サブボディ
シェリル「皆さん忘れてると思いますが私の右腕義手ですからね」←被害者
ミカエル「すみませんでした」←加害者
シャーロット「なんかこの作品四肢欠損してる人多くないかね?」←首から下が機械
パヴェル「ソーデスネ」←達磨
ミリセント「性癖か何か?」←達磨
ナレーター「 違 い ま す 」
ミカの執務室に向かうと、いつも彼女が座って公務をしている席にはクラリスが座っていました。
あれ、彼女の仕事を引き継いだのかなと思ってよく見てみると、どうやら違うようです。
「ぴぅ……すぴぴ」
「ふふっ、お疲れのようですわね♪」
椅子に座ったクラリスの膝の上では、ミカが身体を丸めながら寝息を立てていました。
身体を丸め、ケモミミをぺたんと倒し、ハクビシン特有の長い尻尾を振りながら、喉元を撫でられる度にゴロゴロと唸り声を時折発して眠るミカ。普段は領主としての威厳と尊厳に満ちた(満ちていますか?)佇まいの彼女も、しかし気を許した仲間の前ではまるで飼い猫のようです。
リュハンシク城の防衛設備アップデートについて、予算の見積もりが上がってきたので報告に来たのですが……叩き起こしてまですぐに認可を受けなければならないような案件でもありませんし、ミカも疲労が溜まっているのでしょう、仕方がないのでこのままお昼寝させてあげるのが優しさというものです。
「仕方ありませんよ」
書類をミカの机の上に置き(『Проєкт швидкісної залізниці Елайна(イライナ高速鉄道構想)』と記載された書類がありますがまた何かするつもりなのでしょう)、ヤカンに水を入れてから義手となっている右手でヤカンを下から押さえたまま魔術を発動。炎属性の魔力を用いた発熱で、あっという間にヤカンの中の水がお湯へと変わっていきます。
「最近はリュハンシク州内をずっと飛び回っていましたから。疲れも溜まっているのでしょう」
コーヒーを2人分用意し、片方をクラリスに差し出してから来客用のソファに腰を下ろしました。
ミカも最近は特に多忙です。
リュハンシク州内の恒久汚染地域の除染作業に加え、処理施設拡張の現場視察やインフラ整備工事の現場視察、州議会への出席や法案提出にあたっての専門家との会議に各貴族への根回し……やる事が山積みです。
しかもミカの場合、加減を知らない。
彼女は良くも悪くも”優しすぎる”のです。弱い立場の人が困っていると救いの手を差し伸べずにはいられない―――かつて自分も弱い立場で虐げられ、蔑まれていたからこそ、その痛みと辛さをよく理解しているが故の行動なのかもしれませんが。
ですが、いつまでも全力疾走というわけにもいきません。
願わくば、ほどほどに休息をとって欲しいものです。
その時でした。
むくり、とクラリスの膝の上で眠っていたミカが起き上がりました。眠そうに瞼を擦り、ふらつきながらも立ち上がったミカは相変わらずケモミミをぺたんと倒したまま私の方によろよろ歩いて来たかと思うと、何を思ったか私の膝の上に乗ってそのままアンモナイトみたいに身体を丸め、再び眠り始めたのです。
お引越し、でしょうか。
クラリスはちょっと羨ましそうな顔をしながら指を咥えてこっちを見て来ますが、え、なんですかコレ。
「どうやらシェリルもご主人様にとって気の許せる相手になったようですね」
「……私が?」
「ええ。そうじゃなきゃ、ご主人様は他人の膝の上に乗って寝ませんよ」
「信頼の証的なヤツですかコレ」
「そうなりますわね」
なんですかその可愛い習性。
せっかくなので片手を伸ばして喉をゴロゴロしたりケモミミをもふもふしたりしてみました。相変わらず肌はすべすべで毛並みはモフモフ、しかも触れる度にバニラのような香りが舞い上がってなにこれここが楽園ですか。
尻尾を覆う体毛もしっかり手入れしているようで綿みたいにふわふわ、出来る事ならこのまま顔を埋めて思い切り吸いたい、モフりたい。
手のひらにある肉球(ジャコウネコ科だからなのか、猫や犬の肉球とは形状が随分違います)をぷにぷにしたりしながらミカを堪能していると、あっという間に1時間くらい過ぎてました。
え、なんか時間が溶けたんですけど……。
ミカエル、恐ろしい子です。
なんかいつもと太腿の感触違ったな、と思いながらも手鏡を見ながら寝ぐせを直して執務室を後にする。こう、クラリスの太腿だったらもっとふっくらしてて、ロングスカートの上だったり白ストッキングの上からだと本当に柔らかい枕(しかも温かいのだ)のような感じになる。
でも今日の太腿はなんか少し固め……というより、いつものようなふっくら感は無かったなぁ、という印象だ。でもクラリスに「あれ、今日太腿変えた?」なんて変な(そしてちょっとサイコな)質問をするわけにもいかず、このモヤモヤは胸の奥にそっと仕舞っておくことになりそうである。何だよ太腿変えたかって。いつから俺のメイドの太腿は脱着式になったのか。
なんかすっきりしない感覚を胸の奥に仕舞ったまま、エレベーターを降りて地下区画へ。
リュハンシク城はさながら氷山のようだ。地上に見えている城の部分は文字通り”氷山の一角”に過ぎず、3分の2を地下区画が占めている。
外には設置できない危険な設備だったり機密を扱うような設備は地下に設置されており、シャーロットの研究区画もこの地下にある……というより、地下区画の4分の3は彼女が管理する研究区画に宛てられている。
技術というのは重要なものだ。育てるのに十数年、一度喪失したものを復元するのには数十年かかる。しかも定期的に資金を出してやらなければその成長……もとい探求はストップしてしまう。
まあ資金はその通りだが、しかしシャーロットはほぼ毎日のようにその技術的ブレイクスルーを引き起こし、技術革新とも言える新技術をさながら呼吸をするように生み出しているのだから本当に脱帽である。
1の成果を求めれば10の成果を当たり前のように出してくるのがシャーロットという女だ。
警備兵にIDと身分証明書を提示し、隔壁を通過する。
このID認証と身分証明書の提示、重要区画の場合はこれに魔力認証とか網膜認証、指紋認証など多種多様な認証を要求されるが、仕方のない事だ。セキュリティは厳重でなければ”セキュリティ”とは呼べない。おまけにミカエル君は元々チキン野郎の陰キャなので、こういうところの危機管理は徹底している。
少なくとも顔パスだけは絶対に許していない。相手が誰だろうと、どんな身分であろうと本物であるという確証を得られるまで認証を行うよう、警備を担当する戦闘人形兵には厳命しているのだ。
そして彼らはその命令を厳守する。
この辺、めんどくさがって省略行動をしがちな人間の兵士よりは信用できるというものだ(認証に付き合わされる側はたまったもんじゃないが)。
AK-19を装備した兵士たちを認証結果で満足させ、隔壁を通過してシャーロットの研究室へ。まるでSF映画に出てくる宇宙船の中のようなドアをノックすると、中から『ああ、ロックは外れてるよ』という声が聞こえたので遠慮なくドアを開けた。
少し広めの部屋の中にはカレーの臭いが充満していた。スナック菓子のものなのだろう、彼女がいつもソフトを組んだり図面を作ったりするのに使っている机の周囲には空になったスナック菓子の袋(バターチキンカレー味って書いてある)や炭酸飲料の空瓶が散乱しており、これにピザの空箱も加われば完全にニートの部屋である。
まあ、シャーロットの場合はニートどころかこの国のどんな労働者でも到達しえない成果を毎日のように連発しているわけなのだが。
「……清掃業者、呼びましょうか」
「いや」
「いやでもあそこ」
「え」
カサカサ、と嫌な音が聴こえたので視線を向けると、そこには確かにその……何というか、黒くて触角の生えたモザイク必須のアイツ(※お食事中の方がいらっしゃったらごめんなさい)が2匹ほど蠢いていて、ああ殺虫剤はどこだと視線を室内に巡らせた次の瞬間。
小型のスカラベが音もなく姿を現したかと思うと、触手型のアームを凄まじい速度で伸ばして2匹の”アイツ”をあっさりと捕獲。そのまま何事も無かったかのように暗闇へと姿を消していった。
「……シャーロット、少しは部屋を片付けろ」
発明品はすごいが……それにしてもあの散らかり様はちょっと問題だろ、衛生的にも。
ちょっと咎めてやろうと思いながらそんな声を投げかけるが、しかし言葉のキャッチボールが続く事は無かった。咎める意図を含んだ俺の言葉は暗闇の中に溶けてゆくばかりで、シャーロットの返事はない。
「……シャーロット?」
おかしいな、と思いながら彼女がいつもいるPCの前に向かう。
シャーロットは専用の椅子に深く背中を預ける形で目を瞑っていた。眠っているのだろうか、呼吸はしているようだが動く気配はない。
全く、来客だというのに寝落ちしてしまうとは。疲れているのならば仕方がないが、それにしたってもう少し常識というものをだな……。
身体を揺すって起こしてやろうと伸ばした手を、しかしひんやりとした手が掴んで止めた。
クラリスやシェリルではない―――あの2人はホムンクルス兵、元を辿れば”キメラ”という種族に属する。
姿形は人間そのものだが、竜の角と尻尾が生えている事、常軌を逸した身体能力を誇るなど戦闘向きの身体をしており、その骨格の密度や筋肉の強靭さは常人のそれを遥かに上回る。また体温も高く、個人差はあるが概ね38度が平熱なのだそうだ。
だからクラリスやシェリルの身体に触れると温かい……というより、むしろ”熱い”くらいなのだが、俺を止めようと腕を掴んできたのがあの2人であるならばもっと温かい筈である。
じゃあこのひんやりした手は何だ―――そう思い腕が伸びてくる方向に視線を向けた俺は、思考がバグる瞬間を確かに感じた。
そこに居たのはシャーロットだったのである。
「は? ……ぇ?」
え、それじゃあこっちの椅子の上で眠ってるシャーロットは?
「あーっはっはっはっはっは! いやいや……期待通りのリアクションだねぇリガロフ君?」
いつもの彼女よりもちょっと低い声で喋るシャーロット。
よく見ると、背丈……というか体格が違う事が分かる。
身長は170㎝くらいだろうか。いつものちんちくりんで終身名誉まな板なシャーロットと比較すると背丈も伸びて雰囲気も大人びており、当然ながら胸もGかHカップくらいはあるんじゃないかというほどご立派な膨らみ……いや山脈と化している。
動く度にぶるんぶるん揺れるそれに目を奪われていると、にい、とシャーロット(?)はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「んー? これが気になるのかな?」
「……なんか、でかくね? 色々と」
くっくっく、と笑いながらわざとらしく胸を揺らすシャーロット。萌え袖が似合うスモールサイズの彼女と比較すると何もかもが大きい大人シャーロットだが、しかし短く癖のある髪と光のない目つきはそのままなので一発で彼女だという事が分かる。
しかしこの急成長は……というか、こっちで寝てるちんちくりんのシャーロットはいったい……?
「このカラダはボクの発明品でね。意識だけを人工のボディに移したのさ」
「え、何ソレ」
「要するに”入れ物”を変えたというわけだ。便利だろう?」
つまりシャーロット本人の意識を人工のボディに入れ替えて動いている、と?
「な、なあ、シャーロット?」
「なんだい? おねーさんに何でも聞いてごらん?」
こ、こんにゃろう、ここぞとばかりにおねーさんぶりやがって……。
「あっちの身体が本体って事だよな? じゃあもし、意識の転送中にそっちを失ってしまった場合はどうなる?」
「まあ、死ぬね」
さらりと答えやがった。
「意識を移した、といっても完全に定着しているわけじゃあない。あくまでもボクの魂は本体と密接に結びついているからねェ」
「お、おう……」
だからこそ、本体は安全な地下区画の奥深く、研究区画の中枢に置いておくわけだ。そこならば警備兵や無人兵器たちが厳重に警備しているし、侵入があったとしても自慢の無人兵器たちが守り抜くなり、本隊に意識を再転送するまでの時間を稼いでくれる―――そう割り切っているならば合理的ではある。
「ちなみにこの”サブボディ”はボクの―――」
「憧れですかこの乳は」
歩み寄るなりシャーロットの”サブボディ”の胸を鷲掴みにするシェリル。何だろう、ちょっと恨みの込められた声音に聴こえたような気がするんだが気のせいじゃないよねコレ。
まあそれもそうだ……今まで小さかった筈の仲間が一段どころか二段飛びで自分よりも大きくなったらそりゃあ怒るよね(ちなみにシェリルはDらしい)。
「なんですかこのだらしないシリコンの塊は。空気抵抗凄そうですね」
「やめたまえ」
「あぅ」
べちーん、と身体を揺らして乳でシェリルを殴打するシャーロット。間の抜けた声を発しながら吹っ飛んでいった彼女は、今度は後ろに控えていたクラリスのおっぱいに頭を埋めてやっと止まった。
何このOPPAI合戦。
「あのね、ちゃんとこの身体はボクの身体データを基に、AIを使って予測した”成長後の姿”なんだよ。分かるかい?」
「あー」
そういやシャーロットが身体を機械に置き換えたの、だいぶ昔だと言っていた気がする。日本人的な感覚で分かりやすく言うと小学生くらいの頃だそうだ。
つまりあのちんちくりんサイズの終身名誉まな板シャーロットは成長前の姿をそのまま基準にして生産した機械の身体というわけだ。今まで更新しなかったのは合理性を追求するシャーロットらしいところはあるが……こんな身体を開発したのはやはり憧れがあったからなのだろうか。
「リガロフ君」
「なんだい」
「”ちんちくりんサイズの終身名誉まな板”とは随分酷い事を言うんだねェ」
「なんで俺の心の中読んでくるの」
「キミ、ボクが”相手の思考を読む能力”持ってるの忘れてないかい?」
「すいません久々なんで忘れてました」
「生意気な子にはお仕置きが必要だねぇ……?」
「ぴっ」
「……まあ、それは後でやるとしてキミを呼びつけたのには理由がある」
「ハイなんでしょうか」
問うと、シャーロットは胸の前で腕を組んだ。
「この新しいカラダ、”試運転”がしたいんだ。付き合ってくれないかね?」
「別に構わないけど」
冒険者の仕事をこなしたい、という事だろう。身体を取り換えるという感覚はよく分からないが、確かに試運転は必要だろうし……。
構わない、と答えるとニッコニコでシャーロットの手が伸びてきた。そのままひょいっと持ち上げられるミニマムサイズのミカエル君。わざとなのだろうか、クラリス以上イルゼ未満の胸を俺に押し付けながらシャーロットは研究室の外へと歩き始めた。
「よーし、ならば善は急げだよリガロフ君!」
「ギャー! 待って、クラリス助けて! おっぱいに食われる!!」
「お気を付けて行ってらっしゃいませご主人様」
「薄情者!!!」
なんかお前ホムンクルス仲間に甘くないか……ってアレか、ホムンクルス兵仲間意識強いからなのか。
こうしてミカエル君は突如現れたHカップの見た目ダウナー系長身お姉さんに抱き抱えられ、冒険者管理局へ強制連行されていくのでした。
ミカエル「まさか前書きの爆乳シャーロットの伏線改修が本編で行われるなんて」




