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暗殺者VSメイド

リーファ「冷やし中華? 天津飯? 中華丼?」

リーファ「……」


リーファ「我一生中從未聽說過這樣的食物(何ソレ聞いた事ないんだけど)」


「ミカエル様ー?」


 居ないのかな、と呟きながらリュハンシク城の通路を見渡して、かつてミカエルが保護した転生者の1人―――アカネは首を傾げた。


 リュハンシク城はとにかく広大だ。仮想敵国たるノヴォシア帝国最西端の街『マズコフ・ラ・ドヌー』と、イライナ最東端の州都リュハンシクを隔てるように屹立する漆黒の城、リュハンシク城は要塞そのものであり、ノヴォシアと戦端が開かれた場合は真っ先に帝国の戦力と激突する要衝となる。


 地上に露出している城の部分はほんの一部に過ぎない―――リュハンシク城は氷山のように、地上の構造物よりも地下区画の方が広大になっており、砲撃や空爆を受けても司令部機能を喪失する事が無いよう重要設備も地下に用意されている。


 それだけに内部構造は複雑だ。城内に設けられたAIのメインフレームと常時リンクする事で、城内マップを常に参照する事が可能な戦闘人形(オートマタ)であれば迷うような事など決して無いのだが、しかし茜たち転生者は違う。


 地上区画だけでも迷路のような構造になっているのだ。一見すると隣接した区画へアクセスできそうな通路も最終的には袋小路になっていたり、全く関係なさそうな区画から別の区画へ繋がっていたりと、かなり独特な構成となっている。


 それもそのはず、リュハンシク城はかつてイライナが独立を維持していた頃に建造された要塞であり、敵兵に侵入された場合でも内部の制圧に時間がかかるよう、敢えて独特な構造を採用したのだという。

 

 イライナが併合された後は何度も取り壊すようノヴォシア側から圧力をかけられたが、イライナ側は『歴史的建造物であり後世に遺す正当な理由がある』という名目で、いずれ来たるべき帝国からの独立に備えるため、その拠点として保存していたのだ。


 そういう経緯もあって構造は複雑怪奇そのもので、案内役の戦闘人形(オートマタ)兵やスマホのアプリを使わなければ城内の移動は困難を極める。地上の区画だけでこれなのだから、より複雑な地下の区画に足を踏み入れたら最期、二度と生きて朝日を拝む事はなくなるかもしれない(そもそも機密保持のためアプリに地下区画のマップはインストールされていない)。


 複雑怪奇な城塞の中で城主を探す茜の胸元には、冒険者バッジがあった。


 冒険者としてデビューした彼女はミカエルの教えもあり急成長。他の転生者の仲間と共に早くもDランクへの昇進を果たしたのである。


 その報告のためにミカエルを探しているのだが、しかしどこを探してもあの小柄でキュートでモフモフで、とても『雷獣(ライジュウ)』『串刺し公』『雷帝』などという物騒な異名で呼ばれているとは思えない可愛らしい城主の姿は見当たらない。


(外出中かな?)


 だったら帰ってきてから報告しよう、と踵を返した茜の視界に、ふと『тренувальний майданчик』という文言が刻まれたプレートが踊る。


 ミカエルから教わったイライナ語を思い出し、それが日本語で『訓練場』を意味する言葉であると思い至るや、興味本位で歩みをそちらへと向けた。


 幸か不幸か、扉の鍵は開いていた。


 ミカエルの執務室とほど近い場所にあるのだから、ここを主に利用しているのはミカエルなのだろう。あんなに小さな身体で彼女は如何にして今の力を手に入れたのか、と興味がわいた茜は意を決し扉を開け―――そこに無造作に置かれた奇々怪々なオブジェの数々に、思わず言葉を失った。


「……?」


 何の変哲もない、円形の広間。


 その床が局所的に大きく盛り上がっており、その上に奇妙なオブジェが生成されているのである。


 磨かれた床のタイルが餅のように膨れ上がって変形しているのだが、何よりも奇妙なのはそこではない。


 変形した床の頂点には、”花”が咲いていた。


 そう、花だ。


 粘土細工のように膨らみ、変形し、現代アートさながらに盛り上がり奇妙なオブジェと化した床のタイル。その頂点にはまるで縫い付けられたように、カモミールの一種であるイライナハーブが白い花を咲かせて、仄かに甘い香りを発している。


 それ以外にも奇妙なオブジェがいくつも並んでいる。


 床のタイルから生えた槍や斧。果てにはマスケットのようなものまであるが、よく見ると銃口から先は向日葵ひまわりになっていて、黄色い大輪を天井に向けて咲かせている。


 オブジェの種類に一貫性はなかった。


 武器があれば花があり、凝った彫刻があればただの金属製のプレートもある。


 しかしいずれも共通しているのは、それらが『床から生えている』事と―――どれもが精巧な作り物ではなく、正真正銘の本物であるという事だ。


 何気なく、床から生えた槍の柄から顔を出すカモミールの香りを嗅いだ。


 甘く、身体を内側から癒していくような香りは紛れもなく本物のそれだ。触れた花弁の質感も作り物では決して真似できない感触である。


 何の変哲もない床のタイルが花になったり、明らかに材質の違う金属製のプレートに変形、あるいは変異しているのだ。


「何……これ……」


 そんな奇怪な空間の中心に、”それ”はあった。


 床のタイルから伸びた、1本の杭。


 半ばほどからドリルの如く捻じれ、螺旋状の溝を刻まれた漆黒の鉄杭は、しかし先端にゆくにつれて溶鉱炉の中の鉄さながらに赤く変色し、その穂先は直視するのも難しいほどの光と熱量を宿している。


 ―――それは、復讐の具現。


 かつて家族を、全てを奪われた男が悪鬼羅刹に身を堕とし、数多の戦場で振るった狂気の化身。


 リュハンシク城の訓練場、その床から生えた奇怪極まりない鉄杭―――名を、”煉獄の鉄杭(スタウロス)”という。


















 乱れる息を整えながら、クラリスは目を細めた。


 ―――この暗殺者(アサシン)、強い。


 額から流れ落ちた汗が、頬を伝って床へと落ちていく。


 如何に700年の歳月を生き、その生涯を要人暗殺に捧げてきた暗殺者(アサシン)と言えども、その決して称えられる事はない影の武勲の数々は暗殺という卑劣な行いによるものであり、その能力や技量も生業たる暗殺に特化していて然るべきだ。


 事実、ハサン・サッバーフという暗殺者(アサシン)は、そういう意味においてはこれ以上ないほど恐ろしい相手だった。目の前に立っているというのに、少し気を緩めればたちまち見失ってしまいそうな虚ろな気配―――いや、気配などという概念はこの中性的な顔立ちの獣人には存在しないのかもしれない。


 そもそも、”気配”がしない。


 目の前に立っているのに、気配だけが辿れない。スナネコの獣人の姿という視覚的な情報だけが、辛うじてハサン・サッバーフを知覚できる数少ない情報だ。


 こんな相手に物陰にでも隠れられ、一瞬でも目を離してしまったら……。


 それだけではない。


 気配の無さもそうであるが、しかしクラリスがそれ以上に驚愕しているのは単純な戦闘力だった。


 身体能力ではクラリスの方がはるかに上だ。これは疑いようのない事実であり、身体能力(フィジカル)での勝負となれば彼女の圧勝は疑いようもないだろう。


 しかしハサンは、そんな圧倒的不利な状況においてもクラリスと互角に戦っている。


 彼女と真正面からぶち当たるように思わせて力を受け流し、怒涛の連撃でさえも、フェイントを含めて見切ったうえで次の一手を先読みして紙一重で躱し、その僅かな隙に反撃を捻じ込んでくるのだ。まるで未来でも見ているのか、あるいはシャーロットがそうであるように思考を読んでいるのか……そう思わずにはいられない。


 じゃり、とブーツが音を立て―――間髪入れずにクラリスが仕掛けた。


 連結させた剣をファンよろしく回転させながら振るい、右から左へと薙ぐ。


 当然のようにそれを回避したハサンがダンサーのように身体を捩じりながら、手にしたシャムシールの回転斬りを繰り出すが、しかしクラリスの喉元を断つべく振り払った鋭い一撃は期待に反して空を切った。


 女性の柔肌を裂いたにしては余りにも軽すぎる手応えに、ハサンは今の一撃を躱されたと悟り次の行動に移る。


 直後、大きく身を仰け反らせたハサンの頭があった場所を、クラリスが左手で引き抜いたグロック17の9×19mmパラベラム弾が通過していった。


 ハサンがあくまでも普通の獣人でありながら、しかしここまで相手の攻撃を尽く躱す事が出来るのには理由がある。


 700年―――その生涯を暗殺と戦闘、己を高めるための修練に費やしてきた暗殺の求道者たるハサンは、強敵を打ち倒すためには広く深い”知”こそが身に着けるべき武器であるという結論に至った。


 魔物であれば魔物の習性を、対人戦であれば相手の戦術や特技を攻略する……それはあくまでも凡人の発想だ。


 ハサンはそれをさらに深掘りし、人体の構造や骨格、筋肉の動きにまで知見を広げた。


 これにより身体のどの筋肉が動けばどういう動きをするのか、という事を見切ったうえで相手の一歩先をゆく事が出来るのである。


 更には心理学までもを修め、人体(ハードウェア)だけでなく精神(ソフトウェア)まで知り尽くした彼は、対峙する相手からすればまさしく「こちらの動きを先読みしたように見切ってくる気味の悪い相手」となるわけだ。


 700年という気の遠くなる歳月が、彼に鍛錬する豊富な時間を与えたのである。


 ガンガン、と立て続けにグロックで狙うが、しかし当たらない。


 腕の筋肉の動きやクラリスの目線から射線や次の攻撃を予測しつつ、これまでのやり取りで把握したクラリスの些細な”クセ”の一つ一つから攻撃の傾向を割り出し対処していくハサン。


 本当に思考が読まれているのではないか、と錯覚するほどの流麗な回避に、気味の悪さを抱き始める。


 弾切れを起こしたグロックを投げ捨てるや、クラリスは左腕を一瞬でドラゴンの外殻で覆い、渾身の力で足元の床を思い切り殴りつけた。


「!?」


 ドガンッ、と迫撃砲の着弾を思わせる爆弾と共に、埃の堆積した床が掘り返されたかの如く爆ぜる。バックステップし加害範囲から逃れたハサンはここぞとばかりに舞い上がった埃に紛れて姿を消そうとするが、しかし埃と土埃の向こうでギラリと光る紅い眼に得体の知れぬ殺気を感じ、咄嗟に剣を構えた。


 床を殴りつけた際、その衝撃で剥離し舞い上がったコンクリートの欠片―――大きさにして握り拳2つ分程度の小さなそれを、身体を捻る勢いを乗せた強烈な後ろ回し蹴り(ソバット)で力任せに蹴りつけたのだ。


 クラリスの脚力に屈したコンクリートの塊が爆ぜ、散弾よろしく放射状に撒き散らされた状態でハサンに牙を剥く。


 点ではなく面での攻撃―――攻撃を容易く回避するハサンを打倒するべく、クラリスが導き出した最適解はそれだった。


 如何に筋肉の動きや目線、心理状態に些細な癖など、様々な情報を基に未来予知にも似た精度での先読みができるとはいえ、回避しきれない面積で飛来する攻撃には対処しようがない。


 ボッ、と土埃を突き破って飛来したコンクリートの散弾が、咄嗟に腕を交差させて防御態勢に入ったハサンの両腕の肉を遠慮なく削いだ。


 血飛沫が飛び散り、ハサンの腕の肉が削げ落ちる。しかし早くも傷口が蠢くや、削げた肉が断面から生え始めて……。


 パンッ、とハサンの左半身が、何の前触れもなく爆ぜる。


「―――」


 左肩どころか胸のあたりまでごっそり抉られた状態のハサンが、床を這うようにして転がりながら離脱を試みる。それを追うようにつるべ打ちさながらに撃ち込まれるのは、情けも容赦もない12.7mm弾のフルオート射撃だった。


















「標的が散布界から外れた」


 レンジファインダーを内蔵した潜望鏡で遮蔽物に身を隠したまま、廃工場の敷地内の索敵と着弾観測を行うカーチャの冷静な声に、モニカは悪態をつきたくなった。


 モニカの得意分野は機関銃を用いた相手の制圧だ。途切れる事のない弾幕をこれでもかというほど叩き込み、破壊力を見せつけて相手の心を折る―――最も手軽に相手に火力を見せつける事が出来るのは機関銃の掃射に他ならず、それこそがまさに戦場を支配するものであるとモニカは信じている。


 だがしかし、スコープを乗せたブローニングM2重機関銃を用いての遠距離狙撃や制圧射撃となると話は別だ。また違った撃ち方が要求される―――モニカが求めているのは頭を空っぽにして撃ちまくれる、トリガーハッピーじみた射撃なのである。


「修正、右2度、仰角ちょい上げ」


「あーもう、何なのよ……!」


 悪態をつきながら、胡坐をかいた状態で押金を押し込んだ。


 ブローニングM2重機関銃と言えば、機関銃陣地に据え付けられたり、車両などに搭載されていたりと活躍の場が広い重機関銃の顔とも言える存在であるが、その重さと銃身の長さからくる命中精度の高さを生かし、スコープを搭載しての遠距離射撃に転用すればまた違った恐ろしさが顔を出す。


 12.7mm弾は弾そのものが重く、風による影響を受けにくい。装薬の量や弾速もあって遠距離射撃にも向いており、それが対物(アンチマテリアル)ライフルが遠距離狙撃に用いられる事となった理由でもある。


「当たらないでよ、クラリス……!」


「何言ってんの、アンタが当てなきゃいい話よ」


「あーもううるさいわね! 敵だけに当てりゃあいいんでしょ!?」


 つくづくこういう戦い方は苦手だ―――微妙な匙加減という概念に異様なほどの拒絶反応を見せながら、モニカは押金を押し込んだ。



 

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― 新着の感想 ―
茜ちゃんとんでもないものを見ちゃいましたね…やはりミカエル君、パヴェルから渡された例のアレの再現に成功してましたか。セシリア(本物)さえ確殺の必殺兵器を量産可能とか手が付けられないに説得力を改めて感じ…
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