それぞれの想い
パヴェル「AK捨てた?」
ミカエル「捨ててない」
パヴェル「嘘。じゃあ何よその銃」
ミカエル「いやこれは……」
パヴェル「捨てたんでしょ! マガジン交換やり辛いとかフォアグリップに干渉するとか、レシーバー上に直接レール付けて光学照準器乗せると振動で精度が出ないとか! めんどくさい銃だと思って捨てたんでしょ!」
ミカエル「待てよ、話を聞いt……なんか修羅場みたいになってないコレ!?」
「それじゃあおやすみー!」
「はーいおやすみ、また明日ね~」
シャワーを浴び終えるなり、ドライヤーで髪を乾かしたセシールはシズルを抱いたまま2階へと駆け上がっていった。
なんともまあ、元気の塊みたいな子だ。エネルギッシュという言葉が服を着て歩いているというか、元気の擬人化と言うべきレベルかもしれない。キリウからリュハンシクまでの長旅の後にあのテンションである。
今日のところはとりあえず、列車をリュハンシク城の地下車両基地に格納して最低限の点検をしてから解散となった。詳細な点検はまた明日やる予定だが……他にもやる事が山積みだ。
さて、今回のキリウ行きで俺の後ろ盾だった暗殺教団とは決別と相成ったわけだ。元々テンプル騎士団を何とかするためにお互いを利用していたような関係だったので、まああいずれ切れる縁だとは思っていた……もう少し、穏便に済ませる事が出来れば最上だったんだろうけど。
これまでミカ達の強盗で得た金の資金洗浄は暗殺教団が行い、その一部を手数料として教団の活動資金とする事で、何とかビジネスが成り立っていた。かなり前の段階から血盟旅団と暗殺教団は一種の”共生関係”にあったというわけだ。
しかし関係が決裂すれば、今まで通りにはいかなくなる。
まあ、こういう状況になるのを全く想定していなかったのかと言われればそうでもない。むしろ将来的にこうなる可能性が濃厚だったからこそ、旅をしている最中にもコツコツと自分独自のネットワークを構築して万全の体制を敷いてある。
俺の苦労は増えるが、カーチャとシェリルも協力してくれるので仕事の方に支障はない筈だ。
着替えを取って俺もシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かして2階へと上がっていった。
リュハンシク市の外れに建てたレンガ造りの一軒家。二階建てでガレージ、裏庭には畑までついたバチクソ優良物件である。
ちなみにこれ、土地を買ってパヴェルさんが 自 力 で 建 て た 家 だ っ た り す る 。
そう、ハンドメイドハウスなのだ。ミカの仕事を手伝う片手間にレンガを積み、薄い本を書く片手間に上下水道と電気関係のインフラを整備して造り上げた努力と暇潰しの結晶である。
2階に上がってセシールとシズルの部屋をそっと覗き込んだ。パジャマ姿でベッドの上に横になり、毛布を頭まで被って早くもすうすうと寝息を立てている。
可愛いもんだ。
セシールの無邪気さには、見ているこっちも癒される。妻と全く同じ姿で違う人格を宿した少女だが、しかし無邪気なところは彼女と非常に似通っている。世間知らずで、純粋で、疑う事を知らない。だからセシールのちょっとした仕草を見ていると、あの頃に戻ったような錯覚すら覚える。
セシリアの奴……戦争を知らずに育っていたら、あんな感じの天真爛漫な少女に育っていたのだろうか。
そういうのを想像してしまうと、何ともやるせない気持ちになる。これも全てあの勇者のクソッタレが俺を含めたみんなの人生を大きく狂わせたからだ。アイツさえいなければ今頃は……!
「……」
まあ、もう殺した奴の事を思い出してもどうにもならない。時が戻るような事など絶対に無いのだから。
眠っている愛娘(血のつながりはないが俺から見れば娘だ)たちの寝顔を見守り、そっと部屋のドアを閉めた。
セシールもシズルも、そのうち男を見つけて結婚したりするんだろうか。
こう、ウエディングドレス姿で教会に立って神父の前で誓いのキスをして……涙目でこっちを見て「お父さん、今まで育ててくれてありがとう」なんて言われたら俺……。
「なんで泣いてるんだお前」
自分の部屋のドアを開けた先に、見覚えのある暗殺者がいた。
白髪で鋭い眼光、狼のケモミミと尻尾を持つホッキョクオオカミの獣人―――”スミカ”。
暗殺教団所属の暗殺者であり、組織内での序列は第3位。俺に次ぐ実力者である。
「……何ナチュラルに入ってきてるんだお前」
「いやぁ、別に? どこかの誰かさんが組織をぶっ潰したものでな。行く場所がない」
腰の後ろに仕込んでいたホルスターに伸ばしかけた手をそっと下ろした。一瞬、教団を潰され復讐に燃えるスミカが俺を討ちにここまで足を運んだのかと思ったが、彼女との付き合いはそれなりに長い。暗殺教団への忠誠心は極端に低く、単独行動をとる事の多い一匹狼だったスミカは、教団側からすればかなーり扱いに困る人材だった事だろう。
彼女としては、腕に抱いている幼子―――ハイイロオオカミ獣人の子供『グレイル』の養育費さえ稼げればそれでいいらしいのだが。
「どこかに可愛い娘2人を容姿にして、立派な一軒家を立てて、武器を手放して充実した人生を送っている四肢機械で身長180㎝体重100㎏のドウジンエロヒグマはいないかなと思ってな」
「おうピンポイントが過ぎるじゃねーかこの野郎」
俺じゃん。それ俺じゃんそれ。
「で、見返りは?」
「え?」
「いや、ウチ宿屋でも民宿でもねーぞ」
「おかしいな……ヒグマみたいな主人の笑顔と無邪気な娘さんが素敵ですってレビューあったんだが」
「おう誰だそんなレビュー書いたの。教えろ、今すぐ教えろすぐに。家庭訪問行ってくるから」
「アレだ、必要なら身体で支払う」
「女性がそんな事簡単に言っちゃいけません」
第一俺はセシリアとサクヤ以外の女を抱くつもりはない。それが一夜限りの関係であっても、だ。
向こうの世界に居た時からそうだった。部下から「隊長、今日娼館行きません???」とか誘われてもやんわり断って飲み会の後は家に直帰していた。
何故かというと単純に妻の機嫌が悪くなるからである。臭いでバレるし、ある時なんか娼館の客引きのお姉さんに腕を引っ張られて店内に連れ込まれそうになった事があったんだが、それだけで香水の匂いを嗅ぎつけられ、そこからドキドキワクワク☆修羅場タイム突入だからさあ大変。これにはパヴェルさんも命の危険を感じた(幸い戦友のジェイコブが証言してくれたので事なきを得たが代わりにジェイコブの方が娼館に行ってたことが妻にバレてえらい目に遭ったらしい)。
それにまあ、仮にも愛を誓い合った妻以外の女を抱くなんて、彼女たちからの信頼を裏切る事になる。
そして何よりこういう話になると机に飾ってあるセシリアの写真からなんかどす黒いオーラみたいなの漏れるんだけd……うわぁ漏れてる、現 在 進 行 形 で 漏 れ て る 。
写真立てから黒いオーラが漏れてるし写真の中のセシリアの目は紅く光ってるしなんかセシリアの髪が異様に伸びて……あれ、なんか写真の外に出てきてない?
何あれ呪物? 呪物なのあれ?
「まあいいさ、空き部屋もある。家事を手伝ってくれるならそれでいい」
「いいのか?」
「子連れの女を寒空の下に叩き出すほど、俺は鬼畜じゃない」
「でも悪魔なんだろ? ウェーダンの」
「……そりゃあとっくに死んだ奴の名さ」
寝室の机に腰を下ろし、葉巻にトレンチライターで火をつけた。12.7mm弾の空薬莢で自作したこのトレンチライター、サイズもそうだがオイルの容量にも余裕があるのでヘビースモーカーなパヴェルさんにはピッタリである。
まあ、そろそろライターオイル補充しないとアカンのだけども。
義手を取り外し、机の上の工具箱からドライバーを取り出して片手で器用にネジを外していく。装甲を外して内部の人工筋肉とか配線類を自作したチェックリスト通りに点検、被覆が剥けている配線は交換して動作をチェック。
そんな感じでいつも通りにメンテナンスをしている俺の後ろで、スミカは連れ子のグレイルをあやし始めた。
もちろん彼女の子ではない。そもそもスミカは結婚していないし、男に身体を許した事も無いのだそうだ(あくまで自己申告だが)。
あのグレイルはとある仕事帰り、教会の前に捨てられていたのを何の気まぐれか拾ったのが始まりなんだそう。
メンテナンスをしながら、葉巻を灰皿に押し付けた。冷静に考えて小さい子がいるところでの喫煙はマナー違反じゃないか。
「……明日の午後、家具とか見に行くか」
「ん、助かる」
おーよちよち、とグレイルを撫でながら子守唄を口ずさむスミカの振る舞いは、完全に母親のそれだった。
こういう事があって、リキノフ家に同居人が増えた……2人も。
「本日はお買い上げいただき、誠にありがとうございました公爵様」
「こちらこそ、最高のサービスをありがとう」
店の外まで見送りに来てくれた宝石店の店主にそう言葉を返し、買った品物を護衛の戦闘人形に手渡した。人間に瓜二つの人工皮膚で覆われた彼(うなじにバーコードと”REX-332”という個体識別番号がある)は豪華な装飾が施された箱を受け取るや、それを車の後部座席へと丁寧に運び込んでくれる。
結構な出費になったが、必要なものはこれで手に入った。
親身になって選ぶのを手伝ってくれた店員や店主たちに感謝しなければ。
「それでは、リガロフ公爵様。あなたの想いが届く事を祈っております」
「うん、ありがとう」
見送ってくれた店主と店員たちに礼を述べ、車の後部座席に乗り込む。
相変わらずイライナ人サイズ基準のセダンなので、ミカエル君みたいなミニマムサイズではチャイルドシートが必須だ。そうじゃないとちゃんとシートベルトがかからない。
シートベルトを締めて待っていると、護衛の戦闘人形も運転席に乗り込んでエンジンをかけた。参ります、と一言述べるやアクセルを踏み込んで、車を走らせる。
本来、こういう買い物ではクラリスが一緒に来てくれるのが一般的だ。基本的にミカエル君とクラリスはセットで、リュハンシク市民からも「大きなメイドさんが居るという事は近くに公爵様もいらっしゃる」と認識されているレベルなのだそうだ。
今日はちょっとお忍びでのお買い物である。
もちろん使った金は自分の資産。自分の資産と公金にはしっかり区別をつけている人間だからねミカエル君は。企業や政治家の汚職事件みたいな真似はしないからねミカエル君は。誠実さを第一にしているから。誠実さの擬人化と言ってもいい存在だから。
まあ、それはさておき。
「……姉上もとんでもない贈り物をくれたもんだ」
「例の”リガロフ法”ですか?」
「その呼び方はやめてくれ……といっても、まあ事実俺のための法改正だったんだろうな、あれ」
今朝の新聞を見て、危うくコーヒーを吹き出すところだった。よもやあんな、いきなりどデカい贈り物が新聞記事と一緒に飛び込んでくるなんて夢にも思わなかった。
けれどもこれで、迷いは消えた。
後は俺が腹を括るだけだ。
「それにしても、リュハンシク市も復興が進んだようですね」
「ああ。本当にここの領民たちは強い人たちばかりだよ」
昨年まで、こことガリウポリは共産主義者の支配地域だった。”ノヴォシア共産党”を名乗る彼らは富の平等分配を標榜し領民にもそれを強いたが、結局訪れたのはこれまで以上の圧政と理不尽な暴力、物も言えぬ閉鎖的な社会だった。
富の象徴は何もかも”ブルジョワ”のレッテルを貼られて取り除かれた。貴族の屋敷も、英雄のレリーフも、歴史的建造物も何もかも。
爆撃でも受けたのか、と思ってしまうほどの惨状だった。
それがたった1年でこうも蘇るとは。
復興がすっかり進み、キリウほどではないにしても大きな都市に生まれ変わりつつあるリュハンシク市街地から東へ走ること15分。検問所をいくつか潜ってリュハンシク城へと戻ってきた俺は、車を裏口前に停めてもらい、箱を手にして車を降りた。
運転ありがとう、と戦闘人形の兵士に礼を述べ、咳払いをして裏口から中へ。
既にスマホのメールを送信して、クラリスやモニカ達に俺の部屋に集まるよう連絡してある。
これから重大発表があるのだ―――これからの人生を左右する、重大発表が。
階段を上がり、エレベーターに乗り換え、隔壁を通って自室へと向かう。
道中、掲示板に貼り付けられた新聞が目についた―――これ見よがしに『法改正! イライナ議会、公爵家の一夫多妻制承認へ』という見出し記事が掲載されている。
そう、イライナで法改正が行われたのだ。
公爵家に限り、一夫多妻制を承認するという新しい特権。姉上は『イライナの未来を担う公爵家の跡取りについて、より多い選択肢を提供するための政策』と発表していたが、おそらくは俺のための法改正なのだろう。
誰か1人なんて選べない、苦楽を共にした仲間を無下には出来ない―――そんな誠意の狭間で苦しんでいた俺のために、姉上は貴族としての特権を半ば乱用するという力業で突破口を示してくれた。
後は俺が、腹を括って思いを伝えるだけである。
ドアをノックしてから中に入ると、もう既にクラリスやモニカ、イルゼにリーファ、カーチャ、シェリル、シャーロットといった血盟旅団の女性陣が待っていた。
「いやあ、お待たせ」
「ご主人様、その箱は?」
「ねえアンタ……それって」
あまりこういう宝石には疎いが、イライナでは有名なブランドだったらしい。そういう知識のあるモニカにはもうバレたかもしれない―――というか、あんなでかでかと新聞に掲載された日に宝石店のロゴが入った箱を持って現れたなんて、よほど察しが悪くても気付くというものだ。
ドクドクと心臓が高鳴る。
この想いは届くのか―――拒絶されたらどうしようか。
ここまで来て逃げるのか。
いい加減男を見せろ、と自分の尻を蹴飛ばす思いで息を吐き、箱を開けた。
中に収まっていたのは―――白銀に輝く、人数分の【結婚指輪】。
これが、俺の答えだ。
「俺と―――結婚してください」
第三十七章『世界の揺り籠』 完
第三十八章『異世界1894』へ続く
今が1890年なので、次回からは4年後の話になります。
次回からもよろしくお願いします。




