今度の今度こそ幸せを
スク水ミカエル君「ぴえ」
ルシフェル君「ぎゃははははははwwwww」
スク水ルシフェル君「ぴえ」
さて、リュハンシク城の俺のベッドは1人用だ。
領主様には相応しい天蓋付きの大きなベッドを、という声もちらほらあったけど、それは丁重に断った。なんだかんだで質素な生活に慣れてしまったというのもあるけれど、天蓋付きの、それこそスペースが余りまくるレベルの王族みたいなベッドで迂闊に眠ってしまったら次の瞬間には飢えたホムンクルス三馬鹿とその他の仲間たちに食われそうだ……もちろんムフフな意味で。
青少年の健全育成に配慮しR-15の範疇で収めるためにもそういうのは好ましくないので、スペースがあまり余る事のない1人用の、ごく普通のベッドを使ってミカエル君は眠っている。
そしてそのベッドにはいつも当たり前のようにクラリスがいる。
もこもこのパジャマに身を包み、「さあご主人様、クラリスが暖めて差し上げますわ♪」なんてノリノリで待ち構えている。
なんだかなんだで嫌ではないのでお言葉に甘えて彼女の温もりを感じつつ、Gカップの超弩級OPPAI(※英語ネイティブ発音)の柔らかさを堪能してクラリスの心音を聞きながら眠るのが日課になっている。
それはいい、それはいいのだ。
「ふふっ、起きたかい?」
「ぴえ」
午前2時―――なんとなく目が覚めてしまったミカエル君の隣には、クラリス山脈よりも一回り大きなシャーロット山脈が聳え立っていた。
もちろんこれは大人用の1人用ベッド。ミニマムサイズのミカエル君が使うとスペースが余り、クラリスが寝るとミカエル君を抱き枕にしてちょうどいいくらいのサイズのベッドになる。
そんな1人用ベッドに、慎重170㎝でHカップのでっかいお姉さんシャーロットまで入り込んで着たらどうなるか。はい、健全な男子諸君であればもう分かりますね。前門のHカップ、後門のGカップというムフフ……じゃなかった、童貞にはいくら何でも刺激が強すぎる状況になるわけで。
「……何してんのお前」
「……来ちゃった♪」
てへ、とウインクしながら舌を出すシャーロット。コイツこんな可愛いキャラだっけ、最近なんか優遇されてませんかこの人。
「というわけでお姉さんの寂しさも紛らわしておくれよ~」
「待ってお前、ちょ、狭っ……これ1人用のベッドやぞ」
「じゃあ密着しないと落ちちゃうねェ」
ぎゅー、とミカエル君を抱きしめつつわざとらしく胸を押し付けてくるシャーロット。
それだけじゃあない。相手の息遣いが感じられるくらいの超絶至近距離である。頭上ではシャーロットの吐息が不定期的にミカエル君のドチャクソ敏感なケモミミに吹きかかり、うっかり気を緩めたらロリボで喘いでしまいそう。
「というか割とマジでそっち詰められないかい? お姉さん冗談抜きで落ちそ……落ちる、落ちそう」
「ああ待って待って、クラリスもうちょい壁寄れない?」
「んにゃ~……けふ」
ガッ、と後ろからミカエル君を抱きかかえ、そのまま引き寄せながら壁際まで後退するクラリス。そしてここぞとばかりに距離を詰めてくるシャーロット。
顔をミカエル君の頭に埋めて寝ながらジャコウネコ吸いをするクラリスはともかく、迫ってくるパジャマ姿のシャーロットは完全にその、獲物を仕留めにかかる肉食獣のような飢えた目をしていた。
「くっくっくっ……さあ逃げ場はないよミカエル君……?」
「ぴえ」
あれ、コレ喰われるのでは?
食物連鎖で下位に位置するハクビシンの本能が「あ、コレあかんやつだ」と理解したその時だった。
「 シ ャ ー ロ ッ ト さ ん ? 」
音もなく、背後から姿を現すシスター・イルゼ。
浮かべている表情は柔和な笑顔で、まるで苦しむ迷い人に救いの手を差し伸べる聖母にも似た慈愛を感じさせる。けれども何故だろうか、身体からは謎の赤黒いオーラを放っており、しかもトドメと言わん場灯りにその手には釘を打ち込みチェーンを巻きつけて返り血らしきものを塗りたくった金属釘バットが……。
しかも表面には血の文字で『Ich werde dich töten(お前を殺す)』という文字が。え、何その殺意の具現化。
ギギギ、と軋む音を立てながらゆーっくりと後ろを振り向くお姉さんシャーロット。とん、とん、と肩に凶悪極まりない金属釘バットを当てながらも聖母のような笑みを浮かべ、されど赤黒いオーラ(明らかに悪役の発するそれである)を纏うシスター・イルゼはやはり彼女にも恐ろしく見えるらしい。100%作り物である筈の彼女の顔に、何故か冷や汗がじわじわと浮かび始めた。
「ひっ」
「今、夜ですよ?」
「いやあの、夜だから別にいいのでは……?」
「これR-15ですので、その辺弁えてください」
「ひゃ、ひゃい……」
「それとミカエルさん」
「ぴゃい」
「夜ですので、お静かに」
「……ぴゃい」
こくこくと2人で必死に頷くと、シスターは金属釘バットを肩に担いだまま音もなく部屋を出ていった。
ちょっと待って、この部屋鍵かけてた筈なんだけど。なんでシャーロットといいシスターといい当たり前のようにピッキングして人の部屋に入ってくるのだろうか。こんなにもカジュアルに突破されるようなセキュリティならばもう施錠ガチ勢を目指してもいいのではないか。そう思いながらぐい、とシャーロットの胸を肘で軽く突いた。
「……お前のせいで怒られたじゃん」
「ごめんね」
「いいよ」
しゃーない、とりあえず寝よう。
がばっ、と毛布を引っ張
毛布の中に潜んでいたシェリルと目が合い、俺は人生最大の悲鳴を上げた。
もちろんシスターにも怒られた。
「冒頭からあんなコントみたいな事やってていいと思ってんの?」
「まあ久しぶりの日常ですし」
いいんじゃないでしょうか少しは、などと能天気な事を言うクラリス。そりゃあまあ、最近はテンプル騎士団と戦ってばっかりだったからこうやって仲間と馬鹿やってるとなんだか、平和な日常が返ってきたな、という感じは確かにある。
それにしたって少々フルスロットル過ぎやしないかね。
「というか今時暴力系ヒロインって流行らないと思うんです」
「そりゃそうだけどあれはお前が悪いぞシェリル」
頭の上にでっかい瘤を5つものっけて五重塔を作っているシェリルに言ってやった。
暴力系ヒロインなぁ……ミカエル君が転生する前、それこそ学生だった頃の平成のラノベでは結構見たな暴力系ヒロイン。照れ隠しに主人公を殴ったりスキンシップ感覚で蹴ったり、そういうヒロインは珍しくなかったんだが最近じゃあ理不尽すぎるという事もあって絶滅危惧種に指定されている(※二頭身ミカエル君ズ調べ)。
「がっはっはっは、いやぁしかし昨晩のミカエル殿の声は凄まじかった。しゃもじ殿といい勝負ではないか?」
「列車の窓を声だけで全部ぶち割った一番やべー奴と張り合わせないでもろて」
しゃもじの奴な、声すげーんだよなアイツ。前に一緒に行動した時は叫び声で列車の窓全部割れて、パヴェルが鬼の形相で張替えしてたっけ……アイツ今頃どの辺に居るんだろ、元気かな。
なんか呼んだらフツーにその辺からひょっこり顔を出しそうだ。
まさかなと思い周囲を見渡したけどいなかった。そりゃあそうか。
などと仲間たちとキャッキャしながら車を走らせること15分ほど。リュハンシク城やリュハンシク市から少し離れ、内地側へと進んだ林のほど近いところに一軒家が見えてくる。
レンガ造りの2階建て、ウッドデッキ付き。ガレージには黄色いブハンカとオリーブドラブのK750M(※ウクライナ製のバイク)が停まっていて、家の裏手には小さめの畑があった。
表札には【Лікінов(リキノフ)】の表記がある。
コザック-2装甲車(※武装は外してある)を家の前に停めてもらい、外に出た。
イライナの春はまだ少し風が冷たい。4月になったからといってストーブや防寒着が不要になるかといえばそうでもなく、油断すれば気温が局地的に氷点下になる事も珍しくない。
そうじゃなくても次の冬に備えるため、ストーブを仕舞わずそのままにしておく家庭も多いのだ。
「パヴェル~?」
あれ、留守だろうか。
おかしいな……誰もいない筈がないのだが。
「裏の畑でしょうか?」
「うーん……」
どうしたんだろうか。
家を外からぐるりと回り込み、裏手にある小さな畑の方を覗き込む。農耕具が収まった物置と5つくらい並んだ畑の畝、害獣の侵入防止用のフェンスに侵入者の存在を知らせる空き缶で造った即席の鳴子、そしてびっしり敷設されたSマイン(※ドイツの跳躍地雷)。クレイモアではなくSマインなのが殺意の高さを感じさせて好印象(?)。
それはさておき、あのドウジンエロヒグマの姿が見当たらないのだ。あんな身長180㎝で筋骨隆々、おまけに人相の悪いマフィアの幹部みたいな巨漢なんてすぐに見つかると思うのだが。
俺の考えてる事はみんなに読まれるし、こうして彼に失礼な事ばかり考えてればワンチャン姿を現すんじゃないかと期待していたんだが、しかし誰もいないし誰も来ない。
家の中には人が居る気配が無いし……でも車は停車してるしなぁ。うーん。
「ちょっと電話してみるか」
そう思いスマホをポケットから取り出そうとしたその時だった―――がさ、と家の近くにある林の方から草の揺れる音、そして地面に落ちた木の枝を踏み折る音が聞こえてきたのは。
パヴェルか、それとも魔物か。
風に乗って血の臭いが漂ってきて、ああこれは魔物だなと断じた頃には既に手がホルスターに伸びていた。特注のホルスターからPAK-9を引き抜き、クラリスもグロック34を、シェリルはグロック17を、そして範三は刀の柄に手を掛ける。
がさがさ、と草の揺れる音。
やがてフェンスの向こうにある草むらから―――大きな影が姿を現す。
左手には迷彩塗装のモシン・ナガンを、そして右手では背中に背負った大きな大きなヒグマ(※ヘッドショット済み)を抱えた身長180mのヒグマみたいな巨漢……いや、巨漢みたいなヒグマ(?)。
「ウギャァァァァァァァァァァ熊さん゛んんんんんんんんんんんんんんん!!」
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ひ、ヒグマがヒグマ仕留めて帰ってきた……共食い!? 共食いなのか!?
「って、ミカ?」
「お、おう……遊びに来たんだけど誰も居なかったからさ」
「ああ悪い、獲物仕留めに行ってたら遅くなっちゃって」
「晩飯」
「いやぁウチみんな大食いだからさ、分かるだろ?」
そう言いながらモシン・ナガンを作業台の上に置き、物置の前で背負っていた獲物たちをゆっくり降ろすパヴェル。よく見るとでっかいヒグマ1頭の他に大きな鹿を3頭も仕留めている。
明らかに総重量500㎏超えなんだが、これ人力で運んできたのかこの男は。
「下処理してから行くからさ、先に中で待っててくれよ。すぐ行くから」
「お、おう……」
テンプル騎士団との戦いが終わってから4ヵ月……自由気ままに生きてるな、コイツも。
「それでさ、毛布をめくったらシェリルがいつのまにか忍び込んでて……」
「あっはっはっは! オチまで綺麗すぎるだろそれ!」
アルコールでやや酔いが回り、うっすらと赤くなった顔で馬鹿笑いするパヴェル。
今朝……というか深夜にあった話を聞いてゲラゲラ笑うパヴェルの隣で一心不乱に彼が仕留めてきた鹿肉の香草焼きを頬張っているのは、黒髪と眼帯、それから頭から生えた角がトレードマークのホムンクルス―――というより、”キメラ”の女性だった。
忘れもしない、テンプル騎士団の先代団長であるセシリアである。
正確には彼女の肉体と記憶を精巧に再現した複製であり、彼女本人ではないのだそうだ。その証拠にパヴェルと同い年であるというセシリアとは違い、17歳くらいの少女の姿をしている。
あの戦いの際、罪悪感が引き金となって彼女の頭からはこれまでの記憶が全て消去。それと入れ替わりになるように芽生えた自我により、彼女はセシリアの複製ではなく1人の人間としての人生を歩み始めた……という事らしい。
「パヴェル、おかわり!」
「おう、いっぱい食えよ”セシール”」
セシール、と呼ばれた彼女はニコニコしながら皿をパヴェルに差し出し、「おっにくー、おっにくー♪」と歌い出す。
黙っていれば大人びているのだが、中身はまだまだ子供だ。芽生えたての自我、その精神年齢がまだまだ幼いそうなので仕方がない事ではある。
今のところは記憶が戻る気配もなく、攻撃的なところも見られず普通の女の子として生活しているようだ。願わくばこのまま平和な時の中で今度こそ幸せを掴んでもらいたいものである。
彼女に香草焼きのおかわりを持ってくるパヴェル。ウォッカの酒瓶を片手に席につこうとした彼を、しかし奥の部屋から唐突に響いた赤子の泣き声が呼び止めた。
「おぎゃああっ、おぎゃあああああっ!!」
「おっと、起きちゃったか」
「んむ?」
口いっぱいに鹿肉を押し込んだセシールに見送られ、小走りで奥の部屋へと向かうパヴェル。
やがて戻ってきた彼の腕の中には、セシリア……じゃなくてセシール同様に黒髪で、頭から角を生やした赤ん坊の姿があった。
大破していく空中戦艦の中で製造されていた、セシリアの複製の予備。育成担当のホムンクルス兵により連れ出されたその赤子を託されたパヴェルは、リュハンシク城から離れたここで子育てに勤しんでいる。
最初はリュハンシク城で子育てする方向だったのだが、「子供たちをできるだけ武器や兵器から遠ざけたい」というパヴェルの要望もあり、街の郊外に一戸建ての家を建ててそこで生活する事となった。
まあ、確かに何かの拍子に”セシリア”としての記憶が蘇ってしまったら大事だ。
「おーよちよち、起きちゃったんでちゅか”シズル”ちゃん?」
「うー、あうー!」
「ほーらパパでちゅよ~。怖くないでちゅよ~♪」
「あう……けふっ、きゃはっ。きゃははっ」
赤子をクソ真面目にあやすパヴェルというレアな光景が見れて、なんか安心した。
今まで戦いの中でしか生きてこなかった彼だ。向こうの世界でも戦争で家族を失い、相当辛い経験をしていたらしい。
本当の意味での家族ではないとしても―――彼にはそろそろ、幸せに生きてほしいとつくづく思う。
そう思わずにはいられない。




