雷獣、吶喊
Q.皆さんの主食は何ですか?
ヴォロディミル「最近オークの肝になりました」
ロイド「オークの肝ですが何か?」
マカール「オークの肝しか食べてねえ」
ミカエル「オークの肝しか食えない身体になりました」
ジノヴィ「↑なんでお前らそんなスタミナつく物しか食ってないんだ?」
夫一同「 妻 が 寝 か せ て く れ な い ん で す 」
カマキリ型の戦闘人形たちが大型のブレードを振り上げて、威嚇するかのように迫ってくる。
アリクイのような頭部の両側面にマウントされた水冷式機関銃が吼え、吐き出された8mm弾が、しかし着弾することなく明後日の方向へと逸れていった。身体の周囲に展開している磁力防壁によって生じた磁力の反発で、火薬の炸裂で得られた運動エネルギーすら捻じ曲げられているのだ。
そうしている間にも飛来した剣槍が、アリクイのような頭を刎ね飛ばしていった。ヂュッ、とグラインダーをコンクリートブロックに押し付けたような甲高い音と共に、火花や焼けた金属の悪臭が舞う。
まるで魔法使いが使役しているかのように、自由自在に宙を舞う剣槍。カマキリたちの首を刎ねたそれはくるりと空中で一回転し急旋回するや、俺に銃口を向けていた兵士たちの持つ小銃を横合いから両断、兵士たちの攻撃手段を奪っていく。
とん、とタップを踏んだ。
唐突に足元から生じた無数の槍が竹林さながらに伸び、兵士たちの銃を真下からぶち抜いていく。
「うわ!?」
攻撃手段を失った兵士たちはどうしようもない。中には拳銃をこっちに向けたり、ナイフやスコップで最期の抵抗を試みる兵士も見受けられたけれど、そいつらに「まだやるの?」という意味を込めた視線を向けるだけで、それ以上は攻撃してこなかった。
ガガガ、と周囲の地面が爆ぜる。
人間の兵士たちはこうやって力を見せつけつつ攻撃手段を奪ってやればいい。それで心が折れるならばそのまま無力化できる。恐怖で相手を抑え込むという方法は、敵対する者の心をコントロールする手っ取り早い手段だ。
しかしそれも、感情という要素で駆け引きが生じる人間だけの話。
完全な自律制御で、死を恐れぬ機械の兵器に関してはその限りではない。
案の定、心が折れ、中には背を向けてマズコフ・ラ・ドヌー方面へ逃げ出す兵士もいる中を、カマキリ型の戦闘人形たちが突っ込んでくる。
機械には罪などない。
彼らはただ、与えられた命令を忠実に実行しているだけなのだ。
だから機械には善悪という概念は存在しえない。善か悪か、それを当てはめるべきなのは彼らを操り、安全圏で戦いを見守っている人間の方であろう。
そんな哲学的な事を考えつつ、AK-19を構えて発砲した。タタタン、と短間隔での連射でカマキリの頭部にある複眼型センサーを撃ち抜き無力化。続けて照準を変えて隣のもう1機を狙う。
背後から迫ったカマキリがブレードを振り上げたが、そっちは旋回して突っ込んできた剣槍が首を刈り取ってくれた。折れてしまうのではないかと心配になる程細いフレームで支えられたアリクイみたいな頭が、どん、とすぐ傍らに落下してくる。
ガンガン、と2度発砲。1発目は複眼型センサーを、もう1発は装甲の隙間を突き抜けて頭部の制御ユニットを撃ち抜いたらしい。血に飢えたクリーチャー、あるいは巨大昆虫を思わせる複眼から紅い光が消え、頭を撃ち抜かれたカマキリがイライナの大地に倒れ伏す。
嫌な予感がしたのでバックジャンプ。直後、ミカエル君の小さな足跡が刻まれた地面が爆ぜ、破片と衝撃波がミニマムサイズの身体を嬲った。
破片は磁力防壁で受け流すが、しかし衝撃波はどうしようもない。内臓を圧迫される苦痛に呻き声を発しながらも着地、ここぞとばかりに突っ込んでくる歩兵たちに左手を突き出し魔術を発動。拡散雷球を散弾の如く撃ち放って感電させ無力化する。
―――砲撃だ。
おそらくマズコフ・ラ・ドヌー方面からのものだろう。保有する火砲の中でも射程の長いものを引っ張り出してきた、と考えるのが妥当か。
ヒュン、と風を切る音。
目を見開きながら磁力防壁をより分厚く展開。直後、はるか上空から落下してきた巨大な鉛筆を思わせる形状の砲弾がミカエル君へと飛び込む直前で減速。目と鼻の先、それこそ手を伸ばせば弾頭部にタッチできるほどの至近距離で運動エネルギーを使い果たし、ぴたりと停止する。
砲弾の焦げ目や擦れた痕までくっきりと見える―――歯を食いしばり磁界の向きを反転すると、ぐるり、と空中で砲弾が180度反転。装薬で焦げた後端部をこっちにさらすかたちで 再び静止する。
直後だった―――分厚く展開しつつ磁界の向きを反転させたことにより、砲弾が飛んできた弾道をそのままなぞるかのように、マズコフ・ラ・ドヌー方面へと撃ち返されていったのは。
磁力を用いたベクトルの180度反転。磁界の精密なコントロールと魔力の加減が見せた、魔法の如き技。
踵を返し進撃する俺の背後で、ドォン、と爆発が生じた。いったい何が起こったのかは考えるまでもない。今しがた撃ち返した砲弾が、ノヴォシア砲兵隊の砲兵陣地を直撃したのだ。
その証拠に砲撃は来ない。
「Ах ты маленький негодяй!(このクソガキめ!)」
ノヴォシア語で罵声を浴びせながら、棘の埋め込まれた棍棒を振り上げて迫ってくる巨漢。ヒグマの獣人なのだろう、体格がパヴェル並みだ。
AK-19を向けようとしたが薙ぎ払われた裏拳で銃口を逸らされてしまい、接近を許してしまう。
ならば、と逆にAK-19から手を離した。
ライフルの保持をスリングに任せ、空いた両手を伸ばして敵兵の袖口と襟をがっちりと掴む。そのまま右腕を折り曲げて肘を相手の脇の下に潜り込ませつつ、お尻を突き出して相手を背負い込む格好へ。
そして相手の突っ込んでくる勢いを利用し、渾身の背負い投げで投げ飛ばす。
「!?」
元々、武術というのは体格や力に恵まれない者が、そういった力が強かったり身体の大きな相手に対抗するためのものだ。もちろん限度はあるものの、身体が小さいから勝てないとか、力がないから負けるとか、そんな事は意外となかったりする。
背中を地面に思い切り打ち付けられ呻く熊のような敵兵へ、AK-19のストックを叩き込んだ。ガッ、と顎を強打。下顎から脳へと突き上げた衝撃にたまらず脳震盪を起こしたようで、その熊のような兵士は呻き声を発するばかりで動かなくなってしまう。
さあ次、と振り向いたところには、既に銃剣を装着した小銃を手にした兵士がすぐそこまで迫っていた。
息を吐きつつ左手をAKのハンドガードから離し裏拳。ガッ、と敵兵の持つ小銃の横腹を打ち据えて銃剣の切っ先を逸らしつつ、こっちは右手で保持したAK-19のマズルブレーキをそのまま敵兵の顔面へと叩き込む。
眉間をマズルアタックで殴打され体勢を崩す敵兵。またしてもAKから両手を離して袖口と襟を掴み、小内刈で敵兵を地面に押し倒す。
なんだか、戦闘中であるにもかかわらず学生の頃を思い出した。
体育の時間は憂鬱で、あまり好きじゃなかった。ミカエル君は球技が苦手(※バスケなんてドリブルしながら走れないレベルだ)で、体育の時間となれば仲の良かった友達と体育館やグラウンドの片隅でずっとおしゃべりをして時間を潰していたものである。
そんな陰キャ丸出しのミカエル君が唯一輝く事が出来たのが、柔道の授業の時間だった。
あの時は楽しかった。中学生の頃に一時的とはいえ柔道部だった事もあってそれなりに技量はあったし、空手も習っていたので力とか体重移動には自信があったからクラスの嫌いな奴とか彼女持ちの陽キャをびったんびったん投げまくり、ついには体育の先生が俺の相手になったほどだった。
嫌いな奴を合法的に投げ飛ばせる仕返しタイム。だから体育は嫌いだけど柔道の時間は好きだった。
そんな学生時代の思い出を今になって思い返しつつ、押し倒した敵兵の顔面に頭突きをお見舞いするミカエル君。鼻の骨をへし折られて呻く敵兵の上から横へ転がるようにして回避し、背後から迫ってきた敵兵の太腿をAK-19で撃ち抜いて黙らせる。
ぼす、と目の前の地面にちょっとめり込んだポテトマッシャーのような物体。弾頭に柄を取り付けたそれを手榴弾だと理解するなり、俺はすぐさま手を伸ばして錬金術を発動。起爆寸前だった手榴弾をただの石ころへと変え、それを投げてきた無礼な敵兵に思い切り投げ返す。
本来、手榴弾が転がってきた時は投げ返すのは危険な行為だとされている。いつ爆発するか分からないし、投げ返す最中や投げた直後に起爆しようものならば、爆発と破片が360度の広範囲に飛び散って周囲の味方まで殺傷してしまう恐れがあるからやってはならない、とパヴェルからも教わった。
手榴弾が転がってきたら一番なのは遮蔽物に隠れる、第二に距離を取る。それでも無理ならばとにかく伏せて両手で頭を守る事―――近くに仲間がいて死傷不可避となったら、腹を括って手榴弾の上に覆いかぶさり仲間を守るというのも選択肢に入ってくる。
錬金術というチート術があるからこそできる対応だ。よい子の皆や自衛官の皆さんは非常に危険なので決して真似しないでください……錬金術が使える人が居るなら話は別だけど。
「ん」
接近してくるカマキリ型戦闘人形の一団に、俺は違和感を感じた。
3機のカマキリたちは、よく見ると腕に搭載されているアタッチメントの種類が違うようなのだ。
通常は大型のブレードが2本搭載されているのだが、そいつらは左腕のブレードを取り外して、代わりにスパイク付きの盾を搭載されているようなのである。
その姿はまるで騎士……いや、剣闘士だ。
剣槍を突っ込ませたが、盾で弾かれてしまい決定打にはならない。AK-19を構えて撃ってみたが、同様だった。5.56mm弾ではパンチ力が足りないようだ。
ならば、と左手を腰のポーチへと伸ばした。
RKG-3EM―――大型のポテトマッシャーを思わせるそれは、ソ連が開発した『対戦車手榴弾』である。
今ではもう無理だけど、戦車は頑張れば手榴弾で撃破できる兵器だった。
そういう事もあって第一次世界大戦や第二次世界大戦では、1つの手榴弾に複数の弾頭を括りつけた即席の”集束手榴弾”などが運用されたし、このような専用設計の手榴弾も多く誕生した。
けれども兵士が人力で”投擲する”兵器である以上、戦車の防御力の発達に対抗するには限界があった。分厚くなっていく戦車の装甲をぶち抜くための威力アップにはサイズの大型化が必要で、そうなれば当然重くなっていくわけで、人力では投げられない重さにまで到達してしまうのは時間の問題だったからだ。
そういうわけで現在では対戦車手榴弾というカテゴリーの兵器は廃れ、紛争地域で見かける程度となっている。
安全ピンを引き抜き、思い切り投げつけた。
柄が空中で外れてドラッグシュートが展開。回転していた弾頭部が安定するや、盾を構えて突っ込んでくるカマキリを直撃する。
炸裂と同時に生じたメタルジェットがカマキリの盾を容易に貫通。盾どころか左腕を根元から深々と抉り飛ばし、無防備となったカマキリにAK-19の銃撃が牙を剥く。
頭部を撃ち抜かれて擱座したカマキリ。2機目がブレードを振り上げるが、それを振り下ろすよりも先に横合いから飛来した剣槍が首を刎ね飛ばしてしまう。
擱座したカマキリの残骸を踏み台にして跳躍。頭部の機銃で応戦してくる3機目のカマキリの頭の上に飛び乗るや、銃口をセンサー部に押し当ててそのままフルオート射撃。動かなくなるまで、嫌というほど5.56mm弾をゼロ距離で叩き込んでやる。
飛び散ったオイルを返り血のように浴びながらも引き金を引き続け、ついに動かなくなるカマキリ。
どう、と地面に倒れ伏すカマキリからそっと銃口を外し、AK-19を肩に担ぎながら、周囲でこちらを見上げるノヴォシア兵たちを睥睨する。
皆、畏れていた。
明らかにそれは、敵を見る目ですらない。
蛇に睨まれた蛙、とはよく言ったものだが、絶対的な捕食者とご対面してしまった被食者というのはこんな顔をするものなのだろう。今まで俺がやられる側だったからいまいちわからないが、こうして立場が逆転するとよく分かるというものだ。
恐れ戦くノヴォシア兵たちに、俺は告げた。
「...Если ты решишь повернуть назад сейчас, я не лишу тебя жизни. Решай, что хочешь сделать(……今ここで引き返すというのならば、命までは取らない。どうするか決めろ)」
まるで、金縛りから解けたようだった。
小さな声を発するや、慌てて背を向け走り出す兵士たち。そんな彼らにつられるように、他の兵士たちも大慌てで走り出し、マズコフ・ラ・ドヌー方面へと去っていく。
大勢の兵士たちが逃げ帰っていくその様子は、まるで海へと潮が退いていくかのようだった。
ノンナ級空中要塞(超弩級戦略型ドローン)
全長
・50m
全幅
・420m
全高
・43m
重量
・15000t
同型機
・ノンナ(1番機)
・ルカ(2番機)
武装
・30cm戦略レールガン『ミカエルの雷』×1
・203mmカノン砲×4
・巡航ミサイル『ネプチューン』
・近接防空レーザー砲×8
・その他空対空ミサイル、CIWS多数
2002年に就役したイライナの空中要塞。完全な無人化を果たしており、その性質から【超弩級戦略型ドローン】とも。
B2爆撃機を2段重ねにしたような全翼型複葉機であり、上部が推進ブロック及び制御ブロック、下部が攻撃ブロックとなっている。大口径のカノン砲や各種ミサイル、CIWSをびっしりと搭載しているほか、直掩機として複数のドローンを搭載する空中空母としての側面も併せ持つ。
対消滅機関を主動力に、原子力を補助動力(※下部武装ブロックの動力)として採用しており、航空機でありながら【着陸しての整備を想定していない】。弾薬補充の際は下部ブロックを切り離して飛行場へ着陸させつつ、予備の下部ブロックを発進させ空中でドッキングさせる方式を採用している。そのため機関部の寿命が近くなった場合やエラーが発生した場合は進路をノヴォシアへ変更、質量弾として仮想敵国への攻撃に移転要する事が想定されたが幸い実行に移す事はなかった。
1番機『ノンナ』と2番機『ルカ』の2機で構成されており、イライナ領空を沿うように飛行。領空を侵犯したノヴォシア機を片っ端から撃墜しており、2002年の就役以降、イライナ空軍のスクランブル発進件数は激減している。
名前の由来はキリウ大公ノンナ1世と、その主席護衛官として常に寄り添った黒獣ルカから。




