リュハンシクからキリウへ
ミカエル「よし、これでいいだろ」
ミカエル「網膜認証、魔力認証、静脈認証、音声認証、暗証番号10ケタ、そして扉自体はゾンビズメイの外殻と賢者の石をサンドイッチした複合装甲仕様」
ミカエル「これなら絶対に誰も侵入できない」
シャーロット「やあミカエル君」
シェリル「今夜もお邪魔しますね」
モニカ「もふぅ♪」
イルゼ「あ、お邪魔してます」
リーファ「ニーハオ♪」
カーチャ「ああミカ、お邪魔してたわよ」
クラリス「さあ寝ましょうかご主人様」
ミカエル「な゛ん゛で゛だ゛よ゛お゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ナレーター「160万ライブルの投資が無駄になった瞬間であった」
1890年 4月20日
イライナ地方 リュハンシク州 リュハンシク城地下操車場
警報灯の灯りに照らされながら、アメリカ最大のディーゼル機関車として知られるAC6000CWが2両、背中合わせに連結した状態で線路をゆっくりと後進してくる。
ああやって機関車を背中合わせに連結しておくのは重連運転のためでもあるが、一番の目的はバック用だ。列車の進行方向を逆向きにする”スイッチバック”を実施する際、いちいち機関車を転車台に乗せて回転させる必要がなくなり、列車運行の際によりスムーズに運行する事が可能となる。
戦闘人形兵の誘導に従い、パヴェルの運転するAC6000CWがゆっくりと後進。作業員が脇に退避したのを確認(ちゃんと指差呼称確認してるパヴェル偉い)するや、後方に停車している客車に機関車を連結していく。
がごん、と重々しい金属音と共に客車が機関車に連結され、そのまま後進を続ける機関車に押される形で列車がプラットフォームの方へと移動してきた。
「んじゃ、城の事はよろしく頼む」
「はいよ」
影武者担当のルシフェルにそう言い、握手して留守を託した。
これから列車で少しばかりキリウに向かう事になっている。
久しぶりに兄姉の顔が見たい……というのもあるが、一番の理由としては『姉上に呼びつけられたから』に尽きる。
イライナ独立計画について何か大きな動きでもあったのか、それとも弟妹の近況報告でも聞きたいからなのか、あるいはただ単に寂しいから呼びつけたのかは定かではない(姉上の事だからただ単に寂しいという理由も普通にあり得るんだよね)。
ただ実家の方で大きな動きがあった、ということ自体は電話や手紙のやり取りで把握している。
大きな動き、それは……。
【朗報】 姉 上 、 つ い に 結 婚
冬季封鎖中の出来事だった事、テンプル騎士団との戦闘や戦後処理などで多忙だった事もあって結婚式に参加する事は出来なかったが、辛うじて祝電と結婚祝いの品は送る事が出来た。とはいえそれで終わらせるつもりは無いし、ちゃんと挨拶にも行っていなかったので良い機会だろう。
姉上の結婚相手は騎士団時代に副官だったという平民出身のヴォロディミル氏。誠実で与えられた仕事をきっちりとこなす冷静沈着な副官であると姉上は評しており、ここだけ聞けばジノヴィおにーたまの表の顔の良い部分だけを煮詰めた紳士のようだ。
何度かあった事はあるけど、抱いた印象は『誠実』、『紳士的』。ああ、この人が縁の下で支えていたから姉上はあそこまで大胆に立ち回れたんだな、という舞台裏が分かるような、そんな人だったのを覚えている。
ちなみに、だ。
結婚したのは―――姉上だけではない。
姉上に続く形でジノヴィ兄さんもサキュバスのエレノアと結婚。それに触発されたのかマカール兄さんも憲兵隊の副官であるナターシャさんと結婚するという、リガロフ家怒涛の結婚ラッシュをおキメになられている。
長女、長男、次女、次男が結婚し、残るは三男(三女じゃねーよ)のミカエル君のみ……たぶん実家に行ったら十中八九「お前もそろそろ結婚考えろ」的な事言われると思うんだよね。見える、見えるぞクラリス。俺にもオチが見える。
というわけで結婚祝いの品を貨車いっぱいに詰め込んで、これからキリウへと向かう事になったのである。
見送りに来てくれたルシフェル君に留守を頼み、俺も貨車へ積み込む荷物の運搬を手伝う。
食料に水、それからリュハンシク産の木材で造った家具や調度品、パヴェルお手製のヒグマの木像(自画像?)、その他諸々。この前シャーロットとの薬草採取依頼で獲得したヴォジャノーイの肉も保存容器に詰め込んで積載した。ヴォジャノーイの足の肉は珍味として知られており、イライナ方面にしか生息していない事もあって多くの美食家が西へと足を運ぶほどだ。
主な食べ方はスープの具材にしたり、肉団子にして焼いて食べたり、あとは乾燥させてジャーキーにしたりと多岐に渡るが、一番ポピュラーなのがスープの具材。つみれみたいにしてスープに入れると絶品である。
「領主様、これでラストです」
「ん」
作業用機甲鎧(※作業用なので武装は無く黄色い塗装が施されている)を操縦して運んできた兵士が、なんだか棺のような大掛かりな装置を貨物車両へと運び入れていく。
一応積み荷のリストはチェックしたはずだが、はて……あんな荷物あったっけか?
違和感を感じ、作業用機甲鎧が貨車から出てきたのを見計らって貨車に足を踏み入れた。荷崩れ防止のワイヤーで固定された貨物の山の中、重量貨物用に用意された金属製パレットの上に、その装置は置かれている。
傍から見れば何かのカプセル、あるいはSF的デザインの棺のようにも見える。コールドスリープ装置か何かだろうか……いや、ここからキリウまではコールドスリープが必要になるような距離ではないんだけども。
誰か宇宙旅行に行こうとしてる奴いるな???
「……これ何?」
「何かのカプセル……でしょうか?」
いつものメイド服姿で隣に控えるクラリスに尋ねるが、彼女も首を傾げる。
色々とその奇妙なカプセルを眺めたり、側面に追いてるパネルのスイッチを適当にガチャガチャやっていたその時だった。
ガキュ、と何かのロックが外れる音。それが合図になったのか、カプセルのハッチを押さえつけていた拘束具のようなものが順番に外れ始め、ハッチの隙間から白い煙のような物を立ち昇らせながらゆっくりとカプセルが開いていく。
やがて―――むくり、と中から人影が起き上がった。
「 や あ ミ カ エ ル 君 ! ! 」
「」
カプセルの中身は、でっかい方のシャーロットだった。
機械の身体に首から上を移植した本体の方ではなく、本体をリュハンシクに居させながらも遠隔地へ出向く際にシャーロットが用いる予備の身体。
生まれつき身体に多数の障害を持っていたシャーロットは首から上だけを残し身体を徹底的に機械化したわけだが、それはあくまでもまだ人間でいう小学生の頃の身体を基準に寸法を測った小型のボディであったため、ずっと幼い姿のままだった(本人はその事が最近コンプレックスになってきたのだろう、きっとそうだ)。
そこで自身のデータをAIに読み取らせ、もし身体が順当に成長していたら……という予測データの元に設計したのがあの大人な姿のシャーロットらしい。
まあそれが本人の話なのだが、170㎝という長身に加えてHカップというクラリス以上のバストは何というかこう……その、「盛ったな」という感想を抱かずにはいられない。
よくインターネット上のアニメキャラのイラストでも思ったものだ。原作では貧乳だったキャラが薄い本とかイラストで盛られてて「お、おう」ってなったりとか。俺は別に盛る事に反感は抱かないし、可愛かったりえっちだったらそれでいいのだが、ごく稀に「お前ソレ違うだろ盛り過ぎだろお前それよぉ!」という解釈違いが発生するので、実にオタクという種族はめんどくさいものである。
脳内に生息する二頭身ミカエル君ズも頭にブーメランをぶっ刺されながらそうだそうだと肯定している。
さてシャーロットはというと、まあ……ぶっちゃけえっちだから良いと思う。
性癖には素直になろう。やがてそれが人生を面白くしてくれる。たぶん。
「お前本体じゃなくてこっちで来たのか……」
「ん、この身体にも慣れないとねぇ」
「……という名目で胸がデカい方が良いからとかそんなじゃないよね?」
「それもある。むしろこっちがボクの本来の姿といえるからねぇ」
クックック、と機械の身体に繋がっていたコードを外しながら起き上がるシャーロット。胸元と下半身を覆うだけのインナー姿であるせいか、ちょっと目のやり場に困る。
思わず目を逸らす俺でちょっとからかいたくなったのだろう、シャーロットはわざと胸の谷間が見えるようなアングルで俺の顔を覗き込んできた。
「ん~? どうしたのかな?」
「いや、その」
「あ、変なところ見てたね? くっくっく、えっち♪」
「シャーロットさん、お召し物はこちらに」
言うなりカプセルの隣に置いてあったケースの中から私服やら下着やらを丁寧に畳んでシャーロットに押し付けるクラリス。さすがに目の前で主人を誘惑されたりからかわれたりするのはちょっとアレだったのだろう。
果たしてその感情はメイドとしてなのか、それとも……?
「個室は開いていますのでそちらで着替えてくださいまし」
「なんだい冷たいねェ」
くっくっく、と楽しそうに笑うシャーロット。
コイツ笑うと可愛いんだよな、なんて思考もどうせ本人に読まれてるんだろうなと思いつつシャーロットの顔を見ると、案の定本音はしっかりと受信していたようで、顔を真っ赤にしながら目を逸らすという意外と反撃に弱いシャーロットお姉さんがそこにいた。
何だこのお姉さん可愛いんだけど。
《業務連絡、業務連絡。リュハンシク発キリウ行き臨時列車は9時45分発射予定です》
「ご主人様」
「ああごめん、今行く」
クラリスに促され、自室の方へと足を運ぶことにした。
出発前に色々と荷物のチェックやら準備が必要になる。ここで現を抜かしている場合ではない。
「なんだか久しぶりねぇ、列車の旅も」
確かにそれはそうだ。最後に列車に乗ったの、真面目に領主就任のためにキリウからリュハンシクにやってくる時ではないだろうか。
勝手に人の部屋に押しかけてきては我が物顔で漫画を読みながらスナック菓子を食い散らかすモニカとか、人を膝の上に座らせてひたすらモフるクラリスとか、隣で尻尾に顔を埋めながら掃除機みたいに吸ってるシェリルとか、あと隣に座ってやたらと乳を押し付けてくるシャーロットとか、最後の2つの存在しない記憶を除けばあの時のままである。
あの日以来列車を使う事はなかったが、それでもパヴェルはいつ走らせてもいいように万全の状態で整備してくれていたのだから感謝しかない。列車の中は清掃も整備も行き届いていて、新品……とまではいかないが、それでも旅をしていた時と何ら変わりがない。
とはいえ今回の移動はリュハンシクとキリウ間、短距離とまでは言わないものの、旅をしていた時のような長距離ではないので列車の旅を味わえるのもそう長くは無いだろう。
それに治安の良い地域を移動するので、列車の編成は機関車の重連運転に客車3両、貨車2両という編成だ。火砲車やドローンセンター、警戒車に格納庫といった車両は連結しておらず、客車の上に自衛用の銃座がある事を除けばごく普通の列車と変わらない。
ポイントが切り替わり、列車が一旦待避所へと入った。ああ、後ろから特急でも来るのかなと思いながら待っていると、ごう、と音を響かせながらすぐ隣の線路を蒸気機関車に牽引された特急が警笛と共に通過していった。
基本的に冒険者の列車は在来線のダイヤの間を縫うように運行する必要があるので、線路には等間隔でこういった待避所が用意されている。あくまでも優先されるのは在来線の運航であり、それらを妨げる事は決してあってはならない。
列車同士のトラブルがあった場合、だいたい責任を追及されるのはノマドのほうだ。
とはいっても幸いイライナやノヴォシアのダイヤは前世の日本の首都圏や都市部のようなギッチギチのダイヤではないので、合間を縫うくらいの余裕はあるのがありがたい。加えて列車の運行は時間通りなので、運転手は駅に立ち寄った際は必ず最新の時刻表を入手して運行計画を立てる必要がある。
このためだけに専属の機関士や運転手を雇うギルドも多いのだ。
まあ、血盟旅団の場合はパヴェルという万能選手がなんでもかんでもやってしまうのでその必要は無かったが。
「ちょっと機関車行ってくる」
「あっ……気を付けて」
ジャコウネコ吸いをしていたクラリスの名残惜しそうな声に見送られ、寝室を出た。
連結部を飛び越えて機関車のキャットウォークに乗り移り、そのまま先頭の機関車へ。
機関車の塗装は迷彩模様……ではなく、後続の列車や反対側からやってきた列車でも視認できるよう紺色を基調としながらオレンジのアクセントを入れた塗装となっている。
血盟旅団のマーキングもあるのだが、どうせパヴェルの悪戯なのだろう……側面には小さく段ボールから顔を出すハクビシンのイラストと共に『Транспорт цивет(ジャコウネコ運送)』というエンブレム……の落書きがある。なんだこれは。
あれか、冒険者引退したら鉄道運送業で食っていくつもりかパヴェル。
まいったね、と思いながら機関車の運転席に足を踏み入れると、そこには赤ん坊を背負いながら運転レバーを握るパヴェルと、運転席の窓から130㎞/hで後方へと流れていく風景にはしゃぐセシールの姿があった。
留守にすると心配なので連れてきたのだそうだが……それでいいのか子連れヒグマ。
「おう」
「おおミカか」
「機関車の調子はどう?」
「良好だ。整備は万全、このペースなら5時間くらいでキリウに着くよ」
「分かった、安全運転で頼む」
分かっているとは思うが彼にそう言い、俺も背伸びをしながら運転席の窓から外を見た。
姉上や兄上たちに会うのは久しぶりだ……みんな元気だろうか。




