乱入☆突入☆エミリアさん
毒ミカエル君「きっしょ。お前なんでその顔で生きとんねん」
絶叫ミカエル君「ン゛ァ゛ァァァァァァァァ!! ア゛ァ゛ァァァァァァァァ!!!」
爆発ミカエル君「自爆まであと3秒」
赤いミカエル君「Урааааа!!」
スライムミカエル君「のんびりいこうよ」
ミカエル君「俺の亜種多すぎ問題」
「Hey Emilia, what are you doing!?(おいエミリア、お前なんのつもりだ!?)」
重油まみれの海から這い上がってきたこっちの世界のパヴェルは、先ほど戦闘に乱入すると同時にドロップキックをぶちかました金髪美女に向かって倭国訛りのイーランド語(それなりに英語が喋れる日本人が喋る英語みたいだ)で怒鳴る。
あれだけ戦いに飢えていた、ヒグマのような体格の男の罵声である。そりゃあ肉食獣や冬眠明けの大熊だろうとビビって逃げ出してしまうような迫力があるのだろうが、突然戦闘に乱入してきた金髪の美女はどこ吹く風だ。
それどころか、キッ、と紅い瞳でパヴェルを睨むなり、大股で歩みよっていく金髪美女。あの威圧感を前に一歩も怯まない肝の据わり様は只者ではない事が分かるが、しかし問題はパヴェルのリアクションである。
彼女との距離が縮まるにつれて、楽しみを邪魔され怒り狂うヒグマのような権幕だった彼の怒りには陰りが見え始めた。何だろう、段々とその、ヒグマからツキノワグマ、そして親からの制裁に脅える子熊へと順調にランクダウンしているようにしか見えないのだが……?
「What am I doing?(私が何をしているのか、だと?)」
「ひっ」
あ、怯えたと思った次の瞬間だった―――重油と海水の染み込んだ彼の軍服を、何の躊躇いもなく鷲掴みにする金髪美女(”エミリア”って呼ばれてたな)。
そのまま胸倉を掴むなり、今度はパヴェルの頬に強烈な平手打ちが炸裂する。
「痛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「You ignored orders! You drew your sword on an allied envoy! And on top of that, you risked your own life and nearly made your wife a widow! Do you understand this, you big idiot!!!(命令を無視して! 同盟国の特使に刀を振るい! あまつさえ自分の命を危険に晒して妻を未亡人にするところだったんだぞ! 分かってるのかこの大バカ者!!!)」
「痛い痛い痛い! やめっ、わがっだがらや゛め゛で゛」
バチンバチンと痛そうな音が軍港に響く。
あのぉ~……俺、何を見せられてるんでしょうか。
「And why is Emilia here? Who's going to look after the kids?(というか、何でエミリアがここに? 子供たちの世話は?)」
「I left the care of Takuya and Laura to my sister. I was so worried that my idiot husband might rush to his death that I asked my father and a high-ranking official from the Yamato Shogunate to send me here as an observer. And look what happens, just as I expected! On the contrary, it is extremely rude of you to swing your sword at an envoy from Elaina! Shame on you, you big fool!!!(タクヤとラウラの世話は姉に任せてきた。私はどこぞのバカ亭主が死に急がないか心配で心配で、父上と倭国幕府の高官に無理を言って観戦武官としてここに派遣されてきたのだ。それがどうだ、案の定この有様だ! それどころか貴様、イライナの特使に向かって刀を振るうとは無礼千万にも程があるぞ! 恥を知れ大バカ者!!!)」
「いだいいだい! ぐ、グーで殴るなグーで! 暴力反対!」
「Do you have the right to say such a thing!?(どの口が言うんだ、どの口が!?)」
いいぞもっとやれ、と心の中で思った。
一応ミカエル君もイーランド語は履修しているので、ついにはパヴェルを殴り倒して馬乗りになり、身長180㎝はある大男をボコボコにしているエミリア氏がなんと言っているのかは理解できる。
どうやらあの2人は夫婦らしく、夫があの性格なので心配で心配で、実家の父親(権力者なのだろうか?)と倭国の高官に何とか頼み込んで観戦武官としてここにやってきたらしい。まあノヴォシアと極東諸国の世紀の一戦、国際社会の注目度も高いだろうし他の国からも観戦武官は派遣されているだろうが……。
「But Emilia! If you meet someone that strong, you'd want to fight him, right?! You're also a knight, so you should understand how I feel!(だってエミリア! あんなに強い奴いたら戦いたくなるだろ!? お前も騎士の端くれなんだから分かる筈だ、俺の気持ちが!)」
「…That’s true(……確かに言いたい事は分かる)」
「Wow, did you get it?!(おお、分かってくれたのか!?)」
馬乗りになっていたエミリアがそっと退き、ぎこちなく起き上がるパヴェル。さっきまでボコボコに殴られ続けていたので、顔は試合後のボクサーみたいになってる。
あの、その人さっきまで巡洋艦を両断したり駆逐艦を刀の一振りで撃沈したりしてたヤバい人なんだけど……アレか、尻に敷かれるタイプか。尻に敷かれるタイプなのかパヴェル。妻には逆らえないのかパヴェル。
「I am also a warrior. I still want to fight(俺も戦士の端くれだ。やっぱりまだ戦いたい)」
「Ah, I see(ああ、よく分かったよ)」
妻の肩についた埃を払い落し、優しくハグするパヴェル。
エミリア氏も納得したような表情で夫の抱擁に身を委ねていたのだが……カッ、と目を見開くなり、ドスの利いたイーランド語で彼に告げた。
「―――You really are a big fool!!!(お前が本当に大バカ者だって事が!!!)」
「!?」
何の前触れもなく炸裂する突然の背負い投げ。
身長180㎝、推定体重100㎏前後のヒグマが縦回転しながら宙を舞うなり、停泊中だった駆逐艦の艦首に頭をぶつけてバウンドし再び海へ。
「I like fighting too. But you have to know the time and the place! Killing your opponents wherever you are makes you no different from an animal!(私も戦いは好きだ。だが、時と場所を弁えろ! 所構わず相手を斬り殺すようでは獣と何も変わらん!)」
「お、俺たちだって獣人じゃねーかよ……」
「We are a subspecies of human and we live in a human society governed by law!(我々は人間の亜種だが、住んでいるのは法により支配された人間社会だ!)」
頭にヒトデを乗せながら這い上がってきたパヴェルを蹴りで再び海に突き落とすエミリア氏。無慈悲の極みであるが、同時になんかその、あんな人と結婚してしまった妻の苦労が垣間見えた。
あそこまでしないと止められないのホント迷惑すぎる……。
「……Now then(さて、と)」
「ぴえ」
くるり、とエミリア氏がこっちを振り向いた。
「Sorry, I don't understand Elaina. Can you understand what I'm saying?(すまない、イライナ語は分からなくてな。私の話す言葉は分かるだろうか?)」
「Yes. Because I studied(ええ、勉強したので)」
「That was good. I'm Emilia Pendleton, and that fool is my husband, Rikiya Pendleton(それはよかった。私はエミリア・ペンドルトン。それであの馬鹿は私の夫のリキヤ・ペンドルトンだ)」
「I am Mikhail Stefanovich Rigalov, Lord of the Principality of Elaina(私はミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。イライナ公国で領主を任されています)」
「Michael? So you're that "Michael the Thunder Beast"?(ミカエル? という事は貴方があの”雷獣のミカエル”?)」
「Yes, indeed(ええ、如何にも)」
知名度が上がったという事は自覚していたが、よもや北海と大西洋を越えた先の海洋国家たるイーランドにまでこの名が轟いているとは。
「What an honor...to be able to come face to face with the famous thunder beast. I ask for your forgiveness for my husband's many rude acts(なんということだ……かの高名な雷獣とこうして見える事ができるとは。夫の数々の無礼、どうぞお許しいただきたい)」
「Don't be so afraid, Mrs. Pendleton. This must have been some kind of misunderstanding or mistake. In the midst of a great war, that's what happens(そう畏まらないでください、ペンドルトン婦人。これはきっと何かの間違いです。戦争中にはよく起こり得るものですよ)」
良かった、奥さんの方はしっかりと話の通じる人だ。
「But why did he attack me?(しかし、なぜ彼は私に斬りかかってきたのでしょう?)」
「The request from the Principality of Elaina should have reached the front lines, but perhaps something happened to the messenger(一応、イライナ公国からの要請は前線にも伝わっていた筈ですが……おそらく、伝令の身に何かがあったのでしょう)」
伝令の身に何かがあった、か。
無理もない話だ。銃弾や砲弾が飛び交う戦場を突っ切って、前線の味方へ命令を届ける彼らはやはり殉職率も高い。戦闘中の彼の口ぶりから推し量るに、やはり伝令が命令を伝えるよりも先に戦死してしまい前線に命令が届かなかった、と考えるのが妥当か。
「Come on, you should apologize to Duke Rigalov too(ほら、お前もリガロフ公爵に謝れ)」
「ず゛み゛ま゛ぜ゛ん゛で゛じ゛だ゛」
ぐい、とリキヤの頭を掴んで無理矢理頭を下げさせるエミリア氏。リキヤはというと、ものすごく不本意そうな顔をしていたもののエミリアに足を思い切り踏みつけられ、苦痛を噛み殺しながらやっと頭を下げた。
それはそうと、そんなヒトデの付いた頭を下げられましても……。
「はぇ~、こっちの世界の俺ねぇ」
「リアクション軽いな」
「まあな」
フルトン回収された後にAn-225のコクピットを訪れると、パヴェルは機長席でラーメンを啜りながら片手でスマホを弄っていた。良いのかそれで。
「俺はこの世界の人間じゃあないんだ。だったら”こっち側の俺”も当然いるだろ」
「それはそうだが……気にならないのか?」
「だいたい想像つくからな」
まあ、そりゃあそうだ。
パヴェルも『昔はもっとヤバかった』と言っていたし、彼も現役の頃はあんな感じだったのだろう……そう思うと今のパヴェルは大分丸くなったというか、マイルドな味付けになったなって感じがする。
「ところで―――」
「ああ、言いたい事は分かってるよ」
ずぞぞ、とラーメンを一気に啜ってスープまで飲み干すなり、丼を傍らの戦闘人形の兵士に預け、パヴェルは顔を上げてこっちを見た。
「進路変更の打診、だろ?」
「……話が早くて助かる」
俺たちがこうしている間にも、イライナではまだ戦争が続いている。
戦闘はイライナの一方的な展開が続いているようで、ノヴォシア側はイライナ領に足を踏み入れたそばから撃破され、戦力を凄まじい勢いで溶かしているのだそうだ。
そしてその溶けた戦力の中には―――アンドレイやアレーナといった、学園時代の学友も含まれている。
信じたくはないが、死んだのは事実なのだろう。
きっとイライナに戻る頃には、彼らの遺体はもう既に灰と化している筈だ。死体の放置はゾンビ化、そしてそのまま周辺一帯の汚染へと繋がりかねない。だから死体は可及的速やかに火葬するのが鉄則であり、それは戦時中も変わらない。
彼らを殺したのは俺たちだが、彼らを死に追いやったのは誰か。
考えれば、分かる事だ。
「―――この落とし前、つけてもらってくるよ」
次回予告
パヴェル「今回用意したミカエル君のスク水ぬるぬるえっち本の部数は―――50部です」
オタク一同「!?」
―――唐突に知らされた情報は、イライナ全土のオタクたちを戦場へと駆り立てた。
クラリス「三部! 三部は確保しますわよ!」
モニカ「保存用自慢用観賞用ォ!!」
シャーロット「電子版購入予定ボク、高みの見物」
シェリル「あ゛ー新刊セット売り切れ!?」
―――容赦なく照り付ける太陽。
ラジオ「明日のキリウの最高気温は41℃に達し―――」
モニカ「はぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!? 暑すぎんでしょ太陽死ね!!!!!」
太陽「誠に遺憾である」
―――迫り来る熱中症の恐怖。
救急ミカエル君「ハイどいてー救急車通りまーす」
救急車T-72「キュラキュラキュラwww」
熱中症クラリス「う~……抱き枕カバーも確保しないと……」
救急ミカエル君「とりあえず頭のお薬出しておきますね???」
熱中症クラリス「え、座薬で!?」
救急ミカエル君「 普 通 の 飲 み 薬 だ よ ボ ケ 」
―――軽んじられる尊厳。
―――オタクたちの前に立ち塞がる試練とは?
デスミカエル君「 こ ろ す 」
次回、ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件
第891話『皇帝に死を』




