慣熟訓練
モニカが耳を癒してくれるASMR
モニカ「ふふっ、どお? あたしも結構器用でしょ?」
モニカ「あ、耳垢っ。大きいの取れた♪」
モニカ「じゃあ仕上げに……もふもふ、入れちゃうわね?」
モニカ「綺麗になったかな?」
モニカ「じゃあ……最後にサービス、しちゃおうかな?」
モニカ「勘違いしないでよね、誰にでもするわけじゃないわよ。アンタだから特別に……ね?」
モニカ「はーい、動かないでね~。お耳ちょーっとペロペロしちゃうから♪」
モニカ「うわくっさ!!!!!!!! なにこれ!!!!!!!!!! 耳くっっっっっっっっさ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ヴォァ゛ァァァァ(995㏈につき以下無音)」
視聴後ミカエル君「なにも聴こえん」
冷静クラリス「これもう兵器では」
「寂しくなるな」
キリウ駅のレンタルホームまで見送りに来てくれた姉上は、列車に乗り込もうとする俺の背中を見つめながらぽつりと呟いた。
無理もない、こんなご時世である。こうして会った時は他愛もない話に花を咲かせたり、旅の土産話で盛り上がったりと、もっと他にやりたい事はたくさんあった。
けれどもそんな時間的余裕もない。イライナ独立に向けた計画の説明や進捗状況、プライベートの面では近況報告くらいか。とにかく今やるべき事を優先して報告・意見交換してきた。
イライナの独立とノヴォシアの侵略、不安定化する世界情勢―――こんなご時世でなければ、もっと平和に時間を使えたのだが。
今回の暗殺未遂事件がそうであったように、俺も姉上も、兄上たちやエカテリーナ姉さんも常にその命を狙われている身である。
あまり考えたくないしそうならない事を祈るばかりだが―――これが後生の別れだった、という事も十分考えられるのだ。
―――だから、現在を全力で。
悔いが残らぬよう、世界に己を刻みつけるように生きよう―――そう思ったのは、今回が初めてではない。
「もっと時間があれば、旅の土産話も出来たのですが」
「ああ、残念だよ……まあいい、早いところ諸々の問題を解決して時間を作ろう。旅の話はその時じっくり聞かせてもらう」
「ええ、その時が楽しみです」
笑みを浮かべ、姉上に右手を差し出した。
その小さな手を、肉刺の潰れた痕が幾重にも残る姉上の手ががっちりと握り返す。
「身体に気をつけてな、ミカ」
「はい。姉上こそ、ヴォロディミル義兄さんと末永くお幸せに」
名残惜しく思いながら手を離し、何気なく視線を周囲のホームに走らせた。
「ああそうだ、ミカ」
「何です?」
「朝の新聞には目を光らせておくと良い。お前への”贈り物”を用意しておいた。近いうちに記事になる」
「は、はあ……分かりました」
贈り物?
なんだろう……いや、姉上の事だから何か粋なサプライズだとは思うけども。
さて。この3年の間にミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという名は随分と有名になったようだ。俺たちや血盟旅団のメンバーを一目見ようと、線路の向こうにある在来線のホームには多くの見物客が押しかけているようで、リガロフ家の私兵部隊や駅の警備兵たちが総出で規制線を張っている状態だ。
『ミカエル様ー!』とか『こっち見てー!!』という声が聞こえてきたので、ファンサのつもりでウインクしながらジャコウネコ☆スマイルを浮かべてやると、野次馬たちから黄色い声援が上がった。
中には鼻血を吹き出してぶっ倒れる野次馬も―――待って大丈夫?
《Потяг на платформі прокату 17 – це спеціальний поїзд, який відправляється з Кіріу о 14:35 до Рюхансіка. Зверніть увагу, що звичайним пасажирам сісти заборонено. Потяг скоро відправиться. Це небезпечно, тому, будь ласка, залишайтеся за білими лініями(17番レンタルホームの列車は、14:35キリウ発、リュハンシク行きの臨時列車となっております。一般のお客様はご乗車できませんのでご注意ください。間もなく発車いたします。危険ですので白線の内側までお下がりください)》
爽やかな曲調のチャイムと共にスピーカーから流れる案内放送。発射の時刻も迫ってきた……そろそろ俺も乗らないと。
「ミカ姉、向こうでも元気でね」
「おう。ルカこそ、訓練頑張れよ。ノンナにもそう伝えてくれ」
「うん」
こつん、と互いに右の拳を突き合わせ、「いつか一緒に魔物討伐にでも行こうぜ」と背が伸びて熊みたいになった弟分と約束を交わす。
ノンナは……残念ながらピアノのレッスンが入っていたようで、見送りには来れなかったのだそうだ。まあそれは仕方ない、彼女はやがてイライナを背負って立つ国家の象徴である。将来のために出来る事は全てやるべきだし、そのために費やすべき時間を俺なんかのために浪費するなど謹んで然るべきだ。
それにこんな公の場に堂々と姿を現して、暗殺者に命を狙われたりでもしたら大事である。
「それじゃあ、またいつか」
「ああ」
「じゃあねミカ姉!」
見送りに来てくれた2人に手を振り、列車に乗り込んだ。
ドアを閉める前に、後ろに控えていたクラリスもメイド服のロングスカートをつまみ上げてお辞儀する。俺も別れる前にもう一度2人の顔を目に焼き付けておこうと振り向き、小さく手を振った。
駅の天井に張り巡らされた補強用フレームにぶら下がったスピーカーが微かにノイズを発する。それに続いて聴こえてきたのは、日本人には馴染み深い民謡『ふるさと』をアレンジしたチャイムだった。
これはキリウ駅の大規模工事の際に俺が強く要望し採用してもらったもので、駅長曰く「乗客には優しいメロディが好評」なのだそうだ。日本人として嬉しいものである。
それに、幼少期は嫌な思いでしかなかったとはいえここが俺にとっての”ふるさと”なのだ。別に兎を追ったり小鮒を釣ったりはしていないが、嫌な思い出は楽しい思い出でとっとと塗り潰してしまえばいい。
生きてさえいれば、楽しい事もきっとたくさん待っているだろうから。
《Спеціальний поїзд Бригади Клятви Кривавої Незабаром відправиться з платформи 17. Бажаю всім безпечної подорожі(間もなく17番線より、血盟旅団の臨時列車が出発します。皆様の旅の無事をお祈りします)》
ドアが閉まった。
線路の上に跨っている信号機が青に変わるや、警笛を発して列車が動き出す。
ぐんっ、と走り出した機関車に客車が引っ張られ、身体が向かって左側に引っ張られそうになった。
ホームの景色が段々と左に流れていく。姉上とルカの姿もやがてすっかり見えなくなると、ドアの窓の向こうには凄まじい速度で流れていくキリウの街並みばかりが映った。
次に会えるのはいつになるのだろうか―――ノヴォシアと戦争になる前に会えるだろうか?
平和な時に時間をとって、いつかまた会いに来たいものである。
意外と家族と一緒に居られる時間というのは、思っている以上に短いものだから。
後悔が無いよう、今を全力で。
ドパパ、ドパパ、と銃声が立て続けに響き渡る。
キリウからリュハンシクまでは長旅だ。来る時はパヴェルがダイヤの合間を縫う形でほぼほぼノンストップの超特急で列車を走らせてくれたが、帰りはそうもいかない。こんな時に限って臨時列車の本数がちょっと多いらしく、ザリンツィクで15分、マルキウで25~45分の停車(その間に臨時列車や特急を先に行かせるのだ)を挟まなければならない。
こりゃあ日付変わるかな、と思いながらも足を運んだのは射撃訓練場。もちろん旅の最中に備えて娯楽はある(部屋の本棚にパヴェルが描いた漫画が山ほど)のだが、しかしいつノヴォシアからの侵略が始まるかも分からない今、有事に備えて訓練をしておくのは大きな意味を持つ。
感覚を鈍らせないために、そして銃の操作方法を確認するためにと足を運んだのだが、既に先客がいたようだ。
3つあるレーンには既にクラリスとカーチャがいて、いつものAK……ではなく、西側アサルトライフルの顔と言ってもいいM16を装備して射撃訓練をしているのである。
最近、血盟旅団でも弾薬規格を始め、各種装備品の西側化が進んでいる。小銃も今はAK-19だが、西側の銃にも慣れておいて損はないだろう。もちろん「こっちの方が優秀!」とか言うつもりはないが、どの銃も一長一短あるのだ。装備の選択肢が多ければどんな作戦にも対応できる。
手札の多さがどれだけの戦術的優位性を導くかは、俺自身が実証している。
というわけで俺が選んだのはAK-19……ではなく、米軍と聞いてみんなが思い浮かべるであろうアサルトライフル、M4A1―――と言いたいところだけど、かなーり手を加えてある。
M4A1を名乗れるのはグリップとロアレシーバー部などのパーツくらいのもので、アッパーレシーバーはM16やM4系とは作動方式の異なる”AR-18”を原型とした『BRN-180』と呼ばれるアッパーレシーバーを組み込んである。
元々、M16やM4はストーナー方式と呼ばれる動作方式が採用されている。構造をコンパクト化できるし命中精度の向上にも寄与する優秀な方式だが、発射ガスが撃発機構に直接吹きつけられてしまうという短所があり、内部部品の寿命が短くなりがちになってしまうのだ。予備のパーツをすぐ用意でき、万全なバックアップ態勢を敷いている米軍であれば問題ないだろうけど、俺たちは民間の冒険者でしかなくそこまで潤沢な資金やバックアップ体制を用意できているとは言い難い。
あと地味に内部機構がストックの方まで伸びている関係上、AKみたくストックを折り畳むなんて事が出来なかったりする。
そこでこのBRN-180の出番となる。
これを組み込む事で、動作方式をこれの原型となったAR-18と同じく、ガスを内部構造に直接吹きつけない『ショートストロークピストン方式』に変更する事が可能となる。
内部パーツの寿命延長に繋がるし、内部機構がレシーバー内部で完結するのでストックも折り畳める良いとこ取りみたいな銃に早変わりするというわけだ。
元々BRN-180はフルオート射撃ができない民間用のパーツだが、しかしこれを組み込んだのは軍用のM4A1のロアレシーバー。なのでばっちりフルオート射撃も出来る。
どうですかこの素敵なキメラライフルは!
ハンドガードは当然のようにM-LOK。ハンドストップを装着して構えてみるけれど、なんとまあハンドガードがAKよりも遥かに細いのでミニマムサイズのミカエル君の手でもがっちり保持できる。しかも軽い。
バレルは命中精度を期待して16インチのヘビーバレルに。照準器は愛用のLCOとD-EVO、マズルには反動とマズルフラッシュ低減を期待してマズルブレーキを装備した。
ストックは折り畳みにも対応したSL-Kストックを選択している。他は特に装着していない。
「……構えやすい」
軽い、ハンドガードをしっかり握り込める。身体にフィットするような錯覚すら覚えるが、しかしまずは反復練習で慣れなければ。銃の操作方法を身体に覚えさせなければ実戦では使い物にはならない。
セレクターをセミオートに入れ、右側面のコッキングレバーを引いて初弾を装填。起き上がった的目掛けて引き金を引く。
タァンッ、と軽快な銃声と共に、5.56mm弾が人型の的の眉間へと吸い込まれていった。
タタタァン、と続けて射撃。近距離の標的相手ではあるものの、弾道は素直で反動も飛びぬけてキツいという感じはしなかった。
10発装填したマガジンを撃ち尽くしたところで、マガジンを取り外し交換。新しいSTANAGマガジンを装着したところで左手をそのままハンドガードの下を潜らせコッキングレバーへ……伸ばしかけたところでちょっと試してみようと思いとどまり、レシーバーの左側面にあるボルトリリースレバーを押し込んだ。
ガチン、とボルトが前進する音。マガジン内の初弾が装填されるや、すぐさま射撃を再開する。
セレクターをフルオートに入れて連続射撃。ガガガ、と射撃訓練場の中が一気に騒がしくなる。
弾切れになったSTANAGマガジンを取り外し予備のマガジンと交換、左手でコッキングレバーを引いて射撃を再開する。
また弾切れ。マガジンを交換しコッキングレバーを引いて射撃を再開。
これがM4A1やM16だったら、レシーバーの左側面にあるボルトリリースレバーを押し込む事でボルトを前進させ初弾を装填させる必要がある。わざわざ左手を左側面のコッキングレバーまで伸ばす必要がなくなるのは嬉しい点なのだが、しかしAKの操作に慣れたミカエル君としては馴染みのある操作方法の方がうれしい。
本当に実戦で出てくるのは普段から慣れ親しんでいる動きなのだ。いきなり新しい事をやってみよう、なんて出来る筈もない。
軍隊で新型小銃の動作方式は今までのものと近しい方が望ましい、なんて話は有名だけど、その理由が本当によく分かるというものだ。
操作方法似てたり同じものじゃないとダメだわ、やっぱりマジで。
パヴェル「ミカ……お前、AKを捨てたのか……!?」




