冒険者セシール
ドローン飛行シャーロット「ぶーん!!」
ドローン飛行アザゼル「ぶーん!!」
ミカエル「何やってんの……」
シャーロット「ミカもやってみたまえよ」つドローン
ミカエル「あのな、俺ももう大人なんだからそんな事やるわけ……」
ドローン飛行ミカエル「 ぶ ー ん ! ! 」
パヴェル「いや結局やるんかい」
パヴェルの過保護にも困ったものだ。
私、”セシール・パヴロヴナ・リキノヴァ”には記憶がない。17歳から昔の記憶の一切合切が、だ。
分かっているのは自分が謎の組織、テンプル騎士団によって人工的に造り出されたホムンクルス兵、いわゆるクローンである事と、私には常軌を逸した戦闘能力が秘められている事。
それだけの力があるのならば、生かさない手はない。パヴェルには「お前には良い男と結婚して家庭を作って幸せに暮らす権利があるんだ」と常々言われたが、しかしそれが私にとっての幸せと言えるのだろうか?
何の刺激もない、蝶よ花よと過保護な父親に囲い込まれ甘やかされる生活など、はっきり言ってまっぴらごめんだ。そりゃあ、パヴェルには私を保護し育ててくれた恩がある。あと作ってくれるご飯がいちいち美味い。
しかし、彼が思い描く私の幸せと、私自身が求める幸せの間には決定的な乖離があるのだ、と前々から思っていた。彼の言う通りにしていたら私はきっと駄目になるかもしれない、という危機感すらあった。
だから私は冒険者になると決意した。
冒険者はあらゆる行為が自己責任となる。魔物討伐の依頼を受け、うっかり死んでも自己責任。魔物の素に連れ去られ、ここで述べる事が憚られるような無残な姿にされてもそれもまた自己責任。利益を得るための行動という自由には、常に自己責任という対価が付きまとう―――それを清算するには自分で何とかするしかない。ここでは過保護な父親も守ってくれないのだ。
それに冒険者であれば、自分の力を思う存分発揮できる―――このセシールの力を全力で表現できる。
私にとっては戦いこそが追い求める全てであり、一種のアイデンティティと言ってもいい。
この身体が、この血が、そして私という人間を構築する細胞の全てが戦いを望んでしまうのだ。そんな有様なのだから、何の刺激もない平和な毎日に馴染めるはずもない。気がつけば手に薙刀を握り、家の裏庭でパヴェルのいない時間を見計らって素振りに精を出したり、トレーニングで身体を鍛えたりもした。
彼を説得して何とか冒険者になってからというもの、ついに私もAランク冒険者にまで昇格した。
なかなかに長い旅路だったが、ここからが地獄の一丁目。多くの冒険者が夢と一攫千金を追い求め、そしてその夢を打ち砕かれ挫折していったランク帯である。
そう聞くと、むしろ血が騒ぐ。
我こそは、という気概もある。
それにここで仕事を成功させれば、報酬金額もこれまで以上となるだろう―――大きな収入があれば、妹のシズルに何か立派な服でも買ってあげられるだろうし、パヴェルにも楽をさせてやる事が出来る筈だ。
というわけでリュハンシクの冒険者管理局にやってきたのだが……。
「……うーむ」
掲示板に貼られている依頼の件数が随分と少ない。
他の地域であれば掲示板一杯に依頼書が貼り付けられていて、自分のランクで受注できる依頼であれば好きに受けられるというのだが、しかしリュハンシクの管理局にはたった14件くらいしか依頼が貼られておらず、掲示板は随分と閑散としている。
それもまあ、無理のない事だ。
リュハンシクは―――というよりもイライナの治安が良すぎるのである。
治安が悪い地域というのは、裏を返せばそれだけ問題を抱えた地域という事だ。魔物の襲撃が常にあったりとか、ちょっと郊外に出るだけで盗賊に襲われたりとか、そんな具合である。
冒険者が稼げるのは、そういう危険な地域での話だ。
しかしイライナはどうか。
ミカの奴が領主に就任してからというもの、盗賊は全滅して今は全員牢の中(そのうち何人かは人権剥奪で奴隷になったらしい)だし、魔物を討伐しようにもリュハンシクの守りを戦闘人形に任せた結果余裕のできた人員が訓練も兼ねて魔物を狩りまくったせいでこの辺には魔物のコロニーはゼロ。ダンジョンも全て調査済みだし、恒久汚染地域に至ってはミカが全部除染してしまったのでイライナ全土がほぼ安全地帯となってしまっている。
彼女は領主として高い評価を受けているし、民衆からの支持も篤い。しかし魔物討伐などで生計を立てている冒険者たちからすれば仕事を奪っていった張本人に他ならず、そういう意味ではミカは冒険者たちに嫌われているのだそうだ……。
まあ、本人は「リュハンシクが平和になった証拠だ」と逆に誇っているのでまったく気にしていないようだが。
……こんな環境でAランクまで上り詰めたのだから、私の苦労も予想がつくよな?
「……これにしようか」
薬草採取だのキノコ採取はさすがになぁ、と思う。せっかくAランクまで這い上がってきたのだから討伐系の仕事がやりたいな、と思った私の目に留まったのは、掲示板の端にぽつんと貼られていた依頼書だった。
【軍団蜂】の討伐
―――軍団蜂。
ざっくり言うと超巨大スズメバチである。
剣みたいなサイズの毒針を尻にぶら下げた、人間の成人サイズのオオスズメバチがブンブン言いながら問答無用で襲い掛かってくる昆虫型の魔物、とでもいえば伝わるだろうか。というか伝われ(圧)。
オオスズメバチか……そういやパヴェルも昔、家の軒下にできたでっかい蜂の巣を撤去してたな。火 炎 放 射 器 で 。
あれ楽しそうだった。「私もにやらせて!」とお願いしたら「危ないからダメ!」だって。
というか、よく家を燃やさなかったものだ。あれか、服だけを溶かすスライム的なノリで蜂だけを焼く火炎放射器みたいなアイテムだったりしたのだろうか、あの火炎放射器は。
依頼書を剥がして詳細を確認。ランクはBランクなので私のものより1ランク下の階級となってしまうが……報酬は30万ヴリヴニャ、悪くない額だと思う。
依頼書によると、依頼主はリュハンシク郊外の養蜂家。なんでも、つい先週軍団蜂の群れが養蜂場を襲って来たらしく、そのせいで命より大切なミツバチたちは全滅。巣箱ごとハチミツも全て持ち去られてしまい大損害を被ってしまった、との事だ。
連中が森に居座っている限りハチミツの生産は出来ないし他の養蜂場にも危害が及ぶし、何より可愛いミツバチたちの仇を討ってほしい、というのが依頼主からの要件だった。
規定討伐数は15匹……まあ、肩慣らしくらいにはなるだろう。
剥がした依頼書をカウンターまで持って行き、冒険者バッジを提示して依頼を受注。手続きを終えてから、私はその足ですぐ出発……はせずに、まず最初に管理局内の売店へと向かった。
「いらっしゃい」
退屈そうな店主が、競馬に関する記事が掲載された新聞を広げて私を迎え入れる。
依頼が少なければ管理局を訪れる冒険者も疎らで、そうなれば必然的に売店も暇なのだろう。商品棚に陳列された各種アイテムや非常食、武器の類はあまり売れているとは言い難い。
どれ、少し売り上げに貢献してやるか。
商品棚からエリクサーを7つ、それから軍団蜂に万が一刺されてしまった時の事を考慮して解毒剤も5つ、棚に並んでいた分を全て手に取って買い物かごへ。
それから食料も少し買い込んでおこう……あ、このパン美味しそう。ハチミツ入りパンだって。イライナは小麦粉の名産地なのでこういうパンとか美味しいのだ。ふわふわもっちりで焼くと外はカリッと、中はバターの香る芳醇な……じゅる。
カロリー? たわけ、冒険者たるもの身体を動かすのが仕事なのだ。つまり必然的にカロリー消費は多くなってしまうから、それに追い付けるだけのカロリー補給が必須になる。だからカロリーは高い方がいい、高い方がいいのだ。激しく動いてカロリー消費してりゃあ肝臓病になどなるわけがない。
不覚にも買い物かごいっぱいにパンやらお菓子やらを買い込んでしまい、そのままカウンターで会計。まさか売店で2万ヴリヴニャも使ってしまうとは、このセシール一生の不覚……くっ。
「ま、まいど……」
競馬の実況をラジオで聞いていた店主が、びっくりした様子で見送ってくれた。
とりあえず持ってきたバックパックにパンやらお菓子、それから夢と希望を詰め込んで、いざ軍団蜂討伐。ミツバチたちの無念はこのセシールが晴らしてみせる。ふんす!
セシールは世間知らずだ。
元々の人格、セシリアがそうだったのかもしれないが、それにしたってセシールも世の中を知らない。一般常識に疎く、悪い大人に騙されてしまいそうというパヴェルの心配はよく分かるが、しかし『可愛い子には旅をさせよ』という言葉が告げている通り、可愛いと思うならばとにかく色々経験させて学ばせる事も大切なのではないか、と同じ父親として思う。
世間知らずなのはいい。しかし今に至るまで、実に7年間も世間知らずなままというのははっきり言ってパヴェルにも責任がある。蝶よ花よと大事にし過ぎた結果だ。
そういうわけだから、彼女が1人で(やったな男と仕事に行くという予想が外れたぞパヴェル)軍団蜂討伐に出かけた時は色々心配で肝を冷やしたものであるが……。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
どかーん、と振り上げた薙刀の一撃で、成人男性サイズの巨大スズメバチが一丁両断にされていく。
その勢いを殺さずに一回転。左手で持った9mm機関拳銃(※自衛隊が運用してるSMG。連射速度がアホみたいに速い)で9×19mmパラベラム弾をばら撒き後続の軍団蜂を牽制、撃ち尽くしたと知るや特注のホルスターにぶち込んで両手で薙刀を保持、回転の勢いを乗せて左下から右斜め上へと豪快に斬り上げるセシール。
衝撃波どころか断熱圧縮熱まで生じさせた一撃必殺の斬撃が、まとめて軍団蜂の一団を薙ぎ払ってしまう。
「……え、ええと」
「……杞憂でしたわね」
「つっよ……」
セシールがピンチになったらすぐに加勢できるように、とモシンナガンM1944を構えて茂みで待機していたのだが、ぶっちゃけ俺たちに出来る事は何もなかった。
あ の 人 強 す ぎ ま せ ん ?
軍団蜂が相手だろうと基本ワンパン、距離が離れれば銃で、距離が近くなれば薙刀でバッサリという適応力の高さもそうだが、何より身体能力が恐ろしい。
あの薙刀の朱い輝きは間違いなく、断熱圧縮熱によるものだろう……範三も、そして旅順要塞で戦ったリキヤ・ペンドルトンとかいう男もそうだったが、この世界の剣士は結構カジュアルに熱の壁を越えていくようだ。
「あー、面白くないわねぇ」
銃剣を展開したモシンナガンM1944を構えていたモニカが、つまらなさそうに言った。
「面白い、面白くないじゃないだろ。何事もなく済んだ事を喜ぶべきだ」
「それはそうなんだけどさぁ……なんかこう、男と一緒に仕事してるところとか見たかったなって」
頬を子供のように膨らませ、不服そうに真っ白な尻尾を振るモニカ。
「セシールってどんな男がタイプなのかしらね」
「筋骨隆々でストイックで強い男じゃね?」
「なんだ、ウチの夫みたいなものね……筋骨隆々という点以外は」
「 こ ろ す 」
失礼な……ミカエル君の場合はミニマムサイズなだけで、筋肉はしっかりついてます。脱ぐと腹筋バキバキなんですけど見ます? ミカエル君のシックスパック見ます? 見せつけてやろうかジャコウネコマッスルを。
おんおん? と筋肉をピクつかせる俺と、「おーマッソゥー」とおちゃらけた様子で言うモニカ。そんな俺たちを他所に、しかし着剣したモシンナガンM1891/30を構えるクラリスだけは険しい表情を崩さない。
何かに気付いたのか、と思い彼女に声をかけようとしたその時だった。
唐突に、セシールの足元の地面が崩れた。
地底で爆薬でも起爆したような振動と共に盛り上がる地面。そこから姿を現したのは2つに割れた顎と黒とオレンジの縞模様、そして尾から伸びる鋭い毒針が特徴的な巨大オオスズメバチ―――軍団蜂。
さすがにセシールも地中からの奇襲には気付けなかったらしく、慌てた様子で薙刀に手をかけるが―――毒液滴る剣のような針が彼女の身体を捉えようとしていた。
拙い、とクラリスがモシンナガンの引き金に手をかけたその時だった。
「―――きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
唐突に響き渡る猿叫。
ギャオゥ、と空気を引き裂く音と共に振るわれた大太刀の一撃が、セシールを刺し貫かんとしていた軍団蜂を無慈悲にも両断し焼き尽くしてしまう。
朱色に染まった大太刀を手に、舞い降りたのは1人の侍だった。
イライナでは特に目立つ朱色の袴に身を包み、ふわふわもっふもふの体毛に覆われた第一世代型の秋田犬の獣人。
「は―――範三!」
目を輝かせるセシールの目の前に現れたのは、他でもない範三だった。
参勤交代用新幹線(倭国)
倭国の大名専用列車。1920年に開通した新幹線の路線を利用し、臨時のダイヤを組み運行する。大名専用列車らしくきらびやかな装飾と家紋が目を引くデザインで、東北では南部藩と伊達藩の金ピカE5系が有名。各藩から江戸駅までをノンストップで通過するため、ホームにいる他の乗客は脱帽のうえ頭を下げることが義務化されており、違反するとホームを巡回しているお目付け役に処罰されてしまうため注意が必要である(※不敬罪は最悪打ち首もあり得るので注意!)。
史実の日本とは異なる歴史を歩んだ倭国においては2025年現在も江戸幕府は存続しており、参勤交代という制度もまた続いている。大名行列で江戸へ向かうのが廃れたのは1890年頃とされており、以降は専用列車を用いるようになった。そこから更なる日程短縮を求める諸大名の期待に応えるかのように、イライナからの技術供与で実現した新幹線を利用した参勤交代が普及したという。
なお、島津家は黒塗りに金の帯が入った800系新幹線を専用列車としており、九州新幹線が山陽新幹線と東海道新幹線を経由し江戸(東京)駅に乗り入れるというなかなか熱い光景が見られる。
駅でのアナウンス
《間もなく、1番線を臨時の参勤交代用新幹線が通過します。危険ですので白線の内側までお下がりください。また、電車通過の際は脱帽のうえ、頭を下げるようお願い致します》
《2番線の列車は、臨時の参勤交代用列車です。一般のお客様はお乗りになれませんのでご注意ください》




