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イライナの槍

ミカエル「イライナの槍?」


ミカエルの剣槍「やっほー」


ミカエル「↑まさかね……いやまさか、ははは」


 2年前


 1892年 7月1日


 イライナ地方 リュハンシク州









『なあ、何書いてるんだよ?』


 朝っぱらから執務室に籠ったかと思えばこれだ。ノックをしても返事がないので勝手に入らせてもらったが、部屋の中を覗いてみればミカエル(オリジナル)の奴、ノートに向かってひたすら鉛筆を走らせてやがった。


 溜まっていた書類も消化しすっきりとしたデスクの上には、軍事や経済、法律関係の本がびっしりと並んでいる。それもイライナのものだけではなく、ノヴォシアやベラシア、ジョンファにアメリア、イーランドに神聖グラントリア、ドルツ諸国といった列強国のものが勢ぞろいだ。


 そんなもん読めるのかと思ったが、そういやコイツ最近語学学習を受けててそれなりに複数の言語を理解できるんだった。前回のアップデートで同期された記憶にはそう刻まれている。


 問いかけても返答が返って来ないので、勝手に近付いて勝手にノートを覗き込んだ。


 何かを想定したシナリオのようだ。


 ノヴォシアによるイライナ侵攻だろうか。ノートには敵の予測進軍ルートや地形、それに適した戦術から始まり、進行を迎え撃つにあたっての法律関係の記述(防衛戦争の根拠法の整備など)、予測される経済へのダメージと回復(リカバー)方法、他国との連携やこちらに引き込むべき国のリスト、その他さまざまな情報が所せましと記載されている。


『……ああ、いたのかルーちゃん』


『お前コレ……』


『すげえだろ、経済とか法律の専門家の意見も聞いて自分なりにまとめた』


 ミカエルは兎にも角にも顔が広い。領主になってからというもの、その影響力は軍事関係者や貴族に留まらず、経済界や政界にまで及ぶようになった。


 今やリガロフ家という一族はイライナを支える大樹の如しで、至る所に根や枝を張り巡らせている。


『名付けて”国防計画1號”。今度コレを姉上に提出して意見を貰う』


『……なんでこんなものを?』


『そりゃあお前、未来に対する備えだよ』


 鉛筆を手から離し、ぐーっと背伸びをするミカエル。


 んー、と喉から発する素の声が、何やらネコ科の動物の無防備な瞬間を思わせる。


『俺やルーちゃんの身に万が一の事があったり、俺らがこの世を去って遥か未来に何事もないとは限らない。帝国が崩壊すれば、次は共産主義者共(アカ)がお隣さんだ。イライナみたいな優良物件、スルーするわけないと思うんだよね』


『だろうな』


 間違いなく、連中はあの手この手で切り崩しにかかってくるだろう。


 外交で巧みに立ち回り、融和的な政策を推し進めて友好関係を維持しつつ取り込めればそれでよし。無理ならば恫喝してでも取り込みを図り、それでもダメならば全面戦争……まあ、暴力と恐怖で相手を支配しようとする連中の事だし、友好的に迫ってきても血塗られた手を差し出されればこっちも身構えるってもんだが……。


『だから子供たちや孫、曾孫……遥か未来の子孫の世代でも国が守れるよう、”遺産”を遺しておこうと思ってね』


『気が早いだろ。お前まだ22歳だろうに』


『いつ死ぬか分からないからな。ミカエル君、各方面に顔が売れすぎたし』


 ―――暗殺の可能性。


 対ノヴォシアの最前線となるリュハンシクの領主となった以上、その可能性は常に付きまとう。リュハンシクにはノヴォシア側のスパイも紛れ込んでいる筈だ……徹底した防諜とスパイ狩りで数を減らしたはずだが、連中は某黒くて不快な害虫(※ワンチャンお食事中の読者の方がいらっしゃる可能性を考慮し配慮しました)の如く次から次へと湧いてくるので厄介極まりない。


『ふぁ~……ちょっと仮眠摂るわ。ルーちゃん悪いけどよろしく』


『おう』


 何を思ったか懐からパンツ(自分の奴だろアレ)を床に落とすミカエル。ヒュン、と何かが脇を通過したかと思いきや、気が付くと床に落ちた筈のパンツが消失し……代わりにそのパンツをスンスンハスハスクンカクンカと嗅ぎ、舐め回し、挙句の果てには口の中に押し込もうとする身長183㎝体重85㎏のでっかいメイドさんが。


 しかしミカエルもそんな変態の扱いに慣れているらしい。椅子を引っ張ってきてパンツ試食中のクラリスを座らせると、その膝の上によじ登って身体を丸め、自分の長い尻尾を抱きしめるようにしてそのまま眠りについた。


 えぇ~……何あれ。


 俺は何を見せられているんだと困惑しつつ、現実から逃れようと視線を別の場所へ向けたその時だった。


 ”それ”の存在に、気付いた。


 ミカエルが一身腐乱に書き込んでいたノートの下。


 【Спис Елайни(イライナの槍)】という記載と、びっしりと書き込まれた図面。


 それに対し、何とも言えぬ恐怖を感じた。


 いつの日か、俺がその引き金を引くのではないか―――そんな漠然とした、実態を持たない恐怖を。


















 そして、現在。


 まさしくその通りだった。


 よりにもよって一番最初に引き金を引くことになるのが、ミカエル本人ではなくこの俺であったとは。


「―――イライナの槍、偽装解除」


「了解、偽装解除」


「岩盤爆破、スイッチオン」


 オペレーターの1人が首に下げていたキーを取り外し、目の前の端末に差し込んでから捻った。


 その瞬間だった―――中央指令室のメインモニターに映っていた映像が切り替わったかと思うと、最前線の様子ではなくリュハンシク郊外の何もない平原を映し出したのは。


 カメラの故障……では、ない。


 何の前触れもなく、平原に土埃が生じた。


 地中で何かが弾けたような、まるで埋められた爆竹が立て続けに炸裂するような連鎖的な小爆発。やがてそれはピザをカットしていくかのように円形に広がっていったかと思うと、小爆発の連鎖で輪切りにされた大地が砕け、崩れ去った。


 土の塊や岩盤の欠片を押し上げ、地中から何か巨大な物体が押し上げられてくる。


 それは―――きっと何も知らない人間が見れば、目を疑うだろう。


 地中から出現したのは、巨大な砲身だった。


 巨大、という言葉ですらその威容を表現できない。


 大和型戦艦が実におよそ3隻分―――砲身から機関部までの長さは600mを優に超える。


 まるで世界そのものを相手に戦争を始めようとしているかのような、あるいは遥か宇宙の果て、未知なる暗黒の海原から迫り来る何かを迎え撃つために用意されたような、少なくとも”国”を相手にするにはお釣りがくるようにも思えるサイズ感の超巨大兵器。


 全長650m、重量32000t。


 本来の薬室と、砲身から放射状に延びる複数の補助薬室60基、合計61基もの薬室から成る【多薬室砲】―――有史以来類を見ない、紛れもなくこの世界では史上最大最強の軍事兵器と言っていいだろう。


 賢者の石を使用し、耐久性を保証しつつ軽量化を施した口径300㎝の砲身には、しかし自重による歪みを防止するため合計7基の支柱が設けられており、補強用のワイヤーが砲身に張り巡らされているのが分かる。


 半径600mの超巨大な回転台に乗せられて目を覚ました超巨大戦略多薬室式ガンランチャー『イライナの槍』。黒い装甲から漏れ出る賢者の石の輝きが、通常モードを意味する蒼から戦闘モードを意味する紅へと変わっていった。


「火器管制システム、オールグリーン」


「初弾、撃発位置へ前進完了。閉鎖機ロック、薬室の密閉を確認」


「観測用ステルスドローンからの観測データを受信。照準データに反映」


「補助薬室、点火時期設定完了」


「冷却液注入準備ヨシ、強制注入弁動作正常、オールグリーン」


「第一攻撃目標、マズコフ・ラ・ドヌー駐屯地」


「了解。攻撃目標、マズコフ・ラ・ドヌー駐屯地」


「観測データ受信。仰角30度、右14度旋回」


「回転台旋回。油圧システム起動します」


「全軍へ通達、国境付近より退避せよ。繰り返す、国境付近より退避せよ」


 ごごん、と重々しい音を立て、回転台がゆっくりと動き始めた。


 全長650m、重量32000tの砲身を乗せた回転台が旋回し、砲身が設定された仰角へと持ち上がっていく。


「”対消滅榴弾”、起爆時の出力を1.3%に固定」


「推定消失面積、4.83ヘクタール」


「予測される居住地への被害は?」


「ありません。二次被害の恐れも無し」


「よろしい、攻撃を許可する。警報鳴らせ」


 腕を組みながら命じると、司令部内や城内に警報が鳴り響いた。周囲に浮遊する立体映像の文字が『Підготуйтеся до удару(衝撃に備えよ)』へと変化し、赤い警告灯がひっきりなしに点滅を繰り返す。


「警告。国境付近より敵の第二次攻撃部隊が領土内に侵入」


「自爆ドローンに対処させろ。砲撃終了後、機甲師団は衝撃波危険域外から敵部隊を砲撃」


「発射50秒前。カウントダウン開始」


「50、49、48、47、46、45……」


「冷却材強制注入弁、解放準備」


「最終安全装置を解除」


「加害範囲、並びに気象条件による照準調整……修正の必要なし」


「30、29、28、27、26、25……」


「衝撃波危険域からの友軍の退避を確認」


「自爆ドローン隊、突入開始」


「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――」

















「イライナの槍―――発射」



















 万が一にもイライナが負けるとは思えない。


 あの時私は、ミカに確かにそう言った。


 ハンガリア政府はイライナが勝てば御の字、仮に敗北したとしてもノヴォシア弱体化は免れず万々歳である、というスタンスであるが、私は友人であるミカに、そして彼女の祖国であるイライナの勝利を確信している。


 技術力がそもそも違う。


 前時代的な塹壕とボルトアクション小銃、鉄条網、塹壕、水冷式の重機関銃……それに対しこちらは最新鋭の戦車に突撃小銃、ドローンなどの無人兵器と、それを担うロボットの兵士たちだ。負ける要素が微塵もない。


 それだけでも優勢だというのに―――イライナ人というのはどうやら外敵に対し容赦がない民族性のようだ。


「なんだ……あれは」


 唐突に弾けた平原から姿を現した、この世のものとは思えないほど巨大な砲身。


 無数の支柱とワイヤーで補強された長大なそれは、かつて第一次世界大戦末期―――ドイツ帝国軍がパリに向かって撃ち込んだ列車砲『パリ砲』を思わせる。


 が、地中からせり上がってきたそれはパリ砲すらも―――それどころか後の時代の80㎝列車砲(ドーラ)15㎝高圧ポンプ砲(V3)といった巨大兵器群が子供に思えるほどだ。


 いったいあれ1門を建造するのに、どれだけの資材と資金を浪費したのか―――そもそもあれだけの質量の物体を問題なく稼働させられるなんて、どんな技術力を使っているというのだろうか。


「セロ・ウォルフラム様」


 ミカが使()()()()()()私にあてがってくれたメイド(このメイドも中身はロボットなのだろう)が、ロングスカートの裾を両手で摘まみながらお辞儀する。


「窓際は危険にございます。こちらへ」


「……」


 メイドに促されるままに窓から離れた次の瞬間だった。


 カッ、と迸る閃光。


 吹きあがる黒煙に、遅れて届く地割れのような轟音。


 窓という窓がびりびりと震え―――下手をすればその衝撃波だけでこのリュハンシク城が倒壊してしまうのではないか、と思ってしまうほどの爆音。


 撃ったのだ、あれが。


 常軌を逸した巨大兵器が。


















 撃針が、装薬を目覚めさせる。


 装填された300㎝対消滅榴弾に用いられている装薬は、シャーロットの手により炎属性の高圧魔力を添加する事で燃焼効率をUPさせた、新規製造の”複合装薬”だ。


 それの燃焼による発射ガスに押し出される形で、対消滅榴弾が砲身の中を駆け上がっていく。


 砲身の通過を察知するや、砲身に対し放射状に設けられた合計60基にも及ぶ補助薬室が次々に炸裂。発射されていく砲弾をより高圧のガスがさらに後押しし、ライフリングの刻まれた砲身内で加速させていく。


 もはやそれは砲撃というよりは、爆発のようであった。


 電子制御とAIの計算により完璧な調律が施された補助薬室の起爆タイミングにより、砲弾は設計者たるシャーロットが期待した通りの初速を得て砲身を脱出。空気抵抗もなんのその、大気を引き裂く衝撃波のドレスを纏いながら、砲口から送れて吹き出した炎すらも置き去りにして、流星の如く空へ空へと駆け上がっていく。


 空を漂う雲に巨穴を穿ち、しかし運動エネルギーの減衰により砲弾はやがて重力に引かれて、物理法則の赴くままに地表へと向かって落ちていく。


 既にイライナとノヴォシアの国境線は越えた。


 眼下に広がるは、最西端の街『マズコフ・ラ・ドヌー』。


 駐屯地ではノヴォシア軍の補給部隊が飛竜まで動員し、前線で戦う兵士たちを支援しようと物資補給の準備を始めているところであった。


 調教を受け、軍の兵器として育った飛竜”ズミール”のうち1体が、風を切る音に気付いて顔を上げたが、逃げるにしても防ぐにしても、何もかもがすでに遅すぎた。


 爬虫類特有の形状の瞳に白い閃光が迸った瞬間が映った頃には、全てが終わっていたのだ。


 唐突に空で弾けた純白の閃光。それは泡のように広がりながら瞬く間に駐屯地を呑み込むと、兵士や飛竜、建物から周辺の大気に至るまでを触れた途端に消滅させ、分子1つ残さず食い尽くしていく。


 犠牲になった兵士たちは、痛みを知覚する暇すらも無かっただろう。


 触れた物体を消滅させた瞬間に生じる熱が、まだ肌寒さの残る5月の大気を真夏のように暖めていく。


 吹き荒ぶ熱風と乱舞する純白の閃光。唐突に駐屯地が光に包まれたマズコフ・ラ・ドヌー市民たちが次に見たのは、閃光の収縮だった。


 回転する球体のように渦を巻きながら、膨張した閃光が何かに押さえつけられるかのように収縮、その規模を縮小していく。


 やがて閃光がすっかり収縮し消失した後に残ったのは―――擂り鉢状に削られた大地、数分前まで駐屯地があった筈の、クレーターと化した大地だった。



















 そんな馬鹿な、という上官の声を、アンドレイは確かに聞いた。


 この戦争は何もかもがおかしいが―――漏れ聞こえてきた伝令の報告が事実ならば、考えられない事が起こったとしか言いようがない。


「何かの見間違いではないのか? そんな筈は―――」


「見間違いではありません、確かにこの目で見たのです!」


 顔を真っ赤にしながら怒鳴り返すように、伝令の兵士は言った。















「マズコフ・ラ・ドヌー駐屯地が……消滅したのです!!」







 

 

イライナの槍


全長

・650m(砲身先端から機関部まで)

重量

・32000t(支柱含まず)

最大射程

・450m(砲弾使用時)

・無制限(ICBM使用時)

正式名称

・『300㎝戦略多薬室式報復砲』


 イライナ本土防衛及び侵略国に対する越境攻撃、または懲罰攻撃/報復攻撃のために建造された、全長650m、重量32000tにも及ぶ超大型の多薬室砲。テンプル騎士団が生産、運用していた戦略多薬室砲【タンプル砲】を雛形に、ミカエルの提案を受けたシャーロット博士が自分の持てる技術の全てを動員し拡大・発展させた世界最大の要塞砲である。

 1基の薬室と60基の補助薬室により砲弾を投射する事により従来の要塞砲では考えられないほどの長射程を誇り、更にロケット推進弾を用いる事で更に射程距離の延伸が望める他、ICBMを防護カプセルに収めた状態で装填し宇宙空間まで打ち上げ、そこから敵国本土へ落下させる事も可能(※この場合ICBMは大気圏離脱までは装薬の推力で上昇し、宇宙空間では慣性と姿勢制御用の推力しか使用しないため燃料の大幅な節約が見込め、理論上は地球の裏側への攻撃も可能となっている)。この特性から、このイライナの槍は実質的に『戦略兵器級のガンランチャー』とも言える。


 全長に対して重量が軽いのは砲身や基礎部分などに軽さと耐久性に優れる賢者の石を多用したためであり、しかしそれでも過大な重量で砲身が歪むのを防ぐため、合計7基の支柱と無数のワイヤーで補強された状態で、巨大な回転台の上に乗せられている。投入前まではその存在を秘匿するためにリュハンシク城郊外の平原の地中に隠されていたが、越境攻撃に投入するために起動、ついにその姿を現した。


 ミサイルサイロではなく巨大な要塞砲を選択したのは、そのサイズと破壊力が敵国の軍事関係者と民衆に対し脅威と映る事を期待した、一種の視覚的恫喝のためであるとミカエルは述べている。






タンプル砲との比較


全長

・230m(タンプル砲)

・650m(イライナの槍)


重量

・非公開(タンプル砲)

・32000t(イライナの槍)


最大射程

・360㎞(砲弾使用時。ICBM時は無制限)

・450㎞(砲弾使用時。ICBM時は無制限)

※450㎞は実際のキーウからモスクワまでの距離です。


薬室数

・37~45基(タンプル砲、生産時期により差異あり)

・61基(イライナの槍)


口径

・210㎝(タンプル砲)

・300㎝(イライナの槍)


結論:本家超えないでもろて。

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― 新着の感想 ―
ミカエル君…やることがずいぶんビッグな男の娘になりましたね…身長はミニマムなのに… それにしても、タンプル砲超えの巨大砲までつくるとは…シャーロットはやはり色々とビッグなお姉さんだったのですね… さて…
ミカエル君は過去何度も暗殺など襲撃を受けていますし、自分に万が一のことがあったら。あるいは天寿を全うした後の子孫のためにと、色々と考えるところがあったんでしょうね。元々学ぶことに貪欲ですしよくまあ…こ…
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