表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

865/980

忌み子の願い

レギーナ「私ね、ミカに天使の名前を付けたのは”天使のように慈悲深く、皆に愛されるようないい子に育ちますように”って願いを込めたのが理由なの」

レギーナ「サリーも同じよ。2人ともあんな出生だけど、少しでも幸多い人生を歩んでくれますようにって親としては願わずにいられないもの」


白目レギーナ「でもまさかこんなに天使の名を持つ子が増えるなんて聞いてないわ私」



《Ми прибули на кінцеву зупинку, Ареса. Будь ласка, будьте обережні, не залишайте нічого позаду. Цей поїзд буде безповоротним поїздом. Зверніть увагу, що ви не можете продовжити поїздку поїздом(アレーサ、アレーサです。お忘れ物にご注意ください。なお、当列車は回送列車となります。引き続きご乗車する事はできませんのでご注意ください)》


 駅の外に降り立つと、手を繋いでいたラフィーが目を輝かせながら周囲を見渡した。


 無理もない。彼(彼女ではない。尊厳破壊という悪しき慣例は俺の代で終わらせたい)にとっては人生初の列車の旅で、生まれて初めて見るリュハンシク以外の街なのだ。


 わぁ、と声を漏らすラフィーと一緒に歩き出すと、クラリスの腕の中で目をぱちくりさせている末弟の『ラグエル』は駅前に置かれている大きな錨のモニュメントを小さな手で指差してキャッキャと笑った。


「ここも変わりませんわね」


「ああ、その方が安心する」


 いつの時代も変わらぬ景色というものは良い。その風景を見るだけで、昔の記憶が思い起こされる。まるでアルバムの中の写真の一枚一枚に思いを馳せるように、肌で感じた風や温度、鼻腔で嗅ぎ取る匂いに至るまで、記憶の中の情報が立体的な形状と細かなディティールを伴って蘇るのだ。


 その際に思い起こされる思い出が良いものであれば、文句のつけようがない。


「おとーさま、ここにばーばがいるの?」


「ん? うん、そうだよ。ラフィーにとってはばーばだけど、お父さんにとってはママかな」


「お父さんにもママいるの?」


「いるよ~?」


 まあ小さい子ってこういう思考回路よね。


 思い出すなぁ、俺も転生前に両親にそんな事言ったっけ。それからだ、家族という存在がどういうものなのか何となく理解できるようになってきたのは。


「じゃあおとーさまにもパパいる?」


「ん゛っ」


 一瞬「いないよ?」と答えようと思ったけど、否定の言葉を冷静に呑み込んだ。


 確かにまあ、あのバチクソド底辺無能散財性欲アンコントロールレーズンジジイは俺にとっては絶対に許せない相手だし、何なら即刻死んでほしいレベルの不倶戴天レーズンではあるのだが、我が子にまでその憎しみを継承させてしまうのはさすがに違うと思う。


 合わせたくないし顔も見せたくないが、ラフィーにとってはあんなメイドにうっかり手を出してしまうつまみ食い☆性欲オーバーフローレーズンでも紛れもない祖父なのである。


 ちなみに孫が生まれたという情報をどこからか聞きつけたのか、ラフィーが生まれた3日後に電話が掛かってきたけど速攻で切った。


「んー、いるよ?」


「どこにいるの?」


「えっとねぇ、とぉーっても遠いところかな」


「あえないの?」


「うーん、ちょっと難しいねぇ」


 言葉を濁したが、まあいずれラフィーも知る事になるだろう。リガロフ家の一員である以上は仕方のない事だ。祖父が何をしてきたか、その祖父から父がどういう仕打ちを受けてきたのか。


 でもそういう事は、この子たちが大きくなるまではそっと蓋をしておこう。


 今はまだ楽しいものだけを見て過ごしていればいい。クソのような負の部分など視界に収める必要はないのだ。楽しいものだけを見て、楽しいものだけを聞いて、楽しい思いをして明日を迎える。子供に必要なのはそんな毎日である筈だ。


「ぴえ」


「あら、驚いちゃった?」


 同行したシェリルの腕の中で寝息を立てていた息子の『アザゼル』が目をぱちくりさせながらびっくりしたような顔をした。駅のホームの喧騒でびっくりしてしまったのだろう。


 確かに天井のグラスドームとの間で反響するチャイムやら放送、それから列車の警笛の音は小さい子にとってはうるさいかもしれない(聴力に優れた獣人にとっては猶更だ)。


 ちょっとだけ泣きそうになったアザゼルは、まだまだ小さくて丸いハクビシンのケモミミをぺたんと倒すや、母親であるシェリルにがっちりとしがみついて動かなくなってしまった。


 今のところ、俺たちの子供は全員ハクビシンの獣人としてこの世に生を受けている。両親が異なるタイプの獣人だった場合、どちらの獣人として生まれるのかは不明であり、より血が濃い方の獣人として生まれる事になる。


 みんなパパに似ちゃったか……。


 ラフィーの小さな手を引いて改札口を潜って外に出た。


「わぁ……!」


 視界いっぱいに広がる真っ白な街並みと黒海、そして青空のコントラスト。


 生まれて初めて自分の目で見る海に、ラフィーは目を輝かせた。


「あれが海!?」


「そうだよ」


 スマホでアプリを起動、イライナの地図を表示させて画面を見せた。


 リュハンシクからアレーサまでのルートをハイライト表示させ、自分たちが辿ってきた道のりを分かりやすく可視化させる。


「ここからこう、ここを通って来たんだよ」


「ここまで来たの!?」


「そうだよぉ」


 ビー玉みたいに目を丸くするラフィーを連れ、そのまま駅前から丘の上を目指して歩いた。


 タクシーを使おうかと思ったが、まあ健康のためにも身体を動かしていた方がいいだろうと判断して歩くことにした。


 あの海賊(ワリャーグ)の一件以降、アレーサはすっかり平和になった。姉上の改革の下で黒海艦隊の戦力も増強された事で治安は回復、海賊連中はすっかり手が出せなくなり、壊滅するか恩赦を受ける結果となった。


 おまけにノヴォシア艦隊によるアルミヤ半島への寄港を禁じる法案も成立(もちろんノヴォシアは反発)しており、国会は完全に『イライナの海』となりつつある。加えてアスマン・オルコ帝国もノヴォシア艦艇によるチャナッカレ海峡の通過を禁じており、黒海艦隊は完全に出口を塞がれた格好だ。


 イーランドでも注文していた準ド級戦艦『アルゴノート』が既に進水。現在は艤装の取り付け作業を行っており、回航は早ければ来月になるという。


 たぶん配備されたら名称は変わると思うが、いずれにせよ黒海の守りが盤石となるのは間違いない。


 平和になるのは良い事だ。安寧が脅かされる事無く毎日を過ごす事が出来るのならば、それに越した事はない。アレーサに母と妹、それから祖母が住んでいるのであれば猶更だ。


 自分で歩きたくなったのだろう、クラリスが抱きかかえていたラグエルとシェリルにしがみついていたアザゼルも小さな足で石畳を踏み締めながら、俺たちの後をついてくる。


 ハクビシンの子供は親の背中をとにかく追いかけていく習性がある。実際に前世の日本でも、山道の隅を歩く親と数匹の子の群れを見た事があるが、まあちょっとしたカルガモ状態だった。


 その習性が反映されているのか、ラグエルもアザゼルも、そしてラフィーも俺の後をちょこちょことついてくる。


 我が子たちをカルガモ状態で引率すること10分と少し。小高い丘の上にある一軒家の前に立ち、表札に『Павліченко(パヴリチェンコ)』と刻まれているのを確認してから門をくぐった。


 領主に就任してからサリーの養育費や生活の足しになるようにと、母さんには毎月仕送りをしている。もちろん公金には一切手を付けていない、全額ポケットマネーから抽出したものだ。強盗やった時に稼いだ金はまだまだ残っているのである。


 そのお金を使って部分的にリフォームした、という話は手紙に書いてあったが、確かに家の北側が新しくなっているようだった。母さんの話では随分と古い家(※曾祖父が自力で建てた家らしい)だそうで、部分的に床板が抜けそうになっていたり雨漏りが酷かったりと、いつか建て直そうとは思っていたらしい。


 ただ冒険者管理局の受付嬢の収入ではなかなか難しかったようで、おかげで助かった、という旨の記述が手紙にはあった。その後には養育費を使い込んでしまった事を申し訳なく思う旨の一文が書かれていたのだが、俺としては母と祖母と妹の幸せになればそれでいいので別に謝らんでもいいよママン。


 コンコン、とドアをノックするや、待ち構えていたようにすぐ玄関のドアが開いた。


 向こうから顔を出したのは、やっぱりハクビシンの獣人の女の子。目はくりくりとしていて髪は黒く、前髪の一部と眉毛、睫毛は雪のように真っ白だ。ケモミミは嬉しそうにぴょこぴょこ動いてて愛らしく、まるで飼い主の帰りを待っていた犬を思わせる。


「あ、おにーちゃん!」


「久しぶりだねぇサリー。あれ、また身長伸びた?」


 玄関で出迎えてくれたのは妹のサリーこと『サリエル・パヴリチェンコ』。誠にアレな話だが、両親は俺と全く同じ……そう、あのゴミクズド底辺性欲底なし沼レーズンジジイが母さんを脅し、強引に犯した結果生まれてしまった子である(もちろんそんな出生は一切話していないそうだ)。


 そんな呪われた出生に加え、稀有な『原初の死属性』を持つ子でもある事から、この子がリガロフ家の血脈に連なるという事を知っているのは俺と母さんとアナスタシア姉さんだけである。


 この『原初の死属性』が厄介なもので、今ではほとんど身に宿している魔術師がいない事から、公表すれば研究所へ連れ去られ標本にされるレベルだそうだ。あのゴミカス貪欲クズレーズンジジイがそれを知れば絶対に利用するであろう事から、姉上も本腰を入れてこの情報を徹底して隠蔽している。


 だからサリーもリガロフ家の姓ではなく、敢えて母と同じ『パヴリチェンコ』の姓を名乗っているのだ。


 とはいえ血の繋がった兄妹が、異なる姓で隔てられてしまうというのは何とも寂しい感じがする。同じ屋根の下で育ったわけではないが、血以外の繋がりが希薄になるような気がしてしまうのは気のせいなどではあるまい。


「ママ、おにーちゃん来たよ!」


「あら、ミカ!」


 台所でお皿でも洗っていたのだろう。サリーが呼ぶなりエプロン姿の母さんが駆け足で玄関にやってくるなり、俺たちと子供たちの顔を見て笑顔を見せた。


「あらあらこんなにいっぱい子供連れてきて」


「……」


 じっと母さんを見上げながら、ラフィーが俺の後ろに隠れた。


 初めて会う自分の祖母。けれども匂いで本能的にこの人は身内だと理解したのだろう、じっと母さんを見上げたまま相手の出方を見ているようにも思えた。


「ほらラフィー、ばーばに挨拶しなさい」


「ふふっ、恥ずかしいのかしら」


 微笑みかけながらしゃがみ込む母さん。目線をラフィーと同じくらいの高さにすると、にこにこしながら「初めまして、ばーばだよ」と自己紹介した。


「お名前は?」


「……ラファエル、です」


「良いお名前ねぇ。何歳になったのかな?」


「……」


 小さな指を3つ立て、そっと母さんの前に突き出すラフィー。


 よくできました、と頭を撫でられると、ラフィーもようやく警戒心を解いたようで笑顔を見せ始めた。

















 ととととと、と軽快な足音と共に家の中を駆け回る子供たち。


 サリーにとってラフィーやラグエル、アザゼルたちは甥っ子にあたるわけだが、しかし歳が近い上に血の繋がりもあるとあっては弟妹のような認識なのだろう。早くも子供たちと打ち解けたようで、家の中を駆け回って追いかけっこをする無邪気な声が響いた。


「あの子、ミカに似てるわねぇ」


「でも俺の方が大人しかったんじゃ?」


「うん、それはそう」


 ふふ、と笑いながら言う母さんに、シェリルがすかさず質問した。


「幼少期のミカは大人しかったんですか?」


「ええ。1人で歩くようになってからは部屋で本を読んで大人しくしてたんだけど、読んでる本が歴史書だったり魔術の教本だったり、難しいものばかり読んでて……なんとなく”ああ、この子は大きくなったら大物になるわ”なんて思ってたの。予想通りになったけど」


「……なんか恥ずかしいな」


「いいじゃないの、可愛かったのよミカも」


 まあ、そりゃあ中身転生者ですからね。


 そんな昔話に花を咲かせている間に、小さな足で必死にラフィーの背中を追いかけていたアザゼルがずだーん、と盛大にスッ転んだ。


「「「あっ」」」


「ぷえ」


 泣きそうな顔を上げ、母であるシェリルの方を見るアザゼル。


「ぷえぇぇぇぇぇ!」


「あー、よしよし。ほら大丈夫だから。痛かったねぇ~」


 泣きじゃくるアザゼルを抱きしめながら優しく揺するシェリル。あんなにも冷淡っぽく見えて実は残念でした、という彼女も今ではすっかり1人の母親だ。やっぱり人って変わるのかなと思ったけど我が子をさりげなく吸ってるところを見てそんな事はないんだなとマッハで前言撤回しておく。


「あ、そうだ。サリー?」


「なぁに!?」


 こっちに駆け寄ってきたサリーの頭にぽんと頭を乗せて撫でると、嬉しそうにケモミミをぴょこりと動かした。


 それを見て我慢できなくなったのだろう。クラリスもさりげなく手を伸ばそうとするが……。


「うぅー……!」


「……」


 すぐにクラリスに反応するサリー。ぺたんと倒していたケモミミを立て、目を丸く見開くなり喉から唸り声を発し始める。完全に臨戦態勢に入ったハクビシンのそれだ。


「がうっ!」


「こらサリー、威嚇しないの」


「うー……がうっ!!」


「ご主人様、なぜでしょう……なぜサリー様はクラリスに撫でさせてくれないのでしょう」


「本性を見透かしてるんだよきっと」


「本性」


 まあ人のパンツを舐め回すどころか食おうとするやべえ女ですからね。しかも止めようとした俺の手どころか肘まで呑み込んで胃液まみれにする始末。妻の中で文句なしの一番やべえ女である。


「あ、ほらサリー。これは兄ちゃんからのプレゼントだ」


「なあにこれ?」


「開けてごらん?」


 持ってきた箱を渡すなり、サリーは箱を開け始めた。


 中に収まっていたのは、真っ赤なランドセル。


「え、くれるの!?」


「うん。サリーも今度から学校始まるもんな」


「やったー! ありがとうおにーちゃん!!!」


 やった、やった、と小躍りしながら早速ランドセルを背負うサリー。何とも微笑ましい光景に、母さんもクラリスもシェリルも、そして二階から降りてきたカタリナお祖母ちゃんもみんな笑顔になる。


 リュハンシク州で試験的に導入した義務教育制度は大きな成功を見せた。結果として子供たちの識字率の大幅な向上に繋がり、また同年代の子供たちとの触れ合いにより内面的な成長も促進する事が出来たので、その成功を見て他の州でも義務教育制度の積極的導入が始まった。


 とはいっても初等教育のみの6年課程で、それ以上はまだ浸透していないが……可能ならば日本の教育制度を参考にしながらうまくやっていきたいところである。


 そんなわけで、サリーも今度から1年生だ。


 願わくば彼女には、そしてこれからの子供たちには、幸多い人生を歩んでもらいたい。


 





 忌み子だの何だの、虐げられながら育ったミカエル君としては、そう祈らずにはいられない。






 

クラリスの子

・ラファエル(3)男、ハクビシン獣人

・ラグエル(2)男、ハクビシン獣人


モニカの子

・アズラエル(2)女、ハクビシン獣人


イルゼの子

・アラエル(2)女、ハクビシン獣人


リーファの子

・ウリエル(2)女、ハクビシン獣人


カーチャの子

・ラムエル(2)女、ハクビシン獣人


シェリルの子

・アザゼル(2)男、ハクビシン獣人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もうレーズン爺への殺意と豊富な罵倒語録で大草原でした。 今や父親と兄になったミカエル君からすれば、あの爺は絶対に子供たちや妹には指一本触れさせない。そもそも視界の中に入れさせないくらいの覚悟でしょう…
ミカエルくんの遺伝子強くない?????? 圧倒的ハクビシン…!!! でも夜は絞られてる方なんだよなミカエルくん… そしてあのジジイまだ電話かけてくるのか…いつか屋敷で"事故"が起きそうやぁ… にし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ