仕事の依頼
尊厳破壊AK
ミカエルが愛用しているAK-19の愛称……?
AK-19自体は5.56mm弾を使用する西側規格弾薬のAKでありAK-12の派生モデルの1つであるが、西側に歩み寄ったAK-19を更に西側寄りにしたのがミカエルのAKである。
M-LOKハンドガードへの適合やマズルデバイスにアダプターを取り付け西側規格に対応した事も特徴として挙げられるのが、最大の特徴が『アダプターを装着し西側規格のSTANAGマガジンに対応した』事であろう。これによりM4やM16などの西側マガジンをそのまま装着する事が可能となり、AKの名を冠しつつも実質的にはガリルのような何かと化した。
『持ち主にそっくりだね』とは口が裂けても言ってはいけない。口にしたら最期、あなたの後ろにデスミカエル君がやってくるからである。
「ねえねえ兄上ぇ~」
「哥哥,你不只是學習,不如來跟我玩呢?(お兄様~。お勉強ばかりしてないで遊びましょうよ~)
「ねえ~」
「大哥~(お兄様ぁ~)」
弟の”ラグエル”と妹の”ウリエル”に肩をゆっさゆっさと揺らされながらも、しかしラフィーは錬金術の教本から目を離さない。「ごめんねもう少し」と言って弟妹たちを落ち着かせようとするが、しかし遊びたい盛りの弟妹達にはまったく聞き入れてもらえない。
「父上ぇ~。兄上が全然遊んでくれません~」
「爸爸,也請您說幾句話吧(お父様ぁ。お父様も言ってくださいよぉ)
わお、子供たちの矛先がこっちに。
ぴょいん、と軽やかにジャンプして抱きついてくるウリエルと、足にしがみついてぐいぐいズボンを引っ張り始めるラグエル。まあそうだよね、お兄ちゃんと一緒に遊びたいのにお兄ちゃん勉強ばっかりだもんねぇ……。
だがまあ、気持ちもわからなくはない。
あの日……魔術の適正が無いと分かったあの日から、ラフィーは狂ったように錬金術の勉強に勤しみつつ、俺と一緒に筋トレや格闘術の訓練もするようになった。
英雄の子として恥じぬ力を身に着けたい―――そんな本音が、必死に勉学に打ち込むラフィーのまだ小さな背中から窺い知れる。
「失礼します。ご主人様、紅茶をお持ち致しました」
「ありがとうカトレア。そこに置いといて」
部屋にやってきたカトレアは俺に一礼すると、ラフィーの勉強用の机の邪魔にならないところにティーカップと、それから小皿に乗った多めのジャムを置いた。
「ご主人様、勉学に励まれるのは良い事ですが……少々根を詰めすぎではないでしょうか?」
「……そうかな」
「そうだぞラフィー」
俺の胸のあたりまでよじ登ってきたラグエルを抱き上げ、後ろからよじ登ってきたウリエルに肉球付きの小さな手で顔中もみくちゃにされながら言った。
「たまには息抜きしないと身体壊すし、弟妹達の遊び相手になってやるのも長男の役目だとパパ思うけどな」
「でも父上……」
「”急いては事を仕損じる”ってな」
キャッキャと楽しそうに笑うラグエルとウリエルの2人を抱き上げつつ、ラフィーの隣に椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。
「それにな、自分の事ばかりに集中してると他人との繋がりが疎かになるんだ」
「他人との繋がり?」
「そう。パパはな、今でこそ雷獣のミカエルだの何だの言われてるけど、自分一人の力でここまで来たなんて思った事は一度もないんだ。それこそママとかパヴェルおじさんとか、あとアレーサのばぁばとか、色んな人に助けてもらってここまで来たんだ。他人との繋がりが薄いと、助けてほしい時に誰も助けてくれなくなっちゃうぞ?」
分かるよな、と続けると、ラフィーは少し悩んだ後に錬金術の教本に栞を挟んで机の上に置くと、息を吐いてから笑みを浮かべた。
「ええ、分かりました!」
「よし。ほらラグ、うーちゃん。お兄ちゃんが遊んでくれるってさ」
「やったー!」
「耶穌!我愛你,哥哥! !(やったー! お兄様大好き!!)」
「ごめんうーちゃん、なんて言ってるか分かんないや……」
「うふふ、お兄ちゃん大好きと仰っていらっしゃいますわ」
俺の肩の上から飛び降り、一番上の兄貴を取り合うように両手をぐいぐい引っ張って隣の部屋へと連れていくラグエルとウリエル。勉強しなきゃ、力をつけなきゃと追い立てられるようだったラフィーも憑き物が落ちたように、穏やかな笑みを浮かべている。
「申し訳ございません旦那様」
「いや、仕方ないさ。俺も同じ境遇だったらあれくらい焦る」
申し訳なさそうに謝ってくるカトレアをそう言って慰めながら、部屋を後にしていく子供たちの後ろ姿を見守る。
ラグエルは俺とクラリスの間に生まれた2人目の子供で性別は男の娘(※誤字にあらず)、瞳の色はクラリスと同じく紅く、前髪の一部が白いが少しだけ蒼い髪も混じっている。大人しくしっかりしているラフィーと比較するとやんちゃで口よりも先に手が出てしまう喧嘩っ早い一面があるようで、この間なんか伯爵家の子供と喧嘩になってしまい向こうの家に謝罪に行く事になった……お兄ちゃんとは真逆である。
そしてウリエルの方はというと、瞳の色は銀色で基本的に黒髪、前髪の一部が白いという点は共通しているのだが、分類的にはハクビシンの獣人となっているものの、母親の血が濃く出たのかやたらと力が強い。あと前髪以外にも白いところがある。
加えて俺が公務で忙しい時は母親のリーファと祖母のランファさんに面倒を見てもらう事が多かったらしく、イライナ生まれで国籍もイライナでありながらジョンファの言語と文化にどっぷり漬かって育ったので喋る言葉は基本ジョンファ語、イライナ語も喋れるけど超カタコトというとんでもない状態になっている。
なので彼女と接する時は俺もイライナ訛りのジョンファ語で対応しているんだが、何で家庭内で二ヶ国語使ってるんですかね俺ら?
子供たちがどんなふうに遊んでるのかちょっと気になったので、カトレアと一緒に隣の子供部屋を覗いてみた。
―――絶句した。
子供部屋の中ではドラゴンの着ぐるみを着たラフィーが、勇者のコスプレをしたラグエルに火を噴く真似をしており、その後ろではお姫様のドレス姿のウリエルが勇者とドラゴンの戦いを固唾を呑んで見守っている。
何あれ、勇者ごっこ的な?
まあ定番だし見てて微笑ましいんだが、ドラゴンの着ぐるみの造形が子供向けのやつというよりは特撮に使うようなクオリティだし、勇者とお姫様のコスプレ衣装も一瞬ガチの本物じゃないかと見間違いそうになるレベルなんだけど、どうせアレだろ。衣装提供したのどこぞの某ソビエトオオヒグマだろ。ミカエル君は詳しいんだ。
というかあんなコスプレ衣装どこに隠してたんだ……ちょっと楽しそう。
「祝你好運,英雄們!(勇者様、頑張って!)」
「行くぞっ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ギャォォォォォォォン!!!」
ラファエル君ノリノリで草。
わぁーいいないいな、微笑ましい。写真撮りたい……と思っていると、ぽた、とミカエル君の頭に熱くて鉄の香りのする鼻血らしき液体が……。
まさかね、と思いながら上を見上げると、ミカエル君の頭の上でクラリスが鼻血を垂らしながら、スマホのシャッターを連続で切っているところだった。
「はぁー……と、尊い……!」
「……後で俺にも画像ちょうだい」
「オフコースですわご主人様! ……あっ、そういえばお客様がお見えになってますわよご主人様」
「そっちのほう重要じゃない???」
「申し訳ありません、我が子たちの絡みが尊すぎて記憶が一瞬全部吹っ飛びました」
「気持ちは分かる」
そりゃあね、自分のとこの子供可愛いもんね。今の内だけだよああやって無邪気に遊んでる姿を画像フォルダに収められるの。大きくなったらこういう一面見れなくなるから。
やっぱりあれかな、反抗期とかあるのかな……パパと一緒に洗濯物洗わないでって言ったでしょとか言われたらガチで傷つく自信あるわ俺。
「メイド長、終わったら私にも画像をプリーズ……」
「ええ、よろしくってよ」
「感謝の極み……!」
「……あれ、そういやお客様が見えたって言ってなかったっけクラリス?」
「申し訳ありません、本日二度目の記憶喪失が」
「気持ちは分かる」
「ちなみにアナスタシア様がお見えです」
「 馬 鹿 お 前 も っ と 早 く 言 え お 前 ! ! 」
待って、姉上はシャレにならない。
スマホをポケットに捻じ込むなり、鼻血を垂らすクラリスの鼻にティッシュをぶち込んで、彼女に案内してもらい城の応接室へ。
我が子可愛さにキリウからはるばるやってきた我が家の長女を、というかイライナ公国の宰相を蔑ろにしたとなったらお前、いったいどんな罰が下る事か。
きっと一生部屋の中に閉じ込められ、膝の上にちょこんと座らされてジャコウネコ吸いされるだけの人生になってしまうに違いない。なんて恐ろしいんだ……いやマジで姉上ならやりかねない。あの人はネコを吸うノリでジャコウネコまで吸う。
速足で城の中をずんずん進んで応接室の扉を開けると、応接室には既に姉上と……それから、どことなく身体から発する雰囲気が姉上にそっくりなライオンの獣人の子が隣に座っていた。
「遅くなってしまい申し訳ありません、姉上」
「いやぁ、良い。公務に子育て、お互い大変だからな」
ティーカップ片手に鷹揚に応じる姉上。そんな彼女の隣では、やけに目の鋭いライオン獣人の男の子がじっとこっちに視線を向けていた。
彼に合うのは久しぶりだったな、そういえば。
「こんにちは、”ヴィクトル”。7年ぶりかな?」
「はい。お久しぶりです、”叔父様”」
”ヴィクトル・ヴォロディミロヴィッチ・リガロフ”―――イライナ公国宰相アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァと、ヴォロディミル・スピリドノヴィッチ・リガロフの間に生まれた息子である。
姉上の血が濃く出たようで、魔術の適正は光属性S+、炎属性A+、それから補助的にではあるが土属性にもC程度の適正を持つ、この世界では二重属性に輪をかけて稀有な【三重属性】。
加えて本人も両親から様々な才能を受け継いでいる上にストイックで努力家という、非の打ち所がない男だ。
既にリガロフ家の中では次期宰相候補筆頭だの”リガロフ家の至宝”だのと持て囃されている。
「キリウからリュハンシクまではるばるよく来てくれたねぇ。長旅で疲れたでしょう?」
「はい。ですが叔父様が道路や鉄道などのインフラを整備してくださったおかげで苦には感じませんでした」
「ははは、それは良かった」
「ヴィクトル、ちょっと固いぞ。私たちは血の繋がった家族なのだからもっとフランクな感じでいいのだ」
「はい、母上。しかしどうも砕けた感じで他人と接するのが苦手でして」
ヴィクトルはしっかりした子だ。鍛錬では実力を凄まじい勢いで向上させているし貴族学校では全科目においてトップ、来年から飛び級で6年生のクラスに編入されるのが決まっているという。
加えて錬金術も学ぼうと、最近では錬金術関連の書物を読み耽っているのだとか。
「そうえばラフィーたちは元気か?」
「はい。今子供部屋でラグエルとウリエルの遊び相手になってます」
「ちょうどいい。ヴィクトル、お前も遊んできなさい。従弟たちと交流を深めるのも大事な事だぞ」
「はい。将来の連携強化のためにもそうさせていただきます、母上」
すっ、とソファから立ち上がるなり、ヴィクトルは流れるような動作で俺に一礼してから応接室を後にしていった。
リュハンシク城の中は迷路のようになっているのでフツーに迷子になる恐れがあるのだが、ヴィクトルはここに来る前に姉上から見せられた内部構造図で構造を覚えてしまったようだ……何だあの子。
「はぁ……いやぁ、すまんな堅苦しい子で」
「いえいえ。一族の期待を一身に背負っているのです、仕方のない事でありましょう」
「いつもあんな調子だから、貴族学校でも冷たいイメージを持たれているようでな」
「なんだかジノヴィ兄さんっぽいですね」
「やっぱりそう思うか?」
ぶえっきし、とはるか遠くで兄上のくしゃみが聴こえた気がした。
「……で、だ」
自分の息子を遊びに行かせ、応接室には姉上と俺、クラリスの3人だけ。
まあ遊びに行かせたのは人払いの意味もあったんだろうなぁ、と思いながら姉上の言葉を待っていると、やはり思った通りの言葉を姉上の唇は紡いだ。
「―――忙しいところ申し訳ないが、仕事を頼みたい」
「何なりと」
「イライナの貴族を粛清しなければならん」
ティーカップを持ち上げ、ジャム入りの紅茶を口に含む姉上。
ノヴォシアからの共産主義の波及阻止は、イライナの命運を左右しかねない重要な任務である。これまでにもノヴォシア共産党の思想に感化された政治団体のアジトを潰したり、彼らの資金供給源と化していた貴族の屋敷に強盗に入ったりしていたのだが、今回もまたそういう仕事を任せられる事になりそうだ。
「標的は」
「キリウの”シモヴレフ伯爵”。イライナ独立の頃にこちら側についたノヴォシア系の貴族だが、最近になって動向に不穏なものが感じられてな……捜査の結果、伯爵が裏で共産党に資金を提供、それからこちらの機密情報も流している事が判明した」
小皿のジャムをティーカップに入れ、スプーンで優しく混ぜた。
ハチミツ入りの紅茶に、ストロベリージャムの甘酸っぱい風味が加わる。
「やっとの事で勝ち取った独立だ―――イライナを、またあの暗黒時代に戻したくはない」
「同感です」
「いつも通りの手で頼む。資金洗浄はこちらで行い、3割を手数料として差し引かせてもらうが……残りの7割はそちらで好きに分配してもらって構わない」
「分かりました―――その仕事、謹んでお引き受けいたします」
「助かる。詳細はこちらの資料に」
姉上から封筒を受け取り、それをクラリスに預けた。
「……しかし、身内に伝説の大強盗がいるというのも奇妙な話だ」
「ええ。私もあまり良い話ではないと思っていますよ」
「だが今はお前のそのスキルに救われているのだ……汚れ仕事ばかりで申し訳ないが、ひとつ頼みたい」
「お任せを」
こういう汚れ仕事には慣れている。
表の顔はリュハンシク領主ミカエル。
そして裏の顔は、伝説の大強盗”ミスターX”。
ミカエル君には2つの顔があるのである。
ドルツ統一戦争(1897年8月1日~同年8月29日)
ドルツ諸国の統一をかけ、大国たる神聖グラントリア帝国と、ドルツ諸国の中では最も軍備の近代化が進んでいたグライセン王国(※イルゼの祖国)の間で勃発した戦争。文献では『グラントリア・グライセン戦争』とも。
元々、ドルツ諸国は中小国の集合体とも言える状態であり、諸国統一の話が浮上してはどの国家が統治するのか、どの国家までをドルツ国家の範疇に含めるのか等の意見が衝突しなかなかまとまらず、議論の度に意見が割れ棚上げされてきた経緯を持つ。しかし1890年代に入り、列強国の軍備増強やノヴォシア帝国の崩壊、イライナ公国の独立に極東諸国の勝利といった出来事が相次いで起こり、このまま中小国家のままで存続すればいずれは列強国に各個撃破されてしまう事は明白であり、それを防ぎドルツの伝統と文化を守るためにもドルツ統一は果たさなければならない目標であった。
各国で議論を重ね、何とか神聖グラントリア帝国を盟主とする『大ドルツ主義』と、グラントリアを除外しグライセンを盟主とした『小ドルツ主義』の2つに案が絞られたが、ここでも各国は激しく対立し意見は二分してしまう。
当時の神聖グラントリア帝国はドルツ系の人口が大半を占めていたが、それ以外にもハンガリア系やノヴォシア系、ポルスキー系の民族が含まれた他民族国家という側面も持っており、ドルツに他民族を含めるのはいかがなものか、という民族主義的な意見が蔓延していたのも意見が拗れた大きな要因と見られている。
結果、ドルツ諸国はグラントリア派とグライセン派に分かれて開戦、ドルツ統一を懸けた戦争が始まった。
当初よりグラントリアとの軍事衝突を想定していたグライセンは、かなり早い段階から軍拡を開始。先進的な連発式ボルトアクション小銃の開発やイライナ独立戦争、極東戦争に観戦武官を派遣しての塹壕戦の徹底的な研究と浸透戦術の試験的導入、イライナから輸入したカマキリ型戦闘人形のリバースエンジニアリング等で優位に立ち、グラントリアを一方的に蹂躙して勝利。1897年9月10日、グライセンを盟主とした『ドルツ帝国』の誕生を待つ事となる。
この戦争で敗北しドルツ諸国より除外されてしまったグラントリアであったが、急速に成長するドルツ諸国に対し危機感を抱いていたハンガリア政府からの打診を受け、ポルスキー王国、クロアリア王国、スロベリア等の周辺諸国と共に『バルカン連邦』を結成。その一翼を担っていく事となる。
なお、このバルカン連邦構想を進言したのはハンガリアのセロ・ウォルフラム勇敢爵であるとされている。




