異世界で転生者が化け物と戦うとこうなる
力也「俺の斬撃はマッハ9!」
範三「某はたぶんマッハ7くらい!」
力也&範三「断熱圧縮!!!」
セシール「私も出来るぞ」
パヴェル「」
ミカエル「ことごとく突破される熱の壁の尊厳よ……」
パヴェル「ミカとおんなじだな」
デスミカエル君「 こ ろ す 」
「적 방어 라인에 돌파구를 형성!(敵防衛線に突破口を形成!)」
「잘, 돌격이다! 단번에 찢어져!(この機を逃すな! 一気に食い破れ!)」
突撃喇叭の音を高らかに鳴らし、コーリア兵たちも前に進む。
倭国軍が東部区画の塹壕線を食い破ったのを皮切りに、コーリア軍やジョンファ軍も塹壕を突破しつつあった。
打ち鳴らされる銅鑼の音に背中を押され、銃剣付きの小銃や輸入した軽機関銃を手にしたコーリア兵たちが前へと進んでいく。負けじと撃ち返してくるノヴォシア側の反撃に何人かが被弾して倒れたが、しかし一度決まってしまった勢いはそう簡単には覆らない。如何に堅牢な岩でも、濁流そのものを止める事は出来ないのだ。
雄叫びを発しながら飛び込んできたコーリア兵の銃剣に串刺しにされ、血を吐き出しながら崩れ落ちるノヴォシア兵。別の場所では被弾したカマキリ型の戦闘人形に刀剣を手にした数名のコーリア兵が群がり、関節やパーツの繋ぎ目に剣を突き入れては配線を切断、擱座まで追い込んだ。
「갈 수있어!(いける、いけるぞ!)」
「노보시아에 ...... 그 강국에, 이길거야! 할 수 있어 우리들은!(ノヴォシアに……あの大国に、勝てるぞ! やれるんだ俺たちは!)」
それはまさしく、歴史的快挙と言っていいだろう。
西欧諸国や列強国に、アジアは虐げられるばかりだった。
先進的な軍事力に物を言わせた威圧的な外交に真っ向から反抗できる国はそう多くない。事実、東亜の中小国は殆どが列強国の植民地となり搾取されている状態であり、コーリアにしても南下を推し進めるノヴォシアの脅威に常に脅かされていた。
しかし、それがどうだ。
倭国に範を取り軍備や産業の近代化を推し進め、水面下で研ぎ澄ましていた刃が、遥か格上の軍事大国に一矢報いるどころかその命脈を断とうとしているのである。
露になった勝利までの道筋に、コーリア兵たちは勢い付いた。
もう、一方的にやられ続ける中小国などではない。
コーリアもまた、牙を持つ獅子なのだ。
「돌격, 돌격!(突撃、突撃!)」
装填中の機関銃手を歩兵銃の射撃で打ち倒し、スコップ片手に応戦しようとするノヴォシア兵を数名の兵士が銃剣で突き刺し押し倒す。
まるでコーリアの兵士一人一人に、鬼が宿ったかのようだった。
中には被弾しても雄たけびを上げ、そのまま敵陣へ突っ込んでいく勇猛な兵士の姿すら見受けられる。
足を撃たれ、砲弾が穿ったクレーターに身を隠して懐から回復アイテムを取り出すコーリア兵。仙薬(※コーリアではエリクサーを”仙薬”と呼ぶ)の入った袋をポーチから取り出し、苦痛に喘ぎながらもそれを口に放り込んだ彼は、祖国に残してきた妻と子の顔を思い浮かべながら戦友たちと共に突撃しようとして―――しかし、要塞の向こう側でうねる巨大な紫電に、目を奪われた。
「어이… … 어쨌든(おい……何だあれ)」
彼だけではない。
進撃していたコーリア兵たちも、そして逃げ腰だったノヴォシア兵たちも、その雷光に目を奪われる。
確かに戦場では雨が降っていた。土砂降りとまではいかないが、しかし視界は悪化する上に要塞まで続く勾配はぬかるんで、攻める側にとっては悪条件が重なったと言ってもいいだろう。
しかしそんな雨は、いつの間にか勢いを増し雷雨と化していた。
天で閃光が瞬くや、次の瞬間には腹の奥底まで響く雷の音が戦場に響き渡り、人間の奥底に眠る原始的な恐怖を呼び起こさせる。
「...... 번개 짐승(……”雷獣”)」
「뭐야, 그것(なんだよ、それ)」
「옛날, 할머니에게서 들은 전설이다. 하늘에는 번개를 자유자재로 조종하는 짐승이 살고 있고, 때때로 번개와 함께 하늘에서 내려온다…(昔、祖母ちゃんから聞いた伝説だ。天には雷を自在に操る獣が住んでいて、時折雷と一緒に天から降ってくる……らしい)」
「바보 같은(馬鹿な。子供騙しだ)」
しかしその荒れようは、コーリア帝国の民衆にも伝わっている”雷獣伝説”のそれを思わせる。
旅順要塞の向こう側……南部区画と呼ばれている一帯で、雷鳴が荒れ狂い、時折衝撃波のようなものが吹き荒れては天を漂う雲をも引き裂いている。
天変地異にも似た、異常現象。
しかしコーリア兵も、そして倭国兵たちも知る由は無い。
―――それが、たった2人の戦士が本気で戦ったが故にもたらされた現象であるなどと。
ミカエルには、”戦いを楽しむ”という概念がない。
彼女にとっての戦いとは、相手との衝突を回避する努力を限界まで続け、しかしそれが実らなかった場合の最終手段という位置付けだ。警告を何度も行い、しかし相手がそれを無視してきたのであれば止むを得ず火の粉を払う。その手段がミカエルにとっての戦いであり、積極的に相手を傷つけるような事は良しとしない。
よく言えば平和主義的、悪く言えば弱腰と言える姿勢であろう。
それを踏まえれば、”こっち側のパヴェル”こと速河力也という男は対極に位置する存在と言えた。
力也にとっての戦いとは、生きる意味であり楽しみであるのだ。
刃をぶつけ合い、すぐそこまで、それこそ感触がはっきりと感じられるほどの至近距離に迫る死の感覚が、そして死力を尽くした激闘の果てに相手を打ち倒す達成感が、彼にとっての生き甲斐なのだ。
力を抑止力とし、仲間を守るために力を振るってきたミカエル。
力を刃とし、死闘を楽しむためだけに力を振るってきた力也。
決して相容れぬ両者の、しかし目的は異なれど手段は同じであった。
”必中の一撃で相手の急所を撃ち抜く”―――両者が選択した戦闘スタイルは、奇しくも同じものだったのである。
ミカエルにとってのそれは”相手に無用な苦痛を与えず楽に殺すため”の選択であるのに対し、力也にとっては”相手を確実に殺すため”の選択。
慈愛に満ちたミカエルと、戦国乱世の狂気を纏う力也。
水と油の如く相容れぬ両者の選択が同じとは、何たる皮肉であろうか。
時間停止を用い、首筋を狙った大太刀の斬撃を身体を逸らして回避。ケモミミの先端部を掠める斬撃に肝を冷やしつつも、姿勢を低くしたミカエルのBRN-180の銃口が至近距離で力也を睨む。
必中の間合いだった。如何に反射速度が速い相手でも、至近距離での射撃までは避けられまい。
殺さずに済ませられる相手ではない事は重々承知の上で、眉間を狙わんとするミカエルの反撃。しかし、ガツン、と強烈な衝撃と共に銃口は大きく上へとずれ、サプレッサー付きの銃口は虚しく5.56mm弾を雷雨荒れ狂う空へと放つばかりだった。
咄嗟に振り上げた力也の蹴り。
ハンドガードが割れてしまったのではないかと思ってしまうほどの衝撃。グリップを握る右手にもその衝撃は伝播して、まるで石で腕の中の骨を直接殴打されたかのような激痛と痺れる感覚が神経を苛む。
顔をしかめながらもバックジャンプ、代わりに周囲に浮遊する大剣たちを突撃させて力也を追撃させる。
遥か昔、鎧に身を包んだ騎士たちが手にしていたような無数の大剣がミサイルさながらに一斉に放たれる。鋭い切っ先が力也へ牙を剥くが、しかし刀剣のぶつかり合いともなれば力也の独壇場である。
初撃を左から右上へのかち上げで吹き飛ばし、続く第二撃を勢いのままに振るった振り下ろしで打ち払う。
そこから先はもう、頭で考える必要も無かった。
―――【機能代償】。
人体とは実に不思議なもので、事故などで欠損した部位の果たしていた役割を、残った身体の部位が異常発達する事で補おうとする現象が往々にして起こる。
力也の場合、それは腕力と視力に発現していた。
残された左腕は日ごろの鍛錬でブーストされた事もあって利き腕以上の使い勝手と筋力を手にし、残った左眼は潰れた右眼を補わんとその動体視力を限界まで発達させたのだ。
五体満足の人間では決して至る事の出来ぬ高みに、力也は至っていた。
それだけではない。
彼にとって剣術とは”楽しみ”だ。
魔術の才能もなく、弟の信也のように学問や経営の才能があるわけでもない。両親が結ばれ、母が腹を痛め、臍の緒で繋がった状態で産声を上げたその日から、速河力也という1人の侍には剣術しかなかった。
いつも剣術の事ばかりを考えていた。どうすれば強くなれるのか、どうすれば更なる高みへ至る事が出来るのか。
好きな事と得意分野が、それこそ精密機械の歯車の如く見事に噛み合った結果がこれだ。
日々の鍛錬は身体に反射的とも言えるレベルで動きを焼きつけ、異常発達した動体視力は迫り来る弾丸すらはっきりと捕らえる。
後は身体のなすがままに任せておけばいい。頭で考える必要は無いのだ。
薙ぎ払い、振り上げ、回転の勢いを乗せて斬り払う。その度に金属音と共にミカエルの放った大剣が弾かれ、あるいは両断されて、ぬかるんだ地面の上を転がった。
―――ぬるい。
こんなものか、と力也は訝しむ。
先ほどあの女は、この小柄な少女を”ミカ”と呼んでいた。
そして本人の話が事実であれば、彼女はノヴォシアではなくその属国(※であった)イライナの出身、という事になる。
イライナ出身、ミカ、そしてこの怒涛の飛び道具と雷属性魔術、そして錬金術。
それらの特徴が一致する相手を、力也は1人だけ知っている。
(―――まさか)
どくん、と胸が高鳴った。
よもやこのような事があろうとは。
雷属性魔術を操り、錬金術までもを修めた努力家―――イライナ宰相の家系、リガロフ家。救国の大英雄イリヤーを始祖に頂くその一族にありながらも、庶子として末席に名を連ねる”小さな大英雄”。
「お前―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフか!!」
大声で問うが、しかし返答は無数の槍衾だった。
ぬかるんだ大地から次々に、巨大な槍が剣山さながらに生えてくるのである。大槍があれば騎兵槍も、投げ槍もあった。古今東西ありとあらゆる槍が肩を並べ、真下から力也を串刺しにせんと迫ってくる。
大太刀の薙ぎ払いで槍たちを両断し、突破口を形成しながら力也は突き進む。
無数の槍衾の中を駆け抜けながら、彼は笑っていた。
―――何たる僥倖か。
雷獣、竜殺しの英雄、串刺し公。その活躍ぶりは大陸と倭国海を隔てた倭国にまで及んでおり、いつの日か手合わせ願いたいものだと夢にまで見ていた相手だ。
身体中の細胞が、速河力也という人間を構成する物質の全てが歓喜に打ち震える。
自分は今、伝説の相手と戦っているのだ!
ならば相手に失礼の無いよう、全力で挑まなければ!
ドン、と空気の震える音と共に、力也の身体の周囲に赤いオーラのような物が立ち昇ったのをミカエルは確かに見た。
魔力が漏れだしたわけでも、彼が何かの力を解放したわけでもない。
おそらくあれは殺気の具現だ。
恐ろしい笑みを貼り付けながら、戦いを何よりも望む倭国の狂戦士が脇目も振らずに突っ込んでくる。
―――コイツに対話は通じない。
その事実が、そして妻を傷付けたという罪が、今のミカエルに戦う選択肢を選ばせていた。
錬金術で生じた槍衾。しかしそれの濃度を増しても、あるいは角度を変え裏を掻くように攻撃しても、ついには切断された槍を大剣へと作り変えて頭上から奇襲させても、力也はなんのこれしきと言わんばかりにたった1本の大太刀を縦横無尽に振るい、それで対処しきれなければ足技も交え、粗暴極まりない剣術で真正面から突っ込んでくる。
距離を取ろうと足に力を込め、バックジャンプしながら両手を振るう。
今のミカエルは雷獣モード―――限界を超える豊富な魔力の供給を受け、余剰分の魔力が体外へと漏れ出ている状態である。
そんな豊富極まりない魔力で形成された雷爪を左右5発ずつ、合計10発も扇状に散布。巨大な雷の斬撃と化したそれが、地面を派手に抉りながら力也へと迫る。
槍衾の開けた先に見えたそれに、しかし力也は躊躇せず突っ込んだ。
身をよじりながら斬撃の隙間を潜り抜け、ミカエルを目指す。
これでもう飛び道具は使えまい―――王手をかけようとした彼だったが、しかし背筋を冷たいものが走ると同時に、いつの間にか側面に回り込んでいたミカエルの触媒たる剣槍がここに来て牙を剥く。
喉を切り裂く軌道で突っ込んできたそれを、しかし力也は口で咥えて受け止めた。
剣槍を投げ飛ばし、朱く燃え盛る大太刀を振るう。
常軌を逸した筋力と瞬発力で振るわれた斬撃の速度は瞬時にマッハ9へと達した。刀身は衝撃波を纏い、白い煙にも似た渦輪をその軌道に浮かべながらついに熱の壁も突破。生じた断熱圧縮熱が刀身を更に焼きながらミカエルへと迫る。
次の瞬間だった―――ゲームで言う”ラグい”状態であるかのようにミカエルの姿が消えたと思いきや、いつの間にか斬撃の加害範囲から抜け出していたのは。
「―――」
やはり、まただ。
何度もあった。ミカエルの挙動が明らかにおかしい場面は。
標的を見失った本気の一撃は、しかしそこから生じた衝撃波だけでも凄まじい破壊力であった。旅順要塞の斜面を深々と抉り、大地に大穴を穿って、海側を睨む沿岸砲群までもを切り裂いて、要塞の一角に巨大な渓谷を作り出すに至ったのだから。
しかしミカエルも、やられてばかりではいられない。
バヂッ、と空気の焦げる臭い。
雨で湿った周囲の空気が乾燥し、仄かな熱気まで伝わる。
力也の頭上―――そこにミカエルは、いた。
今の力也の一撃で舞い上がった瓦礫や岩盤、破壊され吹き飛んだ沿岸砲の残骸やコンクリート片を足場にして、一瞬のうちにそこまで跳躍したのだろう。
標的を睨む黄金の双眸。無数の電撃を従えた小さな手の先には、限界まで魔力を詰め込まれた例の剣槍がある。
浮遊する剣槍の周囲に磁界を複数展開、それを砲身代わりとしローレンツ力とフレミングの左手の法則を用いて対象を撃ち出す―――さしずめ”人力レールガン”ともいえる渾身の一撃を、至近距離で繰り出さんとしているのだ。
「面白えじゃねえかァァァァァァァ!!!」
テンションもアドレナリンも最高潮に達しながら刀を振るう力也。
直後―――要塞の一角で、巨大な閃光が迸った。
樺太侵攻(1894年5月1日~5月9日)
ノヴォシア領サハリン州に対する倭国軍の攻勢。ノヴォシア側の戦力は旅順要塞や奉天に集中しており、北方サハリンを守る戦力までもが引き抜かれ、サハリン州の守りは軽視されているに等しい状態となっていた。倭国はそこに目を付け北進。守りが手薄となっているサハリン州全域を手中に収め国土の拡張を企図した攻勢を行った。これがのちに『樺太侵攻』と呼ばれる倭国の北部攻勢である。
戦力の大半が奉天や旅順方面に引き抜かれていた事もあってサハリンの守りは脆弱であり、兵士の士気も低かったことから大規模な戦闘にまでは発展せず、散発的な小競り合いの連鎖が続くばかりの戦闘であったとされている。結果としてサハリン全土は失陥、”樺太”として倭国領へと組み込まれ、どさくさにまぎれた倭国の北進計画は大成功を収めるに至った。
なお、この領土占領は共産主義国家へ移行した後のノヴォシアでも問題視されており、樺太とノヴォシア国境では度々衝突が起こったほか、1914年の『樺太紛争』へ繋がっていく事となる。




