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宣戦布告


 ピンッ、とタンプルソーダの蓋が弾け、ひしゃげた王冠が宙を舞う。


 栓抜き要らずだよなぁ、と思いながら、蒼い外殻に覆われた状態のクラリスの指を見つめる。


 竜人として生まれた彼女の能力なのだそうだ。身体の表面にドラゴンの堅牢な外殻を自由自在に生成し身に纏い、攻撃から身を守る事ができるのだという。どの程度の防御力かは検証したことがない(というか危ないからできない)ので推測でしかないが、マスケットの一斉射撃を難なく防いでいたところを見ると、少なくともフルサイズのライフル弾の直撃からは完全に身を守る事ができる、と見て良いだろう。


 その堅牢な外殻でタンプルソーダの王冠を外し、「はい、ご主人様」と笑みを浮かべながらストロベリー味のタンプルソーダを差し出すクラリス。ありがとう、と彼女に礼を言って瓶を受け取り、口へと運びながら視線を銀行の方へと向ける。


 ザリンツィク中央銀行―――貴族御用達の銀行というだけあって、随分とまあ煌びやかで派手な建物だった。白いレンガに控えめな装飾、というイライナ地方伝統の建築様式をガン無視したそれは、一見すると超高級ホテルか貴族の屋敷にも見えてしまう。中に入って行く人々の服装もスーツやドレス、あるいは派手な装飾が施された民族衣装ばかりであり、薄汚い私服姿で中に入って行く人は見受けられない。


 ああいう場所には大概ドレスコードが設けられているものだ。それが守れない相手は客とは見做されない。スーツ姿の警備員たちに摘まみ出されても文句は言えまい。


 ストロベリー味の炭酸飲料を飲み干し、とりあえず銀行の周りを歩いて一周。ぐるりと見てみたが、おそらく憲兵隊への通報システムの配線はアレだろう。裏にある配電盤から伸びる赤い線。


 やるか、と目配せし、もう一度銀行の裏手へ。


「見張りはクラリスが」


「頼む」


 幸い、配電盤は銀行の裏手にある路地の中にある。表はあんなに煌びやかで、いかにも貴族以外はお断り、というような雰囲気を醸し出しているくせに、その裏側はこれだ。まともに掃除もされていない薄汚れた路地。乱雑に置かれた木箱に雑物、錆だらけのスクラップにゴミの山。表面だけ立派に見せかけても結局はこれなのだ。


 手袋をはめ、配電盤の取っ手に手をかける。が、案の定その感触は堅い。鍵はしっかりかけてあるようだ……警備担当者がウォッカの飲み過ぎで酔っぱらい、うっかり鍵をかけ忘れている方に100ライブル賭けていたのだが。


 じゃあいいや……とはならない。こちとら駆け出しの強盗、鍵がかかっているならばこじ開けるまでだ。


 ポケットから細い針金を取り出し、軽く曲げてから鍵穴へと差し込んだ。


 いやあ、懐かしい。キリウの屋敷に居た頃を思い出す。部屋からこっそり抜け出して窓から戻ってくるのが当たり前だったんだが、稀にその窓まで施錠されている事があったので、そういう時はピッキングで強引に開けたりしてたのよね。


 それに味をしめたミカエル君、他の場所でもピッキングを繰り返して腕を磨いた。もちろん不法侵入はしてない……とは言い切れない。でもやったのはそれだけで、モノを盗んだりとかはキリウに居た時点ではやってない。屋敷から秘宝と金品を盗んでいったのが最初だ。


 というわけで、解錠のノウハウは十分にある。専門家プロほどじゃあないが、素人よりはマシという自負はある。


 ガチャ、と良い音が聞こえてきた。この鍵もやっと素直になり、中身を曝け出す気になってくれたらしい。いいぞいいぞ。


 配電盤を開けると、中からは絶縁材の臭いが溢れ出た。


 ブレーカーに配線の山。どれがどれだかわからなくなるが、落ち着いて例の赤い線を配電盤の外から辿る。ああ、これだ。配電盤の中に個別にスイッチがある。


 ポケットからニッパーを取り出し、配線を切断……する前に主電源を一旦落とす。あくまでも通信機器関連の配電盤らしいので、銀行の中が停電になるようなことはないだろう。警備員が慌ててすっ飛んでくるほど重要な配電盤ではない、という事だ。


 最初に主電源を落とさなきゃ感電しちゃうからね……安全第一。


「ヨシ」


 電源OFFを確認し、改めてニッパーを握り赤い線を切断。断面にテープを巻き付けてから電源をONにし、配電盤の扉を閉じた。


 これでいい、細工は済んだ。これで銀行を襲った際に銀行員が通報のスイッチを押しても、その通報は憲兵には届かない。


 さてさて、後はモニカ先輩に期待するか……。













「それじゃ、ここと向こうのフロアの掃除をお願いするよ」


「分かりました」


 でっぷりと太った銀行員に返事をし、清掃員の制服に身を包んだあたしはモップを手に取った。それをバケツの中に入っているお湯の中に浸し、床を拭き始める。


 銀行の中はとにかく豪華だった。床は磨き抜かれた大理石で、ロビーの天井にはこれでもかというほど大きなサイズのシャンデリアがぶら下がっている。受付の近くにあるあの柱時計、ウチの屋敷にも似たようなのがあったけれど、売ったらいくらになるかしら……グヘヘ。


 ああ、もう駄目。周囲のものが全てお金に見えて仕方がない。その辺を歩いている貴族の老夫婦だって、札束が服を着て歩いているようにしか見えない。


 異常だって? でもそうでしょう? 貴族ってのはなんでもかんでもお金をかけるものなのよ。屋敷だけじゃなくて身に着ける服や靴下、靴、帽子、アクセサリーに至るまで。だから実際そうなの、札束が服を着て歩いてるようなものなのよ。


 おっといけないいけない、仕事しないと。


 床の汚れを拭きながら人目につかない場所へ移動、ポケットから端末を取り出して銀行の中をとにかく撮影する。


 ちゃんと撮れてるかな……ああ、いいわね。あたし写真家に向いてるんじゃない?


 撮影するのは内部構造と金庫の位置、警備員の数とロビー。さすがに内部の状況に関する情報が何もない状態で踏み込むのは自殺行為でしかない。こういう下調べを怠って、少しでも自分たちに良い状況でありますように……ってお祈りしながら実行するのは、いくら何でもナンセンスが過ぎる。


 そんな感じで床掃除をしながら撮影、警備員が近付いてきたら仕事をしてるふり……というのを繰り返す事3時間。とりあえず指定されたエリアの掃除が終わり、警備員にその事を報告した。


「おー、だいぶ綺麗になったじゃん。じゃあこれ、はい。報酬ね」


「いやー、ありがとうございますゥ」


 ウキウキしながら封筒を受け取り、中身をチェック。中身は3000ライブル……もうちょいくれても良いんじゃない? って思ったけど、まあいいや。どうせこの後でもっと大金が手に入るんだから。我慢我慢、我慢よあたし。


 それにしても、掃除にお湯を使わせてくれる辺りまだこの銀行は情けあるわね。実家じゃあメイドにお湯を使わせるような事はなく、冬場だろうと何だろうと水を使わせていた。だから彼女たちの手はいつも霜焼けで真っ赤。見てるだけでも辛かったのを今でも思い出す。


 掃除用具をロッカーに片付け、清掃員の制服姿で裏口から外に出た。


 はー、疲れた。


 日雇いの清掃員とはいえ、報酬が3000ライブルかぁ……リスクを冒してダンジョンに挑んだりする冒険者がどれだけ高給取りか痛感するわね、本当に。


 なーんて事を考えながら路地に出ると、路地の出口のところで見慣れたバンが停まってた。オリーブドラブの車体に丸っこいライト。ウチのブハンカだ。


 運転席に座ってるクラリスに手を振り、ブハンカに乗り込んだ。シートベルトを締めると、助手席に座ってたミカエルがピャンセを咥えながら、抱えていた袋から美味しそうなピャンセを一つ取り出す。


「はへふ?(食べる?)」


「あら、気が利くのね」


「ご主人様はこういう気配りも出来るお方ですから」


 えっへん、と何故か胸を張るクラリス。なによあの大きい胸、ちょっと動くだけで揺れるあの胸を見る度に自分との差を嫌でも意識させられる……特に胸周り。


 肉の旨味が利いたピャンセを齧りながら、片手で端末を操作。撮影した写真をパヴェルの管理してるサーバーにアップロードしてから、画像フォルダを閉じてゲームアプリを開く。


「今回は儲かりそうですわね」


 信号待ちをしながらクラリスが言う。確かに今回はそうでしょうね。なにしろ銀行を襲って貴族の資産を強奪、更にその後屋敷にまで踏み込んでそこでも盗みを働くのだから、両方を合わせれば間違いなくかなりの額になる。


 何に使おうかなぁ……美容品とか、可愛い服とか?


「そういえばさ、みんなはお金何に使うの?」


 パヴェルが自作した”スペツナズVSエイリアン”とかいうゲームを起動しながら何気なく尋ねた。横にした端末の画面の中では、AKを抱えた二頭身の兵士が、イカみたいな宇宙人と銃撃戦を繰り広げている。


 ガガガ、とかビビビ、っていう安っぽいサウンドと共に放たれた銃弾がエイリアンを直撃、画面右上にあるスコアがどんどん増えていく。


「クラリスはお洋服とか化粧品とか……でしょうか。言われてみればそれ以外に使い道があまりありませんわね」


「あら、あたしと同じじゃないの」


「あっ、そういえばモニカさんが前におススメしてくださった香水、とても良い香りですわ」


「やっぱり気に入ったんだ? 道理であたしと同じ匂いがすると思ったら」


「この香水モニカが教えたやつだったのか」


「そうよ? あ、そういえばクラリスってそのメイド服以外に私服持ってないわよね? 今度服買いに行かない? あたしコーディネートしてあげる♪」


「こーでぃ……ねいと?」


 そこからかい。


「あのねえミカ? アンタもクラリスのご主人様なんだったら、もう少し彼女のファッションとかにも気を使うべきだと思うんだけど?」


「……実はミカエル君、ファッションセンスゼロなの」


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……マジか。


 クラリスはいつもメイド服、ミカもミカで無難な服装が多いなあって思ってたらそういう事か。そういう事だったのか。


 なんで攻めないのよ、2人とも可愛いんだからもうちょっとこう、ファッションのレパートリーをもうちょっとこう……!


 と、内心で思っていたその時だった。『デェェェェェェェェン!!』という豪快な着信音に、クラリスを覗くネコ科&ジャコウネコ科のあたしとミカがびくりと震える。


 一応これ、音量設定最小にしてる筈なんだけど……なにこれ。


 クラリスは運転中、ミカもピャンセをちっちゃなお口でもぐもぐ中、というわけで仕方なくあたしが出る事に。


 画面をタップして「もしもし?」と言うと、パヴェルの低い声が聞こえてきた。


『画像を見た、上出来だ。後はお前らで作戦を立てて決行しろ。こっちはいつでもバックアップできる』


「あら、ゴーサインはアンタが出すんじゃあないのね」


『舐めんなよモニカ、こちとらプロだ。そっちに合わせるくらい造作もないさ』


「あらそう、分かったわ。ところでシスター・イルゼは?」


『こっちのバックアップを手伝ってくれるそうだ。良かったな、作戦中はもしかしたらむさ苦しい男の声じゃなく、川のせせらぎみたいに澄んだ声が聴けるかもしれんぞ』


 通話が終わった。


 一時停止になったゲーム画面に戻り、あたしは一旦端末をスリープモードにする。


「パヴェルは何て?」


「こっちの判断で強盗を始めて良いって。それとシスター・イルゼはバックアップに回るって」


「……まあ、だろうな」


 シスター・イルゼは保護という名目で血盟旅団が身柄を預かっているだけで、正式にギルドに加盟したわけじゃあない。だから銃器の訓練もしていないし、今回の強盗はとにかく素早い対応が求められるから回復担当ヒーラーも必要ない。


 妥当でしょうね、今回の役割分担は。


「で、どーすんのよ団長?」


「―――速攻で行く」


 助手席でピャンセをパクついていたミカエルと、あたしの目がバックミラー越しに合った。


 ああ、あの眼。あたしはミカの、あの眼が好きだ。全てに辟易しているようで、けれども誰よりも全てを望んでいて、欲しているような強欲に満ちた眼。空腹の猛獣が獲物を仕留めに掛かる時の眼とはまた違うベクトルの、狂気すれすれの信念に満ちた眼。


 あの眼を知っているからこそ、あたしは分かっている。


 ミカもまた、獅子なのだと。


 どんな首輪も枷も似合わぬ獅子なのだと。


「猶予を与えるわけにはいかない。戻って作戦を立てたら、今日中に踏み込む」













 ドラムマガジンに9mmパラベラム弾を装填、満タンに装填したそれをチェストリグのポーチへと差し込んで、同じく拡張マガジンにたっぷりと弾丸を装填したMP17を腰の右側にあるホルスターへ。


 鏡の前に立って白いネクタイが曲がっていないかチェックし、上着を羽織った。


 中央銀行にはドレスコードがある。ならばこっちもそれに則り、スーツ姿で強盗に行くまでの事だ。


 MP5はいつもの非殺傷仕様。装填している9mm弾はゴム弾で、最初に装着している100発入りドラムマガジン以外は通常の30発入りマガジンである。ハンドガードはM-LOK、ストックはMOEストックに換装。ハンドガードにはフォアグリップ……ではなく、AK-19でも使っていたハンドストップを装着。機関部レシーバー上のピカティニー・レールにはいつものPK-120を装備している。


 銃口にはマズルブレーキを装着。サプレッサーではなくこっちを選んだのは、今回の強盗では銃声で相手を威圧する必要もあるからだ。


「正面から踏み込む以上、中に客も居るだろう。客への発砲は厳禁、狙うのは警備員だけだ。ロビー制圧後、モニカはロビーの客を人質に取って見張っててくれ。おかしな真似をしたら威圧して黙らせろ。ただし人質を殺傷しないよう加減には気を付けろ」


「了解よ」


 真面目な表情で返事をしながら、今回の得物となる軽機関銃を愛おしそうに撫でるモニカ。傍らにあるそれはベルト式の機関銃だが、俺たちが持つ銃の中では特に古めかしい外見をしていた。


 それはそうだろう、彼女のメインアームとなる『LAD軽機関銃』は、第二次世界大戦中に試作されたものなのだから。


 軽機関銃でありながら、拳銃弾である7.62×25mmトカレフ弾を使用するという変わったコンセプトの軽機関銃であるLAD。結局、SMGとして運用するなら重すぎて近距離戦闘には向かず、かといって機関銃として運用すると拳銃弾を使用する関係上、威力と射程が他の機関銃に劣るために同じように運用するのは難しいという決断が下され、正式採用される事無く消えていった試作兵器である。


 ちなみに実際に製造されたのは僅か2丁のみという、何気にレアな銃だったりする。


 もちろんモニカのLAD軽機関銃で使用するトカレフ弾は全部ゴム弾、更に装薬も微妙に減らしているのでそこまでの殺傷力はない。至近距離で立て続けにぶちかませばそりゃあ死んだり後遺症が残るレベルのケガは避けられないが……。


 装着している特注の弾薬箱には、300発の7.62mmトカレフ弾が収まっている。彼女には人質を威圧するため、派手に撃ちまくってもらおう。


「俺とクラリスはバザロフの資産を奪い、モニカと合流して離脱する。パヴェルの下調べによると金庫の中にある”731”番の保管庫に入ってるそうだ。暗証番号は”6634”、間違うなよ」


「了解ですわ」


「それにしても、アイツどうやってそこまで調べたのかしら」


「警備責任者が不倫してたらしい。それをこっそり撮影して脅したんだとか」


「また? なんでどいつもこいつも不倫するのかしらね」


 その言葉をウチの親父に聞かせてやりたい。お前だよステファン。レギーナとついうっかり気持ち良い事した結果がミカエルの誕生だよステファン。分かってんのかステファン。


「パヴェル、やるぞ」


『了解。派手にやってやれ』


「はいよ」


 さあて……行きますかね。


 宣戦布告に。




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