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疎開

ミカエル「……こんなさ、ハクビシンを前面に押し出したラノベって多分コレが初めてだと思うんだ」

クラリス「いきなりどうなさいました???」


「やだやだ! おとーさまもいっしょに!!」


 ぐー、と上着にくっついて泣きじゃくるラフィーに困り果てているのは、母親のクラリスだ。


 乱暴に引き剥がしていくわけにもいかないし、かといってまだ子供だ。物事の理屈を理解するにはまだ早すぎる。


 泣いているのはラフィーだけじゃない。


 他の子供たちもそうだ。アズラエルもアラエルも、ウリエルもアザゼルもラムエルも、みんな母親に抱かれてぴーぴーと泣き声を上げている。


 それも仕方のない事だ。


 今朝方の事である―――ノヴォシアが軍をマズコフ・ラ・ドヌー近郊に終結させつつある、という情報が()()()()()()()()からもたらされたのである。


 おそらくはパック―――かつて一時的に血盟旅団と行動を共にし、”カルロス”と名乗っていたあのカメラマンからの情報だろう。この情報の早さと正確さは間違いない、他に真似できる奴らはいない。


 それとほぼ同時刻、ノヴォシア側を監視していたイライナ国家諜報局(第13号機関)の工作員もその裏付けとなる情報を入手。シャーロットによる遠隔操縦で国境付近を巡回していた大型偵察ドローンからもその映像が確認でき、両国の緊張の度合いは一気に増した。


 ―――ノヴォシアがいつ攻めてきてもおかしくはない。


 イライナの独立宣言に先立ち、リュハンシク州を中心としたイライナ東部での軍事衝突が予測されることから、既にリュハンシク、マルキウ、ズムイ、ロネスクの4州からキリウへの住民の疎開が開始されていた。


 だから今、リュハンシクの街にはほとんど人は残っていない。建築物の火災防止や後方支援を担当するための【郷土防衛隊】という民兵組織が街に控えているのみで、それ以外はほぼ無人だ。


 ノヴォシアはそれを、イライナが独立宣言を出す予兆と捉えたのだろう。


 独立宣言を世界へと向けて発出すれば、ノヴォシアはそれを軍事力で抑え込もうとするのは明白だ。それを理解しているからこそ、実質的な開戦の前には住民を避難させ人命第一の決断を姉上は下された。


 そして最後は、俺たちの子供たちと妻たちをキリウへ疎開させるのみ。


「やだぁ! ちちうえもいっしょにきて!!」


「ごめんなラフィー、それはできない」


「どうじでぇ!?」


 鼻水まで垂らしながら泣きわめく我が子の頭をそっと撫で、少し泣き止むのを待った。


 ぐすっ、と垂れてくる鼻水をティッシュで拭い去ってやってから、肩に手を置いて優しく息子に語り掛ける。


「パパはね、領主なんだ。領主のお仕事は何だったか、前に教えたよね?」


「ぐすっ……りょーみんをまもること?」


「そう、だからパパまで逃げるわけにはいかない。パパはここでお前たちやママたちを守らなきゃあいけないんだ。貴族であり、戦士でもある。分かるな?」


「やだぁ……やだよう……」


「そんなに泣くな、男の子だろ?」


 わしゃわしゃと頭を撫でるが、ラフィーは再び泣きそうになる。


「大丈夫だよ、ラフィー。パパはとっても強いんだ……パパがみんなからなんて呼ばれてるか、知ってるだろう?」


「……らいじゅーのミカエル?」


「そう、パパは雷だ。雷の化身だ」


 だから負けないよ、と言葉を続け、かぶっていたウシャンカをラフィーの頭にそっと乗せた。


 小柄な俺に合わせたサイズとはいえ、まだ3歳になったばかりのラフィーには大き過ぎたらしい。ぶかぶかで、まともに被ろうとすると目元まですっぽりと隠れてしまう。


「このウシャンカを預けよう。キリウに行っても、これをパパだと思いなさい」


「うん……」


「向こうにはアナスタシア様もいらっしゃる。パパの一番上のお姉さんだ。きっと親切にしてくれる。いいか、ママたちのいう事をよく聞いて、良い子にしてるんだぞ」


「うん」


「ご飯も好き嫌いしないで、お勉強もしっかり頑張るんだぞ」


「うん」


「約束できる?」


「できる」


「よしよし……良い子だ」


 ラフィーを抱きしめ、背中をぽんぽんと叩く。


 本当に……本当に、良い子だ。


 みんな、生まれてきてくれてありがとう。


 みんなが幸せに暮らせるように、パパ頑張るから……。


「みんな、悪いが……子供たちを頼む」


 抱き上げたラフィーをクラリスに預けつつ、モニカやイルゼ、シェリル、カーチャたちの方を振り向いた。


 彼女たちも疎開させず残した方が戦力にはなるだろう。しかし、それでは子供たちばかりをキリウに送る事になってしまう。


 父親もそうだが、子供たちには特に母親が必要だ。傍らで、成長を優しく見守る母親が。悩んだ時はそっと進むべき道を指し示し、折れそうな時は静かにその背中を支えてくれる母親が。


 まだ幼い子供たちの精神面への影響も考慮し、クラリスを始めとする母親たちも一緒に疎開させる事とした。


 男女平等が叫ばれて久しいが、しかしこういう時に身体を張って家族を守るのが男の役目だと俺はつくづく思う。


 古臭い考え方だと言われても、それでいい。下等な侵略者どもに、家族には指一本触れさせはしない。


「アザゼル、パパにバイバイしようね」


「ぴえぇ……」


 泣き虫のアザゼルは、相変わらず泣き止む気配がなかった。


 困ったような顔をしながらも、我が子を抱きかかえて列車に乗り込むシェリル。イルゼもモニカも、列車に乗る前に「無茶はしないでよ」と釘を刺すように言い残してから、キリウ行きの列車へと乗り込んだ。


 カーチャにラフィーとラグエルを一旦預けるクラリス。子供3人を連れたカーチャの後ろ姿が客車の中へと消えていったのを見計らい、リュハンシク駅の3番ホームに立った彼女はポツリと呟く。


「……これは()()()()()()()の意思なのですか?」


「……あぁ、そうだ」


 本物のご主人様。


 そうだ、俺は影武者だ。


 自分をミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵だと思い込んでいるただの機械人間。アイツに”ルシフェル”だなんて随分と勿体無い名前を与えてもらえたもんだが……。


 容姿も声も、性格も思考パターンも全て完璧に複製(コピー)した。


 全てはアイツを演じるため。1人しかいない人間、その空白(ブランク)を埋めるための補完役。


「いつからです?」


「2日前。オリジナルからは”クラリスを騙すような真似をして申し訳ない”、と」


「そう……ですか」


 彼女でも気付かなかったとは。一瞬で見破られていた昔と比べると、ドクター・シャーロットのアップデートの甲斐もあってミカエルの再限度はオリジナルと遜色ないレベルまで進歩したと言っていいのかもしれない。


「いずれにせよ、達者でな。アイツの子供たちを頼んだ」


「当然です、母ですから」


 相も変わらず素っ気ない。


 まあ、互いに愛を誓い合い身体まで重ねた関係なのだ。相手にそっくりの偽物が相手ではそうもなるか。


 でも、それでいい。


 ミカエルを演じる事―――それが俺の存在意義なのだから。


「―――あなたも」


 列車に乗り込もうとしていたクラリスが、不意に足を止めて背中越しに言った。


「―――あなたも、どうかご無事で」


「……珍しいな、クラリスからそんな言葉が聞けるなんて」


「……」


 何も返さず、クラリスはそのまま客車へと乗り込んでいった。


 乗客が全員乗り込んだことを確認するや、列車のドアが閉まり、イライナの民謡をアレンジした発車チャイムがリュハンシク駅のホームに鳴り響く。車掌のホイッスルの音の後、子供たちと妻たちを乗せた疎開列車がゆっくりとキリウへ向けて走り出す。


 どうか妻と子たちに、神のご加護があらんことを。


 窓から身を乗り出さんばかりの勢いで大きく手を振るラフィーに手を振り返し、その姿が遥か向こう、線路の彼方に見えなくなるまでホームに立ち続けた。


 列車の姿も見えなくなって、やっと俺は後ろを振り向く。


「―――領主様、全部隊戦闘配置についております」


 ご命令を、と敬礼しながら抑揚のない声で淡々と報告してくる戦闘人形(オートマタ)の兵士。人間に近い姿をし、”心”の代わりにAIを持ち、自分で考え学習する機械人間たちだが、そんな彼らでも人間の内面まで完全再現するのは不可能だったらしい。


 そう思えば、ミカエルの内面を模倣しつつ独自の人格まで備えるに至った俺は随分と上等な部類なのだろう。


 システム的にも指揮系統や戦術ネットワークの上位に固定されている。有事の際、俺がミカエルに代わってリュハンシク守備隊全軍を指揮するためだ。


 人間を再現するという意味でも、戦術コンピュータの端末として見ても、領主の複製でなければ決して許される事の無い贅沢であろう。


「全軍、B装備で待機。空軍はいつでも迎撃機を上げられるよう待機」


「了解しました」


 既にリュハンシク守備隊は戦闘態勢に入っており、状況を鑑みての越境攻撃も準備段階に入っている。戦況によってはノヴォシア国内の軍事拠点並びに最高司令部(スタフカ)に限り、長距離ミサイルや【決戦兵器】による越境攻撃がオリジナルから許可されているのだ。


 まあ、使わない事が一番なのであろうが……。


 






 さあて、侵略者(ノヴォシア軍将兵)諸君。







 このリュハンシクの守り、果たして突破できるかな?



















 状況は悪化の一途を辿っている。


 独立宣言を見越しての東部4州からの住民の疎開を、ノヴォシアは独立宣言の準備段階と見做したらしい。報告では『軍事演習』という建前で西部軍区の戦力をマズコフ・ラ・ドヌー近郊に結集させており、下手をすれば独立宣言を待たずにリュハンシク州へ攻め込んでくる可能性も否定できない。


 既にリュハンシク、ロネスク、ズムイ、マルキウの4州は全量民の疎開を完了。戦闘人形(オートマタ)を中核とした機甲部隊を展開し、防備を固めている。


「こりゃあ戻る前におっ始まりそうだな……」


「……」


 ノヴォシア領上空、高度6000m。


 この世界の航空技術では到底到達できない高度を悠然と舞うのは、艶の無い黒で塗装された1機のAn-225。リュハンシク守備隊で正式採用されている、世界最大の超大型輸送機である。


 機体後部にもハッチを増設、機首にV字形フックと、エンジン前に巻き込み防止用のワイヤーを張るなどの改造を施した”特殊作戦仕様”のこの機体を操縦しているのはみんなお察しの通り、血盟旅団が誇る万能選手ことパヴェルとかいうソビエトヒグマである。何なんだマジでアイツ。ついにAn-225まで飛ばしおったぞあのヒグマ。


 仲間の多才ぶりに呆れている俺の隣では、今回の作戦に同行したいと強く申し出てきたリーファが真剣な表情で地図をじっと見下ろしていた。極東地域にフォーカスを当てた地図には既に赤く塗り潰されたエリアがある。ノヴォシアの占領地域だ。


 西部からはジョンファ軍が、南部からはコーリア軍、倭国軍が攻め込んでいるとはいえ、それでもまだリーファの故郷である遼寧省は東半分がノヴォシア勢力圏にある。


 今回の作戦に動向を申し出てきた彼女を断るわけにもいかず、妻たちの中では唯一俺とルシフェルが入れ替わるタイミングを明かして今回の作戦への参加を許したわけだが……。


「リーファ」


「何ネ?」


「……分かっているとは思うが、冷静にな」


 熱くなっている時ほど、死神の鎌は存外すぐ近くまで迫っているものだ。


「百も承知、無問題(モウマンタイ)


「ならいい」


「おやおや、随分と緊張しているようだねェ」


 航空支援用の爆弾と各種装備が詰め込まれた、An-225の格納庫内。


 えらく場違いな声が聞こえたかと思いきや、やってきたのはサブボディに意識を移し替えたシャーロットだった。Hカップの胸をぶるんぶるん揺らしながらやってきた彼女の服装はいつもと打って変わってマルチカム迷彩のコンバットシャツとコンバットパンツだが、サイズが合わなかったのか、コンバットシャツが可哀想な事になっている。


「最新情報は?」


「奉天、負けたよ。ノヴォシアの惨敗」


 今朝のニュースの内容を淡々と伝えるかのように、シャーロットはさらりと言いやがった。


「補給線は断たれ、旅順要塞は完全に孤立した。ジョンファは温存していた精鋭の第9独立遊撃隊を東部に派遣、そのまま戦線を押し上げノヴォシアを完全に放逐する勢いだね」


「旅順要塞は?」


「海からは極東連合艦隊、陸地からは極東3国の地上部隊……四面楚歌とはこの事だねェ。クックックッ」


「ハッ、笑えねえ」


 攻勢が始まる前であればまだ勝機はあったんだが……さて、拙い事になった。これで難易度がハードからベリーハードに爆上がりだ馬鹿野郎。


 どん、と作業台の上にケースを置くシャーロット。開けても、と視線で問いかけるなりOKを貰えたので、そっとケースを開けて中身を見た。


 衝撃吸収用のクッションに包まれて収まっていたのは、1丁の拳銃―――”スタームルガーMkⅣ”。優美な銃身は独自設計と思われる大型のサプレッサーに覆われており、ドットサイトとレーザーサイトも装着済み。光学照準器が破損した際のバックアップとして、サプレッサーとの干渉を避けるための大型アイアンサイトも付属している。


 装填されている弾丸は、通常の弾丸ではなくダーツ型の銃弾―――麻酔銃だ。


「倭国兵の殺傷は国際問題になりかねない―――何かあった時は、これで凌いでくれたまえ」


「……分かった」


 今現在、イライナと倭国は同盟関係にはない。あくまでもお互いを、イーランドという共通の第三国を経由して間接的に支援しているに過ぎない。


 将来的には軍事同盟の締結も考えている倭国であるが、ここでイライナの公爵が前線で大暴れしたなどという情報が公になれば拙い事になる。


 いくら何でも今回の任務、難易度ベリーハード過ぎませんかね?


 


 

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― 新着の感想 ―
ミカエル君極東にいるはずですからおや?と思ったんですが、まさかのルシフェル君だったんですね。もう完全に彼にはゴーストが宿ってますよ。 お父さんが周りからなんて呼ばれているかの行で「フリー素材」「性別…
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