結婚→血痕
ハサン「仲間を裏切り家族を守るか、仲間と家族ともども死ぬか。選択肢は二つに一つだ」
パヴェル「 う る せ え 同 人 誌 に す る ぞ 」
ハサン「」
ミカエル「ねえなんか俺とスナネコの子のBL本出回ってるんだけどコレ何」
ナレーター「相手の尊厳破壊に巻き込まれるミカエル君。今日もイライナは平和です」
「しかし……結婚かぁ、結婚ねぇ」
姉上の話も終わり、マカール兄さんに挨拶……しようと思ったが憲兵隊本部から緊急の呼び出しがかかって外出中との事なので、久しぶりにキリウの街をぶらぶらしようかと思い立ったミカエル君。クラリスと一緒にキリウの街中を特にあてもなく散策しているわけだが、しかし「結婚」という二文字が頭の中をぐるぐるしていてそれどころではない。
いや、俺も今年の9月21日で20歳になる。さすがに公爵家の子が未婚というのはちょっとこう、外部に対し「ああ、行き遅れたんだな」と思われてしまう要因になるのでそれだけは避けたいし、それに一族の跡取りという観点でも結婚はするべきだと思う。
ちょっとこの辺、現状に甘んじすぎたなとは思う……心のどこかで「こうやってみんなと旅をする毎日が永遠に続けばいいのにな」って思っていたが、今にしてみればそれは甘えだ。この人間世界、”永遠”などという甘い言葉は存在しない。
不完全な存在たるヒトの作った概念など、いつかは風化して……いや、今はそんな哲学的な思考はどうでもいい。そういう現実逃避はいい加減やめろミカエル。
ん゛ー、と唸り声をいつの間にか発していたらしい。隣を歩くクラリスに喉を撫でられてゴロゴロ鳴らしながら、ひとまず高級住宅街の一角にある公園のベンチに腰を下ろす。
公園の敷地内では貴族の庭師……ではなく、カマキリのような姿の戦闘人形を人間サイズまで小型化したような機械の庭師たちが、休むことなく枝木の選定作業や草刈りに精を出しているところだった。小鳥のさえずる声に虫の鳴き声、そして隣から聴こえてくるクラリスの咀嚼音……咀嚼音???
え、と思いながら視線をクラリスに向けてみると、いったいどこで購入したのだろうか、彼女の手にはだいぶ大きめのドラニキ(※ジャガイモで作ったパンケーキっぽい食べ物)が握られていて、たっぷりとサワークリームが塗られている。
「はへはふ?(食べます?)」
「……1つちょうだい」
ヒトが悩んでる隣でなんとマイペースな、と思いつつドラニキを受け取り、小さく齧った。
でもまあ、こういう時でも平常運転なんだよなクラリスは。彼女が真剣に悩んでいるところはあまり見た事が無い気がする。悩みも何もかも、真正面から思い切りぶち当たらずに適度に受け流すくらいがちょうどいいのかもしれない。
ちょっとだけ気が楽になったけど、でも真面目に結婚相手は誰を選べばいいのか。
血盟旅団の女性陣の顔が浮かぶが、あの中から誰か1人を選べというのは酷な話だ。確かに順当に考えていけば付き合いの長さを考えてクラリスが最有力候補だけど、モニカにも好意を寄せられているし、イルゼにも同じくその通りだし、リーファもカーチャもそうだ。
それだけでも混沌としているのに、最近ではシェリルとシャーロットまで名乗りを上げているので真面目に悩む。
クラリスを正妻にして他のみんなを妾に、というのも真面目に検討したんだがそれでは絶対角が立つというか、人間関係に軋轢が生じる原因となり得る。かといって他の皆の好意を裏切るのもちょっと申し訳がないし、その罪悪感を引き摺って生きるのも死にたくなるのでこう、角の立たないようないい着地地点を探りたいところではある。
とはいえ、今のイライナの法律では貴族は原則として一夫一妻制。公爵家当主であったクソッタレしわくちゃちびデブハゲ予備軍アルティメットレーズンクソジジイですら、母さんを妾とする事は無かった。まあそうなったところで他のメイドから『自分の身体で公爵家当主を誑かした性悪女』だの何だの言われるのが目に見えていたし、何より貴族社会ではあまり喜ばれないハクビシンの獣人であった事も原因ではあるのだろう。
うーん、と悩みながらドラニキをパクついていると、隣に居たクラリスが小さな声で言った。
「ご主人様、そんなに悩まないでくださいまし」
「でも……」
「クラリスはご主人様のメイドというだけでも幸せなのです。ですから付き合いの長さでクラリスを選ばなくともいいのですよ」
「……俺ってそんなに考えてる事分かりやすい?」
「ええ。お顔に書いてありますし、ケモミミが不安そうにひょこひょこ動いている時は大概何か考え込んでる時ですもの」
「……敵わないな、クラリスには」
「恐れ入ります」
そうは言われても、だ。
それこそクラリスの本心なのかな、とは思う。
いつまでも主人とメイドの関係、変わらない関係のままで良いのだろうか。
「それに、クラリスもホムンクルス兵の端くれですわ。こうしてご主人様にお仕えできる時間も、そう長くありませんもの」
「……そんな事、言うなよ」
分かっている、そんな事は。
ホムンクルス兵は俺たち転生者に分かりやすく言えばクローンである。オリジナルの、既にある程度成長した人間の遺伝子をベースに製造している以上、そのテロメアは最初から常人のそれよりも短くなっている。
シャーロットの話では、ホムンクルスの生産ロットにもよるが原則としてホムンクルス兵の平均寿命は【40歳前後】。50歳まで生きる事が出来れば、彼女たちにとっては”長寿”なのだそうだ。
短命が約束された儚い命なのである。
だから仲間たちの中で、最も早く先立つ事になるのはクラリスだ(彼女は今年で22歳になる)。
視線を足元に落とした俺の頭を、クラリスはそっと撫でた。
「ご主人様、ご自分の心に素直になればいいのですわ」
「……自分の心に、ねぇ」
なんか、よくあるラノベのハーレム展開の闇を見たような気がする。
学生の頃から思っていたのだ……ハーレムエンドを迎えたラノベの主人公って、最終的に誰を選んでるのかなって。まあ大概は1巻で表紙を飾ってるようなメインヒロインなんだろうけども。
その場合俺だとクラリスになるよなとは思うが、しかし……あークソ、また思考がループし始めた。
姉上に頼んで一夫多妻制OKになるよう法改正でもしてもらおうか、という貴族の特権を生かした力業を検討しつつベンチから立ち上がり、さーてそろそろ帰ろうかと屋敷の方へ歩き始める。
口の中にはドラニキのバターの風味がまだ残っていた。
公園の出口の方に黒い車が待っている。運転手は俺たちを見るなり、かぶっていた帽子を取ってぺこりと一礼した。
「ミカエル様、こちらにいらっしゃったのですね」
「ああ、うん。ちょっと久しぶりに街を散策しようと思って」
「そうでしたか。ああ、お迎えに上がりましたのでどうぞ」
そう言いながら笑みを浮かべる運転手。親しげで、信頼感すら抱いてしまう不思議な笑みだった。
「……あー、いや、歩くよ。健康のためにも」
「よろしいので?」
「うん。せっかく迎えに来てもらって悪いけど」
「そうですか……かしこまりました」
申し出を断るなり、運転手は帽子をかぶって運転席に乗り込み、エンジンをかけて走り去っていった。
―――見ない顔だ。
そりゃあ屋敷に居る使用人は運転手を含めて新顔が多い。古参の使用人はあのクソッタレ消費期限切れド底辺レーズン夫妻を追放した際にあの夫妻の世話係という名目で追放し、新しく使用人を雇い入れたから大半が新顔だ。
しかし、それでも俺だってちょくちょくキリウの屋敷には帰省しているし、使用人の顔は覚えている(人の顔を覚えるのは隠れた特技だったりする)。
なんというか、理屈で説明するのは難しいのだが……何か得体の知れない感覚を覚えた。
あのまま車に乗ったら危ないんじゃないか、という危機感と言うべきか。
クラリスも同じ結論に至ったらしく、「なぜ断ったのです?」など無粋な声を掛けてくる事も無かった。
公園を出て屋敷……ではなく、反対方向へと足を向ける。
できるだけ屋敷の遠くへ、それでいて人気のない廃工場が連なる旧工業区へ。
道を歩く人の数も疎らになり始めたところで、俺は言った。
「……屋根の上に4人、後方に3人か」
「プロですわね」
「有名になり過ぎるってのも困りものだよな」
ここで確信に至った。さっきの運転手も連中の仲間の1人である、と。
目的は十中八九俺の命なのだろう。今この局面でこのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフに退場してもらったら小躍りして喜ぶ相手と言えば、まあノヴォシア帝室くらいしか思い浮かばない。
テンプル騎士団という支えを失い、ついにはこんな暗殺組織にまで頼るとは。帝国も落ちるところまで落ちたかと心の中で嘲る一方で、頭の中では冷静に作戦を考えていた。
工業区画の近くにはスラムがある。幼少期、屋敷をパルクールで抜け出しては遊びに行ったりAKの射撃訓練に使っていた下水もあの辺だ。
俺にとってはまさに庭、勝手知ったる我が家のような場所である。
スラムに差し掛かり、あの頃と変わらない薄汚れた路地に足を踏み入れたところで、後方の刺客の1人が速度を上げたのが分かった。
見失いそうになって焦ったか、功を焦ったのだろう。
路地の上から短剣を手に、奇襲する素振りを見せる暗殺者。はっきりとそれを知覚するよりも先に時間停止を発動。何もかもが静止した世界の中で、グロック26を引き抜き頭上へ銃口を向ける。
眉間に1発、心臓に2発ぶっ放したところで時間停止の効果時間が経過。
再び動き出した世界は、暗殺者にこれ以上ないほど残酷な現実を突きつけていた。
何の変哲もない一般市民を装った彼の目の前には、頭と心臓を狙った9×19mmパラベラム弾が3発も置いてあったのである。
「―――」
空中であるが故に回避できるはずもなく、刹那に迫る死を受け入れる外無かった。
3発の弾丸を全て急所に受け、路地に墜落する暗殺者。響いた銃声にスラムの住人たちがざわつき始める中、俺はクラリスと一緒に走りながらメニュー画面を展開。AK-19とAK-19CQB(※AK-19のカービンモデル)、それから予備のSTANAGマガジンを5つ用意しそれぞれクラリスに渡した。
目の前に迫る乱雑に積まれた木箱の山を、パルクールの要領で壁を蹴り跳躍して飛び越える。その先にあった錆び付いたフェンスを同じく飛び越え、階段を一気に駆け下りて下水道の中へ。
クレイモア地雷をいくつか召喚、ワイヤーを伸ばして設置し連中を待ち構えた。
「懐かしいな」
「何がです?」
「昔、よくこの下水に出入りしてた」
「ああ、ご主人様が訓練に使っていたという隠れ家もこの辺りに?」
「そうそう。親の顔より見た下水」
「もっと親の顔を見てくださいまし」
ドパン、と地雷が炸裂する音と共に絶叫が聞こえてきた。
キュキュキュ、とAK-19の銃口にサプレッサーを装着しながら、セレクターレバーをセミオートに。
「―――ああ、ホントそれな」
引き金を引き、曲がり角から血まみれになって飛び出してきた男を撃つ。シュカ、シュカカ、とサプレッサー装備のAK-19が静かに吼え、黒塗りの短剣を手にした暗殺者をあの世へ送ったのは一瞬の事だった。
まるで躓いたかのように転ぶ暗殺者。後続の他の連中がすぐに追ってこないところを見るに、さっきのクレイモア地雷でほぼ一網打尽に出来たらしい……マジか。
こんなのでプロの暗殺者やってんのか、この程度で飯食っていくつもりかと詰りたくなるが、しかしこっちが使ってるのは21世紀の現代兵器でこの世界には存在すらしないものだ。未知の兵器を相手に食い下がっただけでも褒めてやるべきではあるのだろう。
カッティング・パイの要領で曲がり角をクリアリングしてから飛び出すと、ちょっとした血だまりが出来ていた。
クレイモア地雷は飯盒のような形状の容器に、爆薬と、それから小型の鉄球がぎっしりと詰め込まれている。ワイヤーを引くか遠隔操作で起爆することができる地雷(※ワイヤーの場合は条約で引っかかる可能性があるらしい)なのだが、殺傷力の本命は爆薬による爆風ではなく、飛び散る鉄球にある。
いきなり至近距離で、扇状に大量の鉄球をばら撒くのだから喰らう側からしたらたまったもんじゃない。まとめて喰らったらチキンキリウの出来上がりである。
それも下水道内という閉鎖空間で喰らったのだ。跳弾を繰り返し死角から襲ってくる鉄球は、俺たちの予想以上の殺傷力を発揮したらしい。
「う……う、ぐ……」
「クラリス」
「はい」
まだ1人、息がある。
クラリスに命じてそいつを捕縛させた。胸倉を掴まれ、ギリギリと締めあげられる暗殺者の手から短剣が零れ落ちる。
ソイツの腹には血痕があった。
「質問に答えたら命だけは助けてやる」
冷淡にそう言いながら、後ろにある転落防止用の鉄柵を手で掴む。同時に錬金術を発動、鉄柵の両端を切除して物質の形状変化を実行。鉄製の棒と化したそれの表面に棘を生やし、暗殺者に見せつけた。
「情報を吐いてボコボコにされるのと、コレでメス堕ちしてからボコボコにされるの、どっちがいい?」
クラリス「ご主人様がメス堕ちを???」
ミカエル「うん違うよ???」




