戦乱の足音、迫る
クラリス「ふと思ったのです。頑張って子供を子供をたくさん産めば実質的にご主人様を量産する事になるのではないかと」
モニカ「ガタッ」
シェリル「詳しく」
クラリス「考えてみてください。ミニマムサイズのもふもふ獣人ズに囲まれて子供は可愛い、ご主人様も可愛い、おまけに将来有望な人材ばかり。国の人口も増えて国家に貢献できますわ。何もかもがプラスですわ」
ミカエル「ラフィー、あんな変態になっちゃダメだからね」
ラファエル「???」
1894年 4月20日
コーリア半島 仁川沖
砲弾の落下を受けた海面から、激しい水柱が立ち昇る。
天へと駆け上る竜に見紛うほどのそれは、ヒトの手によって―――科学の進歩によってもたらされた威容に他ならない。20.3㎝砲弾が落下、その質量と運動エネルギーの威力に、さながら海が血飛沫を吹き上げているかのよう。
土砂降りの中にいるかのような飛沫を身に受けながら、しかし倭国側の軍艦―――幕府海軍旗艦『常陸』は微塵も怯まない。
主砲たる30.5㎝連装砲の砲塔をゆっくりと旋回させるや、執拗な砲撃を繰り返す砲艦『コレーエツ』へと反撃を開始。後に続くコーリア帝国海軍所属の装甲艦『武揚』も同一諸元で砲撃を敢行し、コレーエツの周囲に砲弾の雨を降らせた。
格上の戦艦と装甲艦からの集中砲火を受けながらも果敢に反撃を続けるコレーエツ。しかし対ノヴォシア戦を睨み、文字通り血反吐を吐くほどの猛訓練を重ねつつ、イーランド帝国から最新鋭の戦艦を輸入していた幕府海軍と、臥薪嘗胆の元に虎視眈々とノヴォシアの影響下からの脱却を狙っていたコーリア海軍の士気は尋常ではない。
それに加え、ノヴォシア側は悲惨であった。
そもそも軍内部でも、この極東で新たな戦端を開くことに反対した将校は多かったのだ。それもそのはず、今のノヴォシアはイライナ独立問題をはじめ、国内で影響力を強めるノヴォシア共産党にも手を焼いている状態である。それに加えて遠く離れた極東にまで兵力を裂くとなれば、如何に帝国と言えども耐え難い負担となる―――。
しかし皇帝に意見具申した勇敢な将校は皆、左遷された。
残ったのは帝室からの命令にはいだけで応えるイエスマンだけである。
有能な将校は左遷され、今や海軍の実権を握るのは皇帝への忠誠心だけが取り柄の、今まで取り立てられる事も無かった3軍や4軍の将校だ。実戦経験も無ければ常識も弁えぬ無能……いや、無知な将校に命綱を握られる現場の将兵はたまったものではない。
初弾を得たのは、コーリア海軍の武揚だった。
元はイーランドの貨物船、それを倭国が購入・改装し武装した装甲艦に、そしてコーリアへ売却され近代化改修を受けるという数奇な運命を辿った装甲艦の20.3㎝単装砲の一撃が、コレーエツの艦首左舷を捉えたのである。
ボゴンッ、と砲弾が装甲を穿つ音と共に、コレーエツの艦首左舷で爆発が生じる。装甲の破片と共に赤い炎が勢いよく周囲へと舞い、潮風にさらわれた黒煙が前部甲板の惨状をさらけ出す。
爆風を受け、あるいは破片を浴びた乗員たちの、誰一人として五体満足では済まぬ死体の山。ピンク色の臓物の一部に千切れた手足や首が転がり、甲板の上が紅く染まっていた。
そんな惨状を目の当たりにしても、戦艦『常陸』と装甲艦『武揚』は攻撃の手を緩めない。
続けて常陸の放った必殺の30.5㎝砲がコレーエツを直撃。これが致命傷となった。
それはまるで巨人の剛腕が、あらん限りの腕力と膂力で敵艦を殴りつけたかのようだった―――ぶわり、と被弾と共にコレーエツの船体が大きくたわんだかと思いきや、そのまま船体を真っ二つにへし折られて急激に進水。鋭角的な衝角と赤く塗られた船底を海面から晒しながら、艦首を重そうに持ち合上げて、逃げ遅れた乗員たちと共に仁川沖の海底へと没していった。
1894年4月20日、午後4時49分のことだった。
《Далі розповім про військову обстановку на Далекому Сході. Вакоку та Корейська імперія приєднуються до війни проти вторгнення Новозіанської імперії. У морській битві біля берегів Інчхона вони потопили канонерський човен «Кореєц» і здобули перемогу. У сухопутній битві об'єднані сили Вакоку та Корейської імперії поступово просувалися до Мукдена. Китайська імператорська армія вирушила з Пекіна і стискає новосійські сили, як лещата(それでは続きまして極東の戦況についてです。ノヴォシア帝国による侵略に対し倭国とコーリア帝国が参戦。仁川沖での海戦で砲艦コレーエツを撃沈に追いやり、勝利を収めました。また陸の戦いでは倭国、コーリア連合軍が徐々に奉天方面へと進撃。北京を出撃した中華帝国軍と挟撃し、ノヴォシア軍を万力のように締め上げています)》
ラジオから流れてくる物騒なニュースに顔をしかめながら、そういえばこれで腕立て伏せは何回目だったかとうっかりカウントを忘れてしまった事に気付き、とりあえずあと50回はやっておくかとひたすら腕にガンガン負荷をかけていく。
両腕がパンッパンになるまで腕立て伏せをした後はトレーニングルームの中にある鉄棒にぶら下がりひたすら懸垂。腕に負荷がかかる度に骨と筋肉が悲鳴を上げるが、しかしこの苦痛を乗り越えればより強い肉体が手に入ると思えばなんて事はない。
しかし我ながらいい感じに身体が鍛えられたものだと思う。
恥ずかしい話だが、このミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、転生する前は腕力が何かの突然変異でも起きたのかと疑うレベルでクッソ貧弱で、腕立て伏せもまともに30回できればいい方で、懸垂に至っては自分の体重すら支えられずぶら下がっているのがやっとというありさまだった。
転生前は空手をやってたんだけど、師範からも「お前もうパンチは捨てろ」と言われるレベルだった(だからフェイントとかそういう小細工的な運用に留め、ダメージソースはもっぱら足技だった)。
それが今はどうか。
懸垂ができる、腕立て伏せができる。かつての自分にはできなかった事が当たり前のようにでき、更にその先に未知の領域が広がっている―――相変わらずトレーニングはきついけど、その先に更なる高みが待っていると思うと努力せずにはいられない。
「ぱーぱ、がんばれー」
「きゃはー♪」
楽しそうにキャッキャする幼い声が、すぐ後ろから聴こえてくる。
ミカエル君の背中にはコアラの如くしがみついてるハクビシン獣人の子供が2人―――こんなに激しい動きで懸垂してるというのに、振り落とされずにしがみついてるとかどういう握力してるんだこの2歳児ズは。
いや、木登りが得意なジャコウネコ科の獣人であるからなのだろう。ハクビシンの生活領域は木の上で、木登りは朝飯前なのだ(だから肉球が木登りしやすいよう猫とは違う独特な形状に発達している)。
「あ! こーら、アズ! アラ! 2人ともパパのトレーニングの邪魔しちゃダメでしょ!」
「あらあら……」
きゃっきゃとはしゃぐ我が子の声が聞こえたからなのだろう。トレーニングルームを訪れたモニカはやっぱりと言わんばかりの顔で、そしてイルゼは少し呆れたような、しかし楽しそうな我が子を温かく見守る聖母のような表情で笑みを浮かべた。
「97、98、99、100ゥ!」
「パパすごーい!」
「うでむきむき~!」
鉄棒から手を放して着地、背中にしがみついていた娘たちを床の上に降ろすと、2人ともまだ遊びたいのか(というか人のトレーニングを遊びだと思っていたのか)足にしがみついてきた。
前髪の一部と眉毛、睫毛が白く、瞳が透き通ったブルーな方がモニカとの間に生まれた『アズラエル・ミカエロヴナ・リガロヴァ』。母親であるモニカに似たのか目つきはぱっちりとしていて活発な性格、じっとしている時間よりも走り回っている時間の方が長いんじゃないかというレベルで落ち着きがない元気の塊みたいな子である。
そしてその片割れ。金髪で、けれども前髪と眉毛、睫毛が色素が抜け落ちたように真っ白になっているのが俺とイルゼの間に生まれた『アラエル・ミカエロヴナ・リガロヴァ』。頭髪の色は母であるイルゼ譲りで、身内の前では活発だが知らない人の前ではものすごく大人しい性格になるという一風変わった性格で、気のせいか陰キャの香りが漂ってくる。陰キャって遺伝するのだろうか?
「ふー」
「アンタも少しは休んでいいのよ?」
「なんか最近トレーニングが日課から趣味になりつつあるかもしれない」
「あらそう。趣味が増えるのは良いけど、少しはこの子たちの遊び相手にもなってあげなさいよ?」
「それもそうだな……すまん、気を付ける」
娘たちを抱き上げて撫でまわすと、アズもアラも嬉しそうにケモミミをぴょこぴょこ動かしながら顔いっぱいで笑った。
モニカはもう少し遊び相手になってあげてもいいのではないか、なんて言うけれど、トレーニング中にこうやって背中によじ登ってきてはキャッキャしてるし、多分2人ともコレ遊びの一種だと認識してるのではなかろうか。
愛娘2人をモニカとイルゼに預けると、アラを抱き上げたイルゼが優しく彼女の頭を撫でながら言った。
「でも私、この子たちが元気に育ってくれてホッとしてるんです」
「俺もだよ。この調子で立派な大人になって欲しい」
「パパみたいな立派な大人に?」
「ママみたいな素敵な大人に」
「あらやだ、褒めても何も出ないわよ♪」
とか言いながら屈んで俺の頬にキスするモニカ。抱きかかえてるアズが「らぶらぶだ~」なんて言い出したんだけどお前どこで覚えたんだそんな言葉。
安心したところでちょっと変な成長しないか心配になる要素チラつかせるのホントやめてもろて。
トレーニングメニューをこなし、射撃訓練も済ませてから、クラリスの付き添いでリュハンシク城にある居住区の一角を訪れていた。
居住区、と言っても区画を利用している人数はそう多くない。血盟旅団の面々とその家族だけである。
それもそのはず、このリュハンシク城にいる人間は俺たち血盟旅団のメンバーだけだ。他はシャーロットが製造している戦闘人形ばかりなので、明らかに数万人は詰めていてもおかしくはない軍事拠点でありながら居住区の利用者が数えるほどしかいないというバグが発生しているのである。
おかげで居住区画は空き部屋が目立つし、普通の人間のスタッフを雇わずに済んでいる分人件費を削る事にも成功している(その分彼らの維持費がかかるので製造数に関しては予算と相談して慎重に計画している)。
そんな居住区の一角だが、東側の一角だけが異様な雰囲気に包まれている。
何かお香でも焚いているのだろう。イライナではまず漂ってくる事はないであろう、異国感あふれる変わった香りのお香。そのまま足を進めていくと、やがて直立不動でとある一室の前を守る大柄な虎の獣人の姿が見えてくる。
人間にケモミミと尻尾を付けたような姿の第二世代型ではなく、より獣に近い姿をした第一世代型の獣人だ。二足歩行で立つ獣、とでも言うべき姿をした彼らは俺たち第二世代型よりも先に造られた獣人であるとされており、獣に近い骨格をしている分発声に向いていない骨格のせいで独特の訛りが生じてしまうが、それこそ野生動物のように驚異的な身体能力を誇る生まれながらにしての狩人たちである。
「歡迎、裡加洛夫公爵(これはこれは、リガロフ公爵様)」
「劉先生您好(こんにちは、劉さん)」
イライナ訛りのジョンファ語で微笑みながら挨拶を交わし、彼に問う。
「莉法在房間裡嗎?(リーファは部屋に?)」
「是的、她和媽媽在一起(ええ、お母様とご一緒です)」
「謝謝」
コンコン、とノックをしてから部屋のドアを開けると、リーファは部屋の中で静かに椅子に座り、机の上のラジオから聴こえてくるイライナ語の戦局報道に耳を傾けていた。
いつもの笑顔を絶やさない、元気いっぱいな彼女の面影はどこにもない。
無理もない話だ―――彼女にとっては祖国が侵略を受けており、今まさに存亡の危機に立たされているのである。
しかも確かリーファの出身地は遼寧省。現在、ノヴォシア帝国軍の占領下にある地域だ。
「莉法?(リーファ?)」
「啊、米哈伊爾。抱歉、我沒注意到……(ああ、ミカエル。ごめんなさい、気付かなくて……)」
心配なのだろう。
自分の祖国が。
自分の故郷が。
部屋の奥では、リーファの母親であり、ジョンファから家臣の劉を伴ってイライナへ渡ってきた『ランファ』さんが、リーファとの間に生まれた『ウリエル』を抱き上げて、寝息を立てる俺たちの愛娘を優しく撫でているところだった。
「遼寧省是我的家鄉。我不知道我小時候住的房子是不是也被燒毀了……(遼寧省は私の故郷なの。生まれ育った家も燃えてしまったのかなって……)」
「沒關係、我一定會拿回來的(大丈夫、必ず取り戻す)」
イライナ訛りのジョンファ語(語学学習で覚えた)で言うと、リーファは細めていた目を見開きながらやっと顔を上げた。
目元には、涙を流した痕がある。
昨今の極東情勢を見て、イライナ最高議会では今が独立宣言をする最高の機会なのではないかという意見が主流となりつつある。
イライナが独立宣言をすれば、命綱を握られているノヴォシアは必ず軍事行動に打って出る筈だ。そうなれば東西の戦線に呼応するように国内でノヴォシア共産党が蜂起、帝国に地獄の三正面作戦を強いる事となる。
食料は十分、資源も十分、兵も資金も、戦争に必要なものはとにかく集めた。
あとは姉上が、その振り上げた拳を振り下ろすのみだ。
1人なんか核ミサイル撃ちそうな名前の子がいますね。




