臨戦の雷獣
パヴェル「コイツ……人を斬り殺して楽しんでやがるのか!?」
力也「コイツ……人の尊厳を破壊して楽しんでやがるのか!?」
デスミカエル君「 ど っ ち も ど っ ち だ よ 」
断言しよう。
俺は生まれてこの方一度たりとも、戦いや殺しを楽しんだ事はない。
この俺、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフにとって戦いとは仲間を、財産を、自身の命を守るための手段であり、対話の努力を尽くした果ての最終手段であるという認識だ。いずれにせよ簡単に人を殺せるような武力を振るった事は無いし、そんな事は今後もあってはならないと考えている。
だが、この男はどうか。
パヴェルにそっくりな、というよりもこっち側のパヴェルは戦いを望んでいるのだ。より手強く、己の全力を生かした戦いができるような相手との死闘を。
「ミカ!」
「くそっ」
剣槍に鍔迫り合いを任せ、BRN-180の銃口を”こっち側のパヴェル”に向けた。セレクターを素早く弾きフルオート射撃。至近距離からの5.56mm弾の掃射であれば一発くらいは当たってくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いたものの、しかしさすがは”こっち側のパヴェル”と言ったところか。
至近距離からの奇襲にも等しい射撃にも素早く反応してみせたのである。咄嗟にバックジャンプで距離を稼ぎつつ初弾を身を捩って回避。続く掃射は大太刀で弾き、一発たりとも被弾を許さない。
「飛び道具使いか……ちょいと味気ないが、頭は回るようだな?」
「アンタ何を考えてる!?」
いきなり流暢な倭国語(というか日本語)で返されるとは思ってもいなかったのだろう。
自分の母語で返答された”こっち側のパヴェル”は驚いたように目を見開きながら「倭国語……?」と呟いた。
「俺はノヴォシア兵じゃない、イライナの兵士だ! イライナ政府から倭国幕府に攻撃禁止を命じる通達が―――」
「―――知らねえな」
さらりと言い、切先をこっちに向けてくる”こっち側のパヴェル”。
知らねえな、だと?
まだ命令が前線まで届いていないだけか、あるいは伝令の身に何かがあったか……考えたくない最悪のケースだが、土壇場で倭国がイライナからの申し出を蹴ったか。
いや、後者は無いだろう。ノヴォシアという北方の軍事大国、目の上のたん瘤を何とかするためならば連中は手段を選ぶまい。長期的に交流と支援をする、と申し出ているイライナからの申し出を蹴るメリットは倭国には無い筈だ。
となると考えられる理由は前者の2点。命令が前線まで届いてないか、命令を伝えるべく前線に向かった伝令の身に何かが起こったか、だ。
「いずれ命令が伝達される。俺たちが戦う理由は―――」
「知らねえなァ!!」
「おわーっ!?」
ギャギャギャ、と”こっち側のパヴェル”が声を荒げながら大太刀で地面を激しくかち上げた。圧倒的膂力と腕力に地面が押し出され、泥や地中の小石が散弾さながらにこっちに飛んでくる。
磁力の影響を受けないせいで磁力防壁で防ぐわけにもいかず、やむを得ず剣槍を目の前で扇風機のように回転させて石礫の散弾から身を護る。
「ひ、人の話は最後まで聞け! 教わらなかったのか!?」
―――目の前に、”こっち側のパヴェル”が迫っていた。
半ば反射的にバックジャンプ。直後、力任せに振り下ろされた大太刀の一撃が目の前を通過して、1秒前まで俺が踏み締めていた地面を木っ端微塵に粉砕していた。
なんつー力だ、と胸中で悪態をつく。
ただ刀を振り回しているだけではない。斬撃が恐ろしく速いのだ。それこそ空振りするだけで衝撃波が生じているような音がするし、ぐんっ、と身体が引っ張られるような感覚すら覚える。
そして何より、その刀の刀身だ。
さっきから赤々と、溶鉱炉の中の鉄さながらに赫く燃えている。
炎属性の魔術かと思ったが、しかしあの男の左手の甲に魔術師特有の紋章は無い。減速として魔術師の紋章は利き手と逆の手の甲に生じるもので、俺自身も左手の甲にエミリア教の紋章が浮かび上がっている。これがなければ魔術の発動はほぼ不可能と言っていいだろう。
あれは魔術ではないのか?
じゃあいったい何なのか―――何があんな融解寸前の金属みたいに……。
「お前が何だろうと、俺には関係ねえ」
ゆらり、と立ち昇る湯気の中でこちらを睨みながら、”こっち側のパヴェル”は刀を構えた。
「イライナ人を攻撃するな……そんな命令は下されてねえし、お前が敵じゃねえ保証はどこにも無え―――それになァ!」
「!」
来る、と予感すると同時に、”こっち側のパヴェル”が弾かれたように一歩を踏み出した。
どんな脚力で踏み込んでいるのか―――踏み締めた足の周囲の地面が派手に盛り上がり、ドン、と手榴弾が爆発したかのような轟音まで響かせている。そんな、ネコ科の肉食獣すら余裕で置き去りにしそうな瞬発力で推定身長180㎝のヒグマみたいな巨体(だが狼の獣人である)が突っ込んでくるのだから恐怖以外の何物でもない。
剣槍を正面から突っ込ませるが、しかし首を左へと傾けるだけで回避されてしまう。
左手で雷属性魔術『雷爪』を扇状に放ちつつ、続けて錬金術を発動。目の前に俺と”こっち側のパヴェル”を隔てる壁を召喚、視界を遮っている間にBRN-180のリロードを済ませつつ右へと移動する。
その直後だった―――ダイナマイトの爆発でも受けたかのように、地面から召喚した壁が木っ端微塵に吹き飛んで、その向こうから左眼から紅い光を発する化け物が飛び出してきたのは。
周囲の地面から大剣を召喚。何の変哲もない土を金属と賢者の石の剣身を持つ大剣へと物質構造を書き換えて磁力魔術で捕らえ、俺の代わりに鍔迫り合いをさせる。
ガギュゥンッ、と自動車の交通事故みたいな音が耳を聾し、振り下ろされた大太刀の刀身が纏っていたのであろう衝撃波と熱風が俺を嬲る。
歯を食いしばりながら踏ん張るや、目の前で大剣と鍔迫り合う形となった”こっち側のパヴェル”と目が合った。
「ノヴォシアの雑兵共は斬り飽きたんだよォ!」
「コイツ……!」
「どいつもこいつも一撃で死にやがって、情けねえ! つまらねえ! 手応えがねえ!!」
ぎり、と大剣が押し負け始めた。
ビギッ、とあろうことか賢者の石をインサートした剣身に亀裂が入る……待て、マジか? 1mmの厚さでも12.7mm弾の近距離射撃に耐える化け物素材だぞ……?
「なあ! お前! 強いんだろお前! だったら俺と戦え、お前が誰かなんて関係ねえ!!!」
「ミカ!」
窮地を救おうと、キートを遮蔽物の影に隠してリーファが突っ込んでくる。ヴェープル12モロトのスラグ弾で連続射撃しながら白兵戦に備えるリーファ。周囲の地面を吹き飛ばし、抉る程の威力のスラグ弾に”こっち側のパヴェル”は多少は驚いたようだが―――それ以上の反応は見せなかった。
ドッ、と鳩尾に鈍い衝撃が走る。
空手をやっていた経験があるから、その感覚には覚えがあった。
ああ、鳩尾にいいの貰ったな―――そんな他人事のように考えている間に牙を剥く鈍痛と呼吸できない苦しさ。
蹴りを貰ったのだ、と知覚した頃には既に”こっち側のパヴェル”は俺ではなくリーファの方に向かって駆け出していた。
やはり狼の獣人だからなのだろう、一発でも貰えば肉体を抉り飛ばされかねないスラグ弾の連続射撃に脅える素振りもなく、防弾チョッキすら貫通するスラグ弾の射撃を紙一重で躱していく”こっち側のパヴェル”。
あろう事か、その顔には笑みがあった。
好戦的な笑みが。
心の底から戦いを楽しんでいるような笑みが。
「に、逃げ……ぇ゛」
息が吸いたくても吸えない苦しさの中、どうにか声を絞り出してリーファに退避を促す。
が、しかし、リーファも止まらない。
戦いに刺激されてスイッチが入った―――そういうわけではないという事は、彼女の顔を見れば分かった。
怒り狂っていた。
夫を傷付けられて怒り狂っているのか、それとも分別を弁えない倭国兵に対する怒りか、おそらく前者じゃあないかなと脳内の二頭身ミカエル君ズが結論を出すが、しかしそれはリーファのみぞ知る事である。
ドラムマガジンの中身を使い果たしたヴェープル12モロトから手を離し、ホルスターから2丁のグロック17を引っ張り出すリーファ。そこから何を始めるかと思いきや、こっち側のパヴェルの斬撃を紙一重で回避し、至近距離でグロックの射撃を浴びせんとしたのである。
銃口の向きと目線、それから気配で射線を見切ったのだろう。パヴェルもパヴェルで、ほぼゼロ距離からの射撃を回避するという離れ業を披露してみせる。
必中を期した一撃を回避され驚愕するリーファだが、しかし攻めの姿勢を崩さない。鋭い上段回し蹴りで追撃、回避されるのは予測した上でその勢いのままに銃口を向け、近距離からの連続射撃を見舞う。
が、グロックのマズルガードの先には既にこっち側のパヴェルの姿は無かった。
あるのはただ、巨体が大地を強く踏み締めた際に抉れた足跡のみ。
「上だ!!」
俺が叫んだのと、リーファがその気配に気付いたのは同時だった。
先ほどの射撃を跳躍して回避したパヴェルが―――真っ赤に焼けた大太刀の切っ先をリーファに向け、急降下していたのである。
ヒュ、と空気を切り裂く音を最後に、なにも聴こえなくなった。
舞い上がる土の破片と湯気。吹き上がる土煙に、耳の奥底にへばりつくキーン、という音。まるですぐ近くに砲弾でも着弾したかのような、そんな音だ。
どんな変態的な威力をしてやがる、と思う俺の隣に、爆風の中から弾き飛ばされてきたリーファが転がってきたのはその直後だった。
「リーファ!」
銃の保持をスリングに任せ、妻にすぐ駆け寄る。
メディカルポーチから回復アイテムを引っ張り出した。
リーファは辛うじて直撃は避けたらしい。しかしあんな速度で、それもあんな膂力で迫ってくる急降下の余波だけでも彼女を吹き飛ばすには十分だったのだろう。彼女の身体は熱気と衝撃波に嬲りに嬲られ、右腕に至っては関節が外れているようだった。
メディカルポーチから取り出した使い捨ての注射器のキャップを外し、彼女の首筋に注射。血液中に投与されたエリクサーの効果によって傷口が塞がっていくが、しかし外れた間接までは戻らない。
注射器を投げ捨て、ごめんよ、と一言告げてから、彼女の外れた関節を再びはめ込んだ。
ゴギッ、と骨の音が手元にはっきりと伝わってきた。「あ゛!」と苦痛に喘ぐリーファの声が何よりも心に痛みをもたらす。
「大丈夫か?」
「ん……ありがト」
「……リーファ、キートを連れて先に回収地点に向かえ」
「え……待って、ミカは?」
「アイツは俺が」
濛々と吹き上がる湯気の向こうから、”赤鬼”が一歩を踏み出してくる。
手当が終わるのを待っているのだろう―――あんな狂戦士にも、武士道というものはあると見える。
「無理ヨ……アイツ強い、ミカ危ないネ……!」
「無問題」
大丈夫、と告げてから、そっと立ち上がった。
行け、と肩越しにリーファに視線で訴える。そこまで告げられてやっと、リーファはヴェープル12モロトを拾い上げ、キートを連れて回収地点の方へと走っていった。
「女を逃がしたか」
「……」
「まあ、それでいい。なかなか良い動きだったが、まだまだ弱―――」
こっち側のパヴェルの目の前に、剣槍が迫る。
瞬間移動でもしたかのような挙動―――僅か1秒の時間停止の間に急接近したのだから、俺以外の人間からすればそうも見えるのだろうが。
予想外の攻撃を回避したこっち側のパヴェルの顔に、たった今初めて”焦り”が浮かんだ。
しかしそれでは終わらない。
BRN-180のフルオート射撃―――それもシュアファイア製の100発入りマガジンが実現する、分隊支援火器並みの弾幕。それがパヴェルという個人に向けられているのだ、贅沢極まりないものであろう。
大太刀を縦横無尽に振り回すパヴェル。しかし今度は更に、彼の足元が無数の槍衾と化して牙を剥く。
さすがに躱し切れなかったか、ほんの少しだけ血飛沫が舞った。
「ぐっ……ははっ、いいねぇ! やっとやる気になったか!」
「―――俺を馬鹿にするのは良い」
剣槍を傍らへと呼び戻しつつ、錬金術で周囲の地面から大剣を続々と召喚。片っ端から磁力魔術で捕縛して、空中に浮遊させる。
「―――俺を傷付けるのもまだ良い」
バヂッ、とスパークが周囲を舞った。
「―――だが」
カッ、と天で稲妻が瞬く。
直後だった―――大蛇の如き紫電が、地上で戦うこのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの小さな身体目掛けて降り注いできたのは。
身体に流れ込んだ電流を片っ端から魔力に変換。収まりきらなかった魔力が、黄金の雷と化して体外へと漏れ出し始める。
パヴェルが目を見開いた。
その紅い瞳に映っていたのは―――白かった前髪や睫毛、眉毛を黄金に発光させ、周囲にスパークを従えた、黄金の瞳を持つ雷獣の姿。
「―――俺の家族を傷付けたのだけは、赦さない」
お望みならば、やってやる。
礼儀を弁えぬ狂戦士に教えてやろう。
雷獣のミカエルの戦いを。
イライナ高速鉄道
ミカエルがかねてより構想していた、イライナにおける高速鉄道運用計画。実現すればリュハンシクから首都キリウまでを3時間で結ぶことが可能となり、従来の鉄道輸送よりも大幅な時間の短縮が期待できるとされていたが、運行区間の電化や冬季の積雪対策、そして何より再三にわたるノヴォシアのイライナ侵攻や世界大戦の勃発という要因が重なり、キリウとリュハンシク間の『東部高速鉄道』が開通したのは1943年になってからの事だった。
寒冷地という事もあり使用車両は東北新幹線のE5系を選定。イライナ側で独自に開発した二階建ての貴族向け一等車を2両連結した12両編成での運航を基本とし、塗装はイライナ国旗を象り下を青、上を黄に塗装して運行されたが、鉄オタの転生者からは「ドクターイエローっぽい」というコメントが相次いだという。
1947年にキリウからヴィリウ間を結ぶ『西部高速鉄道』、1950年にキリウからアレーサを結ぶ『南部高速鉄道』、1953年にキリウからチョルノヴィリを結ぶ『北部高速鉄道』、1957年にはアレーサからリュハンシクを結ぶ『黒海高速鉄道』が相次いで開通。また高速鉄道を用いて貨物を輸送するようにもなり、イライナの物量がより一層効率化されるに至った。
なお、キリウ駅の発車メロディーには、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵の強い要望により引き続き『ふるさと』が採用されている。




