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隣国からの使者

パヴェル「俺さ、確か中学と高校の夏休みなんだけど、補習で夏休み潰された事あってね」

ミカエル「え、お前でも赤点取る事あったんだ」


パヴェル「 ち な 道 徳 の 補 習 」


ミカエル「うーんこのウェーダンの悪魔」


《А тепер про наступні новини. У третьому житловому районі Рюханська, обласного центру, у магазині «Рубиков» сталася пожежа, в руїнах якої було знайдено тіла трьох людей. Пожежники оголосили причиною пожежі необережне поводження з сигаретами та закликали людей бути обережними з вогнем, щоб запобігти пожежам(それでは次のニュースです。州都リュハンシク第三居住区にあるルビコフ雑貨店で火災があり、焼け跡から3名の遺体が発見されました。消防隊は火災の原因はタバコの火の不始末であると発表しており、火災防止のため火種には十分注意するよう呼びかけています)》


 パパン、パパパン、とMP5の軽快な銃声が響く。


 G3ライフルの内部構造を参考にしたこのSMGは、兎にも角にも命中精度に優れている。今までの”弾丸をばら撒き近距離の敵を制圧する”というSMGの在り方を大きく変え、むしろ簡易的な狙撃にすら使用できるほどの精度はまさに革新的と言っていいだろう。


 マガジンが弾切れになるや、コッキングレバーを引いてからマガジンを外した。ポーチから予備のマガジンを取り出し装着、引っかけていたコッキングレバーを左手で叩き落して再装填、射撃を再開する。


 ビー、と訓練終了のブザーが鳴り響き、マガジンを取り外してから一発発砲。薬室の中に残っていた弾丸を撃ち切って弾が出ない事を確認、安全装置(セーフティ)をかけて銃を置く。


 ラジオのニュースが終わり、化粧品のCMになったところでラジオのスイッチを切った。


 薬莢受けの中の薬莢を作業台の上にぶちまけて、発砲数とちゃんと数が合うかを確認。数が合わなければ大変なことになるのだが、幸運にも発砲数と薬莢の数は合っており、俺は息を吐いて安堵する。


 大げさかと思うかもしれないが、銃という人の命を奪う武器の管理は徹底して行わなければならない。逆に、こういう管理が出来ない人間には武器を任せてはならない、という事でもある。人の命を奪いかねない殺傷力と、それを使いこなす訓練をしているという自覚はしっかり持っておきたいものである。


 薬莢受けの中に薬莢を戻すと、ちょうど訓練終了を察知したらしい戦闘人形(オートマタ)の兵士が訓練場にやってきた。テンプル騎士団が運用していた黒騎士のような姿の彼らとは異なり、リュハンシク守備隊に所属する戦闘人形(オートマタ)たちは人間に近い姿をしている。


 パヴェルの義手を覆うシリコン製の人工皮膚と同じもので身体を覆われており、その姿は20代前半から後半くらいの成人男性のようだ。最近では外見もアップデートされつつあり、近くで見ても余程目を凝らさない限りはその質感の違いに気付く事はまずないと言っていい。


 姿に関しては、シャーロットが街中で無作為にデータを取り、AIを使用して”複数の人間の身体的特徴を、破綻の無い範囲でかつランダムに組み合わせて”モデリングしているとの事だ。だから特定の誰かを参考にこそしているものの、複数人の身体的特徴のちゃんぽんになっているので、街中でモデルになった人と鉢合わせしドッペルゲンガー騒ぎに……という事にはなり得ないのだそうだ。


 そんなリアルな姿の彼らだが、しかしやはり中身が機械だと意識させられるのはその表情と抑揚のない声だろう。


 一応は笑ったり悲しそうにしたりと、人間の基本的な感情のデータは入っているが、しかし何というか……”人間のふりをしている”という感じが拭えないレベルだ。


「訓練お疲れ様でした」


「ああ、ありがと」


 薬莢受けを彼に預け、MP5を武器庫のロッカーに収めて訓練を終える。


 あの空薬莢は再利用される予定だ。実戦用の弾薬は塗布されているメタルイーターの作用で瞬時に酸化、元が何だったのか分からなくなるレベルまで分解される。


 しかし訓練用の薬莢はその限りではない。洗浄し、然るべき処置を施して再び訓練用弾薬として生まれ変わる事で、薬莢に使用する資源の節約を図っている。


 イライナには豊富な資源が眠っており、輸入に頼る必要がないほどだが、かといって資源を湯水のように浪費していいという事にはならない。


 部屋に戻ってシャワーを浴び、火薬の臭いを落としてから髪を乾かす。個人的にこだわっているケモミミの先っぽに生えている毛をこう、ふわっふわになるように仕上げていると、コンコン、と部屋をノックする音が聞こえてきた。


 カーチャかな、とノックする音の強さでそれとなく来訪者の正体を看破(コーヒーの匂いもするし間違いはなさそうだ)するなり、俺は上着を身に纏ってからドアの方へと向かい、ドアを開けた。


「ぱぱ!」


「おー、ラム」


「絵本よんで!」


「この子ったらパパに絵本読んでほしいって」


「はははっ、それなら仕方ないな。まあ上がって上がって、クッキーあるから」


「わーい♪」


 カーチャとの間にも、娘が1人生まれた。


 名前は『ラムエル・ミカエロヴィッチ・リガロヴァ』。ハクビシン獣人の俺と、黒猫の獣人であるカーチャの間に生まれた女の子である。


 黒猫とハクビシンの遺伝子が程よくブレンドされた結果なのだろう、頭髪は黒いけど前髪の一部からつむじにかけて真っ白な髪も生えている。それ以外は真っ黒で、まるで闇がそのまま具現化したかのような色合いだ(光を当てても光沢すら見えない)。


 眉毛や睫毛は黒く、本当に白いのはその前髪くらいのもの。瞳の色は満月のような金色で、ぱっちりと開いた丸い目は愛嬌がある。


 それは良いのだが、この毛並みのせいで暗闇とか黒いものが背景にあるとラムの姿がとんでもなく視認し辛い。本人に悪気は無いのだろうが、暗闇の中からぬぅっと現れたり、暗闇の中で黄金の瞳を爛々と輝かせている姿は見る側にとってはだいぶ心臓に悪い。


 おかげで最近なんかは暗闇にラムが潜んでいないかチェックする癖までついてしまったほどだ。


 性格は無邪気……というか、気分屋なところがある。いきなり部屋の中を走り回ったりしたかと思いきや、大好きな絵本を読んであげるからとラムを呼んでもクローゼットの中とかその辺の木箱の中にちょこんと収まったまま微動だにしなかったりと、まあ猫そのものである。


 一応はジャコウネコ科の獣人なのではあるが。


 というわけで早速絵本を読み始めるわけだが、俺の膝の上にゴロンと寝転がりながらお話を聞いてるラムは早くも飽きてしまったらしい。まだ勇者が魔王の城に向けて旅立ったばっかりなんですけど。


 仕方がないので自慢の長い尻尾を猫じゃらし代わりに振ると、すぐにラムの視線がそっちを向いた。満月みたいに丸い目でじっと尻尾を見ながら、手を伸ばして捕まえようとする。


 この子、中身はハクビシンというより猫の獣人なのかもしれない。


 大人になったら性格はカーチャみたいな感じになるのかなぁ……と思いながら人数分のコーヒーとホットミルクを準備する彼女の後ろ姿を見ていると、視線に気づいたカーチャにウインクを返され思わずどきりとした。


 あの女、標的だけじゃなく俺のハートまで撃ち抜いてきやがる。



















 幼い我が子たちとキャッキャしつつ、ノヴォシアの動きや極東情勢に神経を尖らせる毎日が一週間ほど続いたある日の事だった。


 イライナを取り巻く環境に、また新たな変化が生じた。


 隣国『ハンガリア王国』から使者がやってきたというのである。


 

















「久しぶりだな。何年ぶりだろうか」


「そっちこそ、元気そうで何よりだ」


 リュハンシク城にある応接室。


 城であり軍事拠点、優美な装飾とは無縁な実用性一辺倒の場所であるが、しかし貴族や来客を迎える場所である応接室だけは例外だ。瀟洒な赤い絨毯にイーランドから輸入した調度品で飾り立てた一室は、リガロフ家の面目を保ちつつも相手方に失礼のないよう配慮したものとなっていて、高貴な身分の御仁を出迎えるにはうってつけの空間と化している。


 さて、そんな空間で出迎える事となった来客だが、随分とまあ懐かしく、それでいて色々と目のやり場に困る相手だった。


 褐色肌に銀髪、それはいい。この世界でもありふれたものだし、人種が多種多様であるように獣人も同じく多種多様だ。刃の如く鋭い質感を放つ銀髪からは狼のケモミミが伸び、食物連鎖において下位に位置するハクビシンの獣人としては、天敵に本能的に警戒してしまい手汗が滲む(狼はハクビシンの天敵の1つだ)。


 まあいい、それはいい。狼の獣人なんてどこにでもいる。


 しかし身長2mオーバーで、更に胸と尻が弁え知らずのソシャゲのキャラの如く異常にデッカいうえ、以前見た時は腹筋がバッキバキに割れているという性癖の過剰積載のような身体を見せつけられれば注目せざるを得ない。


 クラリスよりデカいのだ。胸も身長も。


 ハンガリア王国が派遣した使者―――『セロ・ウォルフラム』との再会をこんなところで果たすとは、夢にも思わなかった。


 ハンガリア王国でのバートリー家の一件では姉が世話になったし、転生者殺しの一件の時もそうだ。さすがに彼女が”お嬢”と呼んでいるマルガレーテほどではないけれど、付き合いのある相手である。


「ハンガリアでもお前の話を聞いたよ。少し見ない間に領主になるわハーレム作るわ、やりたい放題やってるみたいだな」


「ハンガリアにも伝わってるのかこの話」


「ああ。ハンガリアは最近イライナとの関係を注視しているからな。嫌でもミカの話は入ってくる。まあ積もる話も色々あるが……今回は真面目な話だ」


 セロの目つきが戦闘モードになったかのように細められる。


「ここからは冒険者セロではなく、ハンガリア使者―――”ウォルフラム勇敢爵セロ”として話す」


 九分九厘、今のイライナ情勢を巡る話なのだろう。


 衰退しつつあるノヴォシアと、その沈みゆく泥船から脱し独自の未来を掴み取ろうとするイライナ。大陸で影響力を誇示していた大国の崩壊に直結しかねない最近の情勢は、多くの国が注視している。


 さて何を話し始めるのかと固唾を呑んで見守っていると、唐突にセロはその豊満な胸の谷間から一通の封筒を取り出した。


 待ってお前そんな大事な書類なんつー場所に隠してんの???


 今ボソッと「今度やってみようかしら」って言ったの聞いてたからなクラリス。お前の胸のサイズだったらできるだろうけどやめろ、誰に対してやるつもりなんだ誰に対して。


 そしてイルゼは煩悩察知次第何もない場所から金属釘バット召喚すんのやめろ???


「あくまでも非公式だが……ハンガリアはイライナの独立支援を検討している。これは政府の密書だ。キリウにいるお姉さんたちに渡してほしい」


「……中身、確認しても?」


「ああ。ちゃんと国王と宰相の署名もある」


 封筒を受け取るなり、意を汲んだクラリスがペーパーナイフを差し出してくれた。気の利くメイド兼妻に心の中で感謝しつつ封を切って中身を確認してみるが、確かにちゃんとハンガリア王家の紋章が描かれており、記載されている署名もおそらく本物だ。


 手紙の内容は検討中の独立支援について協議したい旨がハンガリア語とイライナ語の二ヶ国語で記載されている。


「近年のノヴォシアによる南下政策にハンガリア政府は警戒を強めているからな。ノヴォシアの弱体化はどの国も考えているのさ」


「ノヴォシアは嫌われ者だな」


「大きくなり過ぎたんだ、アイツらは」


 そして今、身の丈に合わない背伸びを繰り返したツケを支払う時が来ている、という事だ。肥大化を続けた国家がやがて自重で崩壊していくのは歴史が証明している。


 無論、そんな結果に行き着くつもりは毛頭ないが―――もし仮に100歩譲ってイライナの独立戦争が失敗に終わってしまった場合でもノヴォシアの弱体化は免れないだろう。


 僅かな出費で南下政策を止められれば御の字。独立すればノヴォシアに対する壁が出来上がる―――どう転んでもハンガリアにとっては旨味のある話というわけだ(そしてもちろんイライナがノヴォシアに対する壁になれば万々歳というわけだ)。


「―――支援するからには対価が必要、そういう事だな」


 目を細めながら言うと、セロは口元に笑みを浮かべた。


「さすが領主様になるだけの事はある。早い話が独立戦争後の友好関係締結と、資源の()()()()()での販売だ」


 頭の中に地図と周辺諸国の情勢を思い浮かべる。


 ハンガリアはイライナほどではないが、広大で肥沃な平原が広がる農業国だ。だが周辺諸国が強大化する中で国力を高めようと、工業化を推し進めている。


 工業化と近代的な軍備の整備に資源は必要不可欠―――そのための資源が、お隣の仲良くなった国から()()()()()()()となれば、これ以上の美味しい話はないだろう。


「それくらいなら出来るかもしれない。姉上に掛け合ってみるよ」


「ありがとう。ただ、大々的な支援はできない。限定的なものになると考えてくれ。いくらノヴォシアが仮想敵国とはいえ、中指を立てて関係悪化するような事は避けたい」


 だろうな、とは思う。


 今のノヴォシアの事だ。下手に刺激すればハンガリアまで「参戦した」と見做して攻撃してくる可能性だってある。まあ、そうなれば戦線を4つ抱える事になってノヴォシアは死ぬわけだが今のノヴォシアならやりそうだ。


「現実味がある支援は冒険者に艤装した少数の義勇兵の派兵、輸出品に紛れての物資援助、いくつもの銀行を経由した資金提供……この辺りが精一杯になると思われる」


「いや、十分だ。十分すぎる」


 戦争になれば卒倒するほどの額の金が一日で溶ける事になる……それだけの負荷に耐えられる国が戦争に勝利するのだと歴史が告げている。


「まっ、詳細は後から来る外交官と詰めればいい。それともう一つ」


「何か」


「―――私をしばらくリュハンシク城(ここ)に置いてほしい」


「ここに?」


「ああ。私の仕事は密書(これ)を渡すだけじゃなく、イライナとノヴォシアの動向調査もある。もちろんタダでとは言わないぞ。ハンガリア政府からちゃんと費用は払われる。それに……」


「それに?」


 にっ、と交戦的な笑みを浮かべるセロ。


 鋭い牙をちらつかせたそれは、まさに捕食者の笑みだ。





「―――私が戦力になるのは知っているだろう?」










 こうして、一時的にだがセロが仲間に加わった。





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― 新着の感想 ―
寧ろパヴェル(そして人格ベースとなった力也氏)には補習で何とかなる程度には、倫理観がちゃんとあったんだなと感心したと言っては、余りに失礼でしょうかね。これは() 他のメンバーもそうですがミカエル君達…
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