マジで日付跨いだ件
パヴェル「ロリシャーロットと爆乳シャーロット……あっ」
シェリル「今年の薄い本のネタは決まりましたね」
「お、これはアレかな。イライナハーブの亜種」
薬 草 採 取 、 2 日 目 。
いやあの……シャーロット? シャーロットさん?
これ、Eランクの薬草採取依頼だよね? んでもって作戦展開地域はリュハンシク市から車で40分ほど走った先にあるただの平原だよね? 治安もいいし安全も確保されていて、駆け出し冒険者にはおあつらえ向きの簡単な仕事だよね?
なのに、その筈なのに。
な に ゆ え 薬 草 採 取 で 日 を 跨 ぐ ?
たぶん管理局側でも前例がない筈だ。Eランク冒険者がSランク冒険者同伴で、クッソ簡単な、それこそ(法令で禁止されているが)冒険者見習いだけでもこなせるようなクッソ簡単な仕事に出かけたっきり帰って来ないというのは。
一応、昨日の夜にこの辺を巡回していた憲兵に事情を話して管理局に『仕事中の不慮の事故に遭ったわけではなく、同行者の探求心が暴走して長引いてるだけだから心配無用』という事は伝えてある。なので仕事中に魔物に襲われて死んだのではないかと勘違いした管理局側が捜索隊を出すような事にはなっていない筈である……たぶん。
とりあえず火を起こし、持ってきたフライパンで蕎麦の実を乾煎り。瓶詰になっている蕎麦の実をフライパンいっぱいにぶちまけてから乾煎りして水分を飛ばしていく。
イヤほんと……多めの食料と調理器具積んでおいてよかった。
乾煎りした蕎麦の実の香ばしい香り。日本人としてはこれを挽き潰して蕎麦にして食べたくなるが、イライナ人として異世界転生したミカエル君としては蕎麦の実といったらこれを使って作るお粥『カーシャ』も捨てがたい。というか今作ってるのはカーシャの方である。いつか蕎麦も食べたいけど。
フライパンいっぱいの蕎麦の実を鍋に入れ、水を注いで塩を少々。それから隠し味のすり下ろしたニンニクをぶち込んでいく。
母さんがよく作ってくれた思い出の料理でもある。屋敷に軟禁されていた頃の朝食といえばほぼコレだった。ニンニクの刺激が良い感じのアクセントになっていて、牛乳で炊いた蕎麦の実は柔らかくてクリーミー。大きなバターの塊が乗っていればそれはもう幸せだった。
というわけでバターの塊を乗せ、母のレシピを(食べた記憶だけを頼りに)再現。添え物が無いのでとりあえず皿の端っこにサーロを少し盛り付けておく。
「シャーロt」
「ごはん!?」
モータースポーツのファンの皆様方ならばきっと親の声よりも聞いたであろうレーシングカーが発するエンジン音みたいな速度でこっちにほぼワープする勢いで戻ってくるシャーロット。折り畳み式の椅子に座るや、いつも目にハイライト入ってないくせに紅い瞳を少女漫画のキャラみたくキラッキラに輝かせて待機する彼女のギャップに困惑しつつ、とりあえず山盛りのカーシャを渡す。
「ごはん!」
「はい、いただきます」
幸せそうにカーシャを頬張るシャーロットを尻目に、スプーンを口へと運んだ。
蕎麦とバターって合わないと思うだろうけど、意外と合うんだよコレ。香ばしさが2段飛びでグレードアップするのでぜひ暇な人は試してみてほしい。
さて、味の方はというと……まあ母さんは蕎麦の実を炊くのに牛乳を使っていたのに対して俺は止むを得ず水を使ったので、クリーミーさに欠けるのは仕方がないとして、だ。
なんだろ、ニンニクが思ったよりアクセント感がないというか、薄味だ……足りなかったのだろうか?
うーん60点かなぁ、やっぱり母さんには叶わないや。
熱々のカーシャの上で溶けたバターを絡ませて口へと運んでいると、口から涎を垂らしながらこっちを見ているシャーロットと目が合った。
「……」
「……じゅる」
見なかった事にしよう。
いや、アレだ、信じないぞ俺は。もうシャーロットがカーシャを食べ終え「くれないかなー」みたいな感じの目でこっちを見てたなんて。
「じー」
「……」
「じー」
「……」
ぷいっ、と気付かないふりをしてそっぽを向くこと3回目。ついに痺れを切らしたらしく、シャーロットが立ち上がったかと思うと頭の上にずっしりと重い何かがのしかかってきた。
「ねえねえリガロフくぅーん、おかわりはないのかぁーい???」
「ごめん、ない」
「しゅん……」
「……食べる?」
「いいのかい!?!?!?」
「いや、うん。ちょっと口付けちゃったけど」
「ありがとうリガロフ君、キミは命の恩人だよ!!」
何だコイツちょっと可愛いじゃねーか。
俺の手から皿を受け取り、そのままガツガツと口の中にカーシャを詰め込み始めるシャーロット(Lサイズ)。朝食がたった2口で終わってしまったのはちょっと悲しいけど、でも手料理をあんな美味しそうに食べてもらえるのはちょっと嬉しい。
個人的には満足できる出来ではないけど、作った甲斐はあった……かな?
軽装甲機動車の後部座席から食料パックを取り出して、黒パンを1つ手に取った。とりあえずこれを朝食代わりにしようか……。
「そういやシャーロットさ」
「もご?」
「その身体、脳も含めて全部機械なんだろ? 食事したら食べたものはどうなってるんだ?」
ちょっと気になった。
あまりにも見た目と仕草が人間的であり過ぎるものだから普通に彼女を生身の身体だと思い込んでいたのだが、よくよく考えてみれば今のシャーロットは機械の身体。首から下を機械に置き換えた本体とは違って首から上も全て機械であり、あくまでも”人の姿をした機械の身体に彼女の意識が憑依しているだけ”という状態である筈だ。
ならば食事は必要ないのではないか―――それが道理である。
なのにどうして食欲の赴くままに朝っぱらからドカ食いしているというのか。
するとカーシャを平らげたシャーロットは、口の周りをやけにエロい感じで舐め回してから、すっと上着のお腹のところを捲り上げた。
「うわ、ちょっ!?」
雪のように真っ白で、それでいてすらりとしたお腹が露になる。
女性の格闘家みたいな体格をしているクラリスの腹筋が割れたお腹とは違って、特に腹筋が割れている様子もない。かといってぷにぷにしているわけでもなく、本当に無駄のないスマートなウエストだった……って何を真面目に評価してるんだ俺は。
「ここ。人間でいう胃の部分」
とん、と白くて長い指をお腹に当てながらシャーロットは言葉を紡ぐ。
「ここに超小型の対消滅機関を搭載しているんだ」
「……へ?」
超小型の……対消滅機関?
対消滅機関って、一番小型化してもディーゼルエンジンくらいのサイズにはなるあの?
「まあ、かなり無理をした割り切り設計で強引な小型化を果たしたのだがね。冷却機構は丸々オミットして身体中を循環する人工血液を冷却材代わりにし、その熱交換で動力源を冷却。食べたものは燃料として胃の中……というか機関内部の対消滅エネルギーと反応させて熱源を生み出し、摂取した水分を蒸発させて蒸気を作って発電して……というプロセスでこの身体は動いている」
「はぇー……」
「まあ、不測の事態に備えて別にバッテリーも搭載しているがね。だから飲まず食わずでも3日間は活動できる。ただし食事を摂取するのが理想かな」
合理性を追求するシャーロットには珍しい設計だな、とは思った。
テンプル騎士団時代、自分が抱えていた味覚障害については敢えてそのままにしていたシャーロット。その気になればモジュールの後付けで克服する事も可能だったそうだが、敢えてそれをしなかった理由は単純明快、『食事に時間を割くのが惜しいから』なのだそうだ。
食事にも困っていた彼女たちは、1日の食事は何と朝と夜の2食のみ。それも摂取するのはちゃんとした食事ではなく必要なカロリーと栄養素を詰め込んだ栄養サプリメントだけという、その辺のディストピア小説もびっくりするほど簡素極まりないものであった。
彼女自身、食事という人間らしい行為を切り捨ててもなんとも思わない性格だった……というより、生まれてから”味”というものを知らなかったから食事に楽しみを見出せていなかっただけなのだろう。
だから後発となる新規設計のボディに非合理的な機能をわざわざ盛り込んだのも、今まで自分が削ぎ落していたせいで気付かなかった”人間らしさ”を求めた結果なのだと思う。
いい方向に変わったな、と思っていると、食事を終えたシャーロットがこっちにやってきて俺の黒パンを半分持って行きやがった。オイこの食いしん坊。
「この身体は燃費が悪くてねェ……まあホムンクルス兵全員がそういう感じだから仕方がないんだ、許してくれたまえ」
「へいへい」
「さーて……じゃあ次に行こうか」
「ん……ん? 次って何?」
研究機材を片付け、折り畳み式の椅子も軽装甲機動車の後部座席へと放り込み、テキパキと出発準備を始めるシャーロット。ひょいー、と俺を持ち上げて(ついでにちょっと吸って)軽装甲機動車の助手席、そこに備え付けてあるチャイルドシートに座らせてからシートベルトを締めるシャーロット。
「ねえ次って何?」
質問には答えず、運転席に座ったシャーロットもシートベルトを締めた。
「オイ次って何?」
「出発進行!」
「ちょっと次って何!?」
ミカエル君の質問ガン無視で走り出す軽装甲機動車(チャイルドシート装備)。
いやあのだからさ……次って何?
「いやぁ珍しいキノコが生えてるねェ……お、見たまえリガロフ君。寄生虫に寄生されて死んだスノーワームの死骸! サンプル採取♪」
えーと。
薬 草 採 取 が 脱 線 し ま し た 。
リュハンシク市から80㎞ほど西に離れた森の中。既に正午を回り、そろそろ昼食にしよう……というか規定数のイライナハーブ採取したからそろそろ帰ろうぜ。割とマジで薬草採取で24時間過ごす冒険者世界のどこ探しても居ないよこんなの。
という感じで正論をぶつけようにも、しかし探求心に火が付いたシャーロットは止まらない。
「おほー♪ これはもしやスノーワームの糞!? そうかこれがこの国の土壌を肥沃に作り変えているのか……ちょっとサンプル採取」
ママ―、あの人茶色いアレ採取してるー。
いやあの、楽しそうで何よりだけどそろそろ真面目に帰
咄嗟にPAK-9をホルスターから引き抜いた。
特注のホルスターから限界まで切り詰めたAKベースのピストルを引き抜き、引き金を引く。
薬室の中で9×19mmパラベラム弾が吼え、コンペンセイター付きの短い銃身から飛び出した弾丸が背後から忍び寄っていた捕食者―――カエルのような姿の魔物、”ヴォジャノーイ”の成体の眉間を撃ち抜いた。
『ギュゲ!』
ぬめりのある表皮程度では、拳銃弾は防げまい。
眉間をぶち抜かれたヴォジャノーイはそのままぬかるんだ地面の上に落下すると、血を周囲にぶちまけて動かなくなった。
コイツ1体だけ―――ではないようだ。
基本的にヴォジャノーイは単独行動はしない。巣で集団生活を送るのが基本で、狩りに出る際も必ず複数の個体でチームを組む事が多いのだ。つまり1体でも見かけたとしたら、それだけで終わるなんて生易しい事は有り得ないわけで……。
『ヴォロロロロロロ……』
「……囲まれたな」
「やれやれ、だ」
武器をPAK-9からAK-19に持ち替える俺の後ろで、ホルスターからグロック17Lを引き抜くシャーロット。護身用の拳銃1丁だけで大丈夫かと思ったその時だった。
すっ、と太腿のホルダーから何かを取り出した。
一見するとオーケストラの指揮棒のようにも見えるそれ。右手に持ち替えたそれを頭上に掲げた次の瞬間、シャーロットの周囲の空間が裂け―――ぱっくりと紅く開いた次元の裂け目から、機体下部にPP-19をぶら下げた複数の武装ドローンが転移、召喚されたのである。
いったい何をしたのか―――転移能力を持つドローンだと?
「クックック……このボクの探求を邪魔するとは、良い度胸をしてるじゃあないか」
指揮棒を振るうや、ドローンたちが一斉に銃口をヴォジャノーイへと向ける。
先ほどまで朝食を食べて目を輝かせていた無邪気さはどこへやら―――あの親し気な彼女はすっかり鳴りを潜め、完全に戦闘モードに切り替わったようだった。
「まあいいさ―――遊んでやるよ」




