き声だけが響くロビー。そこに最初の金切り声が溶け込んだのは、それからすぐの事だった。


 銃声の余韻が消え去らぬうちに、杖を手にした貴族と思われる老婆が金切り声を発したのだ。唐突な銀行強盗の襲撃、その恐怖に耐えられなくなったのだろう。無理もない、今までは警備兵たちに守られた安全な屋敷の中が彼女たちの全て。死の危険とは最も遠い揺り籠(クレイドル)の中で暮らしていて、初めて死の危険に直面したのだ。毎日が死の危険で満ちている貧民たちと比べて、なんと脆い心であろうか。


 そしてその恐怖はすぐに伝染した。他の客や銀行の店員たちも叫び声をあげ、我先にと逃げようとする。


 それを制したのは天井に向けて放たれた、MP5の銃声だった。


 火薬の炸裂音―――本能的に危機を察知するその爆音に、全ての人間が金縛りにされる。


「動かないでいただきたい。何もせずじっとしていれば、我々はあなた方に危害を加えるつもりはない……が、逃げ出したりみだりに騒ぎ立てるようであれば、その限りではない」


 まるで舞台俳優にでもなった気分だった。しんと静まり返ったようなロビーの中、俺の声だけが響いている。


 人を威圧するのは簡単だ、暴力を使えばいい。あるいは恐怖でも、とにかく何でもいい。こっちの要求を吞まなければこうするぞ、というのを見せつけてやればいい。


 ただしそれにも限度がある。許容範囲内であれば威圧した相手を好き勝手出来るが、ひとたび許容範囲を超えて必要以上に追い詰めてしまえば、ヒトは何をするか分からない。追い込まれた狐はジャッカルより凶暴なのである。


 息を呑みながら床に這いつくばる人質たちに銃口を向けながら一睨みし、モニカにここは任せた、と目配せする。客だけじゃなく店員にも目を配らなければならない、えらく集中力を要求される仕事だ。簡単なように見えて一番負担がかかる役目である。こっちが早く終わらせなければ、モニカの集中力が切れてしまう。


 両手を頭の上に乗せながら床に這いつくばる店員や客を一瞥すらせず、俺とクラリスは頭の中に想い描いた内部構造に従い、真っ直ぐに金庫へと向かった。人質にされ、通報ボタンを押したくても押せない店員たちの奥―――円形の大きな扉を見つけ、その前に立つ。


 物理的に破壊するにしては骨が折れそうな、防爆扉みたいな金庫の扉。こりゃC4使っても簡単にはいかないんじゃないかと思ってしまいそうなほどだが、大丈夫だ。今回はそんな非効率な手を使わなくても良い。


 堅く閉ざしているそれを従順にさせる魔法の暗証番号を、俺たちは知っているのだから。


 傍らにあるパネルを操作し、暗証番号を入力。6634……。


 エンターキーをタッチすると、重々しい駆動音を響かせながら扉に変化が起こった。表面に埋め込まれた歯車がゆっくりと鳴動を始めたかと思いきや、扉から壁の断面へと突き刺さっていた巨人のような鉄柱がゆっくりと引き抜かれ、機械の隙間から蒸気を迸らせながら、金庫室の扉がゆっくりと内側へ開き始めたのである。


 その奥に広がっていたのは、いつぞやのフリスチェンコ博士の実験場を思わせる、闘技場のような円形の空間だった。あそこと違うのはドーム状のガラスがない事と、観客席の代わりに無数のロッカーのような金庫がびっしりと、円に沿って連なっている事だろう。


 貴族たちの資産が眠る金庫室。もし仮に、この中の金を全部手にする事が出来たらいったいどれだけの額になるのだろうか。一生遊んで暮らせるだけの金―――バスタブいっぱいの、いや、それどころじゃない程の札束の山。考えるだけで欲望が爆発しそうになるが、俺たちが狙うべき資産はバザロフの資産のみ。これは単なる強盗ではなく、あのクソ野郎への制裁なのだ。


 奴の資産が眠る金庫を探した。731、731……これか。


 貴族の資産が眠っているとは思えない程質素で、無機質な金庫の扉。まるでロッカーみたいな感じだが、セキュリティは強固なようだった。さすがにこれはピッキング出来ないんじゃないかと思いつつ、無理を承知で針金を取り出すが……。


「下がってください」


「ぇ」


 ボコンッ、と徹甲弾が戦車の装甲を撃ち抜くような、とにかく人体が発しちゃいけない次元の金属音が響いたかと思いきや、クラリスの右ストレートが金庫の扉を貫通、強固なセキュリティで守られたそれを文字通りの屑鉄へと変えていた。


 お菓子の包装を引き剥がすように、力任せにべりべりと扉の残骸を引っぺがすクラリス。ガスマスクの中であんぐりと口を開けているミカエル君の目の前に、やがてきっちりと積み上げられた札束たちが顔を出す。


 間違いない、これだ。


「こちらグオツリー、札束とご対面だ。そっちは」


『こっちは順調……でも急いで、外が騒がしい』


「了解。”ララバイ”、外の様子は?」


《―――憲兵に今のところ動きは……いえ、駐屯地をパトカーが出ました。到着までおよそ10分》


 くそ、思ったより早い。外にいる誰かが通報したのか?


 テキパキと札束をダッフルバッグへ詰め込み、用済みになった金庫室を後にする。ロビーに戻ると、LAD軽機関銃を腰だめに構えたモニカがテーブルの上に乗り、床に這いつくばる人質たちに睨みを利かせているところだった。


 もういい、潮時だ、と目配せし、くるりと後ろを振り向く。


 まだ怯える人質たちを見渡し、ぺこりと一礼する。


「この度は大変ご迷惑をおかけした。皆さんの協力に感謝する」


 恐る恐る顔を上げる人質たち。強盗が立ち去る事を悟った店員たちが慌てて通報ボタンを押すが、本来鳴るべきブザーは沈黙したままだった。


 どうして、とでも言いたげな店員を一瞥し、正面玄関から堂々と外に出る。


 正面の大通りには既に5両くらいのパトカーが停車していて、それを盾に憲兵たちがマスケットを構えているところだった。


 80口径、イライナ・マスケット。ノヴォシア帝国で広く使用されている、マスケット銃のベストセラーである。


「わお」


 危機的状況であるにもかかわらず、何だろうね……この状況を楽しんでいる自分がいる事に、自分でも驚いていた。頭のど真ん中、脳味噌の中核で何かが沸き立つような感覚に酔いしれる。何なのだろうか、これは。


 ガスマスクの中で、自然と笑みが浮かぶ。


 おーおー、来てくれたか。そうじゃなきゃ面白くない。


『犯人に告ぐ、直ちに武装を解除し投降しろ! さもないと射殺する!』


 前世の世界と比較して人権が比較的安っぽいノヴォシア帝国、犯罪者に対する憲兵のやり方もなかなか強引だ。逮捕も出来るだろうが、いきなり射殺するときた。


 そんな人権を軽視する相手にはお仕置きだな。


「―――バレット、やれ」


「待ってました」


 にい、とモニカが笑ったのが分かった。


 肩に担いでいたLAD軽機関銃の銃口が、憲兵たちを睨む。


 拳銃弾を使用するとはいえ、それでも軽機関銃(LMG)の端くれ。特注の300発ベルトにより実現された圧倒的弾幕は頭を上げる余裕すら与えない。拳銃弾であるが故に機関銃の中では特に非力な部類に入るが、それでもボディアーマーの普及していない異世界で、しかも50m未満の距離ともなれば、使用弾薬に起因する欠点など無いも同然だった。


 腰だめで、狙いも定めずフルオート射撃を始めるモニカ。命中精度も何もあったものではないが、殺傷が目的ではなく逃げる時間を稼ぐのが目的なのだからこれでいい。とにかく、敵に反撃する時間も余裕も与えない事、それが重要だった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「な、なんだっ、何だあの銃!?」


「こんな連発できる銃なんか聞いた事ねえぞ!?」


 パトカーの陰に隠れながら、LAD軽機関銃の連射に圧倒される憲兵たち。中には果敢にマスケットで反撃しようとする者もいたが、身を乗り出した瞬間に肩口にクラリスの放ったゴム弾を撃ち込まれ、悶絶しながら石畳の上に崩れ落ちる事となった。


 もういいか、この辺で。


 ピンッ、とスモークグレネードの安全ピンを抜き、それをパトカーの車列に向かって投擲。ボフッ、と白煙が車列を埋め尽くし、憲兵たちから視界を奪ったところで、俺たちも離脱に移った。


 腕を近くのアパートの壁面へ向けて突き出し、アンカーの発射を命じる。脳から発せられた微弱な電気信号をセンサーが敏感に察知し、引き金を引かずともその命令を正確に実現してくれる。


 バシュ、とアンカーがクロスボウのような発射機から放たれ、アパートの壁面を直撃。着弾と同時にワイヤーの巻取りが始まり、足の裏から石畳の硬い感触が消失する。


 重力から解放された瞬間。地表が一気に遠くなり、空が近くなる。


 パヴェルお手製、アンカーシューター。どうやら正常に作動してくれたようだ。


「グオツリーよりララバイ、こちらは離脱に移る」


『了解。離脱は指定コース通りに』


「了解した」


 まずは第一段階、こっちの勝利で終わりそうだ。




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