久しぶりにラーメンが食べたいミカエル君
ウリエル「爸爸,我也想要一個書包!(父上、私もランドセルが欲しいです!)」
ミカエル「對啊,那週六我們就去買吧(そうだね、それじゃあ今週の土曜日にでも買いに行こうか)」
ウリエル「耶穌!哥哥,爸爸要幫我買書包!(やったー! 兄上、父上が私にランドセル買ってくれるって!)」
ラファエル「うん何て?」
リーファ「いやぁ、ワタシとお母さん、ジョンファ語で話すからうーちゃんジョンファ語慣れちゃっテ……」
ミカエル「家庭内で二ヶ国語使ってます」
パヴェル「カオスな家庭で草」
夕飯もオークの肝を食わされそうだったので、今夜ちょっと友達と飲み会が……と適当な嘘をついて、俺は城からバイクを走らせていた。
愛車の『KMZ K750M』。ソ連製のバイクをベースにしたウクライナのバイクだが、その源流を辿っていくとドイツ製のバイクに行き着く。歴史的に両国がどういう関係だったのかを考えれば、このバイクがどういう経緯でソ連のものとして発展し、ウクライナ製として枝分かれしていったのかが分かるというものだ。
オリーブドラブで塗装した、大きな丸型ライトが特徴的な軍用バイクっぽいデザインのそれをかっ飛ばし、城から市街地へと向かう。
独立戦争の舞台となったリュハンシク州だが、市街地は傷一つ負う事はなかった。侵攻してきたノヴォシア軍はほぼ全てが国境付近で足止めされたためだ。だから市街地を見ただけでは、ここが独立戦争の激戦の舞台となった州だなど信じられないだろう。
暗くなった街には灯りが燈り、車のエンジン音やクラクションに加えて客引きの声が大通りの喧騒にアクセントを加えていた。
仕事帰りの労働者に冒険者たち。肩を組み、空っぽになったウォッカの酒瓶を片手に千鳥足で酒場や娼館へと入っていく彼らの姿を見守りながら、信号機が青に変わるのを待ってバイクで交差点を突っ切っていく。
よもやこんな時間に、領主が1人でバイクをかっ飛ばしているだなどと誰も思うまい……と思ったんだが、隣を並走しているトラックの運転手には秒でバレたらしく、開いた助手席の窓の向こうから『Привіт, пане! Ти збираєшся кудись у цей час?(やあ領主様! こんな時間にお出かけかい?)』と陽気な声が飛んできて、とりあえず笑みを浮かべながら投げキッスで応答しておく。
今のところ、リュハンシクは平和だ。
魔物の襲撃もなくなったし、治安もいい。
どんな身分だろうと、皆自由を謳歌している。
だからほら、隣の車線を走る車の車列に混じってその、どういうわけかヒグマに跨ったおっさんもいる。なあにあれは。
いやまあ、一応イライナの法律ではヒグマは『跨って乗る場合に限り車両として扱う』という交通法の規定がありまして……うん、車両扱いなの。ヒグマ。
だからつい、追い越す時に『Ого, гарний ведмідь!(わあ、素敵な熊さんですね!)』なんて言ってしまった。だって毛並みフサフサだし優しい目をしてるし、乗ってるおっさんも恰幅の良い優しそうなおっさんだったもんだからつい。
時折ね、見かけるの。ああやって自家用熊に跨ったおっさん。
……なんで熊に跨ってる人に限っておっさんなんだろうね?
そんな疑問を抱いているうちに、目的地が見えてくる。
パヴェルが片手間で建てた一軒家……のあった場所なのだが、いつの間にか増築されて二階建てに魔改造されており、軒先には『ラーメン専門店”カーネル”』という文字が。
隣にある駐車場の空いてるところにバイクを止め、鍵をかけ、それから気安く盗難出来ないようサドルに画鋲を仕込んでから、暖簾をくぐって店の中へと足を踏み入れた。
店内は随分と繁盛していた。テーブル席からカウンター席に至るまで、仕事帰りの労働者や冒険者で埋まっている。向こうの席では酔いが回ったのか、呂律の回らない声で何か変な歌を歌う冒険者の声も聴こえてくるのだがこれでいいのか店主。
とりあえず、並ばずに店に入れたのは奇跡と言っていいだろう。
「はいいらっしゃーい! 1名様ですねぇー!?」
可愛らしい声だった。
ヒグマのイラストがプリントされたTシャツにバンダナ姿の黒髪の女の子が、ニコニコしながら出迎えてくれる。そのまま彼女に導かれてカウンター席に腰を下ろし、メニュー表を眺めつつ彼女の方にも視線を向けた。
彼女はシズル―――7年前のテンプル騎士団との一件で、パヴェルが養子として保護したセシリアのホムンクルス兵の1人である。
今ではすっかり大きくなって、昼間は学校に通い、夜は厨房に詰めてるパヴェルの手伝いをしているというわけだ。当然俺の事も知ってるし、何度も顔を合わせているのだが、さすがに客が多くて忙しいからなのだろう。あっミカエルさん、などと話している暇もない。
独立戦争後、パヴェルは何を思ったか店を開いた。
旅をしている頃などは、みんな冗談半分で『店開いたら絶対繁盛するよ』なんて言ってたものだが、よもやそれが5年後に実現するなど誰が思っただろうか。
「すいませーん」
「はーい!」
ぱたぱたと忙しそうに、シズルがこっちに走ってやってきた。
「ご注文ですね!?」
「酸辣湯麵の大盛りと水餃子の5個のやつ、それとミニチャーハンで」
「かしこまりました~! お父さーん、酸辣湯麺の大盛りと水餃子5個、それからミニチャーハン!」
「はいよー! あ、シズルこれ、チャーシュー麺大盛りを5番テーブルに」
「はーい!」
厨房の向こうではヒグマみたいにでっかい背中の店主……というかパヴェルが、でっかい寸胴鍋から掬い上げたスープを丼に注いだり麺を湯切りしたりと、随分手慣れた手つきでラーメンを調理しているところだった。
旅をしている時も厨房で調理してる彼の姿を見た時があるけれど、兎にも角にも手際が良い。食材を炒めながら別の料理の調理まで並行して行うのだが、マルチタスクが苦手なミカエル君からすればもう神業の域と言っていいだろう。俺がやったら絶対何か漏れが生じるに違いない。
中華鍋を豪快に振るってチャーハンを作りつつ、タイマーが鳴ったのを確認して鍋の中の麺を湯切り。さっきまでの豪快な動作からは想像もつかないほど、それこそレディーを扱うように優しく麺を丼の中に入れていくパヴェル。メリハリのある調理は見ていて楽しいものである。
しばらくすると注文していた酸辣湯麺と水餃子、それからミニチャーハン……ではなく山盛りのチャーハンが運ばれてきた。
うん? なにゆえガチ盛りチャーハン?
「へいおまち!」
「あれ、俺頼んだのミニチャーハン……」
注文ミスってないか、とカウンター越しに丼を渡してきたパヴェルに言うと、彼は汗の浮かんだ顔でこっちにウインクしてきた。サービス、という事なのだろうか。
まあ、ありがたい事だ。相手からの厚意は遠慮なく受け取らなければ。
いただきまーす、とつい前世の癖で手を合わせ、大盛り……というかドカ盛りの酸辣湯麺を冷ましながら盛大に啜った。
「げぷっ」
「なるほどねぇ……ラフィーに適性は無かったか」
閉店時間を迎え、客のいなくなった店内。
大食いキャラ専用かと思ってしまうほどのガチ盛りラーメンセットを平らげお腹が苦しいミカエル君の隣で、パヴェルはトントン、と葉巻の灰を灰皿へと落としてショットグラスを一気に呷っ……待て、何でラーメン屋にそんなバーで使うようなショットグラス置いてるの???
そして躊躇せずにウォッカを注ぐパヴェル。それをまーた一気に呷ると、それだけでは物足りなくなったのかついにはボトルでそのまま一気飲み。まるでマラソンを終えたランナーが水を一気飲みするノリでウォッカをボトルで一気にいきやがったコイツ。
なんだろう、パヴェルの肝臓の断末魔が聴こえた気がした。お前そろそろマジで健康診断行ってこい。健康指導受けてこいマジで。今年で37歳だろお前、もう身体に何かしら症状が現れる年代だから。
「でもまあ、魔術の適正が全てじゃねえって他ならぬ父親が証明してるからなぁ」
「ああ。だからラフィーには錬金術を教えるつもりでいる……というか、もう基礎は教えてる」
「そりゃあいい」
適性を測った翌日、早くもラフィーが学校から帰ってくるなり俺の執務室を訪れてきた。ノートと鉛筆を持って、『父上、僕に錬金術を教えてください!』だとさ。
息子の情熱を無下にするわけにもいかず、その火から1日1時間だけ時間を作り、そこで息子と1対1の勉強会がスタートした。ラフィーは物覚えが良い方で、基礎理論や元素記号に化学式をするすると覚えていくものだからちょっと驚いたが、そろそろ最初の関門が待ち構えている。
ホーエンハイムの物質構築第2法則……錬金術を学んだ者として言わせてもらうとアレがかなりの難関で、最初に独学でやってた時はあそこで思わず教本を思い切りぶん投げたし、2度目のトライではやはり理解できずあえなく台パンしたのはいい思い出だ。
錬金術は学問だ。だからいくら魔力があっても、術の発動に必要な知識が無いと何の意味もない。
「……ところでパヴェル」
「んぁ」
「お前、俺の事太らせて食うつもりじゃないよね?」
「……中華じゃあハクビシンは高級食材らしくてな」
「ぴえー!!!」
「ウソウソ、冗談だから…………たぶん」
「たぶん!?」
「いやほら、どうせお前の事だから毎晩嫁さんに搾られてオークの肝ばっかり食ってるんじゃないかなと思ってな」
大正解です、当たってます。
そうです。ミカエル君は毎日毎朝毎晩オークの肝ばかり食べているのです。あのローストビーフの塊みたいな肉にソースとか香草が乗ってるのを見るだけで食欲が失せるの真面目に重症だと思う。
いやもうホント、パヴェルの手料理を食べたのが久しぶり過ぎて……身体中の全細胞が喜んでるレベルだ。
「ところでそっちはどう? やっぱ忙しい?」
「まあ、な」
だろうな、とは思う。
連日ラジオでも紹介されているのだ……『リュハンシクにある”カーネル”という店のラーメンというジョンファ料理が美味い』と。聞いた話ではこれを食べるためにキリウや、リュハンシクとは正反対の方向にあるヴィリウから足を運ぶ客も多いという。
それを娘たちに手伝ってもらいながら、時にはワンオペで捌くのだから本当に大変なのだろう。たまにはゆっくり休んでほしいもんだ。
「そういやセシールの姿が見えないけど」
「ん、アイツはな……」
「ただいまー!」
ガラッ、と店の入り口を開けて入ってきたのは噂をすれば何とやら、セシールだった。仕事帰りなのだろう、自衛隊で採用されている迷彩服3型の上にチェストリグ、背中には20式小銃と……それから薙刀を背負っている。
「おう、お帰り。ご飯食べてきたか?」
「うむ、帰りに済ませてきたから私の分はいらないぞ!」
「おー。そんじゃあシャワー浴びて早いとこ寝な。夜更かしは美容に悪影響だぞ」
「ん。あ、ミカ。来てたのか」
「やあ、久しぶり。元気だった?」
片手を上げて挨拶すると、セシールはものすごくいい笑顔で「うむ、私は毎日元気だぞ!」と答えてくれた。まるで元気の塊のような子だが、彼女が本当に7年前までテンプル騎士団の首領として振舞っていたラスボスっぽいポジションだったとは思えない。
「お、セシールもしかして今Aランク?」
「ふっふっふ、気付いたか。実は一昨日昇級試験に合格してな、私も晴れてAランク冒険者になったのだ!」
「おめでとう。何かお祝いしなきゃな」
何かプレゼントでも用意しようか、と思っていると、パヴェルはなんだか複雑そうな表情を浮かべながら本日7本目(オイオイ吸い過ぎだろ)の葉巻にトレンチライターで火をつけた。
でもまあ、気持ちは分かる。パヴェルも当初はセシールが冒険者になるのには大反対してたからな……あの時はもう、すごかった。最終的に俺や範三が『本人の意思を尊重しないと』と重ねて説得してようやく折れた。
でもまあ、やりたい事をやって幸せそうな愛娘の姿に、パヴェルもまんざらでもなさそうだ。
「それじゃあ私はシャワーを浴びてくる!」
「おーう」
たったったっ、と階段を駆け上がっていくセシール。彼女の豪快な足音が二階へと消えていくのを待って、俺はそっとパヴェルに耳打ちした。
「なあ」
「気付いたか」
「ああ」
―――セシールって香水つけてたっけ?
いや、そんな事は無い筈だ。ファッションに疎く、世間知らずで、異性を意識する事もなかったセシール。そんな彼女が明らかにモデルとか貴族が好んで使用する香水を使うなんて考えられるだろうか?
「……最近男ができたんじゃないかなって俺は見てる」
「……いいんじゃないの?」
「 俺 の 娘 は 渡 さ ん ぞ 」
うわぁお前そういうタイプかよ……。
こりゃあセシールと結婚しようとしてる男も大変だ。何せ親父がヒグマみたいなガタイで元特殊部隊の指揮官、現役のSランク冒険者と来たのだから当然であろう。まずは親父さんに気に入られるところから始めないとセシールとの結婚は夢のまた夢で終わってしまう。
ふんす、と1人で戦意を高揚させるパヴェルにドン引きしつつ、日付が変わる辺りまで雑談に花を咲かせた。
―――そんな彼から依頼が入ったのは、その3日後の事だった。
大和型戦艦(ミリオタ庶子世界)
※諸元等は史実と同一なので割愛
同型艦
・大和(1番艦、1922年就役)
・武蔵(2番艦、1922年就役)
・信濃(3番艦、1923年就役)
・紀伊(4番艦、1923年就役)
1918年より計画・建造が始まり1922年に就役した、倭国が誇る世界最強の戦艦。虎の子の46㎝3連装砲を3基9門という絶大な火力と分厚い装甲はまさしく世界最大級のものであり、今まで列強国に搾取されるばかりであった極東の国家からこのような大戦艦が誕生した事は、世界各国に大きな衝撃を与えた。
史実よりも建造や就役が前倒しされているが、これは樺太どころかガグラツカ半島まで北進し豊富な資源を手中に収めた事に加え、新たに同盟関係を結んだイライナからの技術供与や追加の資源提供があった事によるもの。
主に対ノヴォシアを睨んだものであるが、第二にはいずれ太平洋の海で利権を巡り激突するかもしれぬアメリア合衆国を睨んだものであるとされている。
また、大和型戦艦建造のノウハウは大東亜共栄圏加盟国にも提供されており、コーリア帝国では大和型を参考に船体のスリム化や武装の削減などで低コスト化を果たした『ソウル級戦艦』、ジョンファでは逆に大火力の51㎝砲を搭載した『北京型重戦艦』へと派生していった。
なお、倭国では大和型の拡大・発展型や、排水量が50万トンにも達する”超巨大戦艦”の建造計画もスタートしているとされており、北方ガグラツカ半島やイライナから大量の資源が運び込まれているというが、真相は闇の中である。




