ラフィーの魔術適性
大人になったラファエル君「父上のエロ本がこんなに出回ってる……!?」
大人になったラファエル君「うわえっろ」
皿の上に乗った肉の塊……というか魔物の臓物にナイフを走らせる。すっ、と抵抗も感じさせぬほど柔らかくなるまで火の通った肉からは大量の肉汁が溢れ出て、皿の上のソースへと流れ落ちていった。
溶けた脂の香りと、臭みを消すためのスパイスや香草のアクセント。見た目も香りも、そしてこれから堪能する食感や味に至るまでの全ての要素が食欲を刺激するはずなのだが、どういうわけか全く美味しそうとは感じない。
いや、その言い方には語弊がある。美味しそうだとは思う。実際、一口食べてみればその美味しさが全細胞に行き渡るだろう。しかし何というか、身体が受け付けない。毎朝毎朝コレを出されれば飽きが来るのも当然であろう。
肉塊の正体は、オークの肝だ。
そう、あのオークである。棍棒を手に冒険者を蹂躙したり、女騎士にえっちな事をするのが定番と化したファンタジー系エロ同人の陰の功労者である。パヴェルの描いた薄い本で死ぬほど見た相手だ。下手したら親の顔より見てる(こればかりは真面目にもっと親の顔を見るべき)。
さて、なんで朝っぱらからこんなものを食わされているのかというと、だ。
まあその……レバーとかウナギみたいに、食べるとスタミナがつくとされている高級食材なのである。特に強力であるとされており、これを男性に食べさせるという事は「うふふ♪ 今夜は頑張ってね、あ・な・た♪」という意味があったりするのだ。
そしてウチには肉食系の嫁×7。毎晩毎晩交代で夫を搾ったり、時折みんなで仲良くいただきまーす……というエロゲのような展開がね、あるんですけどね。
そんな生活を毎日続けていたらいつかミカエル君も冗談抜きで某ロイドのような針金になってしまうので、こうしてスタミナの付く食事を与えられているというわけだ。
「ねえ母上」
「あら、なあにラフィー?」
朝食のパンを切り分けているクラリスに、鶏肉の燻製をパクついていたラフィーが思わず尋ねた。
「父上はどうして僕たちと違うものを食べているんです?」
「ええとそれはね……ふふっ、お父様には色々と頑張ってもらう必要がありますの」
ねえあなた? と同意を求められ、まあ首を縦に振らざるを得なくなる。
「頑張ってもらう事?」
「ラフィーも大人になれば分かるよ、うん」
「???」
目を丸くしながら首を傾げるラフィー。小動物チックな愛らしさがあるが、これは確かに愛でたくなるし吸いたくもなるというものだ。
だっていい匂いするもんラフィー。マスカットみたいないい香りが。
落ち着け、自分の息子だぞしっかりしろミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。お前までクラリスみたいになるつもりか。
首を振りながら口の中にオークの肝をぶち込み、グレープジュースを流し込む。うん、これで今夜も頑張れそうだ(白目)。
「そういえば聞いてくださいなあなた。ラフィーったら、昨日返ってきた学校のテストで100点を取ったんですって!」
「んぉ、すごいじゃないかラフィー!」
「むふー」
どんなもんだい、と言わんばかりに胸を張るラフィー。頭の上からちょこんと伸びているハクビシンのケモミミも彼の感情とリンクしているかのように、嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねていて実に愛らしい。
ラフィーももう6歳、学校に通っている。
この世界では少し前まで専門の教育機関は存在せず、貴族は親の雇った家庭教師から勉強を習い、庶民は両親から読み書きや簡単な計算を教わる程度だった。特に庶民に関しては親から読み書きを教わる事が出来ればまだ良い方で、実に7割近くが読み書きすら教わらずに仕事を手伝っていたというのが実情だった。
俺の世代まで、イライナの識字率は僅か23%に過ぎなかった、という驚くべき調査結果も出ている。
さすがにこれは拙い、とは思った。字が読めないという事は手紙も書けないし、軍隊でも命令書が読めないとか武器の説明書が読めず誤った使い方をして怪我をする、というリスクが常に生じるというわけだ。この識字率の低さは今後のイライナの経済成長での足枷になるであろう事は想像に難くなく、姉上も問題点の1つとして挙げていた。
そこで日本の教育制度を参考に、義務教育をやってみてはどうか、と提案したのである。
姉上はこの計画に関心を持ったようで、予算を多めに割り振ってもらいリュハンシク州で社会実験を行った。その結果識字率の向上が見込まれた事や、子供たちが知識を身に着け優秀な人材として社会へ飛び立っていった事も明らかになり、各州で義務教育制度の導入が進んでいった、というわけだ。
もちろん庶民と貴族はそれぞれ専用の『庶民学校』と『貴族学校』で分けられており、どちらも6年の教育課程が組まれている。
ラフィーも対象年齢となったので、リュハンシクにある貴族学校へ通わせているのだ。
最初はちょっと心配だったけど、今では学校での成績も常にトップで友達もたくさんできたそうで、楽しい毎日を送っているのだという。
アズラエルやアラエル、ウリエルたちも今年で5歳だ。来年から貴族学校に通う事になるので、そろそろランドセルを買ってあげないと。
でも上のお姉ちゃんたちはともかく、アザゼルは大丈夫だろうか?
母のシェリルに朝食のスープを食べさせてもらっているアザゼルの方をちらりと見て、俺は心配になった。
アザゼルは兄妹の中で最も臆病で泣き虫、おまけに両親にべったりの甘えん坊と来た。可愛らしいのだが、夜中1人でトイレに行けないし好き嫌いも多いし、虫を見ただけで『ぴえー!』と泣き出してしまうレベルなので、貴族学校に通って苛められないか心配である。
もうちょい強く生きてほしいな……パパからのお願いである。
「~♪」
クラリスから渡されたパンにバターを塗って、ケモミミをぴょこぴょこ動かしながら頬張るラフィー。さっき褒められたのが余程嬉しかったのだろうが、あの子がこんなにはしゃいでいるのには別の理由がある。
―――今日はラフィーの魔術適性を判定する日なのだ。
魔術師の適正を把握しておくのは、貴族社会では特に重要だ。この世界の貴族は特に適性の高い貴族の血筋を結婚相手として好む傾向があり、貴族でありながら適性が低いのは侮蔑の対象となるからである。
それにどの属性にどの程度の適正を持つのかを知っておかなければ、どの宗派の教会で洗礼を受けさせればいいのか分からない。
俺の適性はC+、魔術師として見れば可もなく不可もない平凡なものだが、貴族という色眼鏡をつけてみれば落ちこぼれといったところだ。
そんな適性でも舐められずに領主の座に君臨しているのは、姉上たちの力添えもあるが、最も大きな理由は”結果を出して黙らせてきた”、これに尽きる。
そういう自分の成功体験もあるから、ミカエル君は結果主義者でもある。どういう形であれ結果を出さなければ意味がないのだ。どれだけ『勉強を頑張りました!』とアピールしてもテストで赤点を取るようでは意味がない。頑張ったのならばそれに見合う点数を取って然るべきである。
だから子供たちの適性についても、あまり拘りはしない。平凡でも落ちこぼれでも、大事なのはそれからの努力と実力をどこまで伸ばすか……それに尽きると思う。
さて、果たしてラフィーの適正は如何程か……見極めさせてもらおう。
「いいですかご主人様。こちらが水銀で、こちらが動物の骨を砕いたものになります」
リュハンシク城の居住区にある広間の中。適性を測るためにやってきたラフィーに水銀の入った桶と、骨の粉末が入った小瓶を見せながら説明をするのは、戦闘人形のメイド……では、ない。
背丈はラフィーよりも頭2つ分ほど大きいくらいだ。メイドキャップから覗く頭髪は海原のように蒼く、前髪から覗く瞳は血のように紅い。瞳の形状は人間のそれとも獣人のものとも異なる、爬虫類を思わせるような見た目だ。
そう、ホムンクルスのメイドである。
リュハンシク城を警備する兵士やメイドは防諜の観点から人間のスタッフをほとんど採用しておらず、戦闘人形のメイドや兵士たちが駐留している。
中身が機械なのでヒューマンエラーなどせずに仕事をそつなくこなしてくれるのだが、しかしさすがに感情の無いロボットたちに子供たちの世話まで任せてしまうのはどうか……と思い、シャーロットに依頼して製造してもらったホムンクルスのメイドである。
子供たちにはそれぞれ1人、専属のメイドや執事をつける事が決まっているのだ。
長男であり俺の後継者候補の筆頭となっているラフィーも例外ではなく、彼にも『カトレア』と名付けられた同い年のメイドが宛がわれている。
あの2人を見ていると、なんだか昔の俺とクラリスを見ているようだ(身長差もだいたい同じくらいである)。
懐かしいね、と思いながら見守っているうちに、適性判定のフェーズに入った。
桶に充満した水銀へ、焼いた動物の骨を砕いて作った粉末をスパイスさながらに振りかけていくカトレア。
あの水銀と骨の粉末には儀式的な意味合いがあり、水銀は大地を、そして骨の粉末は降り注ぐ雪を意味するのだという。
もちろんそれはノヴォシアやイライナという、共通の起源を持つ文化圏の国々に根差した判定法であり、海外では違う方法で判定する事もあるのだそうだ。
リーファの故郷であるジョンファでは特に多様で、最もポピュラーなのが『魔力を込めた亀の甲羅や動物の骨を炎の中にくべて、その割れ方や焦げ方で適性を判別する』というものらしい。国や文化によって方法が違うというのもなかなか面白いものだ。後で調べてみようかな。
水銀と骨の粉末を混ぜ合わせ、そっとラフィーの目の前に差し出すカトレア。それを恐る恐る受け取ったラフィーは、「この中に手を入れて魔力をお流しくださいませ」という説明通りに、手を突っ込んで魔力を流し始める。
固唾を呑んで見守る親と弟妹たち。
やがて水銀の表面がぼんやりと蒼く光り、不鮮明な幾何学模様が浮かび上がった。
―――あれ、俺の時と違う。
確か俺の時はスパークが走ったし、あの幾何学模様ももっと鮮明に見えた筈なのだが……。
これはまさか、と思いクラリスの方を見ると、彼女は表情こそ変えていないものの瞳が微かに震えていた。
「ええと……どう、カトレア?」
「め、メイド長……」
ありのままを伝えて良いものか、と困惑するカトレアに、クラリスは我が子へと歩み寄って息を飲み、ありのままを伝えた。
「……残念ながら……貴方の適正は【雷属性のEランク】ですわ」
「え……い、Eランク……って」
「…………」
「あ、え、ええと、ご主人様? 気を落とさないでくださいませ。魔術の適正が低くても、努力をすればきっと―――」
ぴえ、とラフィーの目に涙が浮かんだ。
Eランク―――魔術適性に設けられた区分の中で、最も下に位置する区分。
つまるところ、ラフィーは魔術に適性がない……残念ながら、そういう事だ。
「やだ……やだぁ……!」
「……」
「だ、だって僕、父上の息子なんだよ……? 雷獣のミカエルの、息子……っ」
基本的に、魔術の適性は遺伝する。
貴族が適性の高い相手と結婚したがるのはそれが理由だ。次の世代の子供にその素質を引き継がせたいからこそ、適性の高い貴族の子供は重宝される。
そして貴族からすれば、大貴族と婚姻関係になり権力拡大を図るためのまさに”金の卵”というわけだ。
だから順当に、俺もラフィーの適正はC前後くらいが相場だろうなと踏んでいたのだが……よもやEランク、適性ナシとは……。
ふえぇ、と膝をついて泣き出してしまうラフィー。なんと言葉をかければいいか分からず困惑するクラリスやカトレアの前を横切って、俺はそっとラフィーの小さな肩に手を置いた。
「ラフィー」
「ふえぇっ……やだ、こんなのやだ……っ」
「ラフィー、魔術が駄目なら錬金術を学べばいいだろう?」
錬金術、という単語に、ラフィーは顔を上げた。
錬金術は学問だ。発動するための魔力さえ持っているならば、あとは学問としての錬金術を修めればよい。それさえできれば魔術適性に関係なく振るえる強力な力、それが錬金術である。
とはいえその理論は複雑を極め、戸口こそ広いものの習得できる人間は一握り……という狭き門となっている。
適性を持たぬ多くのものが絶望し、しかし錬金術に一縷の望みをかけて習得を試み、そして挫折していった。
悔しさをバネに習得まで至った俺は稀有な例ではあるが、まだ希望はある。
「パパも錬金術を修めた。先生としてお前に教えられる」
「父上……」
「大丈夫だ。俺もママも、ここにいるみんながお前の味方だ。適性の低さを嗤う奴なんていやしない。もしそんな奴がいたなら、パパみたいな錬金術師になって見返してやればいいんだ」
息子の涙をハンカチで拭い去り、肩を優しく叩きながら続けた。
「だからな、貪欲に結果だけを求めろ。結果を叩きつけて周囲を黙らせるんだ。大丈夫、お前ならできる」
「……はい、父上!」
「よーし、良い子だ」
そうだ―――嗤う奴が居るなら、結果を出して黙らせてやればいい。
俺もそうしてきたのだ。
ラフィーにだって、きっと出来る筈だ。
カトレア
シャーロットによって製造された新たなホムンクルス兵のメイド。ラフィー(ラファエル)専属のメイドとして宛がわれており、リュハンシク城のメイド長を務めるクラリスの下で幼少の頃から訓練を受け、語学や家事(※ただし料理を除く)にご主人様のお世話、戦闘に至るまでの様々な技術を叩き込まれた。そのような経緯もあり、クラリスの事は『奥様』ではなく『メイド長』と呼んで慕っている。
リュハンシク城では、仮想敵国ノヴォシアからほど近い事もあり防諜の観点から戦闘人形のスタッフのみを採用しているが、主人の身の回りの世話をするメイドが感情の無いロボットばかりでは子供たちの精神衛生的にどうか、と案じたミカエルの意見を受け、ホムンクルス兵の追加製造に踏み切った経緯がある。
あくまでもオリジナルとなるテンプル騎士団初代団長『タクヤ・ハヤカワ』の遺伝子を用いたホムンクルス兵である筈なのだが、何の因果かカトレアもクラリス同様の長身であり、2人の関係はまさにかつてのミカエルとクラリスそのものである。
※『カトレア』という名前は元々シャーロットにつける予定だった名前です。




