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1894

パヴェル「最近セシールが彼氏を連れてきた時の事を想定してトレーニングを始めた」

ミカエル「やめなさい(正論)」



 1890年

・ミカエル、仲間たちと入籍

・ノヴォシア、皇帝(ツァーリ)の命令により南下政策を加速。ジョンファ北東部の領有権を主張し始める

・イライナ、防衛費2%増額




 1891年

・イーランド議会にてジョンファへのアヘンの輸出解禁が議論されるも、ペンドルトン・インダストリーの猛反対とロビイング活動にて否決。アヘン戦争回避へ

・イーランド、イライナ向け準ド級戦艦『アルゴノート』進水

・倭国、イーランドへ対ノヴォシアを睨んだ軍事同盟締結を打診

・ノヴォシア、ジョンファ領黒龍江省の領土を侵犯。一部地域を不法占拠

・イライナ、ジノヴィの強い進言により国家諜報組織『第13号機関』創設

・クラリス、第一子出産。『ラファエル』と命名




 1892年

・イーランド、倭国向け最新鋭準ド級戦艦『天照(アマテラス)』進水

・倭国、『幕府陸軍』『幕府海軍』設立。軍備近代化へ

・イライナ、アルミヤ半島へのノヴォシア艦艇の入港を禁止する法案を設立。ノヴォシア、不凍港を全て喪失

・ミカエル、イライナ全土の恒久汚染地域除染作業を終了。イライナ全土復活へ

・旧恒久汚染地域への入植開始。インフラ整備進む

・イライナの失業者数、記録的な大幅減少へ

・モニカ、第一子出産。『アズラエル』と命名

・イルゼ、第一子出産。『アラエル』と命名

・リーファ、第一子出産。『ウリエル』と命名

・カーチャ、第一子出産。『ラムエル』と命名

・シェリル、第一子出産。『アザゼル』と命名

・クラリス、第二子出産。『ラグエル』と命名

・セシール、パヴェルの反対を押し切り冒険者へ




 1893年

・ジョンファ領黒龍江省にてノヴォシア軍と軍事衝突

・ジョンファ皇帝、国土回復作戦を発令。ノヴォシア占領地域へ攻撃を開始

・ノヴォシア、『明確な侵略行為』と非難

・ノヴォシア、ジョンファへ宣戦布告

・ノヴォシアの反転攻勢により黒竜江省、吉林省陥落

・江戸幕府、ジョンファへの軍事支援を表明

・コーリア帝国、ジョンファへの軍事支援を表明

・アスマン・オルコ帝国、チャナッカレ海峡のノヴォシア船舶(イライナを除く)の通過を禁止

・ノヴォシア、倭国海軍との軍事衝突を睨みバルチック艦隊の極東地域への派遣を決定

・イライナ、第13号機関の諜報員を多数前線へ派遣

・ノヴォシア、イライナ国境にて大規模軍事演習実施

・イライナ、ノヴォシア国境にて対消滅爆弾起爆実験実施

・イライナ、ノヴォシアへの食糧輸出全面禁止へ

・イライナ、国内のノヴォシア貴族の資産凍結へ

・イライナ、ノヴォシア国境にて二度目の対消滅爆弾起爆実験実施

・ノヴォシア、国内のイライナ人を危険因子として拘束も”謎の勢力”により救出される

・ジョンファ、遼寧省失陥

・ノヴォシア、旅順要塞建設開始







・倭国、コーリア、ジョンファへの軍事支援のためノヴォシアへ宣戦布告。【極東戦争】勃発


















 1894年 4月16日


 ノヴォシア帝国 イライナ地方東部 リュハンシク州


 州都リュハンシク市街地




 口から吐いた息が、白く濁る。


 音もなく、空気中に溶けていった小さな吐息。バクバクと高鳴る心臓を鎮めようと呼吸を整える。


 BNR-180のM-LOKハンドガードを握る手に力を込めつつ、曲がり角をカッティング・パイの要領でクリアリング。少しずつ、少しずつ角度を変えながら向こう側にいる敵に備え、しかしそれが杞憂で済んだことを喜ぶ暇もない。


 足音すら立てずに扉の前に立ち、胸元のポーチからスプレー缶を思わせる形状のスタングレネードを取り出す。


 安全ピンを引き抜き、2つ数えたところでドアを開け室内へと転がした。ごろん、とスタングレネードが木製の床を転がる音と、随分と耳障りなノヴォシア語の悲鳴じみた声。無慈悲にもドアを閉めたところでスタングレネードが炸裂、強烈な閃光と爆音が室内にいる全員の戦闘力を刈り取った。


 が、それもほんの一瞬だ。体勢を立て直す猶予を与えてはならない。


 炸裂音を合図に、その小さな身体は反射的に動き出していた。古ぼけたドアを腐った納屋よろしく蹴破って室内へ踏み込むや、Cクランプ・グリップで保持したBNR-180が無慈悲に5.56mm弾を吐き出す。


 レシーバー上部にマウントしたLCOのレティクルに人間の頭が映り込むと同時に、反射的に彼女の人差し指は動いていた。引き金(トリガー)を引くや薬室(チャンバー)内の5.56mm弾が覚醒、装薬の炸裂によって発射ガスに押し出された5.56mm弾は、しかしサプレッサー内で発射ガスを逃がされ減速。亜音速とまではいかないものの、それでもサプレッサー無しで撃つのとはそれなりに違う異質な銃声を虚しく響かせる。


 きっと死神の振り下ろす鎌の音とは、こういう音がするのだろう。


 少なくとも現代の戦場においては。


 シパァンッ、と勢いよく空気が抜けるような音と共に、一発の銃弾が私服姿の男の命を絶つ。小口径とはいえその弾速は人間を殺すのに十分で、おまけに体内に潜り込んだ弾丸がタンブリングを引き起こし、臓物や筋肉を無慈悲に破壊していくのだ。人間を壊すのに最適化した兵器と言えよう。


 そこから先はもう、考えるよりも先に身体が動いていた。


 頭に弾丸を叩き込んだ―――撃破確認をする暇すらなく、BNR-180とまさに人馬一体とも言える一体化を果たした彼女の矛先は、ふらつきながらも起き上がり懐からリボルバー拳銃を引き抜こうとしていた男のこめかみを的確に撃ち抜いた。


 もう、身体が動いている。


 狙い、撃ち、人を殺す。


 その一連の動作に己の意思は介入しておらず、けれども身体が勝手に動いて人を殺す。


 自我と肉体の乖離にも似た錯覚を覚え、彼女は思った。


 ああ、これで殺戮マシーンの仲間入りだ、と。


 しかしそんな彼女の哀愁を他所に、死体は毎秒増えていく。


 3人目、眉間を撃った。


 4人目、眉間を撃った。


 5人目、小癪にも反撃してきたが躱して眉間を撃った。


 ガッ、と大きな手がBNR-180のハンドガードを掴む。


『Ублюдок!(クソ野郎が!)』


 ノヴォシア語の罵声―――これまで嫌というほど聞いた。


 イライナを暴力で屈服させた彼らは、自分たちの言葉を押し付けんとノヴォシア語を公用語に決め、学校でも、家庭教師にも、公共放送でもノヴォシア語の教育や使用を義務化した。イライナに対する同化政策の一環―――母語たるイライナ語の他に、第二言語として標準ノヴォシア語を解する彼女もまた、その同化政策の影響を受けて育ったのである。


 その悲惨な歴史も、もう終わる。


 銃を掴んだ腕を無理に振り解こうとはしなかった。


 右手を腰のホルスターへ伸ばし瞬時にグロック17Lを引き抜くや、それを掴みかかってきた男の眉間目掛けて撃った。


 スライドが後退、9×19mm弾の姿をした死神の鎌が、男の命脈を断つ。


 倒れた男の心臓に2発追加で撃ち込んで、彼女はやっと全員の死亡を確認した。


「……クリア」


 血と火薬の臭い。


 そんなものより、ジャムの香りの方がいい。銃を撃つよりも、親しい家族や仲間たちとテーブルを囲んでお茶を楽しんでいる方がよっぽど有意義だ。


 そんな毎日が日常になるように、そしてこんなクソッタレな現実を()()()()に押し付けないために、彼女は―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフは戦うのである。


「……ん」


 死体のポケットをまさぐっていた小さな手に生じる、ひんやりとした感触。


 服にまで滲んだ血糊のぬるりとした感触の中に見つけた金属の手応え。つまんで引っ張り出すと案の定それは隠し金庫の鍵だ。


 ではその金庫はどこか……本棚の裏側にそれらしきものを見つけ、いくら何でも安直すぎると呆れながら鍵を差し込む。


(俺の薄い本の隠し場所の方がよっぽど巧妙だな)


 よもや部屋にある金庫の奥の壁が二重になっていて、その向こうに隠し金庫になっているとは夢にも思うまい。今のところそれを発見しミカエルの性癖把握に活用したのは妻たちくらいのものである。


 バニーガールのコスプレをしたクラリスとシェリルに嫌というほど搾られた夜の事を思い出しながら、ミカエルは隠し金庫の開錠を試みる手をぴたりと止めた。


「……暗証番号あるやんけ」


 もう一度死体を探り、机の上をチェックして、幸運にも暗証番号のメモでもないものかと期待したミカエルだったが、しかし()()()()()()()()()がそんなヘマをするはずもない。


 いくら大陸の病人と揶揄されている帝国でも、そこまで落ちぶれたわけではないのだ。


 めんどくせえ、と内ポケットから棒付きのキャンディを取り出して口に咥えながら、左手を伸ばして隠し金庫の扉に触れた。


 錬金術による物質の形質変化―――熟練の錬金術師の手にかかれば、金属製の金庫の扉だろうと城門だろうとたちまち意味を成さなくなる。


 次の瞬間、ミカエルの触れた金庫の扉はたちまち砂と化し、さらさらと崩れ落ちていった。


 中に収まっていたのは紅い封筒に収められた命令書―――中身を検め、それが帝国から送られてきた機密書類である事、一緒に収まっているのが他のセーフハウスの場所やその他の機密情報である事を確認したミカエルは、ポーチから火炎瓶を取り出して室内の机の上に置き、スマホを取り出して通話アプリをタップした。


 登録されている連絡先の中からクラリスを選択するや、すぐに最愛の妻がスマホから聴こえてくる。


《終わりましたか、()()()()


「ご主人様は勘弁してくれ」


 苦笑いしながら、窓からリュハンシクの街並みを見渡す。


「もう結婚して対等な関係になったんだ」


《ええ。ですがクラリスはご主人様だけのメイド、ご主人様はいつまで経ってもご主人様ですわ》


 相変わらずの忠誠心だ、と決意の強さにミカエルが意見を曲げたのはこれで何度目か。結婚し公爵夫人となったのだからいい加減メイド服はやめてはどうか、と提案しても、公式の場でドレスに着替えるようになったくらいで、相変わらず城内ではメイド服姿でいる事が多いクラリスである。


 本人が望むならばそれでいいか、と彼女の意思を尊重しつつ、本題に入る。


「手配は?」


《もう既に。3分後に消防隊が》


「迅速な仕事、感謝する」


《もったいないお言葉です》


 通話を切り、スマホに代わってトレンチライターを取り出した。


 それで火炎瓶の布に着火。つい数分前まで生きていた死体たちの転がる床に上に放り投げるや、割れた瓶から溢れ出たガソリンに瞬く間に引火。床は火の海と化し、衣服や体毛もろとも燃えていく死体が悪臭を発し始める。


「Это последняя милость(最期の情けだ)」


 せめて火葬だけはしてやる―――ノヴォシア語で死体たちにそう語り掛け、ミカエルは燃え盛る部屋を後にした。


 BNR-180のストックを折り畳み、口の中で棒付きキャンディをころころと転がしながら、建物の外に出る。


 もう既に消防車のサイレンの音が聞こえる―――長居は無用だ、と壁の窓枠に手をかけてよじ登り、屋根から電線へと飛び移って、リュハンシクの夜景と消防車のランプが煌々と照らす光の中へ消えていくミカエル。


 



 テンプル騎士団打倒から4年―――世界は、ちっとも変わらない。










 







 

 空を舞う雲は、きっと綿飴に違いない。


 そんな夢のある妄想をしていたのはいつの事だったか。そしていつか空を飛び、あの綿飴をお腹いっぱい食べる事が出来たらどれだけ幸せだろうか、と。


 そんな夢を、まさに見ていた。


 そしてその夢を、目覚まし時計という代物が無慈悲にぶち壊していく。


《デェェェェェェェェェェェェェェェェン!!!》


「るっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 イライナののどかな朝。どこからかコーヒーと焼きたてのパンと、それからバターの香りが漂ってくる、けれども少し肌寒い4月の朝。熟睡から解放された身体が徐々に立ち上がっていく静かな朝を、しかしパヴェルが送ってくれたこの”革命的クマさん目覚まし時計”が全部持って行った。


 音量、破格の450㏈である。なにこれ。


『Просыпайтесь, товарищи! Вы нужны своей стране!(目を覚ませ同志! 祖国は君を必要としている!!)』


「二度寝くらい許してくれ……」


『Товарищи, лень — вот чем занимаются развращенные капиталисты!(同志、二度寝は腐敗した資本主義者がする事だ!)』


「なんで受け答えしてるんだコイツ」


 AK-47を抱えたヒグマをそれっぽくデフォルメした目覚ましのスイッチを切ってベッドから起き上がろうとすると、どたたたたた、と小さな足音が部屋に近付いてくるのをミカエル君のケモミミが察知した。


 ああこれはまさか、と思った頃には時すでに遅く―――ダァンッ、と3歳児とは思えない力でドアを開け、幼いハクビシンの獣人の仔が目を輝かせながらこっちに走ってきた。


「おとーさまー!!」


「まってパパまだ寝起き―――ぶー!?」


 ぴょいんっ、と跳躍するなりベッドから身体を起こしたばかりのミカエル君に無慈悲なダイブ。毎度思うけど小さい子ってなんでこんなに元気なんでしょう。


「おっはよー!」


「お、おはよう、”ラフィー”」


 ラフィー、と呼ばれた男の娘(※誤字にあらず)はむふー、と誇らしげに笑みを浮かべた。


 やっぱりミカエル君の息子だからなのだろう、顔つきは俺に似ている……らしい。


 黒髪で、前髪の一部は白く、しかし母親の遺伝子も現れているようで前髪の一部には蒼い髪も混じっている。ジャコウネコ科の獣人特有の瞳はルビーのように紅く、口の中には鋭い牙がもう生え揃っている。


 『ラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフ』―――俺とクラリスの間に生まれた第一子である。


「こらこら、ダメでしょうラフィー?」


「」


 ひょいっ、と襟首を掴まれてクラリスに持ち上げられると、さっきまで無邪気な笑みを浮かべていたラフィーは一気に大人しくなった……ああ、そんなところまで俺に似たのか。


「お父様は夜遅くまでお仕事してたからお疲れなの。もう少し労わって差し上げなさい」


「むー」


「あははは……いや、子供はこのくらい元気な方がいい」


「もう。ご主人様はラフィーに甘すぎます」


 お前も溺愛してたやんけ、と心の中でツッコみつつ「おいでラフィー」と手招きすると、母親(クラリス)に離してもらったラフィーは大喜びでベッドをよじ登り、俺のところに戻ってきた。


「むふー」


「あはは……ああそうだ、ご飯にしようか」


「うん!」


 元気いっぱいな我が子の頭を優しく撫でながらベッドを出て、クラリスと一緒に寝室を後にした。







 あんなクソッタレな戦いでも、我が子のために頑張ろうと思えるものだ。








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― 新着の感想 ―
クラリスさんだけかと思いきや、その次に続々と… ミカエル君、頑張ったんだね… ミカエル君のお仕事も相変わらずのようで… それはともかく、いわゆるどこかの世界の"正史"とはかなり状況が違うようですね。 …
もうノヴォシアは駄目みたいですね…極東でも欧州でもイライナ相手でも詰んでます。しかもここぞとばかりに対消滅爆弾をイライナが実験を継続。更には恒久汚染地帯の完全浄化完了。ミカエル君にサクサク工作員も潰さ…
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