国営強盗
Q.結局ミカエル君の性別ってどっちなんですか?
イライナ人「女ですよ」
歴史家「女性であると記録されています」
同人作家「え、女でしょ? こんなにもえっち本に溢れてるし……」
イライナのオタク「ぶっちゃけ男でも女でもえっちだからいいや」
性癖を破壊されたイライナ人「どっちでも美味しいからヨシ」
ミカエル君の遺族「女……って聞いてますよウチのご先祖様」
血涙ミカエル君「 ど う し て 」
爆笑ソビエトヒグマ「ぎゃはははははははははwwwwwwwwww」
強盗時のルール
その1 身を守るため等の止むを得ない場合を除き、殺さない事。
その2 ターゲット以外の資産は盗まず、決して手を付けない事。
その3 人質は絶対に殺さない事。こちらは彼らに迷惑をかけている身である事を忘れるな。
その4 盗み終わったら迅速に撤収する事。憲兵との銃撃戦なんて冗談じゃない。
その5 去る時は挨拶を忘れない事。我々は強盗である以前に義賊であり、紳士である。
『俺たちの本業は”殺し”ではなく”盗み”だ』
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、強盗作戦前の仲間への訓示より
イライナ公国首都キリウの夜景は、まるで地上に誕生したもう一つの夜空のようにも思えた。
ホテルや高級住宅街の放つ光、大通りの車道を進む車のライトにクラクション。空に居座る夜空と決定的に違うのは、こちらにはクラクションやら客引きやら、時折聴こえてくる冒険者同士の喧嘩のような喧騒がある事か。
とはいえ美しい事に変わりはない。これもまた、圧政からの独立で勝ち取ったものなのであると思いたいところだ。
夜風に吹かれながら、両脚に力を込めて大きく跳躍。屋敷の屋根の上をジャンプして路地を飛び越え、向こう側の貴族の屋敷へと着地する。庭に居た番犬が何事かと顔を上げたが、人差し指を口の前に沿えて「静かに」とジェスチャーを送ると吼えずにそのまま眠りについてくれた。
電線の上を絶妙なバランス感覚で渡り、やがて見えてくるのはシモヴレフ家の屋敷。白いレンガの壁が特徴的な、ノヴォシアの建築スタイルも取り入れたイライナ様式の建物は、大通りの喧騒から少し離れた高級住宅街の中でもひときわ存在感を放っている。
息を吐き、気配を完全に消した。
身体が闇に溶け込んだ感覚を覚えつつ、屋敷の塀を飛び越える。
警備が厳重な屋敷であれば塀のところにも魔力センサーを設置したり、そうでなくても鉄条網を設置したりするものだ(とはいえ鉄条網は外観がよろしくないので忌避する貴族が大多数だ。そこは強制収容所ではなく屋敷なのだから)。
この屋敷にはそれすらない。
敷地内に入ったところで周囲を見渡した。
屋根の上で警備兵の視線を躱しつつ、仲間たちの位置を確認する。
「”グオツリー”、位置についた」
《こちら”バウンサー”、こちらも同じく》
《”バレット”、いつでもいけるわよ》
《こちら”セカンド”、いけます》
《こちら”ターシオン”、あと1分待ってネ》
了解、と返し、突入に備える。
ちなみに”セカンド”というのはシェリルのTACネームだ。由来はテンプル騎士団時代、訓練兵の同期の中でミリセントに次ぐ次席での訓練課程卒業であった事に由来するものだそうだ。
《”フラジール”より各員、ドローンからの空撮映像に変化なし。作戦通り気を引き締めてかかりたまえよ》
「了解」
シャーロットのネーミングセンスもなかなか自虐的だと思う―――首から下が機械の身体という自身の境遇を反映して壊れ物とは。
テンプル騎士団からやってきたウチの嫁×2にはもう少し前向きに生きてほしいものである。
植え込みの中から伸びた腕が、巡回中だった警備兵の首元に絡みついたのを見た。警備兵は銃を取り落としつつも抵抗する素振りを見せたが、しかし首を絞める腕を振り解こうと暴れ始めた頃には肺や脳への酸素供給が断たれた後。声を発する事も出来ず意識を刈り取られた警備兵が糸の切れた人形と化したのはそれからすぐの事だった。
気絶した警備兵を植え込みの中に隠し、空調設備のある離れへと向かっていくのは背中にJS9mm(※中国製SMG、9×19mmパラベラム弾仕様)を背負ったリーファ。ドアの鍵穴に針金を差し込んでピッキングするなり、中へと入って空調設備へと向かっていく。
《ターシオンより各員、これよりガスを散布するヨ。準備ヨロシ?》
「いつでもどうぞ」
言いながら、容器から取り出したガスマスクを装着した。
ロシア製のPMK-4ガスマスクを装着、しっかり肌に密着している事、隙間が無い事を確認し突入に備える。シャーロットの推測では、ここの空調設備であれば2分程度で睡眠ガスは屋敷の中に充満するであろう、という事だ。
確実に屋敷内の全員を無力化するため、空気より比重の軽い”タイプ1”、空気と同等の比重の”タイプ2”、空気より比重の重い”タイプ3”の3種類をパヴェルが用意してくれた。これによりガスの充満が始まれば屋敷内にまんべんなくガスが行き渡る事になる。
イリヤーの時計で時間を測る……そろそろ2分か。
《―――ガスの充満を確認》
「了解、突入する」
宣言するなり、近くにあった窓に触れて錬金術を発動。窓ガラスを砂に変えて突入口を形成、そこを潜って屋内へと入った。
念のためメインアームとして持ってきたPPK-20を構えつつライトを点灯、警備兵との遭遇に備える。もし無事な警備兵が居たらコイツのゴム弾を叩き込んでやるぞと備えていたのだが、しかし通路の曲がり角の向こうでは数名の警備兵が折り重なるようにして倒れていて、すやすやと寝息を立てているところだった。
今回の強盗は仲間たちとは別行動だ。
伯爵家の屋敷はそれ相応の面積だ。キリウにある実家と比較するとまだ狭いが、しかしそれでも十分すぎるほど広い。
とりあえず金目の物を、と思ったが、この強盗最大の目的は共産党との繋がりを白日の下に晒す事にある。道中で金目の物を盗みつつ書斎、あるいはシモヴレフ伯爵の寝室を探し、レーニンとのやりとりに使った手紙を探し当てるのが一番であろう。
壁に飾ってある絵画の表面を覆うガラスを錬金術で砂に変え、額縁も同じように分解。中に収まっていたユニコーンの絵画を丸めてダッフルバッグの中に詰め込んでいく。
今まで絵画のような芸術作品はいまいち相場が分からなかったので手を出さなかったが、しかし今のミカエル君は教養が違う。本格的に貴族っぽい仕事をするようになってからは芸術作品の見わけもつくようになってきた。
今の絵画は絵の具の使い方から旧人類時代の画家が描いたもので間違いないだろう。間違ってたらスクワットと腕立て伏せ300回、それから嫁たちの前で裸エプロン姿になりながら『ミカのこと美味しく食べてほしいにゃん☆』って宣言してやる。
ちなみにキリウの屋敷の廊下にあった女神を描いた絵画、アレ贋作だったっぽい。
《んほぉぉぉぉぉぉぉお金ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ↑!!!》
《バレット、静かにしてくださいまし》
《 鼓 膜 こ わ れ る 》
唐突に響くモニカの声、推定90㏈。当たり前のように300㏈という人間が出す音とは思えないレベルの声を発するモニカにしては抑えたもんだと賞賛したいものだ。まあ喘ぎ声は小さいからねモニカは。
というかモニカ、あの口ぶりだと宝物庫でも探し当てたのだろうか。
部屋の中にある引き出しから真珠のネックレスを盗み、一緒に入ってた財布も頂いた。イライナのブランド”プロンコフ”の財布だ。丁寧に仕上げられた銀細工が実に美しい。
足音が聴こえたので、通路に出る前に少し立ち止まった。今の足音から判断するに推定で身長160㎝半ば、女性のものである事が何となく分かったが……無線で確認を入れておくとしようか。
「セカンド、セカンド、今どこにいる」
《3階の南側です。そういうグオツリーこそ3階に?》
「ああ、部屋の中で物色中だ」
《やっぱり。道理で匂うと思いました》
え、嘘……体臭? 加齢臭?
すんすん、と自分の臭いを嗅いでみるがバニラの香りしかしない。一瞬27歳で加齢臭とかマジかと臭いを気にしてしまった。
通路に出ると、やはりそこには強盗装束姿のシェリルがいた。手にはPPK-20がある。背中に下げたダッフルバッグは早くもパンパンで、盗品をたっぷり収めているであろう事が窺い知れる。
彼女と合流し、まずは書斎へ。扉を開けてみると中ではシモヴレフ伯爵が書類にペンを走らせた状態で眠りに落ちており、書いている最中だった書類にはインクが見事に滲んでいた。
まあ知ったこっちゃあない。金目の物と証拠をとっとと貰って帰ろう。
椅子と一緒に伯爵の身体を後ろに下げて、机の引き出しの中を物色。入ってるのは他の貴族とのやりとりに使った手紙ばかりで、ノヴォシア産のキャビアがどうだの、この前鑑賞したオペラはどうだっただの、そういう他愛もないやり取りばかりだ。
平和だなぁ……と和みつつ、その表情のまま隣の鍵がかかってる引き出しをピッキングで開錠し開けた。
中から出てきたのは『ミ○エル君はベッドの上でも雷獣だった件』というタイトルが記載された薄い本。表紙にはベッドの上で服をはだけさせ、頬を赤らめながら挑発するような笑みを浮かべて指を舐めるという構図の、なんかどこかで見た事があるハクビシン獣人の男の娘のイラストが描かれている。
「……? ……???」
「あ、私これ持ってます」
「?????」
そう言いながら薄い本を手に取り、ページをめくり始めるシェリル。まあ内容はミ○エル君がお姉さんを誘惑してやる事をやった後、突如乱入してきたがっちり体型の冒険者のおっさんにわからせられるという内容だった。
「いいですよねぇ……あ、ほらこのアヘ顔最高」
「????????」
待って、理解が追い付かない。今ちょっと宇宙ジャコウネコになってる。
見なかった事にしよう、と思い引き出しの中を物色すると、まあ出るわ出るわシモヴレフ伯爵の性癖の数々。
スク水姿のミカエル君が魔物の粘液まみれになってる表紙の本に触手プレイされてる本、冒険者にお持ち帰りされる本というよく見るような本からマニアックな性癖の本まで。
……何でこの人こんなにミカエル君の薄い本を持ってるんだろう?
そ し て な ぜ 貴 族 の 元 に ま で 俺 の 薄 い 本 が 出 回 っ て い る の か 。
「……”フィクサー”」
《大佐なら私の後ろでラーメンの仕込みやってるよ》
「作戦中にラーメンの仕込みやってんじゃねえ」
《あ、ハイもしもし代わったけどどうした》
「どうしたじゃねえよ、何で俺の同人誌こんな出回ってるんだよ」
俺の同人誌というパワーワードよ……人生で一度たりとも使いたくない言葉だと思う。
《いやホラ、旅してた時の旅費になるかなと思って》
「旅費」
《最近だと売り上げの半分は州の政策に使ってほしいなって思ってお前の口座に》
「待って何、こないだの国家予算レベルの入金ソレだったの???」
いやあの、おかげでリュハンシク州にあらたに小学校が7つも建ったんだけどさ……なんかほら、嫌じゃん。同 人 誌 で 建 っ た 学 校 な ん て 一 生 モ ン の 汚 点 よ ?
大人になった後「やーいやーいお前の母校同人誌~」なんて揶揄されるやつじゃん。
そんな巨額の入金あったから関係各所に問い合わせたりして確認したんだけど出所不明で……。
というか国家予算レベルの売り上げ記録してんのか俺の同人誌。なにそれ。
「とりあえず貰っていきましょうか」
「持ってるんじゃないのか」
「知らないんですか、古参のオタクは【自慢用】【保存用】【観賞用】に3つ押さえるものなんですよ」
「うーんこの平成初期のオタク感よ」
ごそごそと薄い本を物色し始めるシェリル。そんなものより証拠を探せよ、と呆れながら床に落ちた薄い本を拾い上げた。
なんかベッドに縛り付けられたミ○エル君がクラリスらしきでっかいメイドさんに襲われる感じのイラストが描かれた薄い本だったんだけど、ついにクラリスも同人誌デビューか……と遠い目になりながらもページをめくる。
パサ、と何かが床に落ちた。
1枚の封筒―――うっすらと赤みを帯びたそれには、金槌と鎌が交差したデザインのエンブレムが印刷されている。
「……ん?」
あの、これってもしかして。
拾い上げてみると、確かに差出人のところには『ヴラジーミル・レーニン』の名が。
中身を確認してみる。手紙の内容は資金提供への感謝とイライナ国内での政治工作の要請、イライナ国内での共産主義の普及の要請、できないようでも世論の分断を煽るよう要請する内容が記載されていた。
あ っ た 。
よりにもよって薄い本の栞代わりに挟まれてるとは……さらっと俺だけではなくレーニンの尊厳まで破壊していくシモヴレフ伯爵、恐ろしい御仁である。
にしても納得いかない。
だってさ、想像できないじゃん。強盗に入った屋敷から自分の薄い本が山のように出てくるなんて。
強盗やってたら予想外の場所からメンタル目掛けてカウンターパンチが飛んできたような、そんな感じだ。
「……パヴェル」
《はい》
「後でちょっと説教」
《ぴえ》
当たり前だコノヤロウ。
あと俺の鳴き声をパクるな。
戦闘人形
機械の人形、ロボットの兵士。既にこの世界ではカマキリのような姿の戦闘人形が普及しているが、テンプル騎士団はそれよりも高度な技術で人間に擬態できる戦闘人形を製造しており、テンプル騎士団由来のものには戦闘タイプと擬態タイプがある。
人工筋肉や人工骨格を持ち、半導体の代わりに人工タイプの賢者の石を私用。体表は黒騎士のような甲冑型の装甲で覆う事も可能だが、現在これを運用するリュハンシク防衛軍ではシリコン製の人工皮膚で体表を覆い、可能な限り人間に近付けた姿の兵士として運用している。これはリュハンシク州の領民を過度に威圧しないためというミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵による配慮であるとされている。
戦闘能力は現役時のパヴェルのデータをベースとしており、それにミカエルの戦闘データもブレンドしたハイブリッドタイプである、と製造者のシャーロット博士は述べている。実際その戦闘力は高く、一兵卒でも一般的な先進国の兵士を大きく上回る練度(※シャーロット博士の分析では『戦闘人形1体でテンプル騎士団のコマンド兵1個分隊並みの戦力』との事)を誇っている。
なお、あくまでもAIで思考・判断する機械の兵士であるため、人間との会話では質問に対する受け答えや意見具申程度は可能であるが、ジョークを理解したり笑ったりといった行動は苦手としている模様。
影武者であるルシフェルも戦闘人形の一種だが、こちらはミカエルの人格から思考パターンまでを徹底してコピーし、通常の戦闘人形の完全上位型AIを搭載したコスト度外視の高級機であるためほぼ別物である。




