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家族の食卓にラーメンが出てきた件

モニカ「ねえパヴェル、地下区画のエレベーター故障してるんだけど……」


パヴェル「 一 般 昇 降 は 黙 っ て い ろ ! ! ! 」


モニカ「!?」


「なあお前さ」


「はい兄上」


 姉上とミカエル君暗殺未遂事件から一夜明けた、何の変哲もない平日の昼下がり。


 イライナ最大の都市キリウの街中を流れるガリエプル川の土手に座り、ぷうぷうとシャボン玉を飛ばすミカエル君の隣に寝転んだマカールおにーたまは、ふわりふわりと飛んでいくシャボン玉を目で追いながら問いかけてくる。


「昨日の事件あったじゃん、暗殺未遂事件」


「ありましたねぇ」


「それでまあ、合計で10人くらい逮捕したんだけど」


「はい」


()()()()()()()()()()()()んだけどアレ何」


「それ本編でも追及します???」


 前書きの茶番でなあなあになったのにこのバカ兄は……。


「いやほら……当事者から話を聞いた方がいいかなって」


「そんなに尻が好きなんですか兄上は」


「馬鹿お前、俺は尻よりおっぱい派だ残念だったな」


「奇遇ですね俺もです」


「ヨシ……んで何の話だっけ」


「暗殺者の件です。尻はまあ……察してください」


 シャボン玉を飛ばしながら片手でその辺の土を掴み、形状変化で簡単なトゲトゲ棍棒を作り出して見せつけるミカエル君。トゲトゲのそれを見た兄上は「Oh……what a big and magnificent club(おう……なんて立派な棍棒なんでしょう)」なんて遠い目で(あと何故か英語で)漏らす。


 いったい彼らがどんな目に遭ったのか、うっかり想像してしまったのだろう。


 我ながらエグい事をしてしまったとは思う。パヴェルの描くエロ同人はバチクソ健全な保健体育の教科書に思えるほどに、だ。


 でも一応弁明させてもらうと、ミカエル君に()()()()()はない。あれはパヴェルから「相手に口を割らせたい時は相手の嫌がる事を全力でやれ」と言われたので、陰キャの本領を発揮しただけの事だ。


 つまるところ俺が悪いのではなく教官たるパヴェルがだな……。


 という責任転嫁は脳内の二頭身ミカエル君ズに任せて、でっかいシャボン玉を飛ばした。


「姉上と俺を狙って暗殺者(アサシン)を放った……依頼人(クライアント)皇帝(ツァーリ)


「……帝室も必死なんだな」


「でしょうね。テンプル騎士団が倒れた今、もう後ろ盾はありません。かといって強気の軍事行動に出ようものならば共産主義者(ボリシェヴィキ)が蜂起する。詰んでます。ぶっちゃけこの状況で入れる保険があるなら教えてあげたいくらいです」


「ありませんね」


「ですよね~」


 これワンチャン放っておいても勝てるんじゃないかなと思っていると、土手で座ってる俺たちのところへクラリスが子供用のカップとストローを持ってきてくれた。


 カップの中身は飲み物……ではなく、洗剤を水で薄めたものが入っている。


 ありがとう、と言いながらそれを受け取るや、兄上にカップとストローを差し出した。


「……ナニコレ」


「洗剤です。ストローをこう、洗剤に浸して息を吹きかけてやればシャボン玉が……」


「いやあの違う、そうじゃなくて」


「ではどういうことですか兄上」


「なにゆえシャボン玉?」


 目を丸くしながらもカップを受け取るマカールおにーたま。困惑しながらもストローを洗剤に浸す彼に、お手本を見せつけるように大きめのシャボン玉を飛ばしてから言った。


「いや、土手に来たならシャボン玉を飛ばすのがイライナ人の童心のあるべき姿って死んだ父上が」


「おう不本意ながら存命中なんだわあのレーズンジジイ」


「願わくばリョナ系の同人誌に小指ぶつけてポックリ逝ってほしいなって星に願いをかけてるんですが叶う気配がありません」


「もっとメジャーな死に方を願って差し上げろ」


「今年のお盆帰ってくるんですかねぇレーズン夫妻……」


「オボンって何???」


「迎撃の準備しなきゃ」


「というかお前テンション高くね? どしたん」


「いやぁ、何か最近逆境の連続でして……こう、これくらいテンション上げてかないとやっていけないなって……あれ、もしかして姉上がギャグパートに入るとテンション高くなるのってこういう……!?」


「いやあれは素なんだわ」


「素でしたか」


 なんかこう、公務やら計画やらのストレスでああやってバカやってないとやってられないんじゃないかって思ってましたわ。姉上って元からああいう性格だったのね……。


「……それはさておき、どうです兄上の方は」


「ん、大変だよ」


「仕事が?」




「  夜  が  」




「夜が」


 そう言えばマカールお兄様、気のせいか少し痩せたように思えるんだけども……?


「あの……兄上?」


「エカテリーナ姉さんさ、いるじゃん」


「いますね」


「ライオンの獣人の女性ってさ……やべえんだよ、性欲が」


「はあ」


「全然降りてくれない」


「全然降りてくれない」


 そういえば兄上の奥さんは副官のナターシャさんだったっけ。メガネが特徴的なライオン獣人の女性で、クラリスほどではないけどすらりとしててクールな印象を抱かせる人だったな、というのは覚えてる。


 そうか、ああいう人でもすごいんだな、色々と……なーんて思いながら兄弟で(※姉妹にあらず)ぷうぷうとシャボン玉を飛ばし心を無にすること数分。


 ブロロロロ、とバイクをかっ飛ばす音が聞こえてきたかと思いきや、土手の傍らに憲兵隊のバイクが停車。跨っていたライダーがヘルメットを取り、これ以上ないほど幸せそうな笑顔でこっちに手を振りやってくる。


「あなた様~!!」


「噂をすれば」


「デレデレじゃないですかやだー」


 最初はなんかこう、キャッキャウフフしてるような感じの走り方だったんだが、肉食獣たるライオンの本能ゆえなのか段々と走り方と目つきがガチな感じの……そう、獲物を仕留めにかかるような感じになっていった。


 デレデレな妻なんてもんじゃない。一刻も早く最愛の夫を、スモールサイズで可愛らしいマイハニーを独占したい、滅茶苦茶にしたい、自分色に染め上げてしまいたいという欲望がどす黒いオーラと化して漏れ出ている。兄上なんつー人と結婚してしまったんだろうか。


「ぴえ」


「うふふ…… つ か ま え た ぁ 」


 なんか背筋が凍りそう。


 兄上はもう、アレだった。ライオンの尻尾をぴーんと伸ばして凍り付いてる。せっかく飛ばそうとしていたシャボン玉がぱちーんって割れた……あーあ。


 なんだろ、この人からなんかクラリスと似たような香りがするんだが気のせいだろうか。


 というか気のせいであってほしい。


 あの、ホント、割とガチでお願いします。


















 あれからというもの、キリウの屋敷で食卓を囲む人数が増えた。


 単純に兄姉たちの配偶者が増えて+4人。5人姉弟の食卓に配偶者×4という事でまあ、だいぶにぎやかになった感じがある。


 イライナやノヴォシアの貴族は、基本的に食事の時は家族全員で集まって食べるという文化がある。大きめのテーブルを囲んで、一族全員で一堂に会し他愛もない雑談に花を咲かせながら、和気藹々(わきあいあい)とした空間で食事をとるのだ。


 だから日本みたく1人で外食したり、他の家族と時間をずらして単独で食事を……なんてものはNGとまではいかないが、まあ「あらあらあそこの家族仲悪いのねぇ~おほほほ」的な感じで見られる事になる。


 あくまでもこれは貴族だけに限った話だが、そういう文化的背景があるので、たとえ自分とメイドの間に生まれてしまった忌み子だけ除け者にして他の子供たちと一緒にご飯を食べるなんて暴挙は文化的に許されないんだぞレーズンジジイ。聞こえてるかレーズンジジイ?


「いやぁ、しかし楽しみだな」


 ふふふ、と腕を組みながらいつもよりそわそわするアナスタシア姉さん。


 暗殺未遂事件の翌日とは思えないテンションであるが、まあ仕方のない事だ。


 本日の夕飯はリガロフ家お抱えの料理人……ではなく、本日のみ特別にパヴェルが腕を振るう事になっているのである。


 一度、姉上はアレーサを訪れた際にパヴェルの飯を食べているのだが、本人曰く「それ以降あの味が忘れられなくなった」のだそうだ。真面目に彼をリガロフ家お抱えの料理人として雇おうかと検討したそうだが、まあ勘弁してほしい。彼は血盟旅団の重要人物である。戦えて諜報活動もOKで炊事洗濯バッチコイな万能選手なのだから引き抜かれたら困る、非常に困る。


 ちなみにさっき厨房を覗いたらクソデカ寸胴鍋をかき回したり灰汁を取ったりして、麺を茹でていたので多分今夜の夕飯はラーメンです。それもあの香りからして九分九厘こってり系の。


 俺には分かる。今日の昼間から厨房に籠ってスープやチャーシューの仕込みをしていた事に。


 だって朝早くからトラックで食糧庫に大量の豚肉と骨とニンニクを搬入してたの見てましたからねミカエル君は。朝っぱらから厨房の一角でフル稼働してるヒグマの後ろ姿が見えた時は何事かと思ったよマジで。


「しかし何が出てくるんです? 変わった料理とは聞きましたが」


「今夜は期待して良いぞジノヴィ、私が認めた料理人だ」


 本業は特殊部隊の指揮官なんですけどね。エロ同人描いてるけど。


 などと心の中でツッコんでいる間に、数名のメイドたちと共にパヴェルがやってきた。AKMを抱えたヒグマのイラストが描かれたエプロンに三角巾姿のパヴェルはどこからどう見てもラーメン屋の店主にしか見えない……信じられるだろうか、あれで元テンプル騎士団の特殊部隊出身である。


「へいおまち」


 ごとん、と目の前に置かれたのはかなーり大きめの丼ぶりだった。


 中にはやや白濁した黄金色のスープに大きくカットした輪切りのチャーシュー、それから艶のある黄金の麺。油でさっと炒めた野菜の山が山脈……という程ではないがそれなりの高さの山を成し、その傍らにはすりおろした生ニンニクがちょこんと添えられている。


 豚骨ベースの味噌ラーメンと言ったところか。


 それに加えてミニチャーハンと餃子のセット。ラーメン屋に行って注文すればカロリーと引き換えに幸せになれる事間違いなしのセットだが、しかし ど う 間 違 っ て も 貴 族 が 食 う 飯 じ ゃ ね え 。


 嘘でしょ、と言った感じの顔でラーメンと腕を組むパヴェルの顔を交互に見る俺。そして生まれて初めてラーメンを目にするリガロフ家の皆様はというと、想像してたのとは全く違う異国の料理にすっかり目を丸くしていた(それはそうだ)。


「ええと……これは?」


「味噌ラーメンです。スープは豚骨ベース、麺はイライナ産小麦100%。野菜もチャーシューも米に至るまで国産です。味付けに使った味噌や香辛料はジョンファや倭国から取り寄せました。麺は少し固め、スープの味はイライナ人の味覚に合わせて少し薄めに調整してます」


「む、何を言ってるか分からんが……まあすごいんだろう、うん」


 姉上の語彙力が死んだ。


 というか味噌とかイライナで手に入らない調味料以外はほぼ国産というのも凄まじい話である。さすがは食料自給率204%を誇るイライナ、世界のパンかごを名乗るだけの事はある。


 食料の多くを輸入に頼っていた日本では考えられない話だ。


「ええと、これは麺料理……なのか?」


「フォークは無いのかしら?」


「箸を使って食べるみたいですよ姉上」


「あらあら、使い慣れてないのだけれど大丈夫かしら。うふふ」


 微塵も心配してなさそうなエカテリーナ姉さんの隣で、「なにこれ、ねえなにこれ」と小声で言いながら不慣れな手つきで箸を手に取る義理の兄その1ことロイド氏。今の生活に慣れてきたのか、前回会った時の針金ボディと比較するといくらか体重は戻ったらしい。よかったよかった。


 姉上たちが食べ始めたのを見計らって、俺も手を合わせ小さく「いただきます」と告げてから、豪快に麺を啜……るのはさすがに実家ではアレなので、レンゲの上に麺を乗せて静かに食べた。


 イライナ人の味覚に合わせて薄めに調整した、というパヴェルの判断は正しかったと思う。日本のラーメンそのままの味ではしょっぱくて食べられないかもしれない、という彼なりの気遣いなのだろうが……。


 前世の頃の肉体だったら「ちょっと味薄いな?」と思うかもしれないが、今の身体ならこれくらいの味の濃さが丁度良いのかもしれない。まあ列車に居た時は塩分補給も兼ねて手加減無しの日本仕様で作ってたんだけどねこの人。


 もっちりとした太麺は程よくスープに絡んでいるし、スープも豚の旨味を十分に引き出した濃厚なものだ。味噌の風味は殺されておらず、それでいてニンニクの刺激が丁度いいアクセントになるという理想的な黄金比。味を調整したうえでこのクオリティを維持できるのは並大抵の腕で出来るものではない。


 油で炒めた野菜もシャキシャキとした食感を残しており、朝イチから仕込んでいたチャーシューは味がしみ込んでいて柔らかい。噛む必要もなく舌の上で溶けていくようだ。


 あー美味い、やっぱり美味い。パヴェルが作るんだから美味いんだろうなと期待するんだが毎回その期待の遥か上を行く彼の腕には脱帽である。真面目に店開いた方がいいんじゃないのかコレ。


 さて、人生初のラーメンを食べたリガロフ家の皆さんのリアクションはというと。


「うっっっっっっっっっっっっま」


「あー美味しい……不思議な味がするけどなんだろコレ、味付けに何使ってるんだろコレ」


「あらやだ、美味しい……!」


「!? ……!?!? !?!?!?!?」


「ずぞぞぞぞぞぞぞぞ」


「何だこの肉すげえ、舌の上で溶けるしそもそも箸で掴めねえ」


 普段であれば今日こんな事があったとか、明日はこんな事があるからどうのこうのと他愛もない雑談の花が咲くところだが……人生初のラーメンというインパクトに加え、美味さが約束されたパヴェルクオリティなので雑談どころではない模様である。


 そんな微笑ましい兄姉たちの様子を見守りながら、チャーハンと餃子にも手を伸ばす。


 たまにはこういう日があってもいいんじゃないかな。







料理人A「知ってるか、パヴェルって料理人」

料理人B「あの伝説の!?」

料理人A「ああ。噂じゃ血盟旅団で専属の料理人をやってるとかなんとか」

料理人B「マジかぁ……いいな羨ましいな」


カーチャ「あんた伝説の料理人にされてるわよ」

パヴェル「Huh???」

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