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好機来たる

セロ「あっそうだ」

ミカエル「?」


セロ「マルガレーテの身長が170㎝超えたんだけど(145→170㎝)」


発狂ミカエル君「ン゛ァ゛ァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!(550㏈)」


 これはあくまでも個人的な価値観に過ぎないのだが、ミカエル君的にはいわゆる『ヒモ』という類の男が許せなかったりする。


 考え方が古臭いとかよく言われるけれど、結婚して家庭を持ったのならば相手を養ってやるくらいの気概を持たなければ、と考えているので、もしミカエル君の目の前にヒモ男が現れた途端に殴……りはしないが、まあ-3000ミカエルポイントくらいは減点する事になるだろう。


 もちろん金銭面だけではない。結婚したからには相手を色々と満足させてあげられるよう努力する事が夫婦円満のコツ……じゃねーかなと思ってる。


 というわけで結婚から4年、ここまで全身全霊で頑張ってきたミカエル君なのだが……。


「……大丈夫かお前?」


「ぴゅ」


 喉の奥からハクビシン的な変な声出た。


 よろよろとした足取りで車から降りるなり、一足先に飛行場で待っていたセロが心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「なんか……その、やつれてない?」


「……昨晩寝かせてもらえなかった」


「え? ……あっ」


 やつれ、目の下にクマを浮かべておぼつかない足取りのミカエル君。それとは対照的に運転席から降りてきたクラリスとシェリルはというとなんか健康的で、満ち足りたような顔をしている。


 セロは何かを察したようだが、まあその通りでございましょう。赤裸々にここで語ったら青少年がアカンというか、問題が生じるというか、18歳未満には早いというか、R-15の範疇で留めなければならないのでアレだけど、まあ搾られたなぁ、と。


 激務を終え、食事とシャワーを済ませて部屋に戻ったミカエル君を待ち構えていたのはサキュバスのコスプレをしたクラリス、シェリル、それからシャーロットのホムンクルス3人衆。明日キリウ行きで早いから今夜は寝かせてとお願いしたんだけど我慢できなかったらしく、気がついたらベッドに押し倒され、手錠までかけられて夜戦開始である。


 伴侶を満足させるのも夫の務めとはいえ、あんな底なしのスタミナを持つホムンクルス兵×3を相手にするのはさすがにきつすぎる。


 そして今夜はモニカとリーファの番(という事になっている)。だからなのだろう、最近は俺だけ食事が別メニューで、オークのキモ(ロイド兄貴の主食)のソテーやらウナギやらレバニラやら、やたらとスタミナのつく食事ばかり食べさせられている。


「……確かに声凄かったもんな」


「聞こえてたのか」


「いや……あんなエロゲみたいなセリフマジで言う奴いるんだなって」


「忘れろ。一生のお願いだから  忘  れ  ろ  」


 お願いだから忘れてほしい。いやマジで。


 メイド服姿のクラリスにコンバットシャツとコンバットパンツ、チェストリグ姿のシェリルという、所見の人からしたらマジで「キミたちは何の集まりなのかな?」状態のメンバーで飛行場の奥へと向かうなり、奥の方に巨大な影が見えてくる。


 ソ連製の大型ヘリ『Mi-26』。完全武装の歩兵数十名を輸送可能な世界最大級の軍用ヘリコプターである。リュハンシク守備隊でも相当数が配備されていて、中には独自開発した大型スタブウイングに対戦車ミサイルやら無誘導ロケット弾を親の仇のように搭載したガンシップ仕様も存在する。


 格納庫で俺たちの到着を待っていたのは、リュハンシク守備隊に1機だけ存在する”領主専用機”だ。


 艶のある黒を基調に、黄金のアクセントが機体各所に散りばめられており、胴体側面には『Князівство Елайна(イライナ公国)』だの『Особистий літак лорда Рюхансіка(リュハンシク領主専用機)』という記載が見られる。


 随分とエレガントな塗装だが、公務の際にこれに乗って相手の領地へ赴いたりする事になるので、あまり貧相だったりみすぼらしい塗装だとリガロフ家の名に泥を塗る事になる。こうやって豪華な装いにする事で『ウチはこれだけの権力や財力があるんだぞ』と相手に知らしめるのだ。


 あまり好きなやり方ではないが、貴族社会では相手に舐められないのも大事な要素なのである。


 ただなんかこう、ミリオタ的な思考回路が働いてしまうのだ。あんなエレガント極まる塗装に何の戦術的(タクティカル)優位性(アドバンテージ)があるというのか。


 機内はさながら富裕層向けのジャンボジェットのようだった。床には落ち着いた色合いの紺色の絨毯が敷かれ、イライナ公国の国章でもある黄金の三又槍が描かれているという凝りよう。いくつかのリクライニングシートと領主用のデスク(モニター付き)まであり、奥の方にはちょっとした個室も用意されている。


 座席に着くなり、機体が動き始めた。誘導員の指示に従いヘリポートへと移動するや、一足先に離陸したガンシップ仕様のMi-26、それから護衛を担当する2機のKa-50に遅れる形で、この領主専用機も離陸する。


 目的地はイライナ最大の都市―――独立の暁には首都となるキリウ。


 目的は、姉上にハンガリアからの国書を届ける事。


「……随分見ない間にこんな軍隊まで持ってたんだな」


 リクライニングシートに座り、窓の向こうを跳ぶKa-50”ホーカム”を見ながらポツリとセロが呟くように言う。


「そりゃあ、独立戦争の暁には帝国と真っ先にぶち当たるからな」


 仮想敵国からの第一撃を受け止め、被害を最小限に抑えるためには必要な投資であると考えている。軍事力、とりわけ安全保障というのは国家規模の保険だ。まともな軍事力がなければ国は荒らされ、併合され、そこに広がるのは地獄だが、しかし一流の軍隊にキッチリと守られていればその限りではない。


 国民の生命も財産もしっかり守ってくれる―――国家レベルの保険、軍事力というのはそういうものだ。


 武器を捨てる事が理想なのだろうが、まあそれはあくまでも理想でしかない。すぐ近くに虎視眈々と侵攻の機会を伺っている仮想敵国がいる状態で「さあ武器を捨てて平和を目指しましょう!」というのはバカのやる事だ。


 理想は抱くが、しかし俺はそれ以上に現実を見ているつもりである。


 少なくとも、国民のために頑張っている軍人に罵声を浴びせるような”自称平和主義者”よりは、よっぽど。


「1890年代に最新鋭の現代兵器、おまけに高性能ドローンと機械の歩兵で編成された機械仕掛けの軍隊か。大したもんだ」


「人あってこその国だ」


 人民があって国がある。国あっての人民ではない。


 人民がいる限り、文化の継承者がいる限り、国は決して滅びない。


 だからこそ人命を徒に消費するような戦い方は厳に慎むべきであるのだ。


 パヴェルから聞いた―――遥か東方、ジョンファでは人海戦術で人命を擦り減らしながら、ノヴォシア側の兵站に負荷をかけ占領を断念させる作戦が取られていると。


 リーファには悪いけれど、今の皇帝となった【長善】とかいう彼女の兄はきっと統計でしか人の命を見ていないのだろう。紙の上にインクで記された数字しか見ていないから、現場を知らないから、今を生きる人間1人1人の声を、顔を、姿を知らないからそんな作戦を選択できるに違いない。


 ぶっちゃけ嫌いな戦い方だ。醜悪極まるとはこの事か。


「人命に勝る宝は無いよ」


「……リュハンシクの領民は幸せ者だな。こんな優しい領主様を迎えられて」


「それがご主人様の素晴らしいところですわ」


 えっへん、と胸を張るクラリス。なんだろう、セロが来てからというものやたらと胸を強調するような仕草が増えたような気がするんだが。やめなさい、お前セロに勝てるわけ無いだろ身長(タッパ)でも胸でも負けてるんだから。


 トレイに乗せて運んできたティーカップを小さなテーブルの上に置いて回るクラリス。護衛担当のシェリルはというと、窓の外を見ながら立体映像投影型のタブレットで現在位置と予定到着時刻の確認、それから血盟旅団のデータベースにアクセスしてノヴォシア側の動きを監視しているようだ。


 ちなみにだが、子供たちはシャーロットに預けてきた。やんちゃな子たちばかりなので今頃彼女はもみくちゃにされているに違いない。合掌。


「……そういえばさ」


「ん、どうした?」


 クラリスが持ってきてくれた紅茶にジャムの塊をぶち込み、小匙で軽くかき混ぜながら問いかけた。


「セロの今の肩書のさ、その……”ウォルフラム勇敢爵”ってなに?」


「あー……」


 イライナにも子爵とか男爵とか伯爵とかそういう爵位はあるんだが、”勇敢爵”という爵位は聞いた事が無い。ハンガリアや他の国で採用されている爵位なのだろうか。


「エリザベート・バートリーの一件……あっただろ」


「ああ」


 エカテリーナ姉さんが嫁いだ先―――ハンガリアの大貴族、バートリー家で起きた事件を思い出す。嫌でも忘れられない、リガロフ家にとっては大事件だ。


 当主エリザベート・バートリーが永遠の若さ欲しさにエカテリーナ姉さんを生贄とし、黒魔術を使おうとした。それを察知した俺たちはセロの協力のおかげでハンガリアへ突入、姉さんを救出し黒魔術の発動を阻止したのである。


 あくまでもジノヴィ兄さんから又聞きした話ではあるのだが、あれからハンガリア内は随分と大変なことになったらしい。


 憲兵隊の捜査が入り使用人は死刑、黒魔術発動の首謀者であるエリザベートももれなく断頭台(ギロチン)送り……かというとそうではなく、大貴族ゆえの特権で死刑は回避されたのだそうだ。その代わりに彼女は死ぬまで幽閉される事となったという。


「ミカたちには悪いが、ハンガリアでは()()()()()()()()()()()()()()()()


「……え、セロが?」


「普通に考えてみろ。大国の大貴族を嫁に向かえて生贄にしたら奪還されて息子も殺されました……真相がそのまま明るみに出たら最悪戦争だぞ?」


「あー……」


「だから表向きはエカテリーナさんではなく領民が生贄にされて、私が解決した事になった。それで嘘っぱちな功績で貴族に列せられたってワケだ」


 ハチミツ入りの紅茶を口に含んで喉を潤し、セロは息を吐く。


「まあ、とはいえ領地も無い一代限りの名誉称号だけどな」


「なるほど、ハンガリア国内ではそんな事になってたのかアレ」


「ああ。おまけに普通に生活するには困らない年金も支払われてる」


「口止め料ってところか」


「そんなところだ」


 ともあれ、彼女の活躍のおかげでエカテリーナ姉さんの命があるのも事実だ。彼女には感謝してもしきれない。


「あの時は大変だったよ。ハンガリアに一時帰国するなり政府に呼び出されて、あれよあれよと爵位授与だ」


 なんというか……セロも大変なんだな。


 権力を振るう側に立つと、どうしても権力者同士の思惑だとかそういうのが可視化されて、みんな苦労しているんだなというのが嫌でも分かってしまう。


 俺もこの程度で音を上げている場合ではないようだ。


















「―――セロ・ウォルフラム勇敢爵」


「はい」


「非公式とはいえ支援の件、感謝する」


「では」


「ああ」


 口元に笑みを作るなり、姉上は首を縦に振った。


「独立後の友好関係締結と格安での資源売却、確かに承った」


 ハンガリア政府からの国書を、暫定的にイライナの中枢にいるとはいえ公爵家が議会も通さずOKしてもいいのかとは思ったが、あくまでも向こうの支援は非公式なものだ。露骨に公に出してノヴォシアとの関係悪化の原因を作ってしまえばハンガリアにも迷惑がかかってしまうから、この件も秘密裏に進めてしまおうというのだろう。


 特に、ノヴォシア崩壊と相成れば次にあそこに誕生するのはイライナ地方以外の国土を継承した共産主義国家である。崩壊まで行かなくともイライナ側に与したと見做されれば攻撃の標的になりかねない―――戦争の当事者ではないが故に、細心の注意を払って舵取りをしなければならないというのがハンガリアの実情なのだ。


「我らがイライナには鉄鉱石も石油も豊富にある。独立の暁には是非とも格安での取引を……」


「感謝します。これで国王陛下もお喜びになる」


 満足そうに頷くなり、姉上は立派な封筒に入った手紙をセロに手渡した。


「そちらからの提案の件について、イライナからの正式な返答だ。ハンガリア政府に渡してほしい」


「分かりました。この度は我々からの申し出を寛大に受け入れていただき、感謝申し上げます。リガロヴァ公爵」


「ハンガリアとの交流の歴史はふるい―――共に良き未来を築こうじゃないか」


 席から立ち上がり、セロと握手を交わす姉上。


 密室で人払いをしていなければ、きっと今頃周囲で記者だのカメラマンのカメラがストロボの光を迸らせてるんだろうなぁ……なんて考えている間に、姉上がセロに目配せで少し席を外すように促している事に気付いた。


 小さく頷くや、「ちょっと外で待ってる」と言い残し退室するセロ。


 姉上の執務室に残されたのは、俺と姉上の2人だけだ。


「……ミカ」


「はい、姉上」


「極東の情勢は聞いているだろう?」


「……はい」


「兵站は先細り、東部からはコーリアと倭国の連合軍が迫っている……極東遠征軍はもう長くない」


 腕を組み、姉上は目を細める。


「ノヴォシアが疲弊している今―――()()()()()()と見ている」


「……では、いよいよ」


 始まるのか。


 一世一代の大舞台が。


「キリウで受け入れ態勢を整えてある。領民と、それからお前の子供たちを速やかに疎開させよ」


「……分かりました」


「それともう一つ」


「何です」


















「―――ミカ、お前に極東で仕事を頼みたい」









・イライナハーブ

 イライナに自生する植物。シャーロットの分析によるとカモミールの一種の模様。優しい香りと多様な色の花をつけるのが特徴で、イライナ地方では古くからお茶や郷土料理、薬草として重宝されてきた。花の色によって効果に差異があるらしく、主に血行促進や疲労回復などの効果がある。

 また濃縮する事で麻酔薬となるため、パヴェルはこれをジギタリスなどの薬草と調合し独自に麻酔薬を開発、そこから麻酔弾を生産している。



・オークのキモ

 その名の通りオークのキモ、内臓。古くからオークの底なしの性欲と深く結びついたものと考えられているスタミナ食材であり、主に焼いて食べる事が多い。しかし臭いが強烈であるため調理の際には香草に付け込むなどの下準備は必須。味は見た目に反してクリーミーで美味しいらしい。

 なお、ベラシア地方ではスタミナをつけて夏を乗り切るため、日本人が土用の丑の日にウナギを食べるノリでオークのキモを一族みんなで食べる習慣があるとの事。


 ちなみにロイド兄貴の主食である。

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身長は固定され毎晩ヒモではなく干物にされるミカエル君の明日はどっちだ… この手の政府専用機ってある程度の豪華さがないと駄目ですからね。国賓(今回はセロ)を招くことも往々にしてありますし。外交という側…
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