国家公認強盗
クラリス「ご主人様」
ミカエル「何さ」
クラリス「リュハンシク城の地下区画にある地下庭園ですが、ジャコウネコまみれです」
ミカエル「は?」
ハ ク ビ シ ン 大 家 族
木 の 実 を 齧 る パ ー ム シ ベ ッ ト
威 嚇 す る ビ ン ト ロ ン グ
ガ ン 見 し て く る ア カ ブ チ ジ ェ ネ ッ ト
魚 を 喰 ら う キ ノ ガ ー レ
飼 育 崩 壊 待 っ た な し
も は や ジ ャ コ ウ ネ コ 屋 敷
口 コ ミ で 来 ま し た
ご 飯 ま だ で す か ?
白目ミカエル君「ぴえ」
パンパンになったダッフルバッグを両脇に抱えながら外に出ると、屋敷の庭では警備兵たちが倒れ伏していた。
誰も抵抗した形跡がない。まるで背後から音もなく迫った相手に殴り倒されたかのように、白目を剥いたまま動かなくなっている。
中には顔面に肉球付きの手形がついている警備兵もいて、なんというかまあ……ご愁傷様、と言ったところか。背後から後頭部を手刀の一撃で昏倒させてもらえればどれだけ楽だった事か。
「大量ネ?」
倒れ伏す警備兵たちを見下ろしながら噴水のところで待っていたのは、黒いチャイナドレスのような服を身に纏ったリーファ。背中には予備のダッフルバッグをいくつか背負っており、盗品でパンパンになった俺たちのダッフルバッグを受け取るなり、予備のバッグをこっちに手渡してくる。
今回の強盗作戦で、リーファは空調設備に睡眠ガスを流す役目を担っていた。俺たちの突入後は屋敷の外部に残留、屋敷外部を警備する兵士たちを無力化(可能であれば全員だ)して俺たちの逃げ道を確保してもらう手筈になっていた。
にしても彼女も仕事が早い。見える範囲でも倒れている警備兵は8名、全員見事に意識を刈り取られて昏倒している。殺さず、それでいて後遺症も残らないような絶妙な力加減。倒してしまうよりも難しいそれを平然とやってのけるのだから、そろそろリーファは職人を名乗ってもいい頃なのではないだろうか。
「おー、パンパン」
「その7割が俺たちの儲けになる。しっかり頼むぞ」
「是!」
盗品の入ったダッフルバッグを彼女に預け、受け取った空のダッフルバッグを肩にかけて再び屋敷の中へ。
パヴェルの話では、この睡眠ガスは魔物用に調合していたものをちょっとだけ希釈した対人用のものだそうだ。とはいえその効果は絶大で、ちょっと吸い込むだけで意識が薄れ、二度目の呼吸で完全に眠りに落ちるのだとか。
効果時間はおよそ3時間。時間的にはまだまだ余裕があるが、しかしやはり体質にも左右されるのだろう。もしかしたら警備兵の中には短時間で目を覚ましてしまう奴もいるかもしれない。
ノーガードで歩いてたら警備員に撃たれました、なんて事になったらこのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ一生の不覚である。
馬鹿正直にPPK-20でクリアリングしながら先へと進む。
時折フラッシュライトで通路を照らしながら安全を確認、通路を進んで階段を警戒しつつ上がり、シモヴレフ伯爵の寝室へと足を踏み入れた。
「……なんか、臭いますわね」
「ああ、金の臭いだ」
「あとエロ同人に臭いですわ」
「まってここにもあるの?」
勘弁してくれ……。
まさかな、と思いつつ真っ先にベッドの下を覗き込んだ。PPK-20のハンドガード右側面にマウントしたシュアファイア製のフラッシュライトの中に、まあやっぱり怪しげな箱が映し出される。
ベッドの下に隠すものと言ったらそりゃあえっちなやつに決まっている。ベッドの下とはそういう場所なのだ(そういう場所であってたまるか)。
とりあえずベッドの下はスルーして、こっちに置いてあるいかにも高そうな箱の中身を確認しておこうか。
マボガニーに金の装飾で縁取った瀟洒なデザインの箱。ご丁寧に施錠してあるが、錬金術師の前には無力である。
鍵の部分を砂に変えて強引に解錠。中身とご対面する。
中身はルビーにサファイア等の宝石類。大粒のダイヤモンドまである。これを換金したらいったいいくらになるのか、想像するだけで楽しくなる。
領主としてやりたい政策や改革は山ほどある。イライナはだいぶ近代化された国家だが、まだまだステップアップする余地は残されているのだ。
前世世界の日本を参考に、近代化と民主主義の種まきをしておきたい。その成果は俺の生きているうちには見られないだろうけど、遥か未来、きっと芽吹いて繁栄をもたらしてくれる筈だから。
というわけで、予算だけでやりくりできない分の政策には自費を投じているわけだが、裏切り者の財産は遠慮なくその足しにさせてもらうとしよう。領民の、ひいては国民のために有効活用されるのだからシモヴレフ伯爵も本望だろう……本望だと言え(恫喝)。
そうやって悪しき貴族から盗み、民衆のために金を使うから共産主義者から同類認定されるんだって? 誠に遺憾である。勝手に肩組んでくるのは向こうなのだ。
金庫を解錠するなり、中に収まっていた金塊やプラチナをダッフルバッグへ。ずっしりと重くなったバッグに容赦なく金庫内の札束をぶちこんで後ろを振り向くと、後ろではクラリスがベッドの下から引っ張り出した箱を握力で粉砕。中から顔を出したエロ同人誌を読み漁るなり、2つに分けてダッフルバッグの中へと収めていく。
ああ、アレ自分で読む用と換金用なんだろうなぁ……と遠い目で見つめていると、彼女はベッドまで物色。枕の下に隠されたミカエル君のオークえっち本まで探し当て、そそくさとバッグにぶちこんだ。
「……大漁ですわ☆」
「ソーデスカ」
どうせ盗品の八割がた薄い本なんだろ知ってるんだぞ。
薄い本が電話帳みたいになってるんだろうなぁ……と思いながら棚の中にある金のヒグマの置物を盗んでいると、クラリスは頬を膨らませながら言った。
「ご主人様、ご主人様の薄い本は高値で取引されていますのよ。ご存じないのですか?」
「 ご 存 じ な わ け ね ー だ ろ 」
何が悲しくて自分のエロ同人の需要把握せにゃならんのだ。
売り上げが国家予算レベルとかどうなってんだ全く。この世界の人々ミニマムサイズのハクビシン獣人に脳を焼かれすぎてやがる……。
そうかそうか、同人誌の売り上げも祖国のために貢献してたのか……ミカエル君の羽毛みたいに軽い尊厳も役に立ってたんだな。
そう思う事にしよう。
そうじゃなきゃデスミカエル君と化して全てを破壊し尽くしてしまいそうだ。
伯爵家を狙った強盗作戦の背後に国家がついている、などといったい誰が信じるだろうか。
ぶっちゃけた話、強盗をやる上で最大の脅威は屋敷のセキュリティでも警備兵でもなく、通報を聞き付け駆けつける警察組織……イライナで言う憲兵隊に他ならない。
だから強盗計画は憲兵隊の存在を念頭に考えなければならず、計画もそれに左右されることが多いのだ(遭遇せず逃げるか、強行突破するか等である)。
それの一切を考慮しなくてもよい、というのがどれだけの精神的負担軽減に繋がっているか、言うまでもないだろう。
今やイライナにおけるリガロフ家の影響力は絶大だ。
アナスタシア姉さんはイライナ公国宰相、ジノヴィ兄さんは法務省長官。エカテリーナ姉さんはリンネ教の大司教に収まり、マカール兄さんは憲兵隊長官。
国家権力や宗教権力の最上位を、ほぼリガロフ家の人間が独占しているのだ(しかも領主兼任である)。
だから国内に芽生えた「好ましくない貴族」に対する強盗行為も、手を回せばたちまち黙認されてしまう。
なんともやりやすい商売である。
しかも盗品の換金額の7割はこちらの分け前としてよい、ときた。
こりゃあしばらくキリウに足を向けて寝られないな、本当に。
屋敷を車で離れ、姉上の部下……というか買い手との合流地点に迫った頃になってやっと、はるか後方に去りつつあるキリウ市街地からパトカーのサイレンが聞こえてきた。大方、目を覚ました警備兵によって屋敷の惨状が発覚し憲兵隊に通報が行ったのだろうが、全ては遅きに失したとしか言いようがない。
車に揺られてしばらくすると、朽ち果てて半ば崩壊した風車と納屋が見えてくる。建築用式からして半世紀以上前のものだ。
よく例年のドチャクソ積雪で完全倒壊せずにここまで残っていたものだ、と思っていると、その麓にライトを消して停車する1台のセダンの姿が見えた。風車と共に朽ち果てた旧式車両と思いたいところだが、それにしては塗装も整備も行き届いている。しかしそれでいて家紋や所属を現すエンブレムのようなマーキングも一切が無い、ただただ闇に溶け込まんとする黒塗りの高級車の姿は不気味で、しかしだからこそ自分たちはここにやってきたのだと言えよう。
指示するまでもなく、ハンドルを握るイルゼは車を風車の麓に停めた。憲兵隊がこっちの犯罪行為を見て見ぬふりをしているとはいえ、第三者に取引の現場を見られるのはいくら何でも拙い。上層部で揉み消せるだろうが、民衆から何らかの疑念を抱かれてしまうのは不都合というものだ。
こっちは国のためにやっているというのに。
車から降りると、向こうもこちらの姿を認めたようで後部座席に座る巨漢がゆっくりと姿を現した。護衛と思われるスーツ姿の女性に後部座席のドアを開けてもらい姿を現したのは、がっちりとした体格のライオン獣人の男性だ。
肉食獣の獣人らしく眼光は鋭く、体格はまさに筋骨隆々。毎日の鍛錬で鍛え抜かれた肉体は筋肉の鎧と言っても過言ではなく、そこに佇むだけで他を圧倒する威圧感がある。
姉上はとんでもない人を伴侶に選んだものだ、と義理の兄でもあるヴォロディミルさんを見る度に思う。こんな御仁でも姉上には手も足も出ないし、けれども周囲の人物の中で唯一姉上を”アナ”と呼ぶ事を許されている男でもある。
「迅速な作戦遂行、いつもながら感心するよ」
言葉と共に、重苦しい雰囲気が幾分かは解れた。
けれども実家にいる時のような無警戒にまでは至らない。ここはキリウ郊外、しかも作戦はまだ続いている―――いや、むしろここからがヴォロディミルさん率いる部隊にとっての戦いなのだろう。この盗品たちを換金のうえで資金洗浄、何人たりとも追跡できない状態の綺麗な金になるまでは油断できない。
「恐れ入ります、兄上」
短く言葉を交わす俺の隣で、ダッフルバッグをどっさりと手にしたクラリスが護衛役の女性兵士にそれを手渡していく。
金塊に絵画などの芸術作品、宝飾品などの盗品の数々。それはいいのだが、シェリルとクラリスが優先的に盗んでいた薄い本を見た資金洗浄部隊の面々はいったいどういうリアクションをするのだろうか。ちょっと気になるところだ……よもやそこからエロ同人誌の回し読みが始まるわけでもあるまい。
「後は我々に任せてくれ」
「頼みましたよ」
そう言い握手を交わしてから、俺たちは踵を返した。
一刻も早くここを去ろう。
今日、俺たちはここにはいなかった―――そういう事になっているのだから。
「おはようございます、シモヴレフ伯爵。法務省長官のジノヴィ・ステファノヴィッチ・リガロフです」
強盗被害に遭ってから3日後―――あまりにも遅すぎる憲兵隊の対応と、警備部隊の無能っぷりを批判しつつ怒りを吐き出し切って憔悴していたシモヴレフ伯爵に追い打ちをかけたのは、予想外の人物たちの来訪だった。
憲兵隊が捜査のためにやってきた、というのならばわかる。
しかし玄関先で捜査令状片手にそう名乗る男は憲兵隊などではない―――その上位組織に当たり、貴族に対する逮捕権限や捜査権限を与えられた法務省の法務官たちと、そんな彼らを従えた長官のジノヴィその人であった。
リガロフ家の長男にして”絶対零度の法務官”とも呼ばれるジノヴィ・ステファノヴィッチ・リガロフ。その辣腕は貴族界隈にも広く及んでおり、相手が如何なる権力者であろうと法の名の下に公正に裁く男である、と。
そしてその前には、どのような権力を盾にした恫喝も無意味である、と。
「外患誘致、スパイ容疑、その他利敵行為の容疑がかかっております」
「なっ、ぁ……ぇ、強盗の捜査じゃあ……?」
「令状はこちらに。裁判長と宰相閣下、そしてキリウ大公ノンナ1世の署名もございます。ご確認を」
見間違いなどではない―――その筆跡は、間違いなくノンナ1世のものだ。
令状を間近で見てあんぐりと口を開けるシモヴレフ伯爵の様子を、法務官たちが写真で撮影する。捜査令状を確かに見せた、という証拠を残すためだ。
「使用人各位、その場を動かないで。決して何にも触れず、捜査が終わるまで動かないでください―――最悪、公務執行妨害の現行犯で身柄を拘束する可能性があります」
そう言い放ち、屋敷へ足を踏み入れるジノヴィ。
たまったものではないのはシモヴレフ伯爵だ。こちらはつい3日前に強盗被害に遭い、屋敷の中を散々荒らされて金目の物を殆ど盗まれてしまったのである。被害者である筈の自分たちが、なぜこのような仕打ちを受けなければならないのか。自分たちは救済される側ではないのか―――そう問い質すような視線をジノヴィに向けるが、しかし彼にとってはどこ吹く風である。
むしろ嫌悪感すら覚えた。ノヴォシア共産党とつながりを持ち、ゆくゆくは国家転覆を目論んだ裏切り者の分際で法に縋ろうというのか、と。
シモヴレフ伯爵の無言の訴えも虚しく退け、法務官たちはぞろぞろと屋敷の中へ足を踏み入れていく。
伯爵家の外患誘致及びスパイ行為、という一大スキャンダルが新聞の一面を飾ったのは、その翌日の事だった。
タイタニック号沈没事故(1888年12月3日)
イーランドが建造した超大型豪華客船『タイタニック号』の沈没事故。同船はイーランドのサウザープルから大西洋と北海を経由しアメリア合衆国のニューデュークへ向かい、その後太平洋を横断。倭国、ジョンファに立ち寄ったのちにボルトゥーガル王国へ寄港、イーランドへと戻るという航海予定であった。しかし船が北海に差し掛かった際に巨大な氷山と激突。船は浸水し、衝突からおよそ5時間後に沈没した。
当時、北海では氷山の崩落に伴う流氷の増加が観測されていた事から北海の通行を禁止するべきと観測局や貨物船の乗員から当局へと意見具申があったが、タイタニック号は『イーランドの造船技術の粋を集めた世界最高峰の豪華客船』と喧伝されており、鋼鉄の船体ならば氷山に激突しても問題ない、というメーカー側の発言もあってこの進言は却下。また、同様の理由から救命ボートも定数一杯積み込む必要はないと判断された。
しかしここで、造船所で働いていた1人の転生者の少年が危機感を抱く。『このままでは自分の世界と同じ惨劇が起こってしまう』と。
最悪の結果を回避するため、その転生者の少年は上司に氷山の危険性と救命ボートの定数一杯の搭載及び追加搭載を具申するも却下。CEOに直訴するも黙殺されてしまい、運命の日は刻一刻と迫っていた。
一向に動く気配の無い上層部を見限った彼は独断で救命ボートを搬入。不足分は私費を投じて数を揃え、乗客だけでなく船員、機関士などのクルーも全員乗り込める数の救命ボートを勝手に積み込んだ。
最終的にタイタニック号は我々の世界の歴史をなぞるかのように氷山に激突。船首右舷を大きく損傷し浸水、船体は真っ二つに折れて北海の海中へと没していった。しかし”偶然にも”倉庫に大量に積み込まれていた救命ボートを総動員した事で乗客、乗員の死者ゼロ、負傷者3名という奇跡的な結果に終わった。この一件は後に『北海の奇跡』と呼ばれ、【いかなる船でも海難事故に備え、常に定数一杯の救命ボートを用意する事】、【冬季の北海は航行を厳しく制限する事】という教訓を現代へと伝えている。
なお、もしタイタニック号が無事に倭国へ到着していたら、長崎から力也も乗船しイーランドへ婿入りに行く予定だったらしい。運のいい奴である。




