試運転も楽じゃない
コサックダンスミカエル君「ざぁこざぁこ♪」
モニカ「いいなぁあたしも煽りたい」
範三「動機が不純すぎる」
モニカ「というわけで練習するわよコサックダンス! ミカ教えて!」
コサックダンスモニカ「アッ待って今腰バキって」
「ええと、シャーロット様のランクで受注できる依頼の一覧はあちらになりますね」
「ふむ」
冒険者が受注できる依頼には制限がかかっている。
そもそも冒険者にはEからSまでのランクがあり、原則として自分と同じランク以上の難易度の依頼は受けられない、という制限が課せられているのだ。例えばEランクの冒険者であればEランクの依頼のみ、Bランク冒険者だったらBランク以下の依頼のみ受注する事ができ、背伸びしてAランクの依頼を受ける事は出来ない。
これは冒険者が身の丈に合わぬ仕事を引き受けて死亡したり、依頼を破棄した事に対する依頼人側が不利益を被るのを回避するための規定として導入された。
冒険者の死亡率が高くなってはゆくゆくは人材不足を誘発するし、例えば村に迫っている魔物を殲滅してほしいと依頼した依頼人が依頼をキャンセルされれば被る損害は計り知れないものになる。
そういうトラブルを防止するため、このランク制限は特に厳格に定められているのだ。
俺は仲間とゾンビズメイ討伐を果たした事から特例でSランク冒険者に上り詰めたわけだが、しかしシャーロットとシェリルに関しては実力はともかく、冒険者に登録してからはあまり仕事をしていない(というかテンプル騎士団の追撃やら俺の領主就任やらでそんな余裕がクソほども無かった)のでEランク止まりとなっている。
まあ、あの2人の実力であればすぐAとかSに上り詰めるだろうが。
何故か俺を抱っこしたまま依頼の貼り付けられている掲示板に向かうシャーロット。歩く度に彼女の胸がゆっさゆっさ当たってちょっとアレなんですけどこれ何。
「ふぅん……薬草採取にキノコ採取、木の実採取……採取系の依頼が多いねェ」
「そりゃあお前、この前『戦闘人形の実戦テストといこうじゃないか!』って機械化歩兵部隊各地に放っただろ」
「あーあの一件か。クックック、あれは実に有意義なデータが採取できたよ。女を犯す事しか能のない下等生物もたまには役に立つからねェ」
シャーロットの行った”実戦テスト”のせいで、リュハンシク州が抱え込んでいたゴブリンのコロニーの実に7割が殲滅され、結果として州内の治安好転に繋がったのはホント草生える。騎士団本部からも祖国への貢献として感謝状がシャーロット宛てに贈呈され、その日はみんなで宴会したのは本当に良い思い出だ。
「そうじゃなくても、Eランクの依頼は採取系が多い」
「そういうものかい?」
「そういうもんだよ」
討伐系より採取系の依頼の方が危険度ははるかに低い(※ただし稀に想定外の大物が乱入し新人冒険者が死亡する事例はちょくちょくあるので油断は禁物)。
有名な冒険者ギルドのメンバーも、下積み時代は薬草やらキノコやら木の実を採取して生計を立てていいた時代があったんだなと思うとなんかほっこりするよね。
え、俺? 俺は強盗で生計立ててましたけど何か。まだ使いきれてない札束金庫に詰まってますけど何か???
「これ全部受けちゃダメかい?」
「それはダメだろ」
他にも新人冒険者居るんだから……仕事の独占はダメよ。
「ちぇっ」
「ただし規定数以上納品すれば、気前のいいクライアントであれば報酬金額を増額してくれたりするし、そうじゃなくても管理局側で買い取ってくれる事もあるから、金目当てなら規定数以上の納品もアリちゃあアr」
「そうじゃなくて一刻も早くランクを上げてとっとと高額依頼を受けたいのだよ。分かるかねリガロフ君?」
「乳を押し付けるな乳を」
「好きなくせにぃ」
「好きですが何か」
コイツの前で嘘つけないのホント地味にいやらしい。
ただ、シャーロットの言いたい事も分かる。
ランクが上がれば報酬金額も上がるし、知名度が上がれば直接契約という形でクライアントが仕事を持ち込んでくる事がある。だいたいそういう仕事は汚れ仕事である事が多いが、口止め料も含めた報酬金額は冒険者にとっては魅力的であり、ある程度の実力がある冒険者は「通常の依頼で知名度を上げ、直接契約で稼ぐ」というスタンスで仕事をする事も多い。
彼女の研究にはとにかく金がかかる。研究開発の資金、電子機器の融通に効率化・大量生産のための設備拡張、その他さまざまな投資……もちろん彼女個人への報酬も、だ。
シャーロットのギルドやイライナに対する貢献度の大きさは無視できない。むしろ、彼女の貢献で今の繁栄が支えられていると言っても過言ではないのである。そんな多大な貢献を果たしている人材には然るべき報酬が支払われるのが当たり前で、要望にも可能な範囲で積極的に答えるようにしている。
まあそれを軽んじて滅んだ連中が居るんですけどね。テンプル騎士団叛乱軍って言うんですけども。
聞いてるかミリセント、お前の事だよミリセント。コレ一生技術者冷遇の失敗例として末代まで語り継ぐからなミリセント。何なら教科書にも載せるぞミリセント。
それはさておき、シャーロットとしては個人で研究資金を工面できるレベルにまで到達できればだいぶやれる事も増えるのだろう。
「じゃあこの薬草採取を受けよう」
「ん……イライナハーブ50本の納品か、結構多いな」
「聞くところによるとイライナハーブは郷土料理から麻酔薬に至るまで多様な用途で用いられていると聞いた。異世界の植物、興味がある。ぜひデータが欲しい」
「城の倉庫にもあるぞ一応」
「分かってないなぁリガロフ君」
むにゅ、と人の頭を胸に埋めさせながらシャーロットが言う。
何だコイツこのHカップの乳を武器として積極的に利用してきやがるぞ?
「ボクは鮮度の高いサンプルが欲しいのだよ。50本と言わず100本採取するまで帰らないからねボクは」
「クッソ迷惑で草」
「草だけに?」
「やかましいわ」
まあいいや、んじゃあこれにしようか。
依頼書を掲示板から外して受付に向かう。受付嬢に依頼を受ける旨を伝えると、駆け出しの冒険者に対して行う注意事項の説明が始まった。
規定量の納品を行う事、周辺の安全は確保されているが魔物が確認されたら応戦は避け逃げに徹する事、規定以上の納品は管理局とクライアントに相談しそれ次第では報酬の増額もあり得る事。
懐かしいな、と思いながら聴いているうちに説明が終わり、冒険者バッジの提示を促される。
バッジを外して提出すると、俺のバッジを照会した受付嬢が目を丸くした。
「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ……りょ、領主様ですか!? あの”雷獣”の!?」
それが余りにも大きな声だったものだから、奥の方にある酒場で食事中だった他の冒険者たちの視線が一斉にこっちを向いた。
「え、雷獣って……あの?」
「ゾンビズメイを殺した竜殺しの英雄か」
「ノヴォシアじゃあ”串刺し公”なんて呼ばれてるらしいぜ」
すっかり知名度も上がったものだ……昔はリガロフという姓で庶子だの何だの勘繰られていたものだが、今は違う。仲間と共に成し遂げた結果が周囲の雑音を全て捻じ伏せている。
「あっ、申し訳ありません……それでは薬草採取、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「じゃあ行こうかリガロフ君」
「いいけどお前いつまで抱っこしてるつもりなのさ?」
「そりゃあキミの匂いを独占できるからねもふぅ」
「にゃん」
みんなそんなにバニラの匂い好きなのか!
事ある毎にジャコウネコ吸いされるミカエル君の身にもなって欲しい……嫌じゃないけど。
長身のシャーロットに抱っこされながら管理局を後にしようとしたその時だった。
「Sランク冒険者が薬草採取?」
「どうせ”寄生”だろ」
「組まされるミカエルも可哀想だな」
そんな陰口が聴こえてきて、思わず視線をそっちに向けた。
酒場の片隅で食事をしていた冒険者3人組と目が合う。向こうは気まずくなったのか、逃げるように視線を逸らして黙々とチキンキリウを食べ始めた。
こっちの事情を何も知らないくせに、よくもまああんな事が言えたものだ。
とはいえ、高ランク冒険者が下位ランクの依頼を受けるのは暗黙の了解で良くない行為とされている。実力のある冒険者が簡単な仕事をやり尽くしてしまう事で、後進の成長が阻害される恐れがあるからだ。
でも高ランク冒険者と下位ランク冒険者が組む場合、下位ランク冒険者を高ランクの依頼に連れて行けないのもまた事実。なのでこの辺は”暗黙の了解”という事でまあ、あまりやり過ぎるなよというのが冒険者間の常識となっている。
うー、といつの間にか唸り声を発していたらしい。そんな俺の頭をそっと、シャーロットは撫でてくれた。
「キミは優しいねぇ」
「……」
実際、自分に対して放たれる罵倒の言葉より仲間や家族に対して向けられる侮辱の方が100万倍頭にくる。
実情を何も知らない外野が上辺だけの知識だけで放った言葉であれば猶更だ。
「大事な仲間を馬鹿にされて平然としていられるほど、俺は澄ました大人じゃないつもりだよ」
「……キミのそういうところ、好きだよ」
「……え?」
「何でもないさ」
さぁ行こうか、と俺を抱き上げたまま歩き始めるシャーロット。
薬草採取といっても時間がかかるだろうし、準備のために一旦城へ戻らなければ。
「ふーむ興味深い。イライナハーブはこう見えてカモミールの一種なのか……白い花を咲かせるが、生息地によっては蒼い花だったり黄色い花を咲かせる亜種も存在する、と……効能に差異はあるのだろうか。麻酔薬の原料にもなるというのに郷土料理やハーブティーとしても食されているのは単純に濃度の問題なのだろうが……」
えーと。
自衛隊でも運用されている”軽装甲機動車”でリュハンシク城から40分ほど。適度に離れたところにある草原で意気揚々とイライナハーブの採取を始めたのは良いのだが……。
摘み取ったばかりのフレッシュなイライナハーブを、軽装甲機動車に積み込んで持ってきた折り畳み式のテーブルの上に乗せ、試薬の入ったビーカーやら計測機器やらを引っ張り出してその場で研究を始めてしまうシャーロット氏。
ホムンクルス兵の本能として戦いを求めてしまう傾向にある彼女だが、それ以上に貪欲なのは未知の知識の吸収だ。探求心、と言うべきなのだろう。何か自分の知らない法則や現象を目にすると、それを解き明かしたくてたまらなくなる……研究者にはこれ以上ないほど向いた気質だし、是非ともその調子でガンガン突き進んでいってほしいものだ。そんな彼女の姿勢には好感が持てるし一種の畏敬の念も抱かずにはいられない。
が、しかし。
何というか、時と場所を弁えてほしいという感じはある。
研究したいというならまあ、城に戻って設備の整っている研究室でやればいい。でも何を思って現場に機材まで持ち込んで成分の研究を始めるのか……ってオイ、よく見たら寝袋とテントまである。
日 付 跨 ぐ 気 だ コ イ ツ !
「シャーロット?」
「なんだねリガロフ君」
「門限……あるからね?」
「門限」
「17時になったらチャイム鳴るからそれまでに帰るよ」
「えーやだー」
「駄々をこねるんじゃありません」
まったく……。
とりあえずそろそろ昼食の時間なので食事の用意をしよう。
バックパックから取り出したサポートドローンをアクティブにし、空中に放り投げる。ボールみたいな姿からX字形にローターが展開、機体下部に搭載された小型センサーポッドが点灯するや、グロック17で武装したサポートドローンが甲高い音を発しながらホバリング。周囲の警戒を始めた。
警戒をドローンに一任し、愛用のAK-19(そういやコレ使って結構経つ)を背中に背負って軽装甲機動車へ。後部座席を開けて中に積み込んでいた容器からサーロ(※豚肉の脂身の塩漬け)の缶、それからパンと玉ねぎを取り出す。
ナイフでパンを薄くスライスしてから同じく薄く切った玉ねぎを散らし、その上にサーロを乗せてからブラックペッパーを散らしてパンでサンド。簡単なイライナ式サンドイッチをいくつか量産しつつ固形燃料でお湯を沸かし、紅茶を淹れる準備もしておく。
そろそろいいかな、とマグカップに紅茶を注ぎ終え、さあシャーロットの分も出来たしご飯にしようかと踵を返しかけた俺の頭の上に、ずっしりと重いおっぱいがのしかかってきた。
「おや、美味しそうじゃないか」
「うおおっぱい」
「じゃあ昼食にしようかリガロフ君」
紅茶とサンドイッチを手渡し、軽装甲機動車の後部座席から引っ張り出した折り畳み式の椅子に腰を下ろしてからサンドイッチにかぶりついた。
玉ねぎのシャキシャキとした食感とサーロの塩味(ちょっとしょっぱかったかな?)、それにブラックペッパーが良い感じのアクセントになっていて我ながらいい出来だと思う。もうちょい塩味控えめの減塩タイプの缶を持ってくればよかったか……70点だな。
とはいえ汗をかくほど激しい運動をした後なら、このくらいしょっぱい方が塩分補給になったりするのかもしれない。知らんけど。
「んー、美味しいねぇコレ」
「ん、良かった」
「リガロフ君、キミいいお嫁さんになれるよ」
「 俺 は オ ス な ん で す け ど も 」
「おや、そうだったかな」
「お前こないだ俺の裸見ただろ」
「胸元と下半身にマジで謎の光展開してたねェ」
「うん、きっと円盤だと消えてるやつ」
「ところでサンドイッチのおかわりはまだかい?」
「お前食うの早すぎるんだわ???」
え、嘘でしょもう平らげたの?
ちょっと待って、新しいの作って持ってくるわ……。
ホムンクルス兵の食欲、ちょっと甘く見てた。軽く規格外だわコレ。
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