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フィールドワークを終えて

ミカエル「こっちの世界の刑罰にさ、人権剥奪ってあるじゃん。執行されると人間じゃなくて物品扱いで奴隷になるやつ」

シェリル「ありますね」モフモフ

ミカエル「それで奴隷になった奴を売ってる商人」

シェリル「ああ、あの『ぐっへっへ、良い趣味してますねぇ旦那』みたいな感じでにじり寄ってくる異世界転生モノによく居るアレですね」

ミカエル「うんそれ」

ミカエル「奴隷って重罪人が堕とされる身分なんだけど、犯罪者を取り扱う商人という立ち位置なのよね」

シェリル「それで?」ハスハス

ミカエル「アイツらさ」


ミカエル「 イ ラ イ ナ の 法 律 上 は 公 務 員 扱 い に な る の よ ね 」


シェリル「 何 で す か そ の 珍 事 」


 機関銃はあたしにとって友達のような存在と言っていい。


 あの連射している時の銃声と反動(リコイル)、そして絶え間ないフルオート射撃がもたらす圧倒的な破壊はストレス解消にも良いし、きっとそのうち鬱にも効く。人生には機関銃が必要なのよ、分かる?


 まあ、そんな事はどうでもいいのよ。


 撃ってる間は楽しいけど、撃ち尽くした後が面倒なの。ベルトに1発1発弾丸を装着していかなければならないこの作業がしんどくてしんどくて、兎にも角にもストレスが溜まる。この作業で溜まったストレスを射撃で解消して、その後にまたストレスを溜めて……あれ、永久機関完成してないコレ?


 カチカチとMG3のベルトに7.62×51mm弾を装填しているあたしの傍らで、これから射撃訓練をするであろうシェリルが弾薬箱から5.56mm弾のクリップを引っ張り出して、STANAGマガジンに10発ずつ装填を始めた。


「……そういえばシェリル」


「なんです」


「ミカ、今日も帰ってきてないんだけど」


「シャーロットの悪い癖です。あの人、一度スイッチが入るとなかなか帰って来なくて」


「昔からそうなの?」


「テンプル騎士団時代からです。おかげで彼女の属する第118期生は何度も外出禁止を言い渡された事があったそうで」


 平気で門限破るのアイツ。


「まあ仕方ないでしょう、彼女の境遇を考えると自由に外を出歩けるというのはシャーロットが何よりも欲した”自由”そのものでしょうし」


「それは……そうかもね」


 シャーロットの出生はミカから聞かされた。


 より戦闘に向いた強い兵士を造る、という大人たちの勝手なエゴのために、胎児の段階から遺伝子を弄り回されてバランスを崩し、イデオロギーやエゴに弄ばれて生を受けた彼女は身体の多くに障害を抱えた子だった。


 身体は弱く、障害を多数抱えた彼女はベッドの上から立ち上がる事も出来なくて、窓から見る外の風景と病室がシャーロットにとっての世界の全てであった……そんな酷い事、許されていい筈がない。


「でも昨日出発した薬草採取からまだ帰って来ないのって異常じゃない?」


「なんの、サンプル採取のためにジャングルに入って半月帰って来なかったらしいですからねシャーロット」


「……マジ?」


「マジです。【訓練生に半月ジャングルから帰って来なかったやべえ奴が居る】って教育隊でも伝説になってます」


 何やってんのよアイツ……。


 って事は何、まさかミカはそんなやべー奴のフィールドワークに付き合わされてるって事?


 さすがにミカも日付を跨ぐのは想定していないでしょうし、弾薬はともかく回復アイテムと食料が心配になるわ……大丈夫かしら。


「ねえ、さすがに迎えに行った方がいいんじゃ……?」


「大丈夫でしょう、心配ご無用です」


 トントン、と装填を終えたSTANAGマガジンの背中を床で軽く叩いてからポーチに収めるシェリル。ホムンクルス兵は仲間意識が強くて、基本的に同胞(同じホムンクルス)は絶対に見捨てないという気質があるそうだけど、それにしては何とも冷淡な返答だった。


 いえ、冷淡なのではなく”信じている”のかもしれない。


 別のマガジンに弾丸を装填しながら、シェリルはさらっととんでもない事をカミングアウトした。






「だって彼女―――1()1()8()()()()()()()()()()

















 自分よりも巨大な相手に対し、恐怖を感じてしまうのは人間としての本能なのだろう。


 人間だけではない、動物もそうだ―――だから非力な動物の中には、捕食者に対して身体を大きく見せる事で威嚇し追い払おうとする種も存在する。


 じわり、と足の裏に汗が滲む感覚。


 けれども勝ち目が見えない、というわけではない。


 強気でいさせてくれるのは、これまで積み上げてきた努力ゆえのものだ。


 身を屈め、飛んできた泥の塊を回避しAK-19で反撃。ドチュ、と表面に付着した泥がクッションとなって5.56mm弾のダメージを減殺してしまうが、しかし貫通までは防げなかったらしい。予想外の痛みにルサールカは悲鳴を上げ、成人男性の胴体よりも太い剛腕を薙ぎ払ってきた。


 今度は思い切り跳躍。ブーツに付着した泥は相変わらずダンベルみたいに重かったが、それでも薙ぎ払われた腕の一撃を躱すには十分なジャンプ力は堅持している。


 ごう、とすぐ真下を水掻きのついた巨大な腕が通過していくのはさすがに心臓に悪い。あんな剛腕に掴まれたらまずは人の力で脱出するのは不可能だろうし、それ以前に単純な運動エネルギーと膂力で全身の骨を握り砕かれてしまうだろう。


 一発一発の攻撃に、常にワンパンされるリスクがある大型の敵との戦闘。スリルがある、と評する奴も居るだろうが、俺からすればただただ生きた心地がしない。今のミスったら死んでた、という感覚が延々と続くのである。間違いなく心臓に悪い。


 着地するなりAK-19のセミオート射撃を3発ほど叩き込み、反撃に飛んできた泥の塊を回避した。


 ルサールカの攻撃で気を付けるべきなのはあの剛腕を生かした薙ぎ払いや引っ掻き、大きな口を使った噛み付き攻撃や丸呑みだが、地味にあの泥を用いた攻撃も厄介だと考えている。


 前の話でも述べたが、イライナの泥はとにかく”重い”。


 他の土と比較して、スノーワームの糞とよく混ざり合ったイライナの土は水分を含みやすく、そして取り込んだ水分をなかなか逃がさない。雨が降らなくても常にしっとりとした質感のそれは農業に適していて、そして同時に最も恐ろしい泥濘となる。


 水分を多分に含んだ土の粘土と重量は日本の土のそれとは比較にならないレベルで、馬力のある重機や戦車など簡単にスタックしてしまうだろう。だから苛酷な冬もそうだが、雪解けにより大地のほとんどが泥濘化する春も恐ろしい季節であると言える。


 そんな戦車すら呑み込んでしまう重い泥の砲弾を喰らえば、まあ骨折はしないだろうが身動きは取れなくなるだろう。


 水面を殴りつけるようにして泥を飛ばしてくるルサールカ。散弾みたく飛んでくる泥の塊に5.56mm弾を撃ち込んで粉砕し、安全地帯を作ってそこを潜り抜けながらルサールカを狙う。


 シャーロットには「サンプルにしたいから生け捕りにして欲しい」なーんて言われてるが……お前この10mの化け物をサンプルにして一体何をするつもりだ?


 大岩の上に飛び移ってそこから大きく跳躍。空中でAK-19を背負いつつ両手を伸ばして樹の幹を掴むや、そこから小さな凹凸や枝を掴んでよじ登っていく。


 ジャコウネコ科の動物は木の上で生活する事が多い種である。ハクビシンも例外ではなく、モノを掴みやすくなるよう発達した独特な肉球や長い尻尾はそのためのものだ。


 幹をよじ登りつつ飛んでくる泥をひたすら回避。幹を蹴って木の枝の上に飛び移るや、綱渡りの要領で枝の上をダッシュし動き回る。木の葉の中に隠れて攪乱したり、飛んできた泥の塊をバク転で回避したりと得意のパルクールをこれでもかというほど見せつけるミカエル君だが、こんな回避を優先した立ち回りをするのは攻めあぐねているわけでも、ましてや舐めプしているわけでもない。


 『もう一歩でワンチャン攻撃当たるのではないか』とチャンスを相手にちらつかせてやることで、心理的にルサールカの攻撃を俺へと集中させる―――いわば”囮”だ。


 そのせいで完全に、ルサールカの注意は俺だけに向いている。


 だからこそルサールカは、甲高い羽虫の羽音のような音を響かせて突っ込んできた脅威の存在に気付かなかった。


 ドン、と空気を震わせる爆音と共に、泥や粘液、紅い血に肉片が周囲に飛び散った。


『ヴォォォォォォォォ!?』


「クックック、随分とリガロフ君に夢中のようだねェ」


 周囲に複数のドローンを新たに召喚しながら、シャーロットは笑みを浮かべた。


「ボクも楽しませておくれよ」


 彼女の後方に、紅い次元の裂け目がいくつか生じる。


 周囲を浮遊するドローン―――RPGの弾頭を搭載した自爆ドローンに加え、C4爆弾を搭載した別の自爆ドローンの一団。


『ヴォォォォォォォ!!!』


 激昂したルサールカが咆哮するが、しかしそれが合図になったかのように自爆ドローンたちが一斉に動いた。


 RPGの弾頭を搭載した自爆ドローンたちがルサールカの胸板に、肩口に、そして腹にまとめて3機突っ込んで弾頭を起爆。装着された対戦車榴弾が起爆するや、成形炸薬(HEAT)弾のメタルジェットが無慈悲にもルサールカの柔肌をぶち抜いた。


 ドラゴンのように分厚い外殻に守られているわけではなく、その巨体ゆえの質量を頼りにしたルサールカでは、戦車にすら致命傷を負わせる対戦車榴弾の飽和攻撃に耐えられる筈もない。


 左腕が肩口から捥げ、胸板には大穴が開き、腹が裂けて内臓をぶちまけるルサールカ。致命傷となったその巨体に、第二波として今度はC4爆弾のパッケージをぶら下げた自爆ドローンの一団が突っ込んでいく。


 ドムンッ、と腹を震わすほどの爆音が響いた。


 起爆する瞬間、俺は反射的に両耳を塞ぎながら目をぎゅっと瞑って口を開けていた。あれだけの量のC4爆弾である、こうでもしないと爆発の衝撃波で内臓をやられるのではないかと真面目に考えてしまうほどの衝撃波だった。


 そっと耳から手を離し、口を閉じて目を開ける。


 血と臓物臭、それから火薬の残り香。


 今まで戦場で嗅いだ臭いだ。


 ルサールカはもう、原形を留めてはいなかった。


 まるでサメに食い荒らされたかのように、泥沼の表面にピンク色の肉片が大量に浮かんでいる。その中でもひときわ大きな肉塊が、ごぼごぼと泡を発しながら泥沼の中へと沈んでいく。


「あーあ、サンプルにしようと思ったのに」


「相変わらずやりすぎだな」


「匙加減ってかい? ふん……ボクの苦手な戦い方だね」


 さーて、どうするか。


 周囲のヴォジャノーイは燃やすとして、ルサールカの死体は泥沼の底に沈んだ……とはいえ自爆ドローンのつるべ打ちで木っ端微塵だ。こちらの方は燃やさなくともゾンビ化の恐れはないが、一応回収できる範囲で死体の一部は回収し燃やしておこう。


 木の枝の上から飛び降り、シャーロットの傍らへと戻る。


「さて、後片付けしたら帰ろうか」


「えっ」


「えっ」


 コイツ、まだフィールドワークやっていくつもりだったのか……?


 シャーロット……はっきりわかった事がある。


 お前、ダンジョンとかに解き放っちゃダメな人だ。絶対帰って来ない。


















 意識だけを身体に呼び戻した直後に感じるのは、起床時に身体中を苛む微睡みにもにた感覚だ。兎にも角にも頭が重い。生身の部位が微かに熱を帯びていて、頭の中が少しふわふわする。


 もしかしたらリガロフ君と過ごしたあの時間は、あの探求とジャコウネコ吸いに満ちた1日は全て夢なのではないか。無意識のうちにリガロフ君のあのモフモフ感を求める深層心理が生み出した泡沫の夢なのではないか―――そんな喪失感にも似た感覚に苛まれながらも、とりあえずサブボディのメンテナンスだけでも済ませておこう、と身体を専用の椅子の上から起こす。


 スリッパを履いてサブボディの眠るポッドの方に足を運んだボクは、先ほどまで抱いていた喪失感が全て吹き飛んだのを感じた。


「ぴぅ……ぴぅ……」


 横倒しになったポッドの中。ステータス確認用の配線で身体中を繋がれたサブボディのお腹の上で身体を丸めて眠っているのは、他でもないハクビシンの獣人のリガロフ君。まるで安心しきった猫のように体を丸め、ケモミミをぺたんと倒し、時折長い尻尾をゆっくりと振りながら眠りについている。


 何でこんなところで、とは思ったけど、よく考えてみればボクのサブボディは100%が機械部品だ。意識を移して操作するとはいえ、生身の肉体と違って肉体的疲労も精神的疲労も蓄積しない。


 だが生身の身体のリガロフ君は違う。


「……ああ、そうか」


 振り回してしまったんだね、彼女を。


 こんなところで眠り込んでしまうほど、きっと疲れていたのだろう。


 それは申し訳ない事をしたな、と思いながら、リガロフ君の頭をそっと撫でた。


 彼女には大きな恩がある。


 組織から見捨てられたボクとシェリルを救い、受け入れてくれた―――そしてもう一度教えてくれたのだ。合理化を優先するあまり、非合理的だと断じて捨ててしまった”人間の何たるか”を。


 冷たく、温もりのない機械のような心をもう一度、ヒトに戻してくれたのは紛れもない彼女だ。


 いつからだろうね、彼女に何か奇妙な感情を抱くようになったのは。


 ずっと傍に居てほしい―――伸ばせば手が届くような、彼女の温もりが確かに感じられるほど近くに。


 きっとこれが、シェリルの言う”愛”という感情なのだろうか。


 今更、自分の本心に気付いた。


 外に出て冒険者の仕事をしたいと言い出したのは、ただの口実。


 本心ではただ、リガロフ君と―――いや、”ミカ”と2人きりになりたかっただけなのかもしれない。


「……」


 そっと彼女に、顔を寄せた。


 すやすやと眠る息遣いが、そして温もりが間近に感じられる。


 無防備なミカの唇をそっと奪おうとして―――けれども勇気が無くて、頬にキスをした。


 きっと初めてなのだろう―――まだ、経験が無いのだろう。


 そんな人の初めての唇を、ボクなんかが奪っていいのだろうか。


 相手の意思も確認していないのに、こんな無防備な相手の唇を奪うなんて卑怯ではなかろうか。


 いや、卑怯とはなんだ? そんな非合理的な感情に突き動かされるよりも、さっさと唇を奪ってしまった方が……。


「……ハッ」


 ボクもどうやら、変わってしまったようだ。


 けれどもこの胸の高鳴りも、悪い気分ではない。むしろ心地いい。


 まあ、いいさ。


 いつかきっと、キミの心を射止め





















「  シ  ャ  ー  ロ  ッ  ト  さ  ん  ?  」























「ぴっ」


 ギギギ、と軋むような音を発しながら振り向いた先に居たのは、眼鏡の奥の瞳を紅く光らせながら仁王立ちする初期ロット個体のクラリス。


 そう、ミカと付き合いの最も長いホムンクルス兵にして彼女専属のメイドである。


「今、ご主人様に何を?」


「いや、その……寝顔が可愛いなって。あはは……」


 言えない。


 寝てる間に唇を奪おうとしたなんて、口が裂けても言えない。


 そんな事言ったら八つ裂きにされる……というかどこぞの某サキュバスみたいに月までぶっ飛ばされる。


 ヤバいどうしよう、シャーロットちゃん今日が命日なのかなとガクブルしていると、どういうわけかクラリスは目を輝かせ始めた。


「そうですわよね、ご主人さまの寝顔可愛いですわよね!?」


「……はぇ?」


「特にこのケモミミ! ぺたんと倒れてるところなんかたまりませんわすんすんハスハスうっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉバニラの香りィィィィィィィィィィィ!!!↑」


「」


 絶句した。


 寝てるミカに頬ずりしながらジャコウネコ吸いを始めるクラリス。なんというか、彼女なりの愛情表現なのだろうが絵面が完全に幼女と変質者のそれである。


 防犯ブザー鳴らした方がいいかなコレ。


 あはは、と苦笑いするしかなかった。










 でもまあ、こんな日も悪くないかなと心の底から思えた。




























 というかこの部屋ロックされてる筈なのにどこから入ったんだクラリスは。






あれ、意外とLサイズシャーロットって需要あったりする……???

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あらやだシャーロット、Lサイズのセカンドボディを用いて着実にヒロインの地位を固めつつありますわ。障害さえなかったら自分はこんな感じで、ミカエル君とも年齢相応の恋愛感情を育んでいた…というのは、嘗てのシ…
早くも禁断症状が出ているクラリス氏。 平常運転ですね、うん…平常運転…程々にね… それはともかく、意外と奥手なシャーロットお姉さんなんて需要しかありませんよ。 というか、どことは言いませんが、あれって…
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