奉天会戦
皆さんどうもこんにちは、こんばんは、往復ミサイルの中の人です。
最近ちょっと仕事が繁忙期に入って参りまして、今までのような更新ペースを維持するのが困難となってきましたので、大変申し訳ありませんが更新頻度をほんの少しだけ、小さじ一杯くらい落とさせていただきます。
誠に勝手ではございますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。
1894年、5月。
二度に渡る仁川沖海戦、そして倭国海海戦を制した倭国軍はチョソン半島へ上陸した戦力と共に、一気呵成にノヴォシア帝国支配地域へと進撃を続けていた。
一方のジョンファ帝国は、犠牲を顧みない人海戦術で着実にノヴォシアに疲弊を強い、その負荷に耐えかねたノヴォシアは戦略的撤退を選択。合計23万人もの兵士たちの犠牲を払い、遼寧省西部を奪還したジョンファ軍は勢いのままに、練度の高い精鋭部隊の投入も受けて奉天へとその手を伸ばしつつあった。
補給は先細り、物資の不足が目立ち、救援の見込みもないノヴォシア極東遠征軍。
海軍の支援を失い、孤立しつつある彼らを、しかし極東三国の軍隊は万力のように締め上げつつあった。
領土を踏み躙られ、怒り狂う戦士たちの刃は、彼らにとっての臍の緒とも呼べる奉天へと迫っていたのである。
1894年 5月5日
奉天会戦
『世界が終わる日があるとするならば、きっとそれはこんな光景なのだろう』
とあるノヴォシア兵の手記より
降り注いだ砲弾の豪雨が、大地を盛大に耕していく。
パラパラと降ってくる土や小石から頭を守りつつ、ノヴォシア兵たちは必死に祈った。あの砲弾が、榴弾の姿を借りた死神が自分たちの元へ舞い降りて来ないよう、見た事も無い神に祈る他なかった。神よ我を救いたまえ、と必死に唱えながら十字を切る事しか、今の彼らに出来る事は無い。
今まで経験してきたどの砲撃よりも苛烈なものだった事は間違いない。この奉天を掌握し、ノヴォシア本土と旅順要塞を繋ぐ補給線を寸断するためにいったい彼らがどれだけの榴弾砲をかき集めてきたのかは分からないが、しかしのちの歴史に間違いなく残るほど熾烈な攻撃である事は確かだった。
砲撃が止んだ。
塹壕の中で土を払い落しながら、ノヴォシア兵たちはゆっくりと身体を起こす。
小隊長のホイッスルの音に蹴飛ばされるように持ち場につき、ボルトアクション小銃にスパイク型の銃剣を着剣しながら”その時”に備える。
一般的に、砲撃の後は歩兵による突撃と相場が決まっている。砲撃を受け混乱の最中にある陣地を、すかさず歩兵部隊の突撃で攻め落とし制圧するのだ。
薄れゆく黒煙の遥か向こうで響き渡る法螺貝と銅鑼の音。
それが合図であったかのように、無数の兵士たちの雄叫びと足音が、地鳴りのように身体の芯までびりびりと伝わってきて、ノヴォシア兵たちはその声に恐怖した。
息が上がる。
ゆらり、と黒煙の向こうに人の姿が見えるや、指揮官がホイッスルを吹き発砲許可を下した。
小銃手たちに先んじて水冷式機関銃が火を噴き、その隙を補完するように小銃手たちが引き金を引く。マズルフラッシュの向こうへ疾駆していった弾丸は無慈悲にも接近中の敵歩兵―――言語と服装からしておそらく倭国兵らしき兵士の身体を穿っていく。
が、しかし。
「……!?」
ノヴォシア兵たちは目を疑った。
被弾したはずの兵士が―――倒れることなく踏ん張るや、食いしばった歯の隙間から血を滲ませつつ好戦的な笑みを浮かべ、そのまま突っ込んできたのである。
見間違いか、それとも狙いを外したか。
似たような現象は、いたるところで生じていた。
臼砲から発射された焼夷弾が着弾、先陣を務める倭国軍の歩兵部隊の真っ只中に着弾するや、可燃性の燃料と炎をばら撒いて盛大に燃え上がる。
その火の海から、さも当然のように火達磨になった倭国兵が飛び出してきては銃剣突撃してくるのである。
しかも、その顔には好戦的な笑みを貼り付けて。
―――こいつらは人間なのか。
発砲し、敵兵の胸板を撃ち抜きながらノヴォシア兵は顔を青くした。
撃たれたはずの倭国兵と、目が合った。
にたぁ、と血まみれの顔で笑みを浮かべるや、獲物を見つけたと言わんばかりに突っ込んでくる倭国兵たち。
どれだけ撃っても、どれだけ吹き飛ばしても、どれだけ焼き尽くしてもその士気に陰りは見えない。むしろ戦の中で死のうとしているかのように、雄叫びを上げながら突っ込んでくるのである。
止まらない。
どれだけ撃っても―――倭国の兵が、止まらない。
「行け、突っ込め! 薩摩武士ん意地を見せてやれ!」
小銃弾が何だというのか。
機関銃が、臼砲が、塹壕が何だというのか。
敵なら殺す、この身と刺し違えてでも殺す。そうでなくとも必ず殺す。
戦場での死は武士の誉れ―――幕府陸軍の先鋒という栄誉を預かった薩摩藩の兵士たちの士気は、これ以上ないほどに高揚していた。
戦場だ。戦国乱世が遥か過去となり、今や倭国全土どこを探しても存在する事のなくなった戦場。それが今、異国の地に広がっている。地獄の業火を煌々と燃やして、戦を渇望する彼らを待っていたのだ。
隣を走っていた兵士が頭を撃ち抜かれ、笑いながら死んでいく。
機関銃の掃射に片腕をもぎ取られた兵士が、しかしもう片方の腕で落ちてしまった腕から小銃を奪い取り、そのまま突撃を継続していく。
薩摩の兵士は生まれながらにして皆戦士である。
腕が千切れたなら脚で戦い、脚も千切れたなら相手に噛み付き、首も落とされたならばそれでやっとだ―――そう評されるほど、薩摩の兵士は勇猛果敢であり、そして何よりも戦を望む好戦的な兵士たちばかりである。
「機関銃がないじゃ、おいん妻ん方がおじかど!(機関銃が何だ、俺の妻の方が怖いわ!)」
既に先に突撃した兵士の一団は、ノヴォシア軍の塹壕へとなだれ込んでいた。
体格に勝るノヴォシア兵に、しかし果敢に飛びかかっていく倭国兵たち。数人がかりで銃剣で突き刺し、腹をピストルで撃たれながらも軍刀で斬り殺し、組み倒されながらも近くにあった石で相手の頭を殴打し仕留める現代の武士たち。
そんな彼らはやはり皆、笑っていた。
それもその筈である―――関ヶ原の戦いから実に294年間もの間、倭国では江戸幕府による統治と太平の世が続いていたのだ。そして浦賀への黒船来航から倭国の開国、旧人類の滅亡により長きに渡り停滞していた歴史が、しかしやっと思い出したかのように動き出した。
彼らは―――薩摩の武士たちは特に、待ち望んでいたのだ。
あの血の滾るような大戦を。
戦国乱世を。
地獄の鬼たちが罪人に攻め苦を与える正真正銘の地獄が生温く思えるほどの戦場を、彼らはずっと渇望していたのである。
そんな好戦的な気質であるがゆえに、幕府は彼ら薩摩藩の兵士こそノヴォシアに対する反転攻勢の先鋒にふさわしいと全力投入を決定。前線の指揮権も薩摩藩藩主たる島津家の者に委ね、荒々しい武者たちを現代の戦場へと解き放ったのだ。
ノヴォシアからすればたまったものではない。
撃ってもなかなか倒れないどころか、血反吐を吐き笑いながら突っ込んでくる常軌を逸した兵士たち。
大熊のような体格の者が多いノヴォシア兵が相手だろうと、しかし薩摩の兵士たちは怯まない。
むしろ逆に、あの大物を討ち取るのは我ぞと言わんばかりに、特に強そうな兵士目掛けて一気呵成に突っ込んでくるのである。それも文字通り首を刎ねない限りは到底死なないのではないかと思ってしまうほど士気が高く、これ以上ないほどしぶとい兵士たちが。
ドン、と迫撃砲の砲弾が兵士たちの目の前に落ち、数名の倭国兵が吹き飛んだ。千切れた手足や肉片、骨の一部に生首が土と一緒に飛び散って、炸薬と血肉、臓物の臭いが入り混じった悪臭が風にさらわれていく。
「Вы шутите... да?(嘘だろ……?)」
ゆらり、と黒煙の向こうで揺らめく影。
迫撃砲が生み出した煙を突き破って前に出てきたのは、今しがたの砲撃で両腕を千切られ、顔にも破片が突き刺さり血まみれになった薩摩の兵士。
口にはあろう事か、刀身が半ばから折れた軍刀を咥えている。
彼だけではない。
後方からは腹が裂け腸が飛び出している兵士や、片腕が捥ぎ取られようと片手で拳銃を持ち発砲しながら突っ込んでくる兵士が、次々にノヴォシア軍の弾幕を突破してくるのだ。
「おいはこん程度じゃあ死なんぞ!」
「殺してみぃ、殺してみぃ! おいはここじゃ!!」
「首寄越せ、首寄越せ!」
「皆殺しじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
補給物資も不足し、士気も低下しているノヴォシア兵たちに、死に物狂いで襲い掛かってくる薩摩兵はさぞ恐ろしく映った事だろう。
終いにはあろうことか機銃陣地すら歩兵の波に飲み込まれて制圧され、塹壕から命からがら這い出して後方へ遁走を図るノヴォシア兵まで現れる始末である。
戦線の崩壊も近いのではないかと思われたその時―――逃げていくノヴォシア兵たちの後方から、軋むような音を立てながら巨大な影が現れる。
「なんじゃ、あやぁ?」
棘のように鋭く尖った細い脚。
6本のそれに支えられたこれまた華奢な胴体からは、銀細工のようにシャープな腕が伸びており、その先端部には大剣のように巨大な対物ブレードが搭載されている。
ジョンファ軍との戦線から転戦してきた個体なのだろう、既にそのブレードには斬り殺したジョンファ兵の血が付着しており、満足に整備の行き届いていない機体の関節からはグリス不足で軋むような音が響いていた。
アリクイを思わせる頭部の複眼が紅く輝き、倭国兵を認識するなりブレードを展開して襲い掛かる素振りを見せる。
「大物じゃ」
「あいを仕留むったぁおいだ。わいらはそこで見てろ(あれを仕留めるのは俺だ。お前らはそこで見てろ)」
「バカゆな、ぼっけもんを仕留むったぁこんおいだ(バカ言うな、大物を仕留めるのはこの俺だ)」
ノヴォシア兵と入れ替わりで現れた大型のカマキリ型戦闘人形―――総数53機。
一斉に戦闘モードに入ったそれに、しかし薩摩兵は臆さずに突っ込んでいった。
小銃弾を放つが、しかし戦闘人形の装甲は貫通を許さない。甲高い音を響かせながら弾丸は跳弾し、逆に大型のブレードが倭国兵を3人まとめて刈り取った。
仲間の無残な死を前にして、しかし薩摩兵たちは微塵も怯まない。
―――戦場での死は武士の誉れ。
真っ二つにされた兵士たちは、やはり笑いながら死んでいた。
彼らはこの戦国乱世を実に300年近く待ったのだ。
今こそが、この瞬間こそが、己の生まれた意味を、その理由を、存在価値を世界に刻みつける一世一代の大舞台。
ならば死を恐れる必要もない。戦うも誉れ、死するも誉れである。
戦闘人形の懐に潜り込んだ薩摩兵が関節部へ銃剣を突き立てる。ガッ、と人間を突き刺す瞬間とはまた違った硬質な手応え。肘から先がじんと痺れる感覚に顔をしかめている間に、損傷を認めた戦闘人形が脚を振るって兵士を吹き飛ばそうとする。
間一髪、屈んでその一撃を回避するや、突き刺さったままの小銃を手放して軍刀を引き抜いた。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」
幼少の頃から慣れ親しみ、叩き込まれた薩摩式剣術。大きく振り上げた軍刀を猿叫と共に振り下ろし、脚の関節部をバッサリと両断する。
がくん、とバランスを崩す戦闘人形。その隙に背中によじ登るや、アリクイのような頭と胴体を繋ぐ首の部分―――人間でいううなじの部分に拳銃を突きつけ、マガジンが空になるまで引き金を引き続ける。
ボルトが後退し拳銃が沈黙するや、ぎぎぎ、と軋むような音を断末魔代わりに、カマキリ型の戦闘人形は動かなくなった。
他の場所でも、恐れるどころか逆に殺到してくる薩摩兵の猛攻に、カマキリ型の戦闘人形が1機、また1機と戦闘能力を喪失し擱座、撃破されていく。
攻勢開始から30分足らず。
奉天の防衛線は、早くも瓦解の兆しを見せていた。




