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『最終処分場』

エアプミカエル君「にゃ~ん♪ ミカ眠くなったにゃん、膝の上でごろごろするにゃん♪」


ミカエル「オイまた一匹増えたぞ俺が」

ルシフェル「”俺が増える”というパワーワードやめろ」





※ちなみにハクビシンは「にゃーん」なんて鳴きません。


 無人化されたMi-24ハインドが3機がかりで、ワイヤーに吊るした巨大な岩石のような物体を吊り上げていく。


 傍から見れば単なる岩石のようにしか見えないそれは、全高8m、全幅にして5mに及ぶ赤黒い結晶状の物体だ。ルビーのように透き通ってはおらず……というか、宝石類のような美しさなど微塵も持ち合わせていない。まるで赤みを帯びた泥濘を限界までこね回して放置した巨大な泥団子のようにも思える質感をしている。


 先ほど錬金術で恒久汚染地域の除染作業を行った際に形成された、汚染物質の結晶だ。


 錬金術は”魔力を用いて物質を変化させる”術である。物質の変化、すなわち物質構造の書き換えから物質そのものの変質に至るまで可能な便利な代物ではあるが、構造や物質の書き換えは出来ても()()()()()は出来ないし、その物質が本来持っている質量以上のサイズのものは生成できない。


 この辺は質量保存の法則が絡んでくる部分である。


 そういうわけで、恒久汚染地域の除染作業を行うのは良いのだが、大気中や土壌の汚染物質は正確には『取り除く』のではなく『分離する』扱いになる。


 あの結晶はすなわち、大気中や土壌の汚染物質を1ヵ所に集めて限界まで圧縮したものであり、あれがこの大地を汚染していた諸悪の根源というわけである。


 もちろん放置しておくわけにはいかないので、ああやってMi-24ハインド3機がかり(※高濃度の瘴気が収まっている事からパイロットの汚染を考慮し運搬は無人機で行う)でリュハンシク州内に建造された『最終処分場』へと空輸、そこで処分する事になる。


 ちょうどこれから最終処分場での処理作業が始まるので、世界初の汚染物質処分工程をついでに視察していこうと思う。


「ミカエル様ー!」


 迎えの装甲車がやってきたので乗り込もうとしていると、遠くから名前を呼ばれたので振り向いた。


 向こうには私服姿の農民たちの一団が居て、武装した兵士たちに守られながら、環境が再生したばかりの恒久汚染地域だった場所を眺めたりしている。


 50年前、ここの住人だった村人たちだ。


 大きく手を振る彼らに手を振り返し、「ごめん、ちょっと待っててもらっていいかな」とクラリスに告げてから、小走りで彼らの傍らへと駆け寄った。


「ミカエル様……これを本当にミカエル様が?」


「ええ。理論だけの話だったので、上手くいって本当に良かった……またゼロからの開墾になってしまい大変申し訳ありませんが」


「いやいや、故郷に帰れるだけでもありがたい話です」


「また故郷ふるさとに帰って来れるなんて……ご先祖様も喜びます」


「また頑張って畑を耕して、このご恩に報いる事が出来るよう努力していきますよミカエル様!」


「ありがたや、ありがたや……!」


 農民たちにそう言われると、努力した甲斐があったというものである。


 正直、俺みたいな奴が領主でいいのかという不安はあったけれど……今までやってきた事が決して無駄ではなかったという事が可視化された途端に、その不安も消え失せた。


 良かった……やってきた事は決して無駄ではなかったのだ。


「開墾の支援は惜しみません。何か要望等があったら、遠慮せずに申し付けください」


「ご主人様、そろそろ」


「ああ、分かった……それではこれで失礼します」


 農民たちに頭を下げてから踵を返し、彼らの言葉に背中を押されながらもMT-LBuに乗り込んだ。車体の上に座り込み、転落防止のバーを掴むやエンジンが高らかに唸り声を発する。


 彼ら農民たちの”帰還”が始まるのはもう少し先だ。この恒久汚染地域の除染作業と住民たちの帰還支援については今年度の予算に計上されており、すでにリュハンシク市では農民の帰還支援のための計画発動が言い渡されている頃だろう。


 彼らが住むための家も、農業に必要な農具や重機類も支援するし、インフラも整備する。用水路や上下水道の整備に電化まで、出来るだけの事はするつもりだ。


 ”世界のパンかご”と呼ばれる農業大国イライナ。そのパンかごと呼ばれる所以は食料生産能力の高さゆえであるが、その最前線で身体を張っているのは彼ら農民なのだ。俺たち貴族も、労働者も、富裕層も例外なく彼らの汗が滲んだ努力の結果で()()()()()()()


 だから決して下に見る事勿れ、投資を怠るべからず。努力したならばその努力は報われるべきで、そのために最適な環境を整えてあげるのが俺たち貴族の役割だと思う。


 MT-LBuの屋根の上でクラリスやシェリルと一緒に揺られること10分ほど。いい加減ミカエル君のプリティーなお尻が痛みを訴えてきたところで、やっと見えてきた―――”最終処分場”が。


「あれか」


「あれですわ」


 【Попереду ділянка остаточного утилізації(この先、最終処分場)】、【Заборонити вхід стороннім особам(関係者以外の立ち入りを禁ずる)】という看板が見えてきて、その向こうには張り巡らされたフェンスと検問所が見えてくる。


 検問所にはAK-19(例によってSTANAGマガジンとアダプターが付いている)で武装したマルチカム迷彩の迷彩服に身を包んだ兵士と土嚢袋、ブローニングM2、それから迫撃砲に無線機まで配備されており、検問所の小屋にはAKをマウントした監視カメラが、そして彼らの頭上にはグロックを吊るした武装ドローンが巡回しているという徹底ぶりだ。


 トドメに検問所の付近にはT-55AGM(※ソ連製戦車のT-55をウクライナが魔改造し西側仕様にした近代化改修型。120mm砲搭載)まで停車しており、車長用ハッチから身を乗り出した戦闘人形(オートマタ)の兵士が瞬き一つせずに周囲を監視、いつでも発砲できるようスタンバイしている。


 この手の危険物を貯蔵、処分する施設はテロの格好の標的になったりするし、戦争になった場合は国内での混乱と被害を誘発するためにやはり標的にされたりするので、警備は厳重にしてある。


 警備兵が手を上げてMT-LBuに停車するよう指示。言われた通りに検問所のゲート前で停車すると、数名の兵士たちがAKを手に群がってきた。


「お疲れ様ですミカエル様」


「うん、皆もお疲れ」


「念のため身分証明書とIDの確認を」


「了解」


 身分証明書として冒険者バッジを提示。それとポケットからスマホを取り出してスリープモードを解除、ID画面を表示してそれも警備兵たちに提示する。


 それにしても……やはりと言うべきか、彼ら戦闘人形(オートマタ)の話し方にはなんかこう、淡々とした事務的な感じというか、”人間らしさ”が感じられない。


 今後イライナの、特に東部の守りを担う兵力として期待しているロボットの兵士たちなのだが、仕方がない事ではあるが人間とは程遠い。シリコン製の人工皮膚と人間に近い造形をしているにもかかわらず、中身がまだ機械なのだ。


 応答も含めて人間っぽくなるのはあと何世紀先なのかな、と思っているうちに身分証明とID認証が終わったらしい。バッジとスマホを返却してもらい、「警備お疲れ様」と彼らを労う言葉を残して装甲車の上に乗り込んだ。


 ブロロ、と再び走り出すMT-LBu。履帯が地面を踏み締める音を聞きながら再び不整地を征く装甲車の屋根の上で揺られること2分ほど、目的地である”最終処分場”が見えてくる。


 巨大な円形のタンクが10基ほど屹立し、その周囲は神話に出てくる大蛇みたいなサイズの巨大な配管で埋め尽くされている。


 駐車場に停車してから装甲車を降り、案内役の警備兵に先導されながら歩いた。


 この最終処分場は冬季の間に、テンプル騎士団本部の技術供与を受けて建設したものである。


 先ほども述べたようにテロや有事の際の標的にされる事を危惧し、安全保障上部外者を立ち入らせるのは好ましくないと判断した事から、設計は血盟旅団のシャーロットとパヴェルが、現場での建造作業は全て戦闘人形(オートマタ)のスタッフが行った。


 戦闘人形(オートマタ)のスタッフに給与を支払う必要はないので、人件費はまるっと削る事が出来た。そういう事もあってこの施設の建造費は見た目以上に安上がりとなっている。


 まあそんな懐事情はさておき。


 巨大な配管の上を跨ぐ形で設置された通路を歩いていくと、やがて中央部に巨大なミサイルサイロのようなものが見えてくる。


 それぞれ『01』から『10』まで番号が振られており、タンクから伸びる巨大な配管は全てそのミサイルサイロのような竪穴の中へと繋がっていた。


 ちょうど今、『07』と記載のあるサイロのハッチが解放された状態になっており、その真上に先ほど汚染物質を吊るして飛行していったハインドたちが到達しつつある。


 真上に到着するや、ハインドたちは全機連動しながら高度を下げ始めた。吊るされた”汚染結晶”が風に揺られながらも徐々にサイロへと接近していく。


 次の瞬間、吊るしていたワイヤーが切断された。


 支えを失った汚染結晶がサイロ内へと自由落下していくなり、ハインドたちの上昇を確認してからサイロのハッチが駆動した。


 ボフ、と配管の隙間から大量の蒸気を濛々と吹き上げて装置が稼働。直径20mはあろうかという巨大な鋼鉄製の蓋がゆっくりと閉じていく。


【Еліксир високої концентрації, починайте настоювання(高濃度エリクサー、注入開始)】


【Усі працівники повинні негайно евакуюватися(作業員はただちに退避せよ)】


 業務放送の後、配管に据え付けられた巨大なポンプが稼働を開始した。


 重々しい駆動音を発しながら動き始めたポンプたちが、タンク内に充填された液体をサイロの中へと注入していく。


 あのタンクの中身は『高濃度エリクサー』だ。


 通常の製法で製造されるエリクサーを、シャーロットが特許出願中の謎技術(説明されたけど1ミクロンも理解できなかったがとにかくすげー技術である事は分かった)で限界まで濃縮した”高濃度エリクサー”。それをああやってサイロの中に充填し汚染結晶をエリクサー漬けにする事で、汚染を中和しようというものだ。


 高濃度エリクサーに晒された汚染結晶はやがて融解、1ヵ月もすればサイロの底にヘドロのように沈殿する。そのヘドロは廃棄……ではなく再利用できるようで、加工すれば肥料としての再利用が可能なのだそうだ。


 だから恒久汚染地域の汚染を除去し、ここで処分して、汚染物質だったものを加工して肥料にしてイライナの農業を支える……というプラスの効果が得られる。


 技術の平和利用のお手本を見たような気がするな、コレ。


「ちなみにだけど」


「はい」


 案内役の戦闘人形(オートマタ)に問いかけると、やはり機械的な返事が返ってきた。


「高濃度エリクサーって人体には有害なんだっけ?」


「はい。細胞の異常増殖を引き起こすため、たとえ一滴であっても接触する事はお勧めできません」


「細胞の異常増殖」


「はい。触れた部位の肉や皮膚が凄まじい勢いで増殖していきます」


「じゃあアレか、全身に浴びちゃったらR-18Gな事になると」


「そうなります。少なくとも、R-15の範疇では見せられない姿になるかと」


 うわぁ……。


 ちょっと引いたが、でもいつも使ってるエリクサーも元はといえば細胞の短期的な増殖で傷口を塞いでいるので、それがヤバくなった結果と思えば納得は出来る。


「希釈すれば通常のエリクサーとして利用する事は出来る?」


「はい、可能です。既に余剰となった高濃度エリクサーはそのようにして、民間の冒険者や医療施設へ配給しております」


「はぇー……」


 なんか、一瞬「これ砲弾とかミサイルに充填して敵地にぶちまけたら阿鼻叫喚の地獄になるな」なんて思ってしまったが、俺もだいぶ狂ってきたらしい……いや、頭の中の妄想で留めているだけまだマシだ。これを実際にやっちゃうのがテンプル騎士団クオリティなのでその。


 ともあれ、最終処分の工程がどういうものなのかを実際に見る事が出来たし、汚染物質が最終的に肥料となってイライナの農業を支える事になる、という事も分かった。


 これからきっと、イライナには”雪解けの時代”が訪れるだろう。


 国は栄え、帝国の圧政からは解放され、尽きる事のない農作物で飢えとは無縁な地上の楽園。


 そんな国を作るための一翼を担えるならば、領主冥利に尽きるというものである。



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― 新着の感想 ―
増殖するミカエル君…ちょっとホラーかも… そして出ましたシャーロット女史の謎技術。 高濃度エリクサーなんて、何をキメたらそんな発想に至るのか… しかも触れただけで細胞の異常増殖を起こすとは… うん…?…
民を軽んずることなかれ、国家も貴族も彼らなくして存続なし。貴族の務めは国家を支える彼らの努力を支援すること。言うは易しですが…まだ二十歳そこらで率先して実践できる人間がどれだけいるでしょうね。あるいは…
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