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ワンサイドゲーム

ラファエル「パパって女なの?」

ミカエル「うん”パパ”って言葉の意味を辞書で調べてみなさい???」


 1894年 5月5日


 イライナ地方 ノヴォシア国境付近 マズコフ・ラ・ドヌー郊外






 


 重そうな飛竜の息遣いを感じながら、鞍に跨る竜騎士(ドラグーン)はそっと相棒の背を撫でた。


 対消滅爆弾というのは非常に重い。対消滅エネルギーを充填した大型の爆弾―――その気になれば大都市を一撃で消し飛ばす事も可能な代物である。それほどの威力を実現するために爆弾は必然的に大型化し、それは運搬する飛竜とその操縦者にも負担を強いる代物となった。


 それが、合計20発。


 飛竜1体につき4発の対消滅爆弾が装備され、それが合計で5体の編隊を組んでいる。


 攻撃目標はリュハンシク州の州都リュハンシク、及び前哨基地となっているリュハンシク城。特にリュハンシク城は最優先目標と位置付けられており、初撃でここを吹き飛ばしてしまえば帝国にとっての脅威であるミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフも同時に無力化できるのだ。後はそのまま地上部隊を雪崩れ込ませてリュハンシクを制圧、首都キリウ侵攻のための足掛かりとすればいい。


 いずれにせよ、この戦争は早く終わる。


 イライナなど所詮は年がら年中土を弄り、レンガを地道に積み上げ、炭鉱で石炭を掘って金を稼いでいるような地域である。確かに工業化に伴って多額の投資をし、その工業化の下地を作ってやったのは事実であるが、結局は農民の集まりだ。如何に優れた技術力を有していようとも、それを担う人間(ソフトウェア)が使い物にならないのでは話にならない。


 それに対し、ノヴォシアは広大な国土と人的資源、十分すぎる技術力を有しており、今朝帝室広報官が発表した話では、極東に派遣された遠征軍は破竹の快進撃を続けており、ジョンファ、倭国、コーリア3ヵ国軍を遼東半島へ追いやろうとしているところである、という。


 いずれは極東での戦いも決着がつき、そちらから応援が差し向けられるだろう。いずれにせよイライナに未来はない。圧倒的な帝国の力に大人しく従わず、独立という無謀な選択をしたのが運の尽きだ。


 それが、飛竜に跨る竜騎士たちの共通認識であった。


 しかし―――先頭を進んでいた編隊長の肉体が、何の前触れもなく飛竜ともども粉々に砕け散った瞬間にそれは覆った。


 ドン、と腹の奥底に轟く爆音。舞い散る破片と飛竜の外殻の欠片、人体の残骸―――そしてやや遅れ、誘爆した対消滅爆弾が国境上空で眩い光を放った。


 直視すれば失明してしまうのではないか、と思ってしまうほどの強烈極まりない閃光。純白の光を放つ泡のような閃光が急激に広がるや、周囲の気流に変化が生じた。


 対消滅エネルギーとは触れた物を問答無用で消滅させ、強烈な熱を発するこの世界特有のエネルギーである。ひとたび炸裂すれば大地は抉れ、海は裂け、爆心地周辺の大気は消え失せ荒れ狂う。


 やがて光を放った後、膨張するかに見えたそれは途端に収縮。やがては何事も無かったかのように閃光が完全に消え失せ、大空には元の静寂が戻った。


「Командира сбили!(隊長がやられた!)」


「Распространяйтесь, распространяйтесь!(散開だ、散開しろ!)」


 このまま編隊飛行を続けていれば一網打尽にされる―――敵からの攻撃を脅威と感じ、爆撃コースを乱してまで散開に転じた飛竜部隊であったが、全ては遅きに失した。


 既に長距離空対空ミサイルの姿をした死神の鎌は、彼らの首筋にかけられていたのである。


 次の瞬間には目視出来ない程の遠距離から放たれた長距離ミサイルが1体、また1体と飛竜を捉えて爆散。対消滅爆弾を誘爆させながら、一番槍という大役を担う筈だった飛竜乗りたちはイライナの空に散っていった。

















1機撃墜(スプラッシュワン)1機撃墜(スプラッシュワン)


 抑揚のない声で、酸素マスクも装着せずに報告するのはリュハンシク飛行場を出撃した迎撃隊―――ソ連製の”MiG-31の操縦桿を握る戦闘人形(オートマタ)、その中でもソフトウェアを陸戦仕様から空戦仕様に変更した空軍タイプの個体たちである。


 ノヴォシアによる侵攻の初撃が対消滅爆弾による広域殲滅である事を看破したミカエル―――いや、ルシフェルの采配により出撃を命じられた彼ら迎撃部隊『セイバー隊』は、地上のレーダーサイトによるサポートを受けながら国境へと赴き、ミサイルを発射して相手に攻撃どころか視認(コンタクト)すら許さずに撃滅せしめたのである。


 元々、MiG-31は迎撃戦闘に特化した機体だ。


 大推力のエンジンによる加速性は現場への到着時間の大幅短縮を保証し、搭載された長距離ミサイルは領空に接近中の敵機を早い段階で迎撃できる事を意味する―――そこに地上のレーダー管制による手厚いサポートがあれば、祖国の空を脅かすは何もない。かつてのソ連はそう考えていたのである(ソ連には迎撃を専門とする”防空軍”と呼ばれる部署が存在していた)。


 リュハンシクの守りを固めるにあたって、ミカエルはソ連のやり方を一部参考にした。


 足の速い迎撃機とレーダーサイト、それらを高度に連携させる事で、ノヴォシアの脅威がイライナ本土に及ぶよりも先に撃滅する事を企図したのである。


 それはイライナ独立戦争という実戦において、その威力は遺憾なく発揮される事となった。


『迎撃完了。セイバー隊、帰投する(RTB)


 無線機―――ではなく、戦闘人形オートマタ同士で形成される個体間ネットワークを介してそう宣言し、セイバー1は操縦桿を倒した。


 加速に特化するあまり、旋回に関しては鈍重なMiG-31がゆっくりと旋回を開始。その後を引き継ぐように、セイバー隊の後方からMiG-29の編隊が接近している。


 彼ら戦闘人形(オートマタ)は、人間の兵士に代わって戦うよう企図して製造されたロボットの兵士だ。


 現代の軍隊において、最も高価な”部品”とはすなわち人間である。


 軍隊生活における衣食住、訓練にかかるコスト、給与やその他の手当て―――1人の兵士を育成するコストは決して無視できないものであり、戦争とは往々にして金のかかった兵士を一瞬で奪い去っていく。


 特に基本的人権を重視する先進国において、兵士1人の値打ちは高騰が止まらない傾向にあるのだ。だからこそ人的損失を少しでも回避するため、人材の喪失に繋がらず金さえかければ補充も容易い無人兵器に白羽の矢が立つのは当然の結果と言えよう。


 彼ら戦闘人形(オートマタ)は、そうした思想の極致と断じてよい。


 限りなく人間に似せられて造られている彼らだが、しかし元が機械である事もあって、そしてある程度喪失も考慮に入れてコストを抑えられているため、ルシフェルのように独自の人格を獲得するには至っていない。淡々とした、機械的な受け答えで精一杯である。


 だから敵機を撃墜した喜びも、祖国を守らんという使命感も彼らには無い。


 あるのはただ、()()()()()()()()という結果だけだ。


 それ以上でも以下でもない。


 















 地獄とは、罪人が裁かれる場所である。


 罪の重さに応じ、永い攻め苦を味わう場所―――そうであったと、ノヴォシア兵の多くが記憶している。


 では、目の前に広がるこの惨状は何か。


 地獄のようなこの惨状は、いったい何か。


「Что, черт возьми, происходит...?(いったいなにが……?)」


 ドン、と歩兵の一団の中で砲弾が炸裂した。


 着剣した小銃を抱え、さあ突撃するぞと身構えていた歩兵小隊がそっくりそのまま吹き飛ばされ、パラパラと土や礫に混じって千切れた手足や臓物、生首に血まみれの軍服の切れ端が―――人体のパーツが、数秒前まで人間だったものが土砂降りのように降り注ぐ。


 突撃しろ、と後方にいる指揮官の怒鳴り声に背中を強引に押され、他の歩兵たちも半ば怯えながら前に出た。


 そうだ、あれは何かの間違いだ。当てずっぽうの砲撃が、運よく歩兵小隊のど真ん中に落ちただけの事。敵にとっては只のラッキーパンチだ―――単なる幸運はそう長くは続かない。


 ―――では、それが”単なる幸運”などではなかったとしたら?


 ドン、とまた榴弾が落下し、隣の小隊が丸ごと消失した。


 ―――それが綿密な観測とあらかじめ予測した進軍ルートに基づいた砲撃であったら?


 立て続けに降り注ぐ砲撃―――着弾する度にどこかで誰かの悲鳴が聞こえ、突撃する兵士たちの雄叫びが恐怖の絶叫に変わり、遥か彼方の漆黒の城塞、リュハンシク城へ走っていく兵士の数がごっそりと減っていく。


 あまりにも正確すぎる砲撃を辛うじて潜り抜け、イライナ領へと進出する事に成功したノヴォシア軍の歩兵部隊たち。


 しかし彼らに、客人としてではなく外敵としてイライナを訪れた彼らに、安息の地などありはしない。


「……?」


 ドパン、と歩兵部隊の一団が吹き飛んだ。


 千切れた首と血まみれの軍帽、ひしゃげた小銃と人体の残骸が地面に降り注ぐ。


 遅れて響いた砲声―――砲弾よりも砲声が遅れて到達するほどの遠距離から狙われているのだ、と悟った一部の兵士は、大慌てで小銃を手にしたままイライナの地面の上に伏せた。


 何事か、いったい何が起こっているのかと右往左往している兵士ばかりが、どこからか飛んでくる砲撃や銃撃の餌食になっていく。


 傍らの、立ったまま大方の方角に小銃を撃ち返していた兵士の胸から上が唐突に消失し、ノヴォシア兵の1人は胃の中に残っているボルシチを吐き出しそうになった。


 いったいどんな兵器を用いれば、あんな無残に、ヒトの命の重みをあざ笑うような凄惨な殺し方ができるのか。


 彼らには分からないだろう。


 その正体が、遠距離から放たれた12.7mmの金属の礫によるものである、と。


 リュハンシクの大地の遥か彼方―――周到に偽装していた塹壕の中から、鋼鉄の怪物が一斉に這い出してきたのを見て、ノヴォシア兵たちは我が目を疑った。


「Бронемашина с пушкой?(大砲付きの装甲車?)」


 箱型の鋼鉄の車体―――その上に円盤を半分に切り取ったような形状の砲塔と、巨大な西側規格の120mm滑腔砲が備え付けられた遥か未来の兵器が、彼らの前に立ち塞がる。


 T-84-120”ヤタハーン”。


 ウクライナ製主力戦車(MBT)”T-84オプロート”に西側規格の120mm砲を搭載した、東側戦車と西側戦車のキメラのような代物である。トルコ向けにウクライナが提案・開発し、しかし採用される事の無かった悲運の戦車であるが、それがよもや異世界で祖国防衛のために最前線で戦う事になるなど誰が想像したであろうか。


 先行していたカマキリ型の戦闘人形(オートマタ)を容赦なく轢き潰すヤタハーンたち。同軸の機銃から7.62×51mm弾を放ち、砲塔上と主砲の付け根に増設されたCSAMMから12.7mm弾をひっきりなしに放つヤタハーン。機銃に雨に捉えられた兵士が1人、また1人と原形を留めぬ肉片に姿を変え、120mm滑腔砲で吹き飛ばされ、逃げ遅れれば押し寄せる戦車の履帯に踏み潰されて大地の肥料と化す。


 果敢に小銃で反撃する兵士もいたが、賢者の石を用いた事で防御力UPと軽量化を同時に果たした異世界仕様のヤタハーンには、その程度では通用しない。


 次の瞬間には機銃の反撃を受け、腰から上を木っ端微塵にされてしまう。


「Беги!(逃げろ!)」


「Что это за монстр, черт возьми!?(なんだよこの化け物は!?)」


「Шансов на победу нет, бегите!(勝ち目はない、逃げろ!)」


 銃を投げ捨て逃げ出す歩兵部隊と入れ替わりになるように、追加投入されたカマキリ型の戦闘人形(オートマタ)たちが前に出る。


 頭部にセンサーを防護する追加装甲と、首筋に対人用の水冷式機関銃を増設した”重装型”と呼ばれるタイプだ。


 不甲斐ない歩兵たちに変わって彼らの機銃が火を噴くが、しかし履帯とディーゼルエンジンの咆哮を響かせ、車外スピーカーからベートーヴェンの『歓喜の歌』を爆音で響かせながら進撃するヤタハーンたちには通用しない。複合装甲で弾かれ、逆に機銃か主砲による反撃を受け、カマキリ型の殺戮マシーンは1機、また1機と物言わぬスクラップに姿を変えていく。


 それだけでは終わらない。


 ヤタハーンの砲塔側面に増設されたラックから、どんぶりを逆さまにしたような無人機たちが次々に切り離されていく。


 対人機銃を装備した屋内制圧用無人兵器『スカラベ』だ。


 テンプル騎士団でも運用実績があり、屋内にある生命反応を”敵か味方か”だけで判別、条件に一致しない相手を情け容赦なく殺傷し制圧する対人兵器。


 血盟旅団仕様にチューニングされたそれが、戦場に解き放たれたのである。


 どんぶりのようなボディから5.56mm対人機銃の銃身と、カニを思わせる棘のような脚を生やし、ぞろぞろと敗走するノヴォシア兵の背中を追う無数の無人機たち。


 結局のところ、意気揚々とイライナに攻め込んだノヴォシア軍はその領土を1mたりとも占領する事が出来ず、開戦20分足らずの戦闘でマズコフ・ラ・ドヌー側へと追いやられる事となった。




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― 新着の感想 ―
大本営発表が当たり前なあたりノヴォシアも末期ですねえ…彼らが何を信じようと海軍は既に同人誌にされてますし、極東派遣軍と旅順もじきに同人誌にされるんですが。 ミグ31と警戒レーダをデータリンクで組み合…
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