コロニー・ドミネーション
パヴェル「ウチの娘から範三の香りを検出」
「いやー、助かった。危ないところだったよ」
範三が仕留めた軍団蜂の残骸を見下ろし、私は己の迂闊さを恥じた。それまでの戦いはまさに鎧袖一触、向かうところ敵なしの勢いであったのだが、その一方的な展開が私の心に慢心を生んだのだろう。
地中からの奇襲など気付けるはずがない、と言い訳するつもりはない。どこからの奇襲であったにせよ、範三が助けに入らなければ私はあの毒針でやられていたからだ(パヴェル曰く私には再生能力があるとの事だが……)。
此度の失態、肝に銘じ二度と同じ事を繰り返さないと誓おう。
「ケガはないな?」
「おかげさまでな……で、範三はどうしてここに? 仕事か?」
「うむ。つい先ほど、管理局で緊急の依頼が発注されていてな。久しぶりにやり応えのある仕事だと思い引き受けたのだ」
「緊急依頼?」
「これだ」
そう言いながら範三が見せてくれたのは、依頼書の写しだった。
【軍団蜂の巣一掃】
「軍団蜂の……巣?」
「左様。どうやらここ最近の養蜂場襲撃の件、蜂どもが近隣に巣を構えた事が発端であるらしい。他の冒険者が巣を発見したそうでな」
「その冒険者はどこに?」
「……緊急の信号弾を最期に、行方が分からなくなったそうだ。現場に駆け付けた管理局の職員が見たのは血まみれの剣と服の切れ端、それから左の手首から先だけらしい」
「……そうか」
その冒険者がどうなったのか、考えるまでもないだろう……軍団蜂は肉食性なのだから。
「依頼区分はAランク……セシール殿なら同行できるが」
どうだ、と問われるなり、私は口元に笑みを浮かべた。
ちょうどいい―――たった15体、討伐したところでまだ身体が温まってすらいないのだ。軍団蜂の巣ということは当然女王蜂もいるのだろう。それなりには楽しめるだろうし、己の研鑽にもちょうどいい筈だ。
「面白い。このセシール、同行させてもらおう」
「うむ、それこそだ」
ではいざ、と足元の穴を見下ろす範三。
9mm機関拳銃のマガジンを交換し、私も頷いた。
いざ、蜂の巣駆除へ。
軍団蜂は、危険度の高い依頼でしか遭遇する事が無い昆虫型の魔物であるとされている。
肉食性で獰猛である事がその所以だ。他にも巨大な蜂の姿をした魔物は多いが、その中でもオオスズメバチをそのまま巨大化させたような姿の軍団蜂は段違いの危険度を誇る。
通常、蜂型の魔物は”巣に接近する外敵”に対してのみ攻撃的になる、という特徴がある。まずは羽音で相手に警告を行い退去を促し、それでも巣に接近してくるのであれば止むを得ず攻撃する……という習性が広く知られているが、軍団蜂に関してはその限りではない。
基本的に、連中は”狩り”をする。
肉食性なのだ。花や植物の花粉を集めてそれを食料とするわけではない。その辺の動物や他の大型昆虫、果てには人間や魔物まで毒針で仕留めて巣へ連れて帰り、その顎で噛み砕いて肉団子にする。
……図鑑には、そう書いてあった。
そして巣の中に踏み込むという事は、当然そういう狩りの犠牲となった獲物の姿を見てしまうわけで。
「……っ」
その辺の土と、軍団蜂の唾液で塗り固められた巣の中にある通路。そこから枝分かれした小部屋の中から血の臭いが漂ってきたものだから、私はつい好奇心に駆られて20式小銃にマウントしたライトを点灯させ、部屋の中を覗き込んでしまった。
……結論から言うと、そこにこの巣を発見したと思われる冒険者が居た。
生きているのならば連れて帰ってあげたかった。けれども彼……あるいは彼女には、差し伸べた手を握り返す腕も、地面を踏み締め逃げるための脚もない。それどころか物事を考える頭も、今まで研鑽を積んできた筋肉の宿る身体も、何もかもがその……人間という姿からあまりにもかけ離れ過ぎている。
以前、パヴェルがヴォジャノーイのつみれ鍋を作ってくれた事があった。可食部の足の筋肉を包丁で細かく刻んで肉団子にし、白ワインで煮込んでからイライナハーブを散らしバターとガーリックで味をつけたそれは大変美味だったのだが……その調理工程で見たヴォジャノーイのつみれを思い出してしまった。
思わず昼食のパンと干し肉を吐き出してしまいそうになったが、そんな暇はない。
食料の保管庫だということは、当然そこには万人がいるわけで……。
『ギギギ』
『ギチギチギチ』
保管庫の天井から姿を現した、2体の軍団蜂。死刑宣告にも等しい顎を鳴らす音を発しながら迫ってきたそいつらに向け、私は顔をしかめながら20式小銃の引き金を引いていた。
ガガガン、と5.56mm弾がオレンジと黒の縞模様―――自然界では”警告色”とも言われる禍々しい色合いの外殻を穿ち、巨大昆虫の片割れを死に至らしめる。糸の切れた人形のように動かなくなった軍団蜂を尻目にもう1体に狙いをつけるが、パンッ、と背後で響いた銃声が相手の命脈を断った。
九九式小銃を手にした範三の正確な狙撃が、頭を撃ち抜いていたのだ。
しかしそれでも動き続ける軍団蜂。ギギギ、と不気味な軋むような音を発して近付いてくるが、尾から伸ばした毒針は毒液を滴らせながら空を切り、やがて動かなくなった。
「……セシール殿」
「なんだ」
「軍団蜂には性別があるのをご存じか」
「もちろん」
でなければ、女王蜂などいるわけがない。雄と雌の違いくらいはあるはずだ(無性生殖する蜂など聞いた事が無い)。
「では―――性別による身体能力の有無は?」
「……初耳だ」
「左様か。では良い機会だから言っておく」
言うなり、範三は着剣した九九式小銃の銃剣で、動かなくなった軍団蜂の尻から伸びる毒針を突いた。
「この毒針を持っているのは雌の個体だ。基本的に雌が巣の外に出て狩りをしたり、巣を外敵から守る兵士の役割を担う」
「……女に狩りをさせるのか? では雄は何をしているというのだ?」
「一般的に雄の個体は巣の中で幼虫の世話をしたり、巣を拡張したり、あとは雌たちが仕留めて連れ帰ってきた獲物を噛み砕き食料に加工する役割を担う―――と、ミカエル殿が」
なんだミカの受け売りか、と思い苦笑いが出た。
まあ確かに、範三はそこまで勉強しているイメージは無い(本人には失礼だが)。どちらかというとそういう知識を貯め込み、実戦で生かしているのはミカというイメージが強い。
アイツはまるで”歩く図書館”だ。実力もそうだが、個人的にはそれ以上に頭の中に詰め込んでいる情報の量が強みなのではないか、と思う事がある。
「で、違いは役割だけではあるまい?」
「うむ。狩りをする性質上、毒針を持つのは雌のみ」
「雄には?」
「ない。代わりに―――」
ブブブ、という羽音を聞くよりも早く、範三と同時に左右へ飛んだ。
直後、後方から吹きかけられたオレンジ色の液体が床を直撃。じゅう、と何かを溶かすような音を立てながら湯気を発し、先ほどまで私たちが立っていた床が溶けていく。
振り向きざまに私は20式小銃を、範三は九九式小銃を構え、引き金を引いた。
7.7mm弾と5.56mm弾が後方に迫っていた軍団蜂を直撃。外殻を食い破った弾丸により、人間サイズの巨大スズメバチは動かなくなる。
「……酸だー!!」
「怖っ」
「ちなみに溶解液の発する蒸気も吸い込むと危険だ。肺胞が溶けるらしい……とミカエル殿が」
「おうふ……」
口元を片手で覆いつつ、暗闇の先を睨んだ。
闇の向こうから聴こえてくる羽音と顎を鳴らす音―――こいつらを突破し、最深部の女王を殺さない限り戦いは終わらない。
ならば先を急ぐしかない。そう結論付けるなり、20式小銃の銃身下部にマウントしたグレネードランチャーの引き金を引いていた。
ポンッ、と放たれた40mmグレネード弾の一撃が暗闇へと消えたかと思いきや、ごく一瞬だけ紅蓮の炎が荒れ狂い、衝撃波と爆風、それから散弾さながらに飛散した破片が軍団蜂の一団を豪快に叩き潰す。
グレネード弾を再装填している隙に、範三が打って出た。
九九式小銃を背負うなり大太刀を引き抜いて、今の一撃で浮足立つ軍団蜂の群れの中へと果敢に斬り込んだ。
暗闇の中で空気を引き裂く音と、仄かに朱色の光を放つ焼けた刀身が蜂たちを蹂躙していく。
彼の穿った突破口を、私は無駄にはしない。
20式小銃から9mm機関拳銃に武器を持ち替え、フォアグリップを握ってフルオート射撃。凄まじい速度で消費されていく9×19mmパラベラム弾の暴風雨を、吶喊した範三を包囲せんと展開する軍団蜂たちに叩きつける。
被弾した雌の軍団蜂がふらつきながらこちらに突っ込んでくるなり、尾を突き出して毒針を伸ばしてきた。
喉元を刺し穿とうと企図した一撃を紙一重で回避。9mm機関拳銃から手を離すなり、空振りした毒針を左手で掴んで力任せに引っ張った。
以前、パヴェルの手伝いでエビの殻を向いた時を思い出す。ぺり、と気味の良い音を発しながら向けていくエビの殻―――あんな感じで毒針がずるりと向けたかと思いきや、警告色の浮かぶ外殻で覆われた尾の中から、体内で針と繋がっていたであろう臓物までがつるりと躍り出てきたのである。
口から泡を吹き、そのまま動かなくなる軍団蜂。
ホルスターからSFP9を引き抜き、毒液を噴射しようとしていた軍団蜂目掛けてマズルガード付きのそれを何度も引き金を引いた。スライドが前後し、マズルガードで覆われた銃口がマズルフラッシュを発する度に9×19mmパラベラム弾が放たれ、被弾した蜂が衝撃で奇妙なダンスを演じる。
2丁のSFP9を引き抜き両手に持って、二丁拳銃で弾幕を張る。ドガガガガ、と銃声が轟き、マズルフラッシュの度に大型の蜂が落ちていった。
戦えば戦うほど―――身体中の感覚が研ぎ澄まされていく。
思考も何も、必要ない。手放し運転で良い―――後は肉体の、神経の赴くままに任せておけばいい。
肉体が、魂が、セシール・パヴロヴナ・リキノヴァという1人の女を構成する要素の全てが戦闘に最適化される瞬間。
ホルダーから指先で引き抜いた予備のマガジンを空中へ投擲、撃ち尽くしたマガジンを廃棄するなりグリップを左右へと振って、回転しながら落下してくるマガジンをグリップ内へはめ込むようにして再装填。
ガチン、とスライドが前進し初弾を装填。再び9×19mmパラベラム弾をばら撒く。
大量の働きバチたちの奥に、一際巨大な軍団蜂の姿が見えた。
通常の個体の3倍から5倍―――いや、下手をすればもっとあるのではないだろうか。巣の最深部にある大広間、まるで巨大な米粒のような形状の卵が所狭しと並ぶハニカム構造の横穴を背に、超大型の個体がこれまた巨大な顎を鳴らしながら、複眼で私と範三を睨んでいる。
―――女王だ。
働き蜂たちを大勢殺されたからなのだろう、通常であれば何の感情も感じない筈の昆虫からは、しかし沸々と煮え滾る怒りにも似た威圧感を感じる。
「こやつが女王蜂、か」
「範三、こいつは私に」
「ん」
SFP9をホルスターに戻し、背負っていた薙刀をくるりと回してから構える私を見て、範三は頷いた。
「―――心得た。背中は某が」
「頼む」
―――この勝負、一撃で終わらせる。
後方で範三が床を踏み締め、一気に加速する破裂音にも似た大きな音が響いた。
ギチギチギチ、と顎を鳴らし、攻撃態勢に入る女王蜂。その尾から顔を出すのは、他の働き蜂とは異なり三又に別れた巨大な毒針。
騎兵槍さながらの大きさのそれに少し驚きつつも、しかし私の敵ではない、と確信する。
この程度―――パヴェルに比べればただの雑魚だ。
いつも厨房で寸胴鍋をかき混ぜ、麺を茹でて湯切りし、夜遅くまで厨房で仕込みをしているアイツの方が遥かに手強い。
腰を落とし、息を吐いた。
近衛兵のつもりなのだろう、傍らに控えていた働き蜂たちが羽音を高らかに奏でながら尾をこっちに向け、毒液を噴射してくる。
尾の筋肉で加圧されたそれは鉄砲水さながらの勢いだったが―――今ならばわかる。
あんな攻撃、当たらないと。
加圧された溶解液が身体を掠めていく。鼻腔にツンとした刺激臭がして、喉の奥がひりりと痛んだがそれだけだ。身体が溶けたわけでも、攻撃前に私の命が刈り取られたわけでもない。
私はまだ、生きている。
このセシール・パヴロヴナ・リキノヴァは今、確かに生きている。
薙刀の切っ先を女王へと向けた。
罵声を発するように顎を鳴らすが、それすらも私の耳には届かない。
息を吐き、身体から余分な力を抜いた。
もう、周囲で響く銃声も、働き蜂たちの断末魔も―――範三の猿叫も、なにも聴こえない。
しんと静まり返った世界の中には―――このセシールただ1人。
踏み締める足に力を込めた。
薙刀を握る右腕に力を込めた。
ドン、と筋肉が一気に膨張し、指先が薙刀の柄にめきりとめり込む。
姿勢を低くし、肩を振りかぶり、あらん限りの筋力と必殺の意思を乗せて、女王蜂目掛けて薙刀を投げ放った。
私の手を離れるなり、薙刀の切っ先から白濁した渦輪が幾重にも生じた。投げ放たれるなり、薙刀が音速を突破した事で衝撃波が発生したのだ。
薙刀はなおも加速し、断熱圧縮により生じた熱で刀身を朱色に染めながら―――瞬間的にとはいえその周囲の大気をプラズマ化させながら直進、進路上の働き蜂たちを粉微塵に砕きながら、女王蜂の胸元へと飛び込んだ。
ドゴン、と腹の底に響くような、圧倒的な爆音に破壊されてしまったマイクのような音が広間の中に響いた。
マッハ3を優に超え、燃え尽きながらも飛翔した薙刀の一撃は、女王蜂ですら受け止めるには能わない。分厚い外殻に覆われた巨体を障子紙さながらに引き裂いたその一撃は、孵化する前の卵や羽化を控えた幼虫たちがひしめき合うハニカム構造の横穴までをぶち抜き、衝撃波で壁を抉り飛ばしながら直進。ついには燃え尽きたものの衝撃波だけは健在で、そのまま地上まで続く大穴を壁面に穿ってしまう。
ふう、と息を吐く。
「―――なんと弱い」
もっとこう、手応えが欲しかった。
物足りないな……そんな想いを抱きながら、腰に提げた軍刀を引き抜いてゆっくりと後ろを振り向く。
暇潰しだ―――範三に加勢してやるとしよう。
ソウル級軽戦艦
全長
・235m
排水量
・39000t
武装
・45口径46㎝連装砲×3(前部甲板は背負い式に装備、後部甲板に1基)
・50口径14㎝単装砲×24(副砲)
・40口径12.7㎝高角砲×4
・25mm3連装機銃×6
・13mm連装機銃×8
同型艦
・ソウル(1番艦)
・ピョンヤン(2番艦)
・プサン(3番艦)
・インチョン(4番艦)
・テグ(5番艦)
・テジョン(6番艦)
・ソンナム(7番艦)
・ウルサン(8番艦)
※これ以降も続々と増産中
※コーリア国外でも大東亜共栄圏加盟国の海軍で量産型戦艦として広く普及
倭国から提供された大和型戦艦のデータを基に、コーリア帝国海軍が倭国の幕府海軍より技術援助を受け建造した国産の超弩級戦艦。当初は大和型戦艦を複数隻建造する計画であったが、コーリア海軍は近代化してまだ日が浅く、また倭国、ジョンファと比較し工業力が最も脆弱であった事から、『大和型戦艦よりも安く、建造が容易で、それでいて列強国海軍と渡り合える程度の戦艦』という無茶な要求の元に建造がスタートした。
簡単に言えば『コーリアの国情に合わせたコーリア版大和』とも言うべき艦艇であるが、倭国から技術援助を、ジョンファからは資金援助を受けた結果当初の計画よりも船体は大型化し、46㎝連装砲を3基6門搭載、それでいて26.5ノットの速力を誇る戦艦として就役。既存の技術を積極的に取り入れた結果コストも大和型戦艦の3分の1以下まで抑えられた優秀な戦闘艦として仕上がった。
コスト低下及び軽量化のために装甲は犠牲となっており、撃たれ弱さに難点を抱えている(※36㎝砲の被弾ですら怪しいという)ものの、46㎝砲によるアウトレンジ攻撃と物量で押すという運用で割り切った模様。
更に運用に大和型ほどのコストもかからない事から、列強国による植民地支配から解放されたばかりの大東亜共栄圏加盟国からも歓迎され、多くの艦が中小国へ輸出、それぞれの国情に合った派生艦・亜種としてアジア諸国へ広く普及していった。
総じて『防御に難点を抱えているものの優秀な艦』『東洋における戦艦のベストセラー』『海のAK-47』という評価が2025年現在では下されており、フィリピニア王国、ベナム王国、ザンプチア王国では近代化改修という名の魔改造を受け、現在も海軍の象徴として現役であるほか、1番艦『ソウル』は現在プサンで記念艦として保存されている。




