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大強盗ミカエル

ガクブル範三「クゥーン……」

ソビエトデスヒグマ「……」ゴゴゴゴゴ


ガクブル範三「ほ、本日はお日柄もよく……」

ソビエトデスヒグマ「今日土砂降りやぞ」




 1897年 7月13日


 ノヴォシア社会主義共和国連邦 革命首都モスコヴァ




「いやあ、はるばるイライナから御足労頂き感謝するよ、リガロフ公」


 さあどうぞ、と来客用の座席に着席するよう促しながら、ノヴォシア共産党の最高指導者であるレーニンは笑みを浮かべた。


 失礼しますよ、と会釈しながら腰を下ろし、室内を見渡す。


 モスコヴァにある共産党本部は、帝政ノヴォシア時代の宮殿をそのまま使用している。なので内装も当然ながら煌びやかで、政治的思想は真逆でもその伝統は継承するつもりらしい。


 まあ、彼らの政治的思想を徹底するのであればもっと質素であるべきなのだろうが、場合によっては共産党本部や国会議事堂などは海外の要人などを招く場所でもある。さすがに要人たちを招き入れ、重要な階段を行う場が腐った納屋同然の有様では舐められるというものだ。


 そういう外交的な事情もあるのだろう、と納得していると、軍服姿の衛兵が紅茶と小匙、それからストロベリージャムの乗った小皿を持ってきた。


 ありがとう(スパシーバ)、と短く礼を言い、しかしすぐには手をつけずにレーニンの方をじっと見つめる。


「はっはっは、相も変わらず用心深いお方だ……毒など入っていませんよ」


「ならよいのですが。それよりレーニン殿、私をここに招いたのは紅茶を振舞うためではありますまい?」


「ええ、無論です」


 さらりと言うなり、レーニンはティーカップの中へ小匙でジャムを放り込み、静かにかき混ぜ始めた。


 イライナ独立と、ノヴォシアの共産化から7年―――この国も大きく変わった。


 共産主義国家の建国からしばらくは、辺境へと逃げ伸びた帝政ノヴォシアの白軍と赤軍の戦闘が継続していたものだが、2年もしてついに内戦は完全に終結。ノヴォシアの広大な国土は革命の赤に染まり、人民の富を吸い上げていたブルジョワは一掃された……共産党はそう宣言している。


 ここだけの話、イライナはその2年間だけ、水面下で白軍を支援していた時期がある。もちろん少しでも赤軍に手傷を与えてくれる事を期待しての事であり、そのまま内戦が長期化して共産党が疲弊し崩壊のきっかけまで至ってくれれば御の字、という程度ではあったが。


 もちろん戦後に疑惑の目が向けられたが、ミカエル君は可愛い顔して猫を被り「そんな事ミカ知らないにゃん」的な事を言って誤魔化したし、姉上も姉上で「共に戦った仲なんだからそんなことするわけ無いだろ。それよりそんな事言っていいのか? そちらの胃袋を握っているのは我々なんだぞ」と食糧輸出の停止をちらつかせながら恫喝し返すものだから、今ではすっかり追及の目は潰えている。


 それから始まったのが、ノヴォシアにおける”大粛清”である。


 スターリンの指揮の下、元白軍の関係者やスパイの疑いをかけられた者、研究者や芸術家、魔術師、そして民間人に至るまでもが存在しない罪状をでっち上げられ、強制収容所へ送られるか銃殺刑で命を落としている。


 唾棄すべき行為ではあるのだが、彼らとしては特に魔術師という人種は許せないらしい。


 曰く『生まれつきの適正で左右されるのは不平等以外の何物でもなく、まさにブルジョワの具現である』との事だ。だから優秀な適性を持つ魔術師はもちろんの事、少しでも適性を持つ者までもがブルジョワ認定され粛清の対象となっている。


 結果、粛清を恐れた多くの魔術関係者がイライナへ亡命する事になっており、最近のリュハンシクでの仕事に「亡命希望者の幇助」という業務が増えた。


 亡命を幇助した魔術師をいったん隔離し、政治的思想や背景について徹底的に調べた後、第三国へ出国させるかイライナの市民権を与え移住させるなどの対応をしている。この辺は結構簡単で、『正直に話さないと祖国に送還する』と脅しをかけるだけで大概の奴は慌てふためくのだ。


 おかげでイライナの魔術研究も大きく進んだ。それとは対照的にノヴォシア国内での魔術は衰退傾向にあり、まあ後になって復興させようにも記録のほとんどが失われているのでもう無理でしょう。


 革命による破壊って聞こえはいいけど、それはすなわちこれまで培ってきた歴史を破壊する事に他ならない。先人たちの、同じ轍を踏むなという記録や培ってきた文化までもを破壊して、その焼け跡に革命家気取りの連中が思い付きで始めた変な政策を広めるものだから、大概ろくなことにならないのだ。


 総じて”人に優しくない国家”、というのが今のノヴォシアに対する俺の評価である(昔からそうか)。


「先日、そちらで共産主義を広めようとした活動家が逮捕されたと聞きました」


 レーニンは言いながら目を細めた。


「人民の平等……我らの理念には賛同できない、という意思表示と受け取ってよろしいか?」


「そりゃあ、通行人に暴力を振るったり憲兵に火炎瓶を放り投げてきたわけですからね」


 全身に突き刺さる威圧感を受け流しつつ、顔色を変えずに小匙を手に取った。小皿の上に乗ったジャムを軽くほぐし、ティーカップの中へ静かに入れてそっとかき回す。香りの薄く、ハチミツの風味も感じられない紅茶の中で、ジャムの塊は急速に崩れていった。


「我が国にも我が国の秩序があります。あなた方共産党がこの国の秩序であるように、イライナでは我々貴族が秩序を国民に提供しているのです」


 お分かりか、と視線で訴え、そっとティーカップを置いた。


「共産主義者だから逮捕されたのではなく、暴行や傷害、憲兵への武器の使用で逮捕されたのです。そこはお間違えなきよう」


 我ながら嘘が上手くなったものだ、と思う。


 イライナでは、ノヴォシアによる共産主義の『革命輸出』に対して徹底的な弾圧を水面下で行っている。


 共産主義に感化された活動家は次々に別件逮捕を喰らっているし、共産党のシンパとなっている貴族はどういうわけか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するという事件が国内でも多発しているのである。


 おかげで懐が暖……仕事が増えて大変だ。


 この案件では切り崩せない、と判断するなり、レーニンは手段を変えて切り崩しを図ってきた。


「秩序、といえば……最近我が国では強盗事件が多発していましてな」


「ほう、それはそれは大変な……」


「それも手際の良さや手段が似ているのです―――1()0()()()()()()()()()()()()()()と、ね」


「いやはや、参りましたね」


 随分と昔の事を覚えているものだ、と思う。


 ザリンツィクの強盗事件―――イライナの工業都市ザリンツィクで発生した10年前の強盗事件。大貴族の資産と屋敷が狙われ、当時同市を脅かしていた赤化病が意図的に蔓延させられたものである、という真相が暴かれて、大貴族とそのシンパが軒並み失脚に追い込まれた大事件である。


 共産党としては、『貴族としての生まれを棄て、富を吸い上げる大貴族から金を盗み貧民たちに配った大泥棒ミカエル』は共産主義の理想に近い存在であるのだそうだ。一時期、党の広告塔になってほしいと打診されたが全部断ったのは嫌な思い出である。


 何が言いたいかというと、共産主義者たちはあの一件の真相というか犯人を知っているという事だ。


 ここでこの話を切り出した意味は、「実はお前やってるんとちゃうか?」という疑いの目が向けられているという事である……にゃぷ、ミカ知らないにゃん。


「あの事件、一部界隈では相当有名になったようでしてね。東洋では先人に学ぶという教えがあるそうで、多くの模倣犯を生んでしまったのは申し訳ないと思っていますよ」


 嘘つけ、とレーニンが視線で訴えている。


 嘘なんてつくわけないじゃん、ちょっと銀行に侵入して店員と客を脅して金庫の中身を持ち去ってるだけだぞ俺は。


「それに我が国でも強盗事件が多発しておりましてね。まあ、そちらだけの問題ではないという事は申しあげておきます」


「……そうですか」


「ええ」


 そこで、傍らに控えていたクラリスが「ご主人様、そろそろ次の予定が」と耳打ちしてくる。


 旅をしていた頃ならばまだしも、領主に就任したミカエル君は多忙だ。こうしてノヴォシアを訪れレーニン氏と会談する以外にも、食料向上や国民の生活水準の視察、終わった後は軍の軍事パレードの見物もあるし、夜には会食……が予定されていたが他の予定が入ったのでキャンセルしている。


「申し訳ないがレーニン殿、この後の視察の予定があるので―――」


「―――失礼します!」


 部屋のドアを大きな音でノックするなり、カーキ色の軍服に身を包み、モシンナガンに似た単発式のボルトアクション小銃を背負った警備兵が室内へ駆け込んで来た。


 何事か、と抗議するような目で睨むレーニンに敬礼するなり、兵士は息を切らしつつ報告する。


「強盗です、強盗が革命記念銀行に入りました!」


「警備は何をやっていたのだ?」


「それが、気がついたら金庫の中に強盗が入っていた、と……健在逃走中の犯人を追跡中です!」


「絶対に逃がすな、逃がしたら責任者の命は無いと思え!」


「はっ!」


 敬礼し、駆け足で去っていく兵士。


 彼の背中を見送ってから、俺は視線をレーニンへと向けた。


「―――私に疑いをかけたようでしたが」


 ソファから立ち上がり、軽く肩をすくめる。


「どうやら、アテが外れたようですな」


 それでは、と挨拶を残し、クラリスを引き連れて部屋の外へ。


 部屋に残されたのは口をつける事の無かった紅茶と、悔しそうに顔を歪ませるレーニンだけだった。


















 まさか会談中の相手が影武者で、本物は革命記念銀行だなんて御大層な名前のついた銀行から金やら金塊やらをまんまと盗んで逃走中だとは夢にも思わないだろう。


 ZIS-110の後部座席に座りつつメニュー画面を展開。メインアームをみんな大好きMP5から、一見するとスマートなAK……に見えなくもない中国製アサルトライフル『81式自動歩槍』へと持ち替える。


 基本的に、強盗の際はSMGかショットガンを使うようにしているのだが、その最大の理由は”貫通した弾で人質や民間人を傷付けないため”という、警察みたいな理由だったりする。


 あくまでも俺たちは強盗ではあるがそれ以上に義賊であるつもりだし、強盗の目的は”盗み”であって”殺し”ではない。その辺の線引きはしっかりしているつもりではある。


 では、何故武器を今になって貫通力のあるアサルトライフルに持ち替えたのか―――理由は単純明快、警察とカーチェイスする事になりそうだからだ。


《気をつけたまえ、あと1ブロックで警察車両と遭遇するよ》


「もうサイレンが聴こえる」


《こちら”シャドウ”、位置についた》


「了解、頼むよ」


「―――参ります」


 運転席でハンドルを握るイルゼが、アクセルを思い切り踏み込んだ。


 追い越し車線をトロトロ走ってる車を左側の車線から追い抜いて、赤に変わる直前の信号を全速力で突っ切ると、後方に赤いパトランプを点灯させたパトカーが滑り込んできた。


 こっちを強盗の乗った車両だと踏んでいるのだろう。とりあえずは『Остановите машину!(そこの車停まりなさい!)』とマイクで警告してくるが、助手席に乗っている相方はリボルバーをガンガン撃ってくる。ガッ、ガッ、と車体後部に拳銃弾が命中して嫌な音を立てた。


 助手席に座るシェリルがダッシュボードから56式自動歩槍を引っ張り出し、助手席から身を乗り出して発砲を開始。それに倣うように、俺も後部座席から81式自動歩槍で射撃を開始して、タイヤとかグリルを狙い7.62×39mm弾を叩き込む。


 俺の撃ったやつかシェリルの撃ったやつのどちらかかは分からないけれど、ガギュ、と機械に何かが噛み込むような音を発したパトカーが、濛々とグリルから黒煙を吐き出しながら速度を落とし、電柱へと激突して停車していった。


 後続のパトカーが一気に加速、こっちに追い縋り追突しようとしてくるが、そうなる前に横合いからの狙撃が運転席側のタイヤを直撃。頭を左右に振りながらコースアウトしたパトカーは街路樹を薙ぎ倒し、客が慌てて逃げた後の喫茶店へと突っ込んだ。


「ナイス狙撃」


《それはどうも》


 CS/LR4(※中国製のスナイパーライフル、7.62×51mmNATO弾仕様)によるカーチャの正確無比な狙撃による結果だった。


 狙撃と潜入、隠密行動を得意とする彼女も今では『黒猫のカーチャ』の異名を欲しいがままにする異名付き(ネームド)の冒険者。その辺の狙撃手とは格が違う。


 後続のパトカーもタイヤを撃ち抜かれてコースアウトしていったのを見て、俺とシェリルも発砲をやめた。


 とりあえず、このまま走っていけば逃げ切れそうだ。


 後は金を姉上の部下に渡して資金洗浄(マネロン)してもらい、分け前を貰えばいい。


 しかし……きっと子供たちがこの事を知ったら、幻滅するだろうな。


 イライナの誇る大英雄の裏の顔が銀行強盗だったなんて。



イライナ海軍


主な保有艦艇

●クニャージ・リガロフ級戦艦×6

●かが型護衛艦×4(F-35運用改修済)

●もがみ型護衛艦×22

●はやぶさ型ミサイル艇×42

●ギュルザ-M型砲艇×30


 イライナ公国(1988年に民主化し”イライナ人民共和国”へ)が保有する海軍。戦艦や軽空母クラスの艦艇を多数保有しているが、主な活動海域が黒海という内海である関係上、機動性に優れるフリゲートやミサイル艇が数的主力となっている。

 イライナ公国は中立国であり、専守防衛を国防政策の方針としている関係上、憲法に規定される【明らかに敵国が自国攻撃の準備をし危害を加える事が明らかな場合】等の要件を満たさない限りは先制攻撃が出来ないため、積極的に敵国へ打って出るための兵器をそれほど必要としない事から、日本の自衛隊の装備や艦艇の多くが採用となっている。


 その存在意義はただ一つ、【度重なる侵略を仕掛けるノヴォシア海軍を確実にぶっ殺す】という一点に集約されており、はやぶさ型ミサイル艇42隻という配備数や沿岸部の対艦ミサイル陣地の数にその殺意が顕著に表れている。別名『ノヴォシアぶち殺し艦隊』。


 また、2013年のアルミヤ戦争以降はその戦訓と敵艦隊の出撃段階でのリスキルの必要性から黒海北東部には人工島を多数整備しており、ネプチューン対艦ミサイルをドカ盛りで配備する事でその殺意を更に高めている。その気になればマズコフ・ラ・ドヌーを出撃するノヴォシア艦隊をリスキルする事も可能であるという。

 

 そのドクトリンは2025年現在も変わっておらず、総じて『ノヴォシア艦隊をぶっ殺す』事にステータスを全振りした、世界で最も特定の国家に対する殺意の高い海軍として知られている。


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本当に無法ですよねルシフェル君。外見は時として家族でも見分けがつかず振る舞いは本人よりも本人らしく、何気に戦力としても優秀。これほどカバーストーリーにうってつけの存在はありません。有為の人材を次々失っ…
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