同位体
デスミカエル君
ミカエル君バチギレ形態。尊厳破壊が度を過ぎるとこの形態に移行し言動や行動が攻撃的になる。主なセリフは『 こ ろ す 』など(※”殺す”ではなく平仮名で表記するのが一般的)。
近縁種に『ブチギレギーナ』などが存在するが、因果関係は不明……親子?
「拙いねぇコレは」
ずぞぞ~、とさっき作った自作の豚骨ラーメン(※機内食)を啜るなり、ミカの携行しているボディカメラが送ってくる揺れまくり&ノイズ入りまくりの映像を見ながらポツリと呟いた。
奉天の赤鬼……薄々勘付いてはいたが、やはりそうだ。
「ずぞぞ……むぐむぐ、大佐の同位体……ずぞぞ、ずぞ……よもやこんなところでずぞぞ、出会うとはずぞぞ」
「うん食べながら喋るのやめようね」
特盛りの豚骨ラーメンを豪快に啜りながら映像を食い入るように見るシャーロット。きっとアレだ、サプリメントで簡単に食事を済ませていた期間が長かったからなのだろう。きっと誰も彼女にテーブルマナーとか教えてあげなかったに違いない。前々から思ってたけどシャーロットは食べ方がすっげえ汚い上にマナーもあったもんじゃあないのだ。
普段のロリボディならば少しは可愛げがあるのだが、色々でっかいサブボディでそれをやられるとなんかこう、残念なお姉さん感が凄まじい。スタイルも顔も色々と良い優良物件なのに中身が全てを良くも悪くも台無しにしているような、そんな感じだ。
「あの刀、断熱圧縮熱で加熱されているようですねェ」
「あれ、断熱圧縮発生するのマッハなんぼからだっけ?」
「3です」
「……どんな腕力してるんだアイツ」
「まあ大佐の”同位体”ですし」
「うん何でもかんでも俺だからって理由で片付けるのやめてくれる???」
ミカとは相性の悪いタイプかもしれない。
見たところ、俺の同位体―――奉天の赤鬼こと『速河力也』の得物はあの真っ赤な大太刀一本のみ。一応腰には脇差と拳銃を下げているが、それらを使ってくる様子はない。
それはそうなのだが、特異なのはその剣術を振るう肉体の方だ。
右腕は欠け、右眼は潰れ、おまけにケモミミの右側は半ばほどから千切れているときた。つまりあの男は利き手じゃない方の腕で刀を、それも大剣サイズの大太刀を軽々と振いそれでマッハ3以上の斬撃を放ち、隻眼であるが故に標的との距離感が上手くつかめず、更に視界の右半分が死角となっている状態でミカと渡り合っているという事になる。
そして、そんな戦いを楽しんでいる。
「……リーファとキートは?」
「回収予定ポイントに到達しています。どうします、先に回収しますか」
「そうしよう。予備のフルトン回収装置の投下用意を」
「了解」
ミカが負けるとは思っていないが、しかし……。
「……」
視界をミカのボディカメラから、機外カメラの映像へと向ける。
特務仕様のAn-225の機首下部に搭載された、地上撮影用の対地カメラ。
そこには旅順要塞の一角を大きく、それこそ半径にして2㎞に達するほどの巨大なクレーターがぽっかりと穿たれていた。
俺の同位体と、本気のミカが真っ向からぶつかった結果形成された巨大なクレーター。
戦いの余波だけでアレなのだ……お前ら出来れば他所でやってくれない???
ごう、と風が哭いた。
背筋に冷たい感覚が走るよりも先に、身体を大きく逸らして飛んできた斬撃を紙一重で回避。斬撃の纏う衝撃波とその後に続く真空の空間に煽られそうになるが踏ん張り、BRN-180を撃ちながら右へと大きく移動する。
シュアファイア製の100発入りマガジンはさすがに大きく重く嵩張るのではないか、と思っていたが、しかし今ばかりはその大容量に感謝したい気分だった。とにかく雑に撃っても簡単には弾切れしない。今、少なくともこの”こっち側のパヴェル”と戦っている最中の再装填など、命がいくつあっても足りはしない。
爆炎を突き破り、何かが上へと抜けた。
アイツか、と頭上からの襲撃を警戒し銃口を反射的にそちらに向けた俺だったが、しかしここで目の良さと反射の速さが仇となってしまった。
頭上へと抜けていったのはあの奉天の赤鬼などではなく、あの男が無造作に投げ飛ばしたであろうノヴォシア兵の死体。
しまった、と思った頃には爆炎を突き破り、顔面に楽しそうな笑みを貼り付けたヒグマみたいな巨漢(でも狼の獣人なんだよなぁ)が切先をこっちに向け、すぐそこへと迫っていた。
歯を食いしばり、一か八かの賭けのつもりで姿勢を低くしそのままスライディング。ヒュゴゥッ、と頭上を衝撃波を纏った大太刀の刺突が突き抜けていき、その遥か後方に沈黙していた沿岸砲の砲塔が装甲もろとも吹き飛んだ。
巡洋艦の20㎝砲を転用した沿岸砲を吹き飛ばすほどのわけのわからん刺突。それも衝撃波だけであれなのだ。直撃などしたらどうなっていたか。
「ええいちょこまかとぉ!!」
そのまま反時計回りに回転し大太刀を薙ぐ赤鬼。当たり前のように推定速度マッハ7以上の斬撃が唸り、周囲の地面がその衝撃波で抉られていく。
拙い、と咄嗟に錬金術を発動。周囲の地面を半円状に展開し衝撃波から身を守ろうとするが、単なる土の塊から鋼鉄へと形質変化させる途中で攻撃を受けてしまったものだから、咄嗟に形成した防壁はいとも容易く突き崩されて、それでも勢いを殺せなかった衝撃波を受けてミカエル君のミニマムボディは派手にふっ飛ばされた。
砲撃で穿たれたコンクリート壁の穴から再び要塞内部へ。コンクリートの壁に背中を強打して息を詰まらせながらも何とか根性で立ち上がったところに、バカみたいな勢いで突っ込んできた赤鬼の飛び蹴りが飛来。もたもたしていれば俺の頭があったであろう場所を蹴り抜いて、要塞の一角を崩落させてしまう。
まるで戦艦の主砲で砲撃でもされたかのような、ド派手な崩落だった。
舞い上がる煙に紛れてその場を離れつつ、ポーチから取り出した錠剤型のエリクサーを2粒ほど口に放り込んで飲み下す。背中と肋骨に生じていた激痛が静まり始めるが、しかしだからと言って打開策が思い浮かぶわけでもない。
あの男―――強い。
こういう能力があるから強いとか、そういう理屈があるわけではない。
【ただ単純に強い】のだ。
身体能力が尋常ではなく高い。一体どれだけの鍛錬を積めばその高みに至る事が出来るのか―――戦いを渇望するその気質はともかく、おそらくはひたむきな努力の身で勝ち取ったのであろうその力には敬意を表したいところである。
推し量るに、あの男はきっと範三と同じタイプだ。
パヴェルやウチの長女みたく複数の分野で優秀な成績を発揮する多芸なタイプではなく、特定の一分野にのみ特化したタイプと言えるだろう。それも生まれつきの才能ではなく、それこそ物心ついた頃から脇目も振らずに打ち込んできたに違いない。
剣術のキレといい立ち回りといい、その形跡が滲んでいる。
あれは生まれ持った才能などではない―――何百、何千、何万、何億、気の遠くなるほどの鍛錬を繰り返し、身体に焼き付けなければ真似できない動きだ。
ドカン、と天井が吹き飛んだ。
ゆらり、と土埃の向こうで紅い光が妖艶に煌めく。
拙い、と本能が理解した瞬間には壁を蹴って急加速。直後、今の判断がなければ俺のミニマムボディを脳天から又下まで串刺しにするコースで、投げ放たれた大太刀が床に深々と突き刺さる。
土煙が円柱状に吹き飛んだかと思いきや、さっきの大太刀の持ち主―――こっちの世界のパヴェルが、すぐそこまで迫ってきた。
「―――」
両腕を交差させてガードした直後、パキ、と枯れ枝を踏み折るような音が腕の中から何度も聴こえ、めり込んだ拳の勢いに屈し両腕が有り得ない方向へと曲がっていくのを確かに見た。
単なるボディブローの筈だ―――しかしそれは、人間が放っていい威力を優に超えている。
水牛の全力突進、あるいは大型の鹿を一撃で仕留めるグリズリーの攻撃にも比肩する威力のパンチ。もろに受けていれば肋骨がへし折れ、内臓をたちまちのうちに潰されて死に至っていたであろう。
肺の中の空気を全て絞り出され、またしてもふっ飛ばされるミカエル君。吹き飛ばされながらも剣槍を、そして身体に当たったコンクリートの破片を形質変化させてけしかけ、こっちの世界のパヴェルへの反撃を怠らない。
壁をぶち抜き、背中に冷たい感触を覚えた頃には、身体は海の中へと沈んでいた。
どうやら要塞の反対側にある軍港―――本来であればバルチック艦隊を迎え入れる筈だったノヴォシア海軍の軍港まで、俺の身体は吹き飛ばされていたらしい。
折れてしまった両腕は、すっかり動かない。
有り得ない形に曲がった腕からは折れた骨が突き出していて……ああクソ、見たくなかった。
呼吸を整え、激痛に泣きそうになりながらも錬金術を発動。自分の肉体を対象に錬金術を使い、折れてしまった骨を、そして滅茶苦茶になった筋肉組織をあるべきカタチへと戻していく。
とはいえこれは、治療魔術やエリクサーを用いての回復ほど上等なものではない。
いうなれば、怪我人の身体に両腕を差し込んで、骨や神経を素手で掴み、体内をかき回しながら元の形に戻すような強引な処置に等しい。だから折れた骨が、断たれた神経が動き、元の場所へと戻っていく度に腕の中で激痛が幾重にも生じ、胃の中の機内食を吐き出して、みっともなく泣きわめきたくなるような激痛が脳へと駆け上がってくる。
そんな荒療治を何とか乗り越え、クロールで近くの防波堤へと這い上がる。
ズドン、と背後の海面が弾けた。
振り向かなくとも分かる―――パヴェルだ。あの野郎、ミカエル君の両腕をへし折って吹き飛ばすだけでは飽き足らず、軍港まで追いかけてきたのだ。
突然の爆発に、軍港で待機していたノヴォシア兵たちが銃を手に警戒態勢に入る。何事だ、とノヴォシア語でやり取りする声が聴こえたかと思った次の瞬間、今まさに決死の出撃をしようとしていたノヴォシア海軍の駆逐艦が真っ二つにへし折れた。
艦首を天空へ差し出すように、海中へと引きずり込まれていく駆逐艦。
乗員たちが重油まみれの海面を漂う中、今まさに沈んでいこうとする駆逐艦のマストの上に、隻腕の男がいた。赤々と燃え盛る大太刀を手に、こっちを見てニヤリと笑っている。
「ミカァァァァァァァァ……よもやこれで終わりではあるまいなァァァァァァァァ!?」
「クソ……ストーカーかよ」
しつこい男は嫌われんぞ、とBRN-180で反撃すると、こっちの世界のパヴェルは嬉しそうに笑いながら射撃を回避。そのまま重油まみれの海面に降り立ったかと思いきや、変態的な神業を披露しやがった。
―――海面を走ってこっちにやってくるのだ。
いったいどんなトリックを、と思ったが、あの男の身体能力を考慮すればどうやっているのかが分かる。つまり”片方の足が沈む前にもう片方の足を前に出す”という、平成のギャグマンガでちらほら見たようなおバカなそれをクソ真面目に実践してしまっているのだ。
再生を終えたばかりでまだ痺れの残る右手に雷を纏わせ、それを水面へと突き入れた。
バヂンッ、と蒼い電撃が弾け、こっちに向かって走ってくるパヴェルの身体に絡みつく。
カッと目を見開き、身体を何度も痙攣させながら、パヴェルは軍港の海へと沈んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッハァ、少しは……効いただろ」
水の上で、雷属性魔術師に戦いを挑むからだ。
咄嗟に利かせた機転。しかし、今の一撃で仕留められたとは思えない。むしろあんな攻撃で倒れていたのならば手応えが無さすぎるにも程が―――。
「Не двигайся!(動くな!)」
「……」
防波堤へと這い上がり、呼吸を整えながら応戦する準備を整えていた俺に、背後から投げかけられるノヴォシア語の荒い叫び声。振り向くまでもなく、そこには海軍仕様のカービンを手にした警備兵がいるという事は分かっているが……。
「Кто ты? Шпион самураев?(お前は誰だ? サムライ共の密偵か?)」
「...Эй, брат, если ты хочешь вернуться к своей семье, тебе лучше бежать сейчас(……やあ兄弟、家族のところに帰りたいのならば今すぐ逃げた方がいいぞ)」
「Что? О чём ты говоришь?(何? お前は何を言ってる?)」
「...Я дал тебе совет(……忠告はしたからな)」
海面が盛り上がった。
それと同時にイリヤーの時計に命じ時間停止を発動。制止した時間の中で右へと猛ダッシュする。
時間停止の効果時間が過ぎたその時だった―――盛り上がった海面から、先ほど真っ二つにされて沈んだはずの駆逐艦の艦首がせり上がり、先ほどまで俺とノヴォシア兵のいた防波堤へとのし上がってきたのは。
時間停止で逃れたので俺は無事だったが、ノヴォシア兵は……考えたくはない。彼にだって家族はいただろうに。
ザパ、と海中から姿を現し、防波堤の上に立ったのは他でもない、こっちの世界のパヴェルだ。
コイツ……まさかとは思うが、海中から駆逐艦をぶん投げたってのか? 素手で?
なんだろうね……努力だけでカジュアルに人間辞めていくのホントやめてほしい。人間として生まれたんだから人間の範疇で慎ましく生きてほしい。それが世のため人のためと言いたいが、まあコイツの事だ。そう言っても話聞いてくれないんだろうな。
「……こんなに楽しい戦いは久しぶりだ。礼を言うぞ、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ」
「……それはどうも」
こっちはクソ迷惑してるんだがね……まあいい。
やられっぱなしじゃあ終われない。
リーファをやりやがった分もキッチリ返しておかなけりゃ、恥ずかしくて祖国には帰れない。
イライナの変な法律①
『百合保護法』
花の百合……ではなく、女性同士の恋愛、いわゆるそういう意味での”百合”を、間に挟まろうとする野暮な男共から守るための法律。百合とは不可侵領域であり、何人たりともこれに干渉する事は許されない。百合カップルは相手だけを見ており、間に挟まろうとする下心丸出しの男など眼中にすらないからである。
違反者には【1000万ヴリヴニャ以上の罰金、または20年以上の懲役、あるいはその両方】が課せられ、常習犯には死刑も射程に入ってくる。
なお、腐女子界隈から『男女平等が叫ばれる昨今、百合ばかりを保護しBLを保護しないのは何故か』という意見が上がった事を受け、イライナ議会は『薔薇保護法』を全会一致で可決させている。
なんでこんな法律が制定されてしまったのだろうか。




