キリウ大公、ノンナ
二頭身ミカエル君ズ
ミカエル君の脳内に生息している二頭身のデフォルメされたミカエル君たち。スピンオフ漫画とかの巻末に描かれてるキャラみたいな姿をしている。鳴き声は「ミカァ?」「ミカー」など。
基本的に脳内で会議したりお昼寝したりおやつを食べたりとフリーダムな性格をしており、シリアスな場面でも絶対に1匹は布団を敷いてお昼寝タイムに突入している個体がいる。ミカエル君の声帯でロリボを出したり、死にかけたミカエル君の意識を(理不尽な仕打ちを経て)覚醒させたりと大活躍する。
性格はフリーダムであると同時に極端な人見知りであり、たとえそれがミカエル君本人であろうと、触られたり目線が合ったりすると殴りかかって来たりクリームパイをぶん投げて来たり「ぴえー!」と泣きわめいたりする。
現時点でミカエル君の他に『二頭身モニカちゃんズ』が確認されているが因果関係は不明。シャーロット博士の研究が待たれる。
「―――リガロフ公爵、面を上げなさい」
凛とした声に促され、静かに顔を上げた。
磨き抜かれた床の上。広間を一閃するかの如く敷かれたカーペットの向こうに、彼女は居た。
人1人が座るにはあまりにも過剰な装飾とサイズの玉座。けれどもそれは、そこに腰を下ろす人間にふさわしい威厳と煌びやかさを併せ持っている。王冠や王笏と並んで、玉座は権威の大きさを示すものだ。如何に強大な権力を持つ人間でも、公務の際に安っぽいパイプ椅子に座っているようでは威厳は生まれない。
それが―――イライナの象徴たる”キリウ大公”、その血脈に連なる正当な後継者であるならば猶更であろう。
玉座に悠然と腰を下ろし、蒼い瞳でこちらを睥睨しているのは、玉座に座るにしてはまだ若い……いや、幼さを残した少女だった。整った灰色の頭髪には所々黒髪も混じっていて、頭から伸びる2つのケモミミはハクビシンやビントロングと同じジャコウネコ科に属するパームシベットのそれだ。
普段はくりくりとした、愛嬌のある蒼い瞳は、しかし祖国の将来を見据えるためか、あるいは敵を威圧し国民を導かんとする強い意思の表れか―――旅の最中に何度も目にしたあどけなさはすっかり鳴りを潜め、国の舵を取る権力者のそれと言っていいだろう。
身に纏うのは青を基調としたドレス。イライナの国旗をモチーフとしたからなのだろう、フリルなどの部位は黄金のアクセントとなっていて、胸元の装飾もイライナの国章である黄金の三又槍を象ったものとなっているのが分かる。
黄金の王冠の周囲に巻き付けられているのは、イライナ人ならば馴染み深いイライナハーブの葉を編んで作ったと思われる冠だ。
「この度はキリウ大公たるノンナ様の拝謁の栄に浴し、恐悦至極にございます」
カーペットの上で跪いたまま告げた声は、俺とルカ、それからノンナ以外には誰もいない広間によく響いた。
あまりにも形式通りの、普段やってるような声音で、それもガチでやったものだからそれに耐えられなくなったのだろう。衛兵よろしく大型警棒を手に傍らで控えていたルカが我慢できずに笑いそうになった。
それにつられる形で俺も、そして玉座の上で澄ました顔をしていたノンナも我慢できなくなってしまい、思わず笑いだしてしまう。
荘厳な、キリウ大公が客人との対面に臨む玉座の間。
将来的に正式なキリウ大公を名乗る事になるノンナのための練習場に、ジャコウネコ三人衆のゲラゲラ笑う声が響いた。
「もう、お兄ちゃんってばぁ!!」
「ごwめwんwwwwだってwwwミカ、みwwwミカ姉wwwガチすぎてwwwwww」
「お前っ、こんな調子で公務の時も吹き出すなよホントにw」
ちょっと心配になるなぁこれ……ノンナが正式にキリウ大公を名乗ったとなれば公務でキリウに足を運んで、こうして彼女との謁見に臨む事も増えるのだろう。もちろんその時は今回とは違って、周囲にはずらりと衛兵が列を成し、彼女の周囲には高官たちが連なっているに違いない。
そんな荘厳な場でこらえきれず吹き出すような事があっては拙い、非常に拙い。
これが許されるのも今の内だけだな、と思いながら、とりあえず笑いが収まるまで呼吸を整えた。
「いやぁ、それにしても立派になったなあノンナも」
「えへへ~♪ どう、このドレス変じゃない?」
「ぜんぜん変じゃないよ。まさしくキリウ大公って感じでこう、尊厳に満ちてるよ」
「ミカ姉の尊厳とは比べ物にならないね」
「ワ゜」
ぶすり、と容赦なく胸に突き刺さる言葉の矢。なんでそんな事言うの、と抗議の意味を込めてルカの方を見るが、あんにゃろう頭の後ろで手を組みながらわざとらしく口笛なんて吹……いや吹けてねえ、吹けてねえぞアイツ。ヒューヒュー言ってるけどちゃんと吹けてねえぞルカの奴。
玉座に座っていたノンナが立ち上がり、ドレスの長い裾を小さな手で摘まみ上げながら玉座から降りてくる。
髪型とか王冠で身長が盛られている……わけではなかった。
ルカがそうであるように、ノンナも背が伸びていた。
「……ノンナ?」
「なあに?」
「お前、身長……伸びた?」
「えへへ。今ねぇ、162㎝♪」
「ぬ゛ん゛っ゛」
艦長、俺のメンタルに直撃弾。火災発生、浸水止まりません。現在傾斜45度。
旅が終わりに近付き始めた辺りから身長が一気に伸び始めたノンナだけど、今じゃあもうすらりとしたスタイルで背も高い。まだあどけなさは残り香程度に残っているけれど、言語化するならまさに羽化したばかりの蝶と言うべきか。
立ち上がった俺の傍らにやってきたノンナは、ぽん、と頭の上に手を置きながら無邪気な笑みを浮かべた。
「ミカ姉は……全然変わってないね♪」
「に゜」
たった今、戦艦ミカエルが転覆いたしました。
いやあの……成長しているであろう妹分の顔を見ただけで、なにゆえこんなにもメンタルをゴリゴリ削られなければならないのか。
世の中無慈悲である。
心の底からこの、祖父から受け継いでしまったコピペ遺伝子を呪いたい。
「どう、こっちの生活は。慣れたかな?」
「うーん、どうだろ」
紅茶を運んできたメイドに「ん、ありがと」ときちんとお礼を言い、真っ白な指先でティーカップを拾い上げるノンナ。口元で冷ましてから少し口に含み、そっとカップを置いてから、彼女は視線を右側にある射撃訓練場へと向けた。
リガロフ家の屋敷の敷地内には、使用人のための宿舎がある。
そしてその宿舎から少し離れたところに、いつの間にか離れが建っていた事に気付いたのは今回の訪問時だ。なんか見覚えのない建物が1つ増えてるけどアレなんだろ、と思いながら見ていたのだが、まさかそこがルカのためのトレーニング施設であったとは夢にも思わなかった。
パパン、パパパパンッ、と響く銃声。重さと反響の特徴から判断して5.56mm弾だな、と思いつつ、ティーカップと一緒に運ばれてきた小皿に乗るジャムをティーカップ内に投入。スプーンで軽くかき混ぜてから口へと運ぶ。
やはりこの紅茶もバーラト産なのだろう。茶葉の香りが薔薇を思わせる特徴的なものだ。鼻腔の奥にいつまでも残る濃密なバラの香りとジャムの甘酸っぱさ、そして紅茶に入っていたであろうハチミツの甘さが程よくマッチしていて、身体中の全ての細胞が歓喜に打ち震えているような錯覚すら覚える。
離れの地下に設けられた射撃訓練場は、もっぱらルカと、それからノンナが自分で自分の身を守るための訓練施設として用意されたものらしかった。なんでもノンナの話だと建築の際にはリュハンシクからパヴェルを呼び寄せ、地下の射撃訓練場から地上にある宿泊用の小部屋にシャワールーム、そして8割がキルハウスに充てられているCQB訓練用の離れを建ててもらったらしい。
以前からちょくちょくキリウに足を運んでいたパヴェルだが、このための外出だったのかと考えれば辻褄は合う。
しかし、現役軍人が訓練に使うような射撃訓練場のレーンの片隅で、休憩用の机と椅子を使ってメイドの運んできた紅茶を優雅にキメるというミスマッチな風景は何ともシュールなものだ。これでノンナが訓練の際に使うマルチカム迷彩のコンバットシャツにコンバットパンツ、チェストリグにベースボールキャップという恰好でなくさっきのドレス姿のままだったら、タクティカルな世界に迷い込んだファンタジー世界のお姫様っぽい感じでシュールさに拍車がかかっていたに違いない。
「毎日が大変だよ。ザリンツィクのスラムで暮らしてた頃と比べれば贅沢だけど……でもまた違った大変さがあるの」
「だろうな」
「昔はねぇ、貴族とか皇帝って豪華な服を着て、お金をたくさん持ってて、美味しいごはんばかり食べてる贅沢な人たちって思ってたけど全然違うんだね。マナーを覚えるのも大変だし、ピアノにバレエ、バイオリンにダンス、剣術に魔術、それから語学のお勉強……毎日予定がギチギチで、ついていくのがやっとだもの」
俺もだよ、とは口が裂けても言わない。
貴族であり、重い責任を伴っているとはいえ俺は公爵だ。大貴族を名乗るに相応しい爵位ではあるものの、それでもリガロフ家の三男であるが故に責任は比較的軽い方……でもないか。リュハンシクでヘマをやらかせば大惨事になる。
そんな俺に対し、ノンナは公爵どころかキリウ大公―――イライナという国家を背負う権威そのものである。
15歳の少女が背負うにしては余りにも重すぎる責任を、しかしその華奢な両肩で背負うのだ。今はその重責に相応しい”器”へと生まれ変わるための準備期間。昆虫で言うところの蛹の段階である。
「あ! でもねミカ姉、アナスタシアさんすっごく優しいんだよ! こうして週に2日はお休みをくれるし、美味しいお菓子をたくさん買ってきてくれるし、ちゃんと遊ぶ時間も用意してくれるんだから!」
「おお、それは良かったな」
厳しい姉上にしては珍しいな、とは思ったが、まあノンナの事を慮っての事であろう。
彼女はキリウ大公の地を宿す唯一の後継者だ。もしあまり厳しく躾けすぎて機嫌を損ねたり、自身を失ったり病んでしまうような事があってはイライナの将来に関わる。そうでなくとも事前に俺からもノンナを訓練する際はどうか寛大に、と申し入れておいたので、その意見具申もちゃんと汲み取ってくれているに違いない。
いずれにせよ、姉上も厳しく鍛えるところは厳しくし、不要なところではしっかりと休ませるメリハリの利いた訓練スケジュールを組んでいるようだ。
なんか絵面がパワハラに警戒してセーフゾーンを探りながら新入社員を指導する教育担当者のそれだな、と思ったけどその通り過ぎる。それ以外にも外交や独立計画の推進、国内外への根回しや防諜の指揮も執っているのだから姉上がぶっ倒れないか心配だ。ヴォロディミル義兄さんの話では『あの人には1日が72時間ある』そうだが……ナポレオンの生まれ変わりとかじゃないよねあの人。
苦労を掛けているだろうし、後で何かお菓子でも持って行こう……あと吸わせてあげよう、俺 を 。
「ミカ姉の方は?」
「ん? んー、こっちもなかなか大変だよ。キリウから遠いし、それに俺たちの城はすっごい迷路みたいでさ。夜トイレに行くだけで迷いそうになる」
そんな冗談を交えて話をしている間に、ビー、と訓練終了を告げるブザーが鳴り響いた。
ルカの訓練が終わったのだ。
お、とレーンの方に視線を向けると、AK-19CQB(※AK-19のカービンモデル)からマガジンを外してコッキングレバーを引き薬室内をチェックしたルカが、何度か空撃ちして弾薬が残っていない事を確認してからセーフティをかけているところだった。
スコアは500点満点中430点。時間内に出現する的を全てヘッドショットすれば500点満点になる計算だそうで、それに倣うとルカはかなり高い点数を出している事が分かる。
どうよ、と誇らしげに戻ってくるルカに触発され、俺も立ち上がった。
メニュー画面を出現させて愛用のAK-19を召喚。ハンドガードをM-LOKハンドガードに換装しバレルは20インチのロングバレル、アンダーバレルにはハンドストップを取りつけてCクランプ・グリップを多用する射撃スタイルに最適化してある。
照準器はリューポルド社製のドットサイト『LCO』と、6倍率スコープの『D-EVO』。特別な操作をせずドットサイトと中距離用スコープを使い分けられるセットアップだが、D-EVOはスコープのレンズが右側に突き出る形状であるため、右利きであれば問題ないが左利きの射手に優しいとは言えず、また銃撃戦で銃の持ち手を変えなければならないアングルでの射撃ではスコープを自分の腕で遮ってしまう事になるので、実質的にスコープは封印しなければならないなど制約もある。
けれども視線を少し下に向けるだけで近距離と中距離の照準を使い分けられる利便性を高く評価して、このセットアップを良しとしていた。
マガジンは従来のAK用マガジンではなく、M4やM16などで使用される西側規格のSTANAGマガジン。それをガリルみたいにアダプターを介して装着する。
これはSTANAGマガジンを使用する火器との共用のためでもあるし、将来的にAKからAR系に乗り換える可能性も考慮した慣熟訓練の一環でもある。
セレクターをセミオートに入れ、レーンに立った。
「俺もルカには負けてられねえな」
「ミカ姉頑張れー!」
きゃっきゃと楽しそうなノンナの応援を背に受けて、訓練開始のスイッチを押した。
結果は500点中500点―――全弾ヘッドショット、パーフェクトだった。
これで少しは俺の尊厳も重みを増したものと思いたいものである。




